月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

『虚飾の勇者、陰の英雄』 〜影は泥土を、星は天を駆けゆく〜 第7話

『虚飾の勇者、陰の英雄』 〜影は泥土を、星は天を駆けゆく〜

 王都第三防壁の補強工事は、来るべき大災害に備えてのものだ。ユスティニア王国の王都アウグスタ・ユスティニアは国土全体から見ると、かなり南に寄っている。戦乱期にユスティニア王国が北に伸長した結果だ。

 戦乱期が終わり、各国との国境が定まった後も遷都することなく、現代まで来ている。大国とまでは言えないユスティニア王国としては、他国の侵攻に警戒しなければならない。当時は、魔物の襲撃よりも他国の侵攻を恐れていて、王都を国境から離れた場所のままにしておくという決断がなされたのだ。

 結果、南のラントーデス大森林との距離が近くなっている。大災害が発生した場合、王都まで魔物の襲撃を受けることを想定しているのだ。

 王都住民においては不安を感じるところだろうが、必ずしも間違った決断とは言えない。他国の侵略と魔物の襲撃、両方に万全な備えをできるほどの国力はユスティニア王国にはない。王都防衛に国力のかなりの部分を費やし、最悪、魔物の侵攻は王都で食い止めるという戦略をとっているのだ。

 その戦略を実現するには王都の守りを堅くしておかなければならない。第三防壁の補強工事はそれを実現するための施策のひとつだ。

 

「報酬はいらないから好きに働かせてくれ? ちょっと意味が分からない」

 

 現場を仕切る責任者の一人は、ソウの話に首をかしげている。

 

「<荷物持ち>の職業スキルを持っていても、僕は素人なので迷惑をかけるかもしれません。それと鍛錬の意味もあるので、少し無理して石を運ぶつもりです」

 

「……それが好きに働かせてくれってことなのか?」

 

「そうです。手際が悪いと思われることもあると思いますけど、わざと限界ぎりぎりの量を運ぼうとしていることもあると思いますので」

 

 実際にどれくらいのことができるかは、ソウもやってみないと分からない。かなり無理をして運ぶことになるのは間違いなく、他人よりも何倍もの時間がかかる可能性もある。

 文句を言われないように、最初に断りを入れておこうとソウは考えたのだ。

 

「……役に立ったら儲けものくらいに思ってくれってことか?」

 

「その通りです」

 

「まあ、良い。どうであろうと国王様の命令に逆らうわけにはいかないからな」

 

 ソウの働きがどのようなものであろうと首には出来ない。これは国王命令なのだ。異世界人を荷物持ちとして働かせろという命令なので、最初に聞いた時は何かの罰なのかと思っていた。最初から役に立つことなど、期待していなかったのだ。

 

「ありがとうございます。じゃあ……どれを運べば良いのですか?」

 

「そこらにある石を、どれでも良いから工事現場まで運んでくれ。荷車は……持ってきていないよな?」

 

「えっ、自前なのですか?」

 

 荷車を用意するのは雇われる立場の荷物持ちのほう。これにはソウは、少し驚くことになった。用意されているものだと思っていたのだ。

 

「商売道具は自分の物を使うだろ?」

 

「確かに……」

 

「なんてな。工事現場は他にもあってな。そこに持って行かれているだけだ。だから自分のがあるなら持ってきてもらうことにしていた」

 

 王都の第三防壁の補強工事よりも優先すべき場所もある。たとえば、王都の南にある防衛都市カストラの工事だ。ラントーデス大森林近くに作られた砦の役目を持つ町。最前線となるその場所の工事は、最優先すべきもので、多くの物資がそちらに回されているのだ。

 

「他にも……分かりました。とりあえず今日は……とりあえず、試してみます」

 

 荷車なしで重い石を運べるのかも試してみなければ分からない。普通に考えれば無理。だが<荷物持ち>のスキルには<重量軽減>というものがある。素の状態では無理な重さでも、もしかすると持てるかもしれないとソウは考えてみるのだ。

 

