月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第70話 お節介好きに年齢は関係ないようだ

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 グローセンハング王国の王都シュヴェアヴェルを訪れているヴォルフリックたちが拠点にしているのは、繁華街の裏路地にある安宿、を装っている黒狼団の隠れ家。ピークとクロイツが、コーツ一家の一員としてシュヴェアヴェルに進出したあとに作った隠れ家だ。ヴォルフリックはその隠れ家にローデリカを連れてきた。彼女だけではない。ローデリカが教会に忍び込もうとした事情に関わる男の子も、来る途中で合流している。
 ローデリカが入るのを躊躇ってしまうくらいに古ぼけた建物。入口の扉を開けると、すぐのところに宿らしく受付がある。その受付で鍵を受け取るとヴォルフリックはさらに奥に進んだ。その後ろを付いていくローデリカと男の子。男の子のほうはかなり不安そうだ。食堂を抜け、先にある階段を昇る。廊下を進み、奥から二番目の扉を鍵を使って開けて、中に入った。

「あれ? 連れてきたの?」

 部屋の中にいたブランドがローデリカを見て驚いている。ヴォルフリックが彼女らしき女性の目撃情報をもとに様子を見に行ったことは知っているが、本人だったとしてもこの場所に連れてくるとは思わなかったのだ。

「ああ。ちょっと複雑な事情があるみたいで。詳しい話を聞くには、ここが一番安全だと思った」

「内緒話をするには良いだろうけど、ルイーサさんは良いの?」

「あれ?」

 アルカナ傭兵団ではローデリカは死んだことになっている。少なくともヴォルフリックたちはそう報告をしている。それをヴォルフリックは忘れていた。

「私がいると何が問題なのよ?」

 自分の名が、それも明らかに良くない意味で出て、ルイーサは不満顔を見せている。

「別に。これから話すことを誰にも話さなければ問題ない」

「それは団長を含めて? だとしたら無理よ」

 ディアークに隠し事は出来ない。何もかも話をするというわけではないが、ヴォルフリックについては黙っていることは出来ないとルイーサは考えている。

「じゃあ、部屋を出て行って。当然、盗み聞きも駄目」

「嫌」

「じゃあ、こっちが部屋を変えるか」

 使える部屋はここだけではない。今は宿全体が貸し切り状態なのだ。

「……じゃあ、黙っている」

「嘘も駄目」

「何を隠そうとしているの?」

「それ話したら隠すことにならない。ああ、話せることはあるか。連れてきた二人の素性」

 ローデリカが何者か分からなければそれで良いのだ。何を隠したいかを話すまでは問題ないとヴォルフリックは考えた。ただこれは少し軽率だ。

「つまり、黒狼団の一員ではないのね?」

 これが分かってしまう。最初から黒狼団の仲間として紹介すれば良かったのだ。貧民街の孤児とは思えないローデリカの立ち居振る舞いで、ルイーサは疑問を感じるかもしれないが。

「出て行って」

「嫌」

「……あっちで話そう」

 ルイーサと話している時間は無駄。そう思ったヴォルフリックは部屋を変えることにした。実際にその通りだ。

「仲間外れにしたら手伝わないから」

「……別にかまわない。彼女に代わってもらうから」

 少し考えて、ヴォルフリックはルイーサの要求を拒否した。ローデリカはルイーサの代わりになり得る。実際に引き受けてくれるかは今は分からないが、交渉次第だと考えたのだ。

「……分かった。誰にも話さない」

「いや、もう良い。嘘である可能性のほうが高いからな」

 ルイーサがヴォルフリックに誠実である必要はない。ディアークを優先することは明らかだ。そもそも言葉の真偽以前に、ヴォルフリックはルイーサとのやり取りが面倒くさくなっている。手伝いなど頼まなければ良かったと後悔しているのだ。
 またルイーサが何か言い出す前に部屋を出て、別の部屋に向かう。といってもすぐ前の部屋だ。扉を開けてローデリカと男の子、さらにブランドを招き入れたところで鍵を閉める。
 さらに部屋の物置の戸を開けて中に入るヴォルフリック。

「……入って」

 小さな声でローデリカと男の子にも物置の中に入るようにブランドは促す。言われるがまま、物置に入ったローデリカ。

「えっ?」

「静かに。降りて」

 物置の中に階段があったことに驚いているローデリカに、まだブランドは先に進むように告げた。下に続く階段を降りるローデリカ。そこは上の階よりも少し狭い部屋だった。

「ここなら声が漏れることはない。ルイーサさんだと油断は出来ないけどな」

 この建物は、隠れ家とするにあたって何か所か作り変えられている。この部屋はそのひとつ。何かあった時に隠れている為の場所だ。

「そのルイーサさんは何者なのですか?」

 隠し事をしようとしていることで黒狼団の仲間ではないことはローデリカにも分かる。

「アルカナ傭兵団の幹部。任務を手伝ってもらおうと思って一緒に行動しているのだけど、かなり面倒くさい人で今は頼んだことを後悔している」

「私が代わる任務ですね?」

「それはあと。まずはそちらの話を聞こう。どうして教会に忍び込もうとしている? 誰を助ける為?」

「彼の兄を助ける為です。他にもいればその人たちも」

 ローデリカが助けようとしているのは連れてきた男の子の兄だった。

「どうして教会に捕らえられている?」

「特殊能力保有者だからです。彼の兄は教会の異能者狩りにあって捕らえられています」

「異能者狩り? 教会はそんなことをしているのか?」

 異能者狩りなんてヴォルフリックは初めて聞いた。教会が特殊能力保有者を良く思っていないのは知っていても、直接危害を加えるほどとは思っていなかったのだ。

「私も詳しく知らなかったのですが、特殊能力保有者が自由に暮らせるのは中央諸国連合の加盟国内くらいのようです。他の地域では、程度の差はあるようですが、特殊能力保有者は迫害を受けていると聞きました」

 ローデリカも特殊能力保有者であることで酷い目に遭わされたことはない。その能力を頼りにされていたのだ。だがそれは、もともと教会の影響力が弱いところにアルカナ傭兵団のような特別な能力を持つ強者に頼らないと国を保てないという事情があってのこと。特殊能力保有者に頼ることを良しとする国が連合を組んでいるのだ。他の地域とは違う。

「……シュタインフルス王国でも迫害の話は少し聞いた。でも教会の話は出なかったな」

 シュタインフルス王国のロンメルも酷い目に遭わされてきた。だが教会によってではない。ヴォルフリックは少し事情が違うと考えた。だがこの考えは間違い。教会が絡んでいないからロンメルは生かされたのだ。

「教会が救済だと言って子供を連れていくことはラングトアでもあったよ」

 ブランドには心当たりがあった。異能者狩りなんて言葉ではなく、弱者救済という名目であるが。

「えっ、本当に?」

 だが同じラングトアで暮らしていたヴォルフリックはそれを知らない。

「あれ? シュバルツは知らない? いつからか貧民街に姿を見せなくなったから、シュバルツが貧民街に来たのは、そのあとだったのかな?」

「そうなのかも……」

「そういえば、連れていかれたうちの何人かは知り合いだったけど、一人も戻ってきていないね。でも特殊能力保有者とは限らないような……」

 連れていかれた孤児全員が特殊能力保有者であったわけではない。というより、特殊能力を持っていたかどうか周囲の人たちは分かっていなかった。

「手当たり次第に子供を連れていくそうです。それこそ弱者救済だと言って。でも、この街ではそれは嘘だと知られたのです」

「どうして?」

「逃げてきた子がいて、仲間たちに事実を伝えたそうです。それで子供たちは教会を警戒するようになり、誘いに乗る子は減ったのですが、そうなると教会も悪意を隠すことをしなくなり、狩りという言葉通りの手段をとるようになったと聞きました」

「同じことが他の街でも行われているのだろうな……ラングトアの貧民街はあれでもまだマシだったってことか……」

 人攫いはラングトアにも大勢いた。エマのような美しい女の子だけでなく、男の子もターゲット。身寄りのない孤児たちは奴隷市場に売るには好都合なのだ。だが他の街では、さらに教会という危機が加わる。ギルベアトの存在以外でも、自分は恵まれていたのだとヴォルフリックは思った。

「精一杯に生きている孤児たちに対して、酷い仕打ちを……教会の悪事は許せません」

「悪事を働いているのは教会だけじゃあないけど……最悪といえる悪党であることは確かだな。しかし、教会はそこまで特殊能力者を敵視しているのか……」

 そうであればアルカナ傭兵団なんて聖神心教会にとっては決して受け入れられない存在。ベルクムント王国とオストハウプトシュタット王国の両大国に勝つだけでも不可能に近いというのに、聖神心教会まで敵。アルカナ傭兵団の未来は暗いとヴォルフリックは思ってしまう。

「彼の兄を助けても自己満足に過ぎないことは分かっています。でも、見過ごすことは出来ません」

 男の子の兄を助けても問題の根本解決にはならない。それはローデリカも分かっている。だが見捨てる気にはなれないのだ。

「事情は分かった。ただ救出は数日待って欲しい。今、街で騒ぎを起こされたら困るんだ。その代わり、こちらの仕事が終わったら手伝う。事前の情報収集も任せてくれ。きっと俺たちのほうが上手くやれるはずだ」

「……この人たちは私が信頼している人たちです。私一人で行うよりも成功する可能性は確実に高まります。だから、少し待ってもらって良いですか?」

 判断はローデリカではなくj、兄の救出を望んでいる男の子が行うこと。そう彼女は考えている。

「……分かった」

「ありがとう。必ず、助けますから」

 兄の救出を約束するローデリカ。それを見ているヴォルフリックとブランドの表情は複雑だ。今は心を休める時。その為にローデリカは宛のない旅に出たはず。そうであるのに彼女は男の子の兄の命を背負ってしまっている。
 懲りないなという思い。そういう人なのだから仕方がないという思い。ここでまたローデリカの心を傷つけるわけにはいかない。こんな想いが二人の心に生まれていた。

 

 

◆◆◆

 決行の日までローデリカも隠れ処で過ごすことになった。連れてきた男の子、フィンは教会の異能者狩りで一度捕らわれそうになっている。兄のおかげで逃げ出せたのだが、代わりに兄が連れていかれてしまったのだ。逃げ出せたとはいえ、教会に顔を知られているかもしれないので出歩かないほうが良い。そう判断された結果だ。さらに、数日間、教会の周りをうろうろしていたローデリカも教会に目をつけられている可能性がある。彼女もまた出歩くことは禁じられた。
 何も出来ない退屈な一日、ということにはならなかった。どんな時でもヴォルフリックたちが鍛錬を怠ることはない。ローデリカもそれに参加し、充実した一日を過ごすことになる。
 ヴォルフリックたちとの鍛錬を終え、部屋に戻ったあとも充実感は続いている。一人で旅を続けていたローデリカにとって相手がいる鍛錬は久しぶり。高揚はすぐに収まらない。

「……嬉しそうだね?」

「えっ? あっ、ごめんなさい。貴方のお兄様が大変な時に」

 フィンにそれを指摘されて表情を引き締めるローデリカ。

「謝らなくて良い。お姉ちゃんが嬉しそうにしてくれてたほうが僕も気が楽」

「……ごめんなさい。私、ずっと怖い顔をしていたかしら?」

 フィンに出会い、彼の兄を助けると決めてからずっと気持ちが張り詰めていた自覚がローデリカにはある。それがフィンの気持ちまで沈ませていたとしたら、申し訳ないと思った。

「だから謝らなくて良いから。あの人って、もしかしてお姉ちゃんの彼氏?」

 フィンにローデリカを非難する気持ちはない。彼自身もずっと塞ぎこんでいるのではなく、楽しい気分でいたいのだ。

「ち、違うわ。ただの、いえ、ただのは違うわね……命の恩人。そう、命の恩人なの」

「命の恩人……そうか。恩に感じていて、それがいつの間にか恋心にってやつだね?」

「どうしてもシュバルツを私の恋人にしたいのですね?」

 フィンは自分をからかっている。ローデリカはそれに気が付いた。

「彼氏にしたいのはお姉ちゃんでしょ? だったら、きちんと気持ちを伝えないと」

「……それは無理。シュバルツには大切にしている女性がいます、とても美しい人よ」

 エマと会った時のことをローデリカは思い出す。自分とは異なるか弱い雰囲気の、守ってあげなくてはいけないと思わせる美しい女性。ローデリカの勘違いだ。美しくはあってもエマはか弱い女性ではない。少なくとも気はかなり強い。そう見せないだけだ。

「お姉ちゃんも綺麗だよ」

「ありがとう。お世辞でも素直に喜んでおくわ」

「謙遜しちゃって。可愛いとか綺麗って言われ慣れているくせに」

 剣士として鍛えられた体をしているが、ローデリカは女性としても魅力的だ。外見を褒められたことがないはずはないとフィンは思っている。正しい認識だ。

「……言われたことがあっても嬉しいという気持ちが薄れるわけではありません」

 フィンの言う通り、外見を褒めてくれる人はいた。今となってはあまり思い出したくない人物もその一人だ。

「真面目。もう少し態度を崩さないと男にモテないよ」

「モテる必要はないから」

「ああ、お姉ちゃんが求める人は一人か」

 またシュバルツの話を持ち出すフィン。この話題が一番、ローデリカの反応を誘えると考えているのだ。

「……フィンくんって、こういう性格だったのね?」

「真面目じゃあ、生きていけないからね。そういえば、あの人も僕たちと同類みたいだね? 育ちの良さそうなお姉ちゃんだと苦労するかな? 悪人でも下衆ではなさそうだから大丈夫か」

「悪人は問題ないのですか?」

 何故、悪人は大丈夫で下衆は駄目なのか。そもそも下衆の定義がローデリカには分からない。

「生きるためには悪いこともしなければならないからね」

「そうですね」

 同意の言葉を返したが、ローデリカは理解しきれていない。悪事を働かなくては生きていけない世界を知らないのだ。

「悪いことをしないで生きられる人のほうが良いけどな」

「シュバルツ!?」

「えっ? そんなに驚く?」

 部屋を訪れることは事前に伝えてある。自分が姿を見せたことで驚くローデリカの反応がヴォルフリックは不思議だった。

「お姉ちゃんはお兄ちゃんにどこまで話を聞かれたかを気にしているみたいだよ?」

 嬉しそうな顔でローデリカが驚いた理由を伝えるフィン。今日一番の反応を見られて、自分によるものではないのが少し残念だが、嬉しいのだ。

「聞かれたくない話をしていたってこと? 気になるけど、聞くわけにはいかないか。じゃあ、あまり邪魔をしないように早めに要件を済ますことにする」

「そんなこと言わないで、ゆっくりしていきなよ」

「そう言われると、ますます急ぎたくなるな。何を企んでいるか知らないけど、今は邪魔しないでくれ」

「はぁ~い」

 ヴォルフリックから望む反応を得るのは無理。一度のやり取りでフィンはそれを察した。

「ローデリカさん、これに着替えてもらって良い? 一応、布のしっかりした服を選んだつもりだから、大丈夫だと思う」

「……良いですけど」

 差し出されたドレスらしき服を受け取るローデリカ。着替えろと言われれば着替えるが、ヴォルフリックの説明には意味の分からない言葉もある。

「じゃあ、俺は上の部屋にいるから着替え終わったら上がってきて……お前も来い。年下だって男に変わりないだろ?」

「ちぇっ」

 舌打ちをして、その場から立ち上がるフィン。その頭を軽く小突いて、前を歩かせるヴォルフリック。そのまま階段を上って、ローデリカが着替え終わるのを待つ。

「覗かないの?」

「任務の前に嫌われてどうする?」

「お姉ちゃんは喜ぶと思うけどな」

「覗かれて喜ぶ女性はいないから。それに女性が着替えるのを覗いて、腹が膨れるか? 金が稼げるか? 客がいないのに無駄なことをするな。時間と労力がもったいない」

「……確かに」

 ただ覗きは悪いことと言われるだけに比べると、かなり説得力がある。フィンも納得だ。

「……ひとつ言っておくことがあった。もし失敗しても、もちろん成功する為の努力は惜しまないけど、それでも失敗したとしてもローデリカさんを責めないでくれ。彼女は一度、酷く傷ついた。今は心を癒す時なのに、また新たな傷を負わすようなことにはしたくない。まあ、失敗すれば傷つくのは避けられないだろうけどな」

「分かってる。助かったら儲けものくらいの気持ちだから。ただ、お姉ちゃんは真面目だからね。支えてあげる人がいないと立ち直れないかもね?」

 明日生きていられるか分からない暮らし。フィンもそれを知っている。命の儚さを知っているのだ。失敗して兄が死んだとしても、悲しくはなるだろうが、ローデリカを責める気にはならない。お人好しのローデリカを心配しているくらいだ。

「その時は俺たちが何とかする。大切な仲間だからな」

「仲間ね……」

 そこから一歩先に進むためには何が必要なのか。ローデリカの為に、かどうかは微妙だが、フィンは考えてみる。結論は出ない。その前にローデリカが着替えを終えて、姿を現した。
 恥ずかしそうに頬を染めているローデリカ。着替えたドレスは体のラインがはっきりと分かるもの。胸の膨らみ、腰のくびれが強調されている。それだけでなく所々、生地がレースになっていて素肌が透けて見えてしまっている。

「……綺麗だ」

「えっ……」

「ちょっと魅力的過ぎるかな? いや、でもこれくらい……いや、さすがにローデリカさんには肌の露出が多過ぎか。これでも布の多い服を選んだつもりだったのに。他の服にしてもらおうかな……あるかな……」

 何事かを悩み始めたヴォルフリック。恥ずかしい服についてであることはローデリカにも分かるが、そもそも何故こんな服を着なければならないのかの説明がない。とりあえず、ヴォルフリックから声をかけられるのを待っているローデリカ。

「綺麗だって。あれはお世辞じゃなくて、心からの誉め言葉だよ。良かったね?」

 ヴォルフリックよりも先に声をかけてきたのはフィンだった。その顔はとても嬉しそうだ。