月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #124 政変

異世界ファンタジー 勇者の影で生まれた英雄

 ジョシュア国王の早過ぎる死。それはウェヌス王国に驚愕をもたらした。
 だが、もたらしたのは驚愕だけだった。グレンを題材とした小説の影響によって、ジョシュア国王に好意を向けることとなった極々少数の国民の涙を除けば、悲しみも混乱も広がることはなく、却って新王への期待の方が広がっていた。
 ここ数年のまさかの敗戦によって失墜したウェヌス王国の威信を、王子の頃から英明を謳われたエドワードが取り戻してくれる。そんな期待だ。
 そのエドワードはというと、王都に着いてすぐに先王ジョシュアの簡単な葬儀を終えると、その日のうちに即位して王となった。今のウェヌス王国に空位にしている余裕はない。その理由も誰からも批判されることなく。
 上座を新王エドワードに替えた会議の場。

「……そう。暴動の首謀者を捕らえることは出来なかったか」

 ランカスター侯爵領の争乱を収める、という名目で出動した軍からの報告を聞いて、エドワード大公は残念そうな表情を見せている。

「はっ。我が軍が到着した時には、すでに姿を消しておりました。周辺地域の捜索は続けておりますが、現時点において情報は得られておりません」

「……仕方ないね。ではランカスター侯爵家のほうはどうかな?」

「はっ。ランカスター侯爵および次男のロイドの拘束は完了しておりますが、長男のアルビン、三男レスリーの行方は分かっておりません」

「……宰相、いや、元宰相だね。どうしてアルビン・ランカスターを逃したのかな?」

「どうして、と聞かれましても……」

 そもそもアルビン・ランカスターは、領地にいなかったはず。出動した軍が捕らえられるはずがないのだ。

「ああ、君に聞くことではなかったね。アルビンはエイトフォリウム帝国との交渉に向かっていたはず。それがどうして消えたのかな?」

 エドワード王は問いを外交担当の文官に向けた。

「……申し訳ございません。途中で別れたという情報しか持っておりません」

 文官もアルビンがどこに行ったかなど知らない。交渉を終えて、帰途に単独行動をとった。知っているのはそれだけだ。

「引き続き、捜索を行うように。三男についてもだね」

「はい。手配書を各地に配布することに致します」

「さて、長男と三男は逃亡中だけど、ランカスター侯爵家の処分を引き延ばす理由にはならない。それをこの場で決定したい」

 エドワード王の言葉に応える人はいない。本来は宰相が反応するものだが、その宰相がいないのだ。では次席は誰となるのだが、その次席も決まっていない。エドワード王の新体制はまだ定められていないのだ。

「自領で大規模な暴動を引き起こした。これは暴動を起こした側が悪いというだけで済ませられない。ランカスター侯爵家の施政の問題だと私は考える」

 これは皆、理解している。そうでなければランカスター侯爵やその子供たちを拘束する理由がない。

「施政に問題がある人物に領地は任せられない。侯爵位剥奪、領地没収。これが妥当なところだ」

 ランカスター侯爵家は取り潰し。死刑にならないだけマシだ、とは人々は考えない。公式にはランカスター侯爵家の罪は、領地で暴動が起こったというだけなのだ。

「異議はあるかな?」

 周囲の意見を求めるエドワード王。だが、今の状況で異を唱えられる人物はいない。それを行えば、次の会議にはこの場にはいられなくなる。近いうちに発表されるであろう新体制に、自分の名がなくなることを恐れているのだ。

「では、処罰は確定だ。ただ一応は、当人たちの話も聞く。それに納得出来たら減刑もあり得ると伝えておこう」

 その減刑を決めるのもエドワード王だ。ランカスター侯爵家の処遇は、エドワード王の気持ち一つ。それが決められたということだ。

「あとは、そうだね。即位の挨拶を兼ねて、ゼクソン王国のグレン国王代理との会談を手配してもらえるかな?」

「ゼクソンのグレン殿ですか?」

 即位して、ランカスター侯爵家に関わる事柄以外で、最初の政治がグレンとの会談。それを急ぐ理由が文官には分からない。

「彼とは知り合いでね。まだ彼がウェヌス王国にいた時の話だけど」

 さりげなくグレンとの付き合いの長さを匂わせるエドワード王。まったくの嘘ではない。ただ付き合いが深いかとなると別の話だ。

「そうですか。グレン殿と」

 エドワード王の思惑通り、グレンと親しいという情報は周囲を喜ばせた。グレンに感じていた脅威。それをエドワード王は薄れさせてくれるかもしれない。そういう期待を持たせたのだ。

「お互いに立場は大きく変わってしまったけど、だからこそ色々と話し合うことはあると思っている。会談日程の調整は出来るだけ急いでもらえるかな」

「それなのですが」

「何か?」

「グレン殿は国王代理の座を退かれたという情報が届いております」

「えっ?」

「先の陛下にもお伝えしたのですが、ご自身で事実関係を確認しておくとおっしゃったまま……」

 国王代理を辞めたことは伝わっている。だが、それが事実かどうかは、ランカスター侯爵家との戦いでグレンの存在が公になるかどうかで変わってくる。そういう段取りだった。それをエドワード王が知ることは出来ないが。

「兄は、グレンに会いに行く途中だったはずだ」

「誰がそのような情報を? それは誤りで、エイトフォリウム帝国の皇帝陛下との会談に赴かれたのです」

「……エイトフォリウム帝国の皇帝とはグレンのことでは?」

「そういう話もございましたが、それは前回の交渉で事実ではないと明らかになりました。エイトフォリウム帝国の皇帝は女帝で、ソフィア様というお名前です」

「…………」

 自分が持つ情報との違い。それにエドワード王は戸惑っている。ゼクソン王国も、エイトフォリウム帝国もグレンの国ではないとなると、色々と算段が狂ってしまうのだ。

「ゼクソン王国には事実確認の為にも使者を送っておきます。変わらずグレン殿が国王代理であった場合は、会談の要請を行うということでよろしいですか?」

「……ああ、それで頼む」

 まずは情報を正確なものにすること。そう考えて、エドワード王は用意してきたいくつかの案件を先送りすることにした。
 彼にとっては出だしから躓いた形だが、それに気づく人などいない。それに焦る必要もない。ようやく手に入れた玉座。それを脅かす存在は、ウェヌス王国にはいないのだから。

 

◆◆◆

 城の奥。ある部屋の前の廊下を、健太郎は行ったり来たりしている。その部屋の中にいるはずの人物に会いたいのだが、その一方で顔を合わせる勇気がないのだ。
 ここまで来てしまったが、いざとなると覚悟を決める時間と、掛ける言葉を考える時間を健太郎は必要とした。これまで一度も覚悟が定まったことも、掛ける言葉を決めたこともないが。

「……良かった。いや、まずは謝罪からか。でも何を? 僕は別に……いや、好意はあったけど、それは邪なものでは……」

 部屋の中にいるのはフローラだ。近衛騎士である健太郎は、エドワード王と共に王都にやってきたフローラを初日に見ている。
 その日からこうして何度も部屋にやってきているのだが、結局、会う勇気を持てずに引き返すことになっていた。
 グレンに恨まれている理由は、納得は出来ていないが、頭では理解した。そうであれば本人であるフローラはどう思っているのか。好意でないのだけは間違いない。

「やっぱり、助かって良かったね、はないか。他人事のように聞こえてしまうからな。そうなると謝罪か……僕は君の為を思って……言い訳っぽいかな」

 ブツブツと呟きながら廊下を行き来する健太郎。こうしている間に人が来て、そんな自分を恥ずかしく思って引き返す、というのがこれまでのパターンだ。
 だが今回は違った。健太郎の目に部屋の扉が開く様子が映る。

「あっ……」

 覚悟が定まらないままフローラと顔を合わせることになった。そう思って、健太郎の胸の鼓動が激しくなる。

「……あ、貴方は」

 中から出てきた人も、健太郎の存在に気づいた。

「……えっと」

「何をされているのですか? 貴方はこの部屋に近づくことを禁じられているはずです」

 中から出てきたのはフローラではない。城に勤めている侍女だ。その侍女は厳しい視線を健太郎に向けている。フローラに健太郎を近づけるなというのは、エドワード王の命令だ。

「い、いや、僕は……謝罪、そう謝罪をしなければと思って」

「謝罪? 近衛騎士である貴方が、何故、ローラ様に謝罪する必要があるのですか?」

 この侍女は過去の事件を知らない。そういう侍女が選ばれているのだ。

「えっと……前にちょっと……」

「ああ、だからですね。そうであれば尚更、会わせるわけにはまいりません」

 侍女はほぼ正確に事情を理解した。事件のことを知らなくても、健太郎が女性関係にだらしないのは知っている。過去にフローラに対して、ちょっかいを出そうとしたのだと想像するのは簡単だ。

「……謝るだけなのだけど」

「許せません。これは陛下のご命令ですから」

「その陛下の命令が理解出来ない。どうして、フローラと僕を会わせようとしないのかな」

 下手に出ていた健太郎だが、まったく取り付く島もない侍女の態度に、苛立ち始めた。後ろめたさを感じてるのはフローラに対してであって、侍女にではないのだ。

「理由など考える必要はありません。陛下のご命令は絶対ですから」

「いや、それはおかしい! 理屈に合わない命令に従うのは間違いだ!」

「陛下のご命令に疑問を感じるほうが間違いです!」

「それが……! あっ……」

 さらに侍女に反論しようとした健太郎だが、その彼女の後ろにいるフローラを見て、言葉を失ってしまった。

「あの……何を揉めているのですか?」

「ローラ様!」

 ローラが部屋を出てきたことを知って、侍女も驚いている。

「なんでもありません! 部屋にお戻りください!」

「でも……」

 フローラは健太郎と侍女の揉め事を気にしているのではない。城に来てからずっと閉じこもっているので、何でも良いから部屋を出る口実が欲しいのだ。

「あ、あの! フローラ!」

 この機会を逃すわけにはいかない。緊張で声をうわずらせながらも健太郎はフローラに声をかけた、のだが。

「……えっと……ごめんなさい。誰かと間違われていますか?」

「えっ?」

「私の名はローラです。エド、いえ、国王陛下の侍女をしています」

「……いや、だって」

 フローラを誰かと間違えるはずがない。なんて言えば、フローレンスは何なんだ、とグレンと結衣に突っ込まれるだろうが、それでも目の前の女性が別人であるはずがない。

「もしかして……」

 自分の過去を知っている人物かもしれない。それに気づいたフローラは、健太郎と話をしようとしたのだが。

「部屋にお戻り下さい。こんなことが陛下に知られたら、私は……」

「……そうね」

 侍女は罰を受けることになってしまう。そういうことなのだとフローラは理解した。仕方なく部屋に戻るフローラ。
 それを見送る健太郎の頭は混乱していた。

「……どういうこと?」

「何のことか分かりませんが、何であっても貴方が知る必要はありません。まさか、このまま居座るつもりですか? そうであれば陛下に」

「あっ、戻る! 戻るよ」

 エドワード王との接点を健太郎は持っていない。どういう為人かも知らない。そういう相手に対しては、一応は、健太郎も慎重だ。以前と違い、自分の価値を過剰評価していないという面もある。ここはこれ以上、侍女を怒らせないように大人しく引き下がることにした。

「……どういうことだろう? ローラ……わざと偽名を使っているのか。でも僕にバレないと思うかな?」

 こんなことを呟きながら、自分の部屋に戻っていった。 

 

◇◇◇

 ウェヌス王国の王都から東に延びる街道を真っ直ぐに五日ほど進む。そこから街道を離れて南に下ると、すぐに深い森がある。更にその森の奥深く、山中を進むと道があり、それはルート王国に続くことになるのだが、今、グレンがいるのは森の手前。近くに小川が流れる、少し開けた場所だ。
 その場所に佇んで、グレンはじっと地面を見つめている。何かの痕跡を探すように。

「死体は森の中に埋めております」

 そのグレンに話しかけてきたのはヤツだ。

「本当に閣下が?」

「はい。ジョシュア王を暗殺しようとしたのはトルーマン前元帥です。事を為したあとに、その場で自ら命を絶ちました」

 グレンが立っているのは、そのトルーマンが自害した場所。自らの首に剣を突き立てて死んだと、ヤツから説明されている。

「命を絶つほどの罪の意識があったってことか。つまり、ウェヌス王国の為だ」

 トルーマンが自らの気持ちを殺してでも悪事を為すとすれば、それはウェヌス王国の為以外にない。そうであることをグレンは知っている。

「新王の即位は、ジョシュア王の死が伝わってから半月後のことです」

「大公領から王都までは……なんて考える必要はないな。国の為に国王を殺す。それは違う王を立てることが国の為になると考えてのことだ」

 王都への到着が早すぎる、なんてことよりも、トルーマンが自国の王を弑逆する理由を考えれば、真実は分かる。

「……馬鹿だ。軍事以外に能がないのは、自分でも分かっていただろうに」

 トルーマンに政治は出来ない。謀略事も同様だ。それが出来る能力を持っていれば、ウェヌス王国軍の変革はもっと進んでいただろう。

「現王が黒幕という結論でよろしいですか?」

「結論を今出すつもりはない。でも、それ以外に誰が? ランカスター侯爵家の陰謀であれば、閣下が動く可能性は限りなくない」

 トルーマンが実行犯。それだけで黒幕が誰かは明らかだ。

「どうなさる……いえ、その前に大切な情報がひとつ」

「それは何?」

「新王の側にはローラという女性がおります」

「……それで?」

 グレンの目が細められる。ヤツが何を言おうとしているか、もう分かったのだ。

「大公領にいた時からの侍女ということになっておりますが、その扱いはかなり丁重なもののようです」

「そうか……」

 扱いが侍女に対するそれではない。その意味を考えた時、グレンの胸が痛んだ。

「記憶を失っているという情報もあります」

「……それをどう受け取れば良いのかな?」

「事実を事実として受け止められれば、よろしいかと」

「……そうだな」

 フローラが絡むと冷静でいられなくなる。それでは駄目だとヤツは言っているのだと、グレンは理解した。

「他に必要な情報はございますか?」

「……新王はフローラの素性を知っているのか。知っているとすれば、それを公表する意思はあるのか。これによって、今後の動きがある程度は予想出来る」

「……御意」

 フローラに関する命令ではあるが、私情からのものではない。それをヤツは理解した。

「ランカスター侯爵家をどうするかも知っておきたいな。処罰は調べなくてもすぐに分かるとは思うけど、その裏にあるものは公にならないから」

「処刑以外があると?」

「俺なら持っている力を全て奪った上で殺す。もし同じことをしたなら、何を得たのかは知っておきたい」

「……つまり、いえ、承知しました」

 グレンはエドワード王を仮想敵と位置づけた。ランカスター侯爵家への復讐を先延ばしにするくらいの重要度で。ただこんなことは間者として言葉にするべきではない。ヤツは自分の未熟さ恥じることになった。

「まずはこれくらいか。この先は向こうの出方次第だけど……もう結論は出てるかな。まあ、少し静観してみるか」

「では私は王都に向かいます。狼殿は、このあとはどちらに?」

「それに答える前に一つ聞きたい。まだ俺に従うつもり?」

「もちろんです」

「それは新王の正統性を認めないから? それともジョシュア王の命令を守ってのこと? 両方?」

「……両方です」

 ほとんど感情を表さないヤツの表情がわずかに歪んだ。 

「じゃあ、王都に向かう前にジョシュア様の居場所を教えてくれ」

「…………」

「口外はしない。もちろん、ジョシュア様の許しを得た人は別。俺はマリアを悲しませたくないんだ」

「……承知しました」

 ヤツはジョシュアの生存を白状した。もともと本気でグレンに隠し事をする気はないのだ。誰にも言うなというジョシュアの命令を守っているという意思を、ある程度示せればそれで良かった。

「……ちなみに閣下は暗殺が失敗したことは?」

「気づいていなかったと思います。ジョシュア様は亡くなってもおかしくない状態でした。助かったのは運が良かっただけかと」

「そうか……」

 トルーマンが、はたして殺し損ねるか。ヤツが助かったのは運と言うからには、殺意はあったのだと思う。それで失敗したのは、国王に刃を向けることに無意識の躊躇いがあった故か。

「いくら考えても分かることじゃないか……分かるのは……やっぱり、馬鹿だってことだ」

 先ほどまでとは異なり、グレンは地面を見つめるのではなく、空を見上げた。ほんの一時だけ、愚かな元上官の死を悼む為に。溢れそうになる涙を堪える為に。