月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第72話 今日は予定が重なっていて大忙しです

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 ズィークフリート王子がいる天幕は夜営地の中央付近、周囲からもっとも遠い場所にある。グローセンハング王国は従属国であるとはいえ、油断は出来ない。こういうことではあるが、今回が特別というわけではなく、たんに規則に従って設営されているだけ。実際のところ、ベルクムント王国軍には油断がある。住民代表として貢物を届けに来た、という相手の言葉を信じ、身元を確認することもなく、夜営地へ入るのを許したのがその証だ。もっとも身元を確認したとしても結果は変わらない。確かにシュヴェアヴェルの住人だという答えが返ってくることになる。歓楽街を仕切るコーツ一家の一員という、それはそれで一国の王子に会うことを許して良い相手かはかなり微妙な、怪しげな素性であるが。
 周囲の注目を、ほとんどの視線はローデリカとルイーサの二人に向けられたものだが、を浴びながら夜営地の奥へと進む一行。目的の場所にたどり着くのに、そう時間はかからなかった。
 一際大きな天幕。その周囲を囲んでいる護衛の騎士たち。天幕の少し手前で止められた一行は、その場でズィークフリート王子が姿を現すのを待つことになった。その待つ間に転がしてきた樽を立て、そっと栓を抜く住人、の振りをしているシュバルツ。

「もう?」

 その様子を見て、意外そうな顔のルイーサ。まだズィークフリート王子は姿を現していない。準備には早いと思ったのだ。

「ゆっくり会話する必要なんてないだろ?」

「まあ、そうだけど」

 ここまで来られれば正体を隠し続ける必要はない。一気に事を終わらせて、撤収するだけだ。さらにシュバルツは樽の上蓋も外してしまう。それでほぼ準備は完了。あとはズィークフリート王子が現れるのを待つだけだ。

「……あれ?」

 天幕の奥から現れた人影を見て、シュバルツが声を漏らす。

「何?」

「……どれが王子かなと思って」

 天幕の中から出てきたのは四人。ズィークフリート王子を近くで見たことのないシュバルツには誰が王子だか分からない。声を漏らしたのは別の理由だが。

「一番、立派な服を着ている男でしょ?」

「なるほど……じゃあ、あれか」

 これを言い切った時にはシュバルツは、樽の中に隠しておいた剣を手にして、前に飛び出していた。地を這うような姿勢から一気に剣を振り上げるシュバルツ。完全に不意を突かれたズィークフリート王子に、その剣を躱す余裕はなかったのだが。
 周囲に響いた甲高い金属音。

「……腕をあげた?」

「……シュバルツ」

 シュバルツの剣を阻んだのは、カーロだった。

「曲者!」

 少し間をおいて、護衛騎士たちがようやく反応した。シュバルツを討ちとろうと一斉に剣を抜く護衛騎士たち。だが、彼らがシュバルツに襲い掛かるよりも先に攻撃してきた者たちがいた。
 空を切り裂く水の刃が護衛騎士たちに襲い掛かる。それをなんとか躱した騎士たちにさらにルイーサが斬りかかった。

「集え! 曲者だ! 殿下をお守りしろ!」

 侵入者はただ者ではない。最初の攻撃でそれを悟った護衛騎士たちは、すぐに援軍を求める声を発した。周囲には一万の味方がいるのだ。少し時間を稼げば、すぐに多くの味方が集まってくるはずだった、だが。
 夜営地に響き渡る爆発音。一つ二つではない。あちこちから立て続けに聞こえてきた。

「……まさか、火薬兵器?」

 そのまさかだ。今、爆発音を轟かせているのは樽の中に隠しておいた火薬兵器。それが野営地のあちこちで爆発しているのだ。

「……殿下……お逃げください」

 状況はかなり厳しい。そう考えたカーロはズィークフリート王子に、この場から逃げることを促した。火薬兵器など関係ない。カーロにシュバルツを止める自信などないのだ。

「逃げるといっても……」

 逃げるといってもどこに逃げれば良いのか。護衛騎士が多くいるこの場以上に安全な場所などズィークフリート王子には思いつかない。

「逃げ場なんてない」

 行き場に迷うズィークフリート王子の前にシュバルツが立ちふさがる。

「シュバルツ!」

「……本気で邪魔する気か?」

 ズィークフリート王子との間に入って、攻撃を邪魔しようとしているカーロ。彼の行動の意味がシュバルツには分からない。今もまだカーロは仲間。そのカーロが自分の邪魔をしようとしていることが信じられないのだ。

「頼む……引いてくれ」

「……まずは理由を聞こうか」

 シュバルツとの争いを求めているのではない。カーロの苦し気な表情がそれを示している。

「……ある人と約束した。王子殿下を守ると」

「そのある人は俺たちよりも大切だってこと?」

「それは……」

 カロリーネ王女は黒狼団の仲間よりも大切な存在なのか。それを考えたことはなかった。考えることを避けていた。彼女は権力を握る為の踏み台。彼女に近づくのは黒狼団の為。こう思い込もうとしていた。すでに答えは出ているのに。

「ふうん。そのある人って女の人だよな? カーロにも、そういう人が出来たのか……」

「すまない」

「謝ることはない。ただちょっと驚いた。カーロが真剣に人を好きなることなんてないと思ってたからな」

 カーロはモテる。とにかくモテる。だがカーロから恋愛話など聞いたことがなかった。純情一途なシュバルツに相談してもしょうがない、ということだけでなく、実際に恋愛で悩むことなどカーロにはなかったのだ。

「……正直、自分でもわかっていない」

「そうだとしても、俺に剣を向けることになっても約束を守りたい相手ということだ。すごく大切な人でないと俺が困るな。カーロとの関係は、簡単に裏切られるような軽いものではないと信じていたから」

「シュバルツ……」

「……ひとつ条件がある。少なくとも一刻は行動を起こさないこと。どこかで身を隠していてくれるのが良いかな?」

 シュバルツたちにはまだやることが残っている。ベルクムント王国軍にすぐに立ち直られては困るのだ。

「殿下」

「……しかし」

 二人の会話はズィークフリート王子もずっと聞いていた。カーロが何を求めているのかは分かっているが、味方が戦っている中で一人逃げ出すことに抵抗がある。シュバルツの言葉を信じて良いのかという思いもある。

「一応、伝えておくと、ここは俺と敵対する奴らにとっては安全な場所じゃない。信じるか信じないかはそちらに任せるけど」

「…………」

 探るような視線をシュバルツに向けているズィークフリート王子。シュバルツが何を言っているのかズィークフリート王子には分からない。彼はまだ目の前にいる人物が何者かを理解していないのだ。

「殿下、逃げてください」

「カーロ……君と彼は一体……?」

 二人の関係もズィークフリート王子には分からない。顔見知りであることは明らかだ。だがそれ以上の関係は、これまでの会話からは読み取れなかった。

「後ほど、全てをお話します。とにかく今はここを離れてください。彼は……彼は、愚者なのです」

「な、なんだって……?」

 先の戦いでベルクムント王国軍に多大な犠牲を強いたアルカナ傭兵団の愚者。その情報は当然、ズィークフリート王子も知っている。愚者が何故、ベルクムント王国軍にとって脅威であるかも。

「もう良い。逃がしてくれない人が気づく前に力づくでも連れていけ。あと……十秒だ。十、九……」

 逃がそうとしていることをルイーサに気づかれては面倒なことになる。こう考えて、ヴォルフリックは事を急ぐことにした。

「殿下! 失礼します!」

「カ、カーロ!?」

 シュバルツに言われた通り、強引にズィークフリート王子を抱きかかえて、この場から逃げようとするカーロ。その行動に驚いたズィークフリート王子だが、シュバルツが時間を区切った意味を理解してもいる。この場には彼が運んできた樽が、そのままあるのだ。他の場所ではいくつもの火薬兵器がすでに爆発しているというのに。
 ヴォルフリックの足元から炎が立ち上がる。地を這う炎は周囲の天幕を焼き、そして、爆発した。

 

 

◆◆◆

 外壁の向こうから聞こえてきた、いくつもの爆発音。何が起きたのかと驚き、大騒ぎとなった王都も今はかなり落ち着きを取り戻している。ベルクムント王国軍に何か起きたのは間違いないが、それは王都に影響を及ぼすようなものではない。それが住民たちに分かり始めたのだ。今もっとも慌ただしく動いているのはグローセンハング王国の国王や重臣たち、そして軍だ。自国の王都のすぐ横で宗主国の軍が襲撃を受けた。あってはならない事態にグローセンハング王国上層部は大混乱に陥っているのだ。
 城と王都の外を行き来する多くの人々。状況を把握しきれていない今は、負傷したベルクムント王国軍の騎士や兵士の治療が優先事項。さらに行方不明となっているズィークフリート王子の捜索と、さらなる襲撃を警戒して、グローセンハング王国軍も城外に展開を始めていた。

「お待たせ」

 そんな中、シュバルツたちは次の行動を起こそうとしていた。

「首尾は?」

 シュバルツに応えたのは仲間のスヴェン。彼は次の備え、教会への襲撃に備えて、現地で見張りを行いながら、シュバルツたちが合流するのを待っていたのだ。

「まあまあかな。詳しい話はあとだ。こっちは?」

「良いほうの目が出た。かなりの数が外に出て行ったのを確認している」

 王都の外で起きたベルクムント王国軍襲撃。それへの対応の為、かまではスヴェンも確かめていないが、多くの人間が教会を離れている。これから侵入を試みようとしているシュバルツたちにとっては好都合だ。

「じゃあ、始めるか」

「了解」

 夜の闇にまぎれて進み出ると教会の勝手口の扉にスヴェンは張り付いた。入口の扉がゆっくりと開いたのは、ほんの数分後だ。
 扉の奥に滑り込んでいくスヴェン。シュバルツたちもその後を追う。人の気配はない。それでもシュバルツたちは少しの間、息をひそめてその場にとどまる。先行していたスヴェンが指を立てて合図を出す。それに従って、シュバルツは前に出て、廊下の曲がり角まで進んだ。
 そこでまた周囲の気配を探る。「エマがいてくれたらもっと楽なのに」なんて思いを心に浮かべたのはシュバルツだけではない。気配を探ることに関しては、エマは黒狼団で一番なのだ。
 先の様子を探りながら奥へ進んでいくシュバルツたち。灯りが見えたところで、また動きを止めた。

「状況はどうなっているのだ!?」

 少し離れた場所にいてもはっきりと言葉が聞こえる。言葉を発している人物の苛立ちも伝わってくる。

「かなりの被害が出ているのは間違いございません。ただ、今はまだ現場に近づくことが出来ず、詳細を確認できません」

「ズィークフリート王子が行方不明だという話は?」

「どうやら事実のようです」

「なんと……」

 管轄としている国、グローセンハング王国でベルクムント王国の王子が行方不明になった。教会にとってもあってはならない事態だ。ベルクムント王国の権威の低下は、教会内の力関係にも影響を与える。西部教区の影響力が弱まれば、相対的に東部教区の地位を高めることになってしまうのだ。
 といった教会内の事情など、今のシュバルツたちにとってはどうでも良いことだ。話し合いが行われている部屋の前を通り過ぎ、さらに建物の奥に進んでいく。ようやく目的の、と思われる、場所にたどり着くまでに四半刻の時を必要とした。
 扉の前に立つ、教会には似つかわしくない厳つい男。実際には、それなりの規模の教会であれば必ずいる教会騎士だ。その教会騎士が見張りに立つということは、その先には守るべき何かがあるということ。

「……ん?」

 明らかに自分に向けられたシュバルツの指による合図。だがローデリカにはその意味が分からない。黒狼団の合図など教わっていないのだ。

「…………」

 立てた指をそのまま自分の口元に持っていくシュバルツ。この意味はローデリカにも分かった。声を出すなという意味だ。続けてシュバルツは別の指示を出す。今度はスヴェンに向けてのもの。当然、その意味が分かるスヴェンはすぐに行動を起こす。
 壁沿いに前に進んでいくスヴェン。その大胆な行動にローデリカは驚き、シュバルツに手で口を塞がれることになった。

「…………」

 分かったという意思表示として、何度もうなづきを繰り返すローデリカ。それ見て、軽く睨みながらもシュバルツは手を外す。
 その間にもスヴェンは扉の前に立つ教会騎士に近づいていく。ローデリカにしてみれば、気づかれないのが不思議な距離。その距離からスヴェンは一気に間合いを詰めた。
 教会騎士の首元から吹き上がる血しぶき。すぐにスヴェンに抱えられたまま、ゆっくりと床に崩れ落ちていった。

「……さっきのは特殊能力で攻撃してって合図だから。命中させる自信がない時、一撃で殺せる自信がない時は首か指を振って教えて」

「分かった」

「じゃあ、行こう。時間がない」

 見張りの交代時間は分からない。だが時間の余裕はないと考えるべきだ。スヴェンが鍵を開けていることから、この先は一本道である可能性が高い。この扉を抜ける以外に戻る道はないということだ。
 扉に張り付くシュバルツたち。スヴェンが指を立てて、合図する。敵の接近を知らせる合図だ。扉の奥にも見張りがいたのだ。

「……ローデリカさんはここを守っていて」

「……分かった」

 中の様子は分からないが、この扉を塞がれては逃げ道を失う可能性が高い。守りを任されるのは信頼の証。ローデリカはそう受け取った。
 足音が近づいてくるのがローデリカの耳にも聞こえた。躊躇うことなく、扉の中に飛び込んでいくシュバルツたち。争いの音が周囲に響くことは避けられない。シュバルツが言った通り、時間はなくなった。教会側はすぐに侵入に気づくはずだ。
 また静寂が周囲に広がる。それが一時的なものであることはローデリカには分かっている。遠くからかすかに聞こえる何者かの声。それが徐々に近づいてきている。

「ローデリカさん、大丈夫?」

「えっ? あっ、ブランドさん」

 シュバルツと共に扉の中に突入したブランドが戻ってきていた。ローデリカは緊張が少しほぐれたのを感じた。

「シュバルツは時々、無神経になるからね?」

「無神経、ですか?」

 確かに時々、シュバルツは後ろから抱きしめたり、顔を遠慮なく触ってくるなど、ローデリカにとっては大胆な真似をして、彼女の心を揺らしてしまう。ただブランドが言っているのはそういうことではない。

「教会の人間、殺せる? 無理なら言ってね」

「……大丈夫です。罪なき子供たちに非情な行いをするような人たちを許すつもりはありