月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第71話 視えなかったものが視えるということ

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 シュタインフルス王国の状況は逐一、アルカナ傭兵団本部に伝えられるようになっている。状況は悪いものではない。アルカナ傭兵団として、中欧諸国連合として何をもって任務は成功というのか今となっては微妙だが、愚者から伝えられていた通りの展開になっているのだ。
 シュタインフルス王国軍と有力貴族家連合軍の戦いは予想通り、王国軍の勝利。有力貴族たちにとって切り札であるはずだったベスティエ、ロンメルが加わった反乱軍が共闘の密約を反故にして、戦場に姿を現さなかったのだ。番狂わせなど起きるはずがない。勝利を得た王国軍はそのまま、クノル侯爵領に深く攻め込んでいく。ただ守る有力貴族家連合軍も必死だ。敗北で終われば自家は滅びる。すべてを失ってしまうのだ。激しい抵抗を続けている。
 一方でシュタインフルス王国軍の勢いも初戦の勝利以降、増すどころか萎んでいっている。その原因は良識派の暗躍。覚悟を決めたトリスタン王子が自らの手で内乱を終息させようと動き出したのだ。次代の王の意思を軍部も完全に無視はできない。力で国内を押さえつけることが正しいことなのかと問われれば、絶対に正しいとは言い切れない。戦いの相手は同じシュタインフルス王国の臣民なのだ。
 内乱であるからこそ良識派の正論が力を持つ。国王のやり方に多くが疑問を持っているという下地があったからこそ、それを否定しているのが次の国王であるトリスタン王子であるからこそであるが、初めて良識派が他の二派を超える勢いを持ったのだ。

「……だが軍部はまだ国王が抑えているのだろ?」

 この先どうなるのか。これを考えると、やはり軍という力は必要だとディアークは思う。正論だけで国をひっくり返すことは難しいだろうと。

「裏でその軍部の切り崩しにも動いているようです。ただ有力貴族派を壊滅に追いやるまでは動きは見せないものと思われます」

「有力貴族派を亡ぼしたあとで国王との権力争いか……勝てるのか?」

 有力貴族派が消え去れば、あとは国王派と良識派の争い。国王が素直に息子に玉座を譲れば良いが、そうならなければ状況はどのようなものになるか。国王の座に居座り続けようとした場合にトリスタン王子に勝ち目はあるのかが、ディアークには分からない。

「どちらがより多く、貴族と軍部から支持を得られるかだと思いますが、少なくとも貴族の支持については勝ち目はありそうです」

「それは王子に人気があるから、ではないのだろうな?」

 トリスタン王子の人気頼み。そんなものに期待するほどヴォルフリックは楽観的ではないとディアークは考えている。勝つために何かを行っていて、それに手応えを感じているはずだと。

「王子が停戦の為に動いているという噂を広げているようです。それは貴族家を守るためだという話とともに。簡単に説明するとこういうことです」

「王子は自分たちの味方だと思わせようというのか……だが王子は失敗することになる。それでも支持されるのか?」

 有力貴族派が滅びるまで、完全に滅びなくても力を失うまで内乱は続く。トリスタン王子の力は及ばなかったという結果になるはずだ。それでは貴族たちを失望させてしまうのではないかとディアークは考えた。

「現地はどう考えているのかは聞いておりませんが、失敗は王子が王子であるせい。国王が存在するからということになるのではないでしょうか?」

「だからこそ、すぐにトリスタン王子を国王に。こういう想いを持つ者を多く作り出すことが出来ればか……出来る自信があるのだな?」

「実際に動いているのは反乱軍の首謀者として担ぎ上げたシュタインフルス王国の元貴族、コンラートです。ただの飾りではなかったということです」

 貴族たちへの工作活動はコンラートにしか出来ない。もちろん、トリスタン王子と他の良識派の人々も活動を行っているが、正論だけで人が動くわけではない。利で釣ったり、脅したりといった裏交渉はコンラートの独壇場だ。

「あとは軍部を取り込むことが出来ればか……動けなくするだけで玉座は王子の物になる」

「いえ、もう一つ課題が残っています。ベルクムント王国の承認です」

「……承認を得られなければ、王子は中央諸国連合を頼るしかないのではないか?」

 ベルクムント王国が、トリスタン王子を国王と認めないほうが中央諸国連合の為になる。ディアークはこう考えた。

「そうなればシュタインフルス王国を戦場として、また正面からの戦いを行うことになります。愚者に任せたのは戦争を避ける為。そうなれば任務は明確に失敗となります」

「そうか。そうだな」

「ベルクムント王国への対策として、愚者は何かを行おうとしています。ただ、これについては……ルイーサさんも一緒だというのに」

 シュタインフルス王国の状況は細かく分かるようになった。だがそこを離れたヴォルフリックたちからの報告が、なかなか届かない。お目付け役であるはずのルイーサが同行しているはずなのに。

「まあ、情報網が整備されていないからな。時間がかかるのではないか?」

 アルカナ傭兵団の情報伝達網は、広く張り巡らされてはいない。中央諸国連合内、さらにベルクムント王国とオストハウプトシュタット王国の両大国からの情報経路は構築されているが、それ以外の国については脆弱なのだ。

「そうだとしても問題です。黒狼団の情報伝達は機能しているようですから」

「何? それはどういうことだ?」

「オトフリート様が食堂で教えられたそうです。ベルクムント王国が軍を発したと」

「おい? オトフリートは食堂に……いや、これはあとか。ベルクムント王国軍の情報を我々より先に……」

 ベルクムント王国の王都ラングトアは黒狼団の本拠地。今は違うが、ディアークたちはそう考えている。早期に情報を入手するのは予想していた。だが、それをアルカナ傭兵団よりも早くこのシャインフォハンに届けたというのは驚くべきことだ。

「伝書烏よりも速いというのはあまり考えられません。おそらくは情報を入手した時期が、我々よりもかなり早かったのだと思います」

「それでも驚きだ。国の重要機密に触れられるということだからな」

 軍事情報は機密扱いのはず。それを知ることが出来るというだけ驚きなのだ。

「火薬兵器も知っていました。なんらかの伝手を持っているのは間違いありません」

 火薬兵器と今回の出兵では情報の入手方法は異なる。だがこんなことはアーテルハイドには分からない。それに伝手を持っていることに変わりはない。

「ベルクムント王国軍の規模は?」

「そこまでの情報はありません。ただ総指揮官は王子がなる予定とのことです」

「王家の人間が総指揮官……こちらの介入が知られたか?」

「その情報はありません。ただ、シュタインフルス王国への出兵となれば、警戒はするものと思われます」

 介入の証拠を掴んでいなくても隣国が中央諸国連合加盟国となれば、警戒するのは当然。アーテルハイドはこう思っている。

「……愚者はどうしようと考えているのだろうな?」

「それを知りたいので連絡を待っているのですが……ルイーサさんの力を借りようと考えるくらいですから、強攻策のような気がします」

「謀略ではルイーサは役に立たないか。しかし、強攻策と言っても……」

 シュタインフルス王国を離れたのは愚者のメンバーだけだと聞いている。それで何が出来るのか。ディアークには思いつかない。

「王子が総指揮官となれば、従属国への出兵だとしても一万は下らないでしょう。一万を相手に愚者だけで戦えるのであれば、アルカナ傭兵団は大陸を制することが出来ますね?」

 ヴォルフリックが何を考えているがアーテルハイドにも分からない。説明が出来ないので軽い冗談で会話をつなげようと思った、のだが。

「それは無理だわ」

「分かっています。冗談……トゥナさん?」

 割り込んできたのはトゥナの声。冗談を真に受けてしまったのだと思い、笑いながらトゥナに視線を向けたアーテルハイドだったが、驚愕の表情で固まってしまっている彼女を見て、戸惑うことになった。

「トゥナ、どうした?」

「……別に。なんでもありません。ちょっと違うことを考えていて」

「違うこと……なんでもないのであれば良いが」

 違うことであったとしても、トゥナが動揺してしまうことはどのようなことか気になる。だが、話せることであればトゥナは話してくれる。そう考えてディアークは追求することを止めた。

「……行きたいところがあります。今日はこれで失礼させてもらってよろしいですか?」

「……もちろんだ。この場は公式の会議ではないからな」

「では、失礼します」

 ディアークの許可を得て、すぐにトゥナは席を立って出口に向かう。扉を開けて廊下に出る。護衛の騎士に軽く会釈をして、城の出口に向かって歩き出した。

「……視えた。どうして? どういう意味?」

 震える声で呟きながら。

◆◆◆

 グローセンハング王国の王都シュヴェアヴェルはいつもとは違う雰囲気を漂わせている。その原因は王都を守る防壁の外にいる軍勢。敵に攻められているわけではない。シュタインフルス王国に向かう途中のベルクムント王国軍が夜営しているのだ。敵国ではないとはいえ、他国軍が防壁のすぐ外にいるという事実が王都の住民たちに緊張を強いている。しかも相手は宗主国の軍勢。従属国と見下して、横暴なふるまいをしてこないとも限らない。王都の住民たちはそれを恐れて、多くが自宅に引きこもっている。いつも賑やかな繁華街も今日に限っては、閑散としていた。
 他国の住民たちに恐れられていることはベルクムント王国軍も良く分かっている。まして王子であるズィークフリートが総指揮官だ。万が一にも住民たちに危害を加えるようなことはあってはならない。そう考えて、王都内ではなく、外で夜営しているのだが、そういう配慮は残念ながら相手に伝わっていない。

「……住民が貢物を持ってきた? そういう気遣いは無用だと伝えよ」

 ベルクムント王国軍の機嫌を取ろうと、こんな真似をしてくる住民が現れた。ズィークフリート王子としては残念な思いだ。この出兵は従属国を威圧する意味もある。それは分かっていても、実際に恐れられていることが分かると、気分が良いものではない。

「王子殿下のお気持ちはすでに伝えております。ただ、グローセンハング王国の指示だと言っておりまして、持ち帰るわけにはいかないと」

「グローセンハング王国が? もてなしは無用だと伝えたのに」

 ズィークフリート王子は昼の間に国王をはじめとするグローセンハング王国の上層部と面会している。挨拶をしないわけにはいかない。かといって夜になれば、色々と面倒なもてなしを受けることになってしまうのは、ここまで移動してくる中で他国で経験して、分かっている。夜営地に戻ってきたのはそれを避ける為だ。

「まったく何もなしというのは、相手としても気を使ってしまうのではないでしょうか?」

「断った結果ということか……分かった。会おう」

「それがよろしいかと思います。きっと殿下も喜ばれます」

「いや、私は」

 もてなしなど求めていない。体面を気にしているのではなく、本気で断りたいのだ。というズィークフリート王子の話を聞くことなく、住民の来訪を伝えに来た騎士は戻っていってしまった。

「……もしかすると騎士や兵士たちに不満がたまっているのではありませんか?」

 さっさといなくなってしまった騎士。その気持ちをカーロが推測する。護衛役としてカーロは常にズィークフリート王子の側にいる。ただ周りの騎士に遠慮して、普段はずっと黙ったままだ。

「不満……もてなしを受けられないことへの不満ということかな?」

「はい。中央諸国連合との闘いの時は今回と違って酷いものでした。ただ、それは死の恐怖を忘れるためのものであると聞きました」

 前回、中央諸国連合との闘いの為に出兵した時は、大きな街にたどり着くたびにどんちゃん騒ぎ。他国のもてなしを遠慮するなんてことは一切なかった。宗主国の横暴。カーロも最初はそう受け取っていたが、長く他の騎士と一緒にいる中で、彼らの思いを知ることになった。皆、死ぬのが怖いのだ。その恐怖を一時でも良いから忘れたいのだ。

「……なるほど。規律ばかりでは士気は落ちるか。ただ従属国や民に負担を強いるのは……自国で用意すれば良いのだろうけどね?」

「それは上層部も官僚たちも望まないでしょう。自国で負担すれば自国の民に負担を強いることになります」

 実際は従属国に負担させることを良しと考えているだけの者も多いはず。だがズィークフリート王子相手とあってカーロは王国批判は控えている。

「難しいね。軍を動かすだけで色々と考えることが出てくる」

「……残念ながらそのお気持ちは私には無縁のものです」

「そんなこと言わないでよ」

 カーロは、ズィークフリート王子にとって本音を話せる唯一の相手。この出兵の間だけの関係、というほどドライに考えているわけではないが、ズィークフリート王子の立場では臣下相手でも気を使わなければならない建前で接することのほうが多いのだ。カーロはその建前を必要としない相手。そう考えているのだ。長く時間をともにして、ズィークフリート王子はこう考えるようになった。そしてカーロも。

 

 

◆◆◆

 ズィークフリート王子の前を退いた騎士は大急ぎで貢物を運んできた住民たちが待つ場所に戻った。仕事熱心だから、というわけではない。仕事熱心ではある。だがこの件に関しては、別の理由があるのだ。私的な理由が。
 住民たちが、正確には一人の女性が、変わらずその場で待っているのを見て、ほっとした表情の騎士。

「待たせたな。揉め事はなかったか?」

 騎士が急いで戻ったのはこれが理由。住民たちが他の騎士や兵士に絡まれるのを恐れたのだ。真面目、というわけでもない。その反対だ。

「いえ。特に何もございませんでした。それで……王子様はいかがですか? 貢物は受け取って頂けるのでしょうか?」

「ああ、了承を得られた」

「あっ、そうですか! それは良かった。国に睨まれないで済みます。失敗したら店をつぶされてしまうと思って、待っている間ずっと、気が気でありませんでした」

 安堵の表情を浮かべている住民。最初に貢物は受け取れないと告げた時の絶望的な表情を見ている騎士としても、一安心という気持ちだ。

「では早速運びますか? 一か所ではなく分散させたほうがよろしいですよね?」

 運んできた樽を指さしながら騎士に尋ねる住民。中身は酒。多くに行き渡らせる為には野営地のあちこちに置いたほうが良いという提案だ。

「そうだな……分かった。案内役を付けよう。おい! 何人か来てくれ!」

 すぐ近くにいる、自分と同じように夜営地の入口を見張っている騎士たちに声をかける。この騎士が気にしていたのは彼らなのだが、戻ってきたからには心配は無用なのだ。
 声をかけられた騎士たちが近づいてくる。そのうちの何人かは驚いた顔を見せている。今更だと、最初の騎士は内心で思った。

「酒を運ぶので案内を頼む。ああ、一応、中身は調べさせてもらうからな」

 夜営地に持ち込もうというのだ。警備上、中身を確認するのは当然のこと。騎士は、ほかの騎士も樽を叩き、実際に栓を抜いて中身を確かめ始めた。一口舐めては笑顔を見せる騎士たち。その顔で結果は明らか。結果として、ずっと禁酒を強いられてきた騎士たち。久しぶりの酒の味に顔がにやけてしまうのだ。

「では確認していただいたものから運びます。さあ、皆、頼んだよ」

 住民たちも動きだす。騎士が確認を終えた樽から横に倒し、地面を転がしていく。それぞれ案内役の騎士について、野営地に散らばっていった。

「さて、では王子殿下のところに?」

「ああ、そうだな」

 ズィークフリート王子へも貢物を運ばなければならない。残っていた住民が樽を転がす。ただズィークフリート王子への貢物はそれだけではない。

「では行こうか」

 騎士と話をしていた住民代表の後ろに続いたのは二人の女性。彼女たちのどちらか一人、場合によっては二人ともがズィークフリート王子への貢物として連れてこられたのだ。ズィークフリート王子がいる天幕に向かって、歩き始める六人。

「……恐らくだが、王子殿下は拒否されると思う」

「えっ? 彼女たちではお気に召しませんか?」

「い、いや、そういうわけではない。とても、その、美しいと思う。ただ、王子殿下は生真面目で、体面を気になさる御方なのだ」

 男ではなく、女性の一人にちらちらと視線を向けながら、ズィークフリート王子が拒否するだろう理由を説明する騎士。

「そうですか……しかし、これだけの娘はなかなかいないと思うのですけど」

「ああ、私もそう思う。とても、その、商売をしている女性とは思えない」

「シュヴェアヴェルは大陸一の歓楽街であることを誇っております。そのシュヴェアヴェルで一番を争う娘ですから」

 大陸一の歓楽街は自称だが、街の大きさでは上位にあることは間違いない。ただ、一番を争う娘はまったくの嘘だ。

「……王子殿下が断ったら、その、無理を言うつもりはないのだが……そのまま帰らなくてはならないのか?」

「えっ? ……ああ、そういうことですか……そうですね……こちらも商売でありますから。いや、お代はもらっているか……ちなみにどちらがお好みで?」

「それは決まっている! あっ、いや、どちらも魅力的ではあるが、私の好みとしては、白いドレスを着た娘が」

 白い、ところどころ素肌が透けて見えるドレスを着ている女の子が騎士の好み。それを聞いた隣の女性、ルイーサの顔が不満そうな表情に変わる。ルイーサに魅力がないわけではない。ただ騎士の好みは、より若く、品のある、恥じらっている様子が可愛らしいローデリカであったというだけのこと。
 どうでも良い話だ。騎士の望みは叶えられないのだから。