「好きにしてくれ。他になければ俺は仕事に戻る。そこらにいるから、何かあれば聞きに来い」

 

「分かりました」

 

 現場責任者は持ち場に戻っていく。残されたソウは、言われた通り、好きにやるだけだ。切り出された石は、あちこちにある。

 石を切り出す担当。そこから少し離れた場所に運ぶ担当。工事現場まで運ぶ担当と分担されているのが、様子を見ていると分かる。ソウの役割はこの場所から工事現場まで運ぶこと。置かれている石に近づいていった。

 

「……とりあえず」

 

 とりあえず一つ持ち上げてみることにした。石の大きさは、角ばってはいるが、米俵と同じくらい。ただこれだけの情報では何キログラムなのか、ソウにはまったく見当もつかない。

 

「歩くことは出来そうだけど……」

 

 重いことは重い。それでも持って、歩くことはできるという感覚だ。問題はここから工事現場までの距離。ここまで、これも感覚だが、三十分は歩いたはず。その距離をこの石を持って歩き続けることができるのかだ。

 

「……やってみるしかないか?」

 

 考えていても仕方がない。途中で倒れることになるとしても、そうなった時のために現場責任者に「好きにやらせて欲しい」とお願いしたのだ。

 気合を入れるつもりで一度大きく息を吐いてから、足を踏み出すソウ。それに気付いた何人かが驚き半分、呆れ半分といった感じで、目を丸くしているが、ソウがそれに気付くことはない。動き出すとそれなりに負荷が増える。落とさないように支えることに意識を集中させているのだ。

 

(……これで鍛錬になるのか?)

 

 これから30分、重い石を持っているせいで歩みが遅くなっているので、それ以上、歩くことになる。だが、今の負荷が鍛錬となって経験値を稼げるかは、ソウには分からない。

 

(……グレブナートル(導く者)?)

 

(頑張れ!)

 

(おい? 正確に呼んでやっただろ?)

 

 エレナにこれが鍛錬になるのか聞きたかったのだが、返って来たのは「頑張れ」の声。求める問いの答えにはなっていない。

 

(違うもの。私はエレナ。名前で呼んでって言ったもの)

 

(……エレナ。これ、鍛錬になるのか?)

 

 なんとなく最初の頃より、言葉遣いに甘えが感じられる。こんな風に思ったソウだが、それを指摘することはしなかった。

 結果、頭の中で考えるだけでなく、エレナに伝えようという意思が伴わないと、会話にならないことを知った。

 

(……なると思うけど?)

 

(疑問形……じゃあ、これは? 俺のステータスの最大積載量って単位は何? キログラムなのか?)

 

 ソウの<荷物持ち>の固有ステータスである最大積載量の値は、素が五十で補正で五十の合計で百だ。この百が何を指しているのか。重さだとソウは思っているが、確信がない。

 

(……きっとそうだよ)

 

(お前……じゃあ、<重量軽減>の効果は?)

 

(重さを軽く感じられるスキルだね)

 

「それくらい分かるわ!? 俺はどれくらい軽く感じるかを知りたいの!」

 

 まったく役に立たないエレナに、ややキレ気味のソウ。これでどうして「導く者」と呼ばれるのかが、まったく理解出来ない。出会ってから今まで、導かれた覚えがない。

 

(そういうのは経験で覚えないと)

 

(……もっともらしい言い訳を思いついたな……まあ、お前はチャッピーじゃないしな)

 

 エレナ、導く者はゲームのナビゲーションシステムのような役割を果たすわけではない。彼女が、<荷物持ち>に付く「導く者」ということで、著しく無能なのでなければの話だが。と、ソウは考えることにした。

 

(何? ソウにはチャッピー君というお友達がいるの?)

 

(お友達というより助言者。暇つぶし以外、何の助けにもならなかったけどな)

 

(そうなの? 駄目な人だね?)

 

「お前が言うな!」

 

 また思わず、怒りを声に出してしまったソウ。ここまで来るとエレナはわざと怒らせているのではないかと思えてしまう。

 そうであれば、少しは役に立っているということだ。額から流れ落ちる汗が目に染みる。まだ五分くらい歩いたか、という程度だが、かなり辛くなってきているのだ。エレナとのやり取りは、わずかではあるが辛い思いを紛らわせてくれている。

 

「お前、何をやっている? ひとつひとつ歩いて運ぶつもりなのか?」

 

 工事現場に石を運び終えて、石切り場に戻る途中と思われる男が話しかけてきた。

 

「荷車がないので」

 

「背負子(しょいこ)もないのか?」

 

「現場で用意してくれているものと思っていたので」

 

 石を背負って運ぶ時には背負子を使う。男の話を聞いて、ソウはそれが良いと思った。手で持って運んでいると、腕がかなり疲れる。背負ったほうが楽、では鍛錬の意味はないが、多くの石を運べる可能性があると考えたのだ。

 

「ああ……あちこちで工事しているからな。それで稼ぎになるとは思えねえが、まあ頑張れ」

 

 この男の言葉でどうやら報酬は歩合のようだとソウは思った。多くの石を運べば、それだけ多くの金が稼げるのだ。それなら荷車くらい自前で用意するだろうとも思った。調達に金を使っても、荷車を使ったほうが稼げるということだ。

 

「お前、ふざけているのか? そんな運び方で何の役に立つ?」

 

 最初の男は「頑張れ」と言ってくれたが、そういう相手ばかりではない。非効率な運び方をしているソウに文句を言ってくる者もいる。

 だが、そんな声を気にしてはいられない。気にしている余裕もない。ソウは全身、汗びっしょり。石を持っている腕はパンパンに張っている。

 

(……ソウ、少し休んだら?)

 

(……休んだら、鍛錬にならない)

 

 エレナに言われなくても、これまで何度も休憩しようとソウは思った。だが、楽をしては鍛錬にならない。鍛錬にならなければ経験値は得られない。それでは、この苦労は何の意味もないものになってしまうのだ。

 とにかく、どれくらい無理をすればレベルが上がるのか。それを確かめるまでは、本当の限界まで粘り続けるしかないとソウは考えている。

 

(…………)

 

 その限界はどうやら近い。エレナと頭の中で無駄話をする余裕もソウはなくなっている。何も考えることなく、ただただ腕に力を入れ、足を前に進め続ける。ただそれだけを続ける。

 

「はあ? お前、手で持って運んできたのか?」

 

 聞こえてきた声。自分の非効率な仕事のやり方に呆れている声だと、ソウは思った。そうであっても気にならない。それよりも、その声のおかげでもないが、目的地に到着したことが分かった。

 多くの石が集まっている場所まで、気力を振り絞って歩き、ゆっくりと石を地面に降ろす。

 

(レベルアップなしか……)

 

 一度、石を運んだだけではレベルアップはしなかった。そんな甘いものではないという思いはあるが、気持ちが落ち込んでしまう。

 

(……戻るか)

 

 一度で駄目であれば、二度、三度と続けるしかない。来た道を戻るソウ。石の重さは消えても、体の重さをそれ以上に感じてしまう。

 疲れ切った腕を、気休めに振りながら歩き続ける。

 

(……普段の一歩が八十センチくらい……歩幅が狭いから六十センチだとすると……三キロちょっとか……)

 

 片道三キロを少し超えるくらい。その距離を、石ひとつ運んだだけではレベルアップにならなかった。これが分かったからといって、何かの参考になるわけではないが、気を紛らわせるのには役に立つ。行きで歩数を数えたのも、辛さを紛らわせようという思いつきからなのだ。

 帰り道にまた三十分。また石をひとつ持って、ソウは歩き始める。今は石ひとつで限界であることが分かった。二度目はさらに辛いはずだ。実際に辛かった。

 

「はあ、はあ、はあ、はあ……」

 

 二回目もレベルアップはなし。ソウはまた石切り場に向かって歩いて行く。

 

(……まだ……マジか……)

 

 三回目もレベルアップしない。

 

(いや、逆にこの程度でレベルアップしたら、ひと月もすれば10くらいレベルが上がっていることになるか……そうだな)

 

 三回運んでも四、五時間程度の鍛錬。それでレベルアップを期待するのは虫が良過ぎるとソウは考えた。これでレベルが上がるようでは、一年もすれば<荷物持ち>の達人になってしまう。

 また石切り場に戻って、石を運んでくる。ひたすらこれを繰り返すしかない。他にやることも、ほぼない。

 太陽が西の空をオレンジ色に染めた頃。ソウが何度目かの石を地面に降ろそうとした、その瞬間だった。

 ふと、腕にのしかかっていた岩の重みが、ほんのわずかだけフッと軽くなったような錯覚を覚えた。ガウスが言っていた「昨日ぎりぎり運べていた荷物が、突然余裕になる」という感覚。

 

≪経験値が規定値に達しました。<荷物持ち>レベル1がレベル2に上がりました≫

 

 その直後、ソウの脳内に直接、抑揚のない無機質な声が響き渡る。

 ソウが呼んでもいないのに銀色の魔書(グルモリウム)が淡い光を放ちながら宙に浮かび上がり、自動でパラパラとページをめくった。 白紙だったページに、見えないペンが走るように、次々と黒い文字が滲み出てくる。

 

≪ 各種ステータスが上昇します ≫

 

≪【生命力(Vita)】 素の数値が +1 / <荷物持ち>補正値が +1 上昇 ≫

 

≪【筋力(Vis)】   素の数値が +1 / <荷物持ち>補正値が +1 上昇 ≫

 

≪【耐久力(Corpus)】素の数値が +2 / <荷物持ち>補正値が +2 上昇 ≫

 

≪【器用さ(Dexteritas)】素の数値が +1 / <荷物持ち>補正値が +1 上昇 ≫

 

≪【最大積載量(Pondus)】素の数値が +5 / <荷物持ち>補正値が +5 上昇 ≫

 

 まるでシステムの裏側を見せられているかのように、「素」と「補正値」が明確に分割されて刻まれていく。

 

(あれ?……レベルアップはエレナが伝えるのじゃないのか?)

 

(……おめでとう!)

 

(お前というやつは……まあ、レベルアップしたから今日は許す。さてと……能力(ポテンティア))

 

 早速、ステータスの確認。魔書に文字が浮かんできた。

 

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<姓名:望月 創(ソウ)>

<職業スキル:荷物持ち(ポーター) レベル2(アクティブ)>

【能力(ポテンティア)】

  生命力(Vita)        : 42 (素 36 + 補正 6) ※素+1 / 補正+1

  魔力(Mana)    :  5 (素  5 + 補正 0)

  筋力(Vis)     : 22 (素 16 + 補正 6) ※素+1 / 補正+1

  耐久力(Corpus)   : 39 (素 27 + 補正 12) ※素+2 / 補正+2

  敏捷性(Celeritas) : 25 (素 25 + 補正 0)

  知力(Sapientia)    : 45 (素 45 + 補正 0)

  精神力(Spiritus)   : 85 (素 85 + 補正 0)

  器用さ(Dexteritas) : 42 (素 36 + 補正 6) ※素+1 / 補正+1

【固有ステータス】

  最大積載量(Pondus): 108 (素 54 + 補正 54) ※計+8上昇

【取得スキル】

 インベントリ(小),重量軽減(常時発動 55%軽減)※+5%軽減

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(……上昇したのは生命力と筋力、耐久力と……器用さ? 固有ステータスの上昇が一番大きいのか)

 

 最大積載量のステータス値が他と比べて、圧倒的に上昇値が大きい。運べる荷物の重さか量か、とにかく<荷物持ち>として重要なステータスなのは間違いない。その上昇値が大きくなるのは、ソウとしても納得だ。戦闘の役には立たないだろうことは、残念だが。

 鍛錬初日はこれで終わり。レベルがひとつ上がったという結果だ。召喚四日目はこうして終わった。