栄光騎士団はめざましい活躍を見せている。アリシアの活躍のおかげ、とするのは少し違う。活躍はアリシアのお人好し、ではなく正義感があってこそであるのは間違いないことだが、それだけで任務が上手く行くはずがない。栄光騎士団の活躍は王国諜報部の支えがあってのことなのだ。
当初は思うように調査を行えなかった王国諜報部であったが、黒色兵団からの情報提供もあって、徐々に謀略のパターンというものを見極められるようになった。あちこちで起きている争乱。その争乱の影に隠れた謀略には、いくつか明らかになってみれば、共通点があることが分かる。少数民族絡みというのはその代表的なもので、さらに少数民族を迫害する領主の動機も似たようなもの。犯罪すれすれ、もしくは犯罪そのもので王国に知られないように財を貯め込む。その犯罪に少数民族を加担させ、それが暴露されそうになったので切り捨てようと強硬手段に出て、それが結果として強い反発を招き、暴動が起きる、というのも一つのパターンだ。悪事を働く父親と善良な息子の対立なんていうのもある。カリバ族、そしてキャンベル子爵家と同じパターンだ。
それが分かってしまうと調査の効率は一気に良くなった。探るべきポイントが絞られてしまえば、その道のプロ中のプロである王国諜報部員に探れないものはない。次々と真実が明らかになり、真の悪党は誰かが暴き出されることになった。
「……あいつ……ジークフリート王子の妃にならないつもりか?」
黒色兵団の拠点とした作り替えた王国中央西部の小さな村の物置。そこで仲間たちと談笑しているレグルスは、その栄光騎士団の活躍を喜ぶことはなく、戸惑っている。栄光騎士団の活躍は結果として、白金騎士団の失敗を世の中に知らしめることになる。ジークフリート王子の評価はがた落ちになるはずだ。
そんなことを気にすることなく、これまでと変らずにジークフリート王子がアリシアを求める可能性もあるが、普通であれば恨む。恨むまではいかなくても、嫌いになるはずだ。
この普通の可能性を考えないアリシアが、レグルスは不思議だった。
「王子の妃よりも王妃を選んだんじゃないの?」
ジュードは、アリシアが第二王子であるジークフリート王子から王位継承順一位のジュリアン第一王子に乗り換えた可能性を考えた。本気で考えているわけではない。いつまで経ってもレグルスと結ばれようとしないアリシアに、少し苛立っているのだ。
「そういう性格か? まあ、個人的にはジュリアン王子のほうがお勧めだけどな。あれで見る目があったということか?」
「見る目がないからアオの婚約者になったのだよね?」
さらにジュードは鈍感、というより、わざと惚けているとしか思えないレグルスの反応にも腹を立てている。結局、どちらかが素直になれば良いだけなのだ。素直になって自分の気持ちを伝えればそれであるべき形に収まる。こうジュードは思っている。
「あれは家が決めた……ま、まあ、とにかく本人たちを無視して決めたことだ」
マラカイとリーリエはどう思っていたのだろうとレグルスはふと思った。自分を息子と見てくれていた二人は、アリシア、リサとの関係がどうなることを望んでいたのだろうかと。仲の良い姉弟としてずっと、それとも。
「王子様との関係も本人たちを無視したことでは?」
「何? 何か気に入らないことがあるのか?」
やたらと突っかかってくる感じのジュードに、ようやくレグルスは彼が不機嫌であることに気が付いた。
「気に入らないことはある」
「あっ、さてはこの前、苦戦したことをまだ気にしているのか?」
「……それもある」
存在を隠して各地で争乱を引き起こしている組織。レグルスたち黒色兵団は、その組織、ジョーディーの組織であるシャドウと衝突するようになっている。謀略を暴くために動けば、自然とそうなる。シャドウの組織全体から見れば部分衝突、それも極一部と接触した程度ではあるが。
「世の中には強い奴はいくらでもいる。いちいち落ち込んでいられないだろ?」
「それは分かっているつもり」
王国騎士団にも、元いたブラックバーン騎士団にも敵わない相手はいる。それはジュードも分かっているが、実戦で強敵と感じる相手と向き合ったのは、実はほとんどなかったのだ。いても、そういう敵はレグルスが相手をしていたからだ。
「俺たちもまだまだ強くなれる。仮に負けても、生きてさえいられれば、次は勝てる」
「俺”たち”は、ね」
レグルスはまだまだ強くなるつもり。分かっていたことだが、「追いかける身にもなって欲しい」という思いも湧き上がってしまう。
「……ただ、どうやって集めたのだろうな?」
「何を?」
「ほぼ全員が特選騎士になれる能力を持っていた。広範囲で活動していることを考えると、あの何十倍もの人数がいる可能性が高い」
ジョーディーはどのようにして、組織の数を揃えたのか。ただ数を集めただけではなく、恐らくほとんどが魔力を使える戦士なのだ。
「テイラー伯爵だって集めた」
「……ああ、確かに」
エリザベス王女監禁事件を引き起こし、結果自害したテイラー伯爵も五人の特選騎士を抱えていた。辺境伯家以外の貴族家でそれだけの数を抱えているのは普通ではない。
企みがあったからだが、その気になれば集められるということだ。
「アオはどうして、この件を終わらせようとしないの?」
ジュードは、他のメンバーもだが、レグルスは黒幕の正体を知っているのだろうと思っている。いつものレグルスであれば、枝葉を相手にすることなく根を絶ちに行くはず。そうしようとしないのが不思議だった。
「……理由はいくつかあるけど、一番は目的が分からないことだな。なんかおかしいんだよな」
ジョーディーが兄としてサマンサアンの幸せを願っているのであれば、どうして王国を乱そうとするのか。最初はジークフリート王子に争乱を解決させることで、国王になるに必要な名声を高める手助けをしようとしているのだと考えたが、それであれば裏の謀略は必要ないはずだ。
「違和感を感じる理由は分かっているはず。分かっていることを気付いていないだけだ」
「……こういう話題に興味あるのか?」
会話に加わってきたのはリーチ。普段は領地でひたすら魔道具研究に打ち込んでいる彼だが、今回の任務には同行している。改良版魔道具の実戦での威力を、自分の目で見て確かめる為だ。
「君が珍しく見るべきものを見ようとしないからだ。そうさせる何かには少し興味がある」
「見るべきもの?」
「君はさきほど、こう言った。第二王子より第一王子のほうがお勧めだと。何故そう思った?」
「それ関係…………何故そう思った?」
アリシアの話は陰謀とは関係ない、と否定しようとしたレグルスだが、途中で思い直した。リーチの指摘が気になったのだ。
「この謀略には何人もの登場人物がいる。その一人一人の目的を推察し、利害関係を考えれば、炙り出されることがあるはずだ」
「……それを俺はしてこなかったのか」
まったく考えてこなかったわけではない。ジョーディーの目的についてはかなり深く考えた。アリシアの目的は分かっている。国王とジュリアン王子の思惑も、王子の場合は思惑というより、ただ無欲なだけだが、おおよそ分かる。
ではジークフリート王子はどうなのか。レグルスは深く考えてこなかった。ジークフリート王子は正義の味方、アリシアと共に王国に繁栄をもたらす英雄。過去の人生でのジークフリート王子の役割はそうだったから、今回もそうだと決めつけていた。ジークフリート王子に対する悪感情は過去の人生が影響しているからだと思い込んでいた。
「……ジークフリート王子との結婚は、サマンサアンにとって幸せとは限らない。そう思っているとすれば……」
アリシアの結婚相手はジークフリート王子ではないほうが良い。ジョーディーもまた、こう思っているとすれば。そう思う自分が知らない何かをジョーディーは知っているのだとすれば。見えなかったものが見えてくる可能性をレグルスは感じた。
「領地に、いや、ここからなら王都に寄ってからのほうが良いか。王都経由で領地に戻る」
話を、一度きちんと話を聞いてみようとレグルスは思った。ジークフリート王子のことを自分よりも遥かに良く知っているはずのジュリアン王子に、そしてエリザベス王女に。
◆◆◆
国王は素直に栄光騎士団の活躍を喜んでいる。自分の思惑通りに物事が進んでいるのだ。喜ぶに決まっている。謀略を防ぎ、将来起こるかもしれなかった反乱の芽を摘むという目的は確実に達成に向かっている。
全てを解決するには、まだまだ時間はかかるだろうが、それについては国王は問題視していない。別の目的の為には、ひとつひとつ解決していったほうが都合が良い。栄光騎士団の成功を何度も喧伝出来るからだ。
これまで、本人の意向もあって、あまり世間の話題に上らなかったジュリアン王子は、この活躍が広く知られるようになったことで、一気に評価をあげた。アリシアのおかげと見る人は少なくないが、これもまったく問題にはならない。ジュリアン王子とアリシアは一体であるという形を作れば良いだけ。それで優秀な次代の国王と、その美貌と慈愛の心で国民に尊敬される王妃が出来上がる。王家は国民の人気という大きな力を得るのだ。
ひとつ問題があるとすれば、当人たちにそんな気持ちがまったくないこと。最初から期待はしていなかったが、お互いをそういう相手と意識し、距離が縮まり、好意が生まれる様子がまったくないことだ。
「ということなので、アリシアには話した。公式なものではなく、あくまでも可能性として考えているというところにとどめているがな」
二人に任せておいては進まないのであれば、自ら働きかけるしかない。こう考えて、国王は動いた。まずはアリシアに自分の考えを告げるというやり方で。
「ええ……」
ジュリアン王子にとっては迷惑な話だ。そういう結果だけは避けなければならないと考えているのだ。
「そんな顔をするな。国王として命令することも出来るところを、わざわざ本人たちの意向を確かめることをしてやっているのだ」
アリシアに先に話をしたのは、ジュリアン王子のほうがより強く抵抗することが分かっているから。王家の人間として政略結婚を受け入れるのは義務なのだが、次期国王の座にも執着しないジュリアン王子では、平気で拒絶する可能性がある。まだ臣下の身であるアリシアのほうが、内心はどうであれば、受け入れられやすいと考えたのだ。
「彼女はレグルスの元婚約者で、家が決めたとかは関係なく、好意を抱いています。間違いなく今も。その彼女を無理やり、私に嫁がせるつもりですか?」
「そのつもりだ」
「どうせなら、レグルスと彼女の結婚を取り持てば良いではないですか? そのほうが王国の為になります」
レグルスにはどれほどで感謝してもらえるかは分からないが、アリシアは大いに喜ぶはずだとジュリアン王子は考えている。彼女のその気持ちは王国とレグルスの結びつきを強めてくれると。
「そんな真似出来るはずないだろ?」
「出来るでしょう? それこそ国王として命令すれば良い。私の場合とは違って、喜ばれる命令なのですから躊躇う理由はありません」
「躊躇う理由はある。国王ではなく父として」
娘のエリザベス王女のことを考えると、そのような命令を発することは出来ない。
「……それは私情です」
「私情かもしれないが、大事なことだ。あの男……自分の領地であれば、私に知られないとでも思っているのか?」
国王の表情が一気に厳しくなる。レグルスとエリザベス王女のことを考えて、父親としての感情が表に出てきたのだ。
「えっと……もしかして、そういうことですか?」
娘を思う父としての特別な勘か、男としての人生経験の差か、とにかく国王はレグルスとエリザベス王女が関係を持ったことを感づいている。エリザベス王女から送られてきている手紙を呼んだだけで。
「そういうことだ。大切な娘を……あの男……絶対に責任を取らせる。あいつには、リズの為に残りの人生を全て捧げさせる」
「いや、リズの為だけというのは王国の損失になります」
「王国に忠誠を捧げるのもリズの為だ。とにかく、あの男がリズ以外の女性を妻にすることは絶対に許さない」
感情に任せた横暴な決定、とは言えない。王女と関係を持ったのだ。結婚するか、死刑かそれに近い罰を受けるかのいずれかしかない。結婚という選択を国王が選ぼうとしているのは優しさだ。エリザベス王女に対する優しさだが。
「ちなみに……彼女はリズの次にというのは?」
「許すはずがないだろ!?」
「ですよね……」
第二夫人という選択もない。自らも、国王という地位にありながら側室を持たない国王が、レグルスにそれを許すはずがないのだ。
「この件は公式に進めるからな。お前も覚悟を決めろ。次期国王としての覚悟もだ」
「……困ったな」
ジュリアン王子としては、かなり困った状況だ。レグルスとアリシアの結婚を国王は絶対に許さない。このまま自分とアリシアとの結婚話が、問答無用で進められてしまうことになる。国王の言い方だと、そのまま次期国王としての正式な手続き、立太子の儀まで行われてしまいそうだ。どうしたらこの状況から抜け出せるのか。ジュリアン王子はレグルスへの恨み言を、心の中で、呟くことになった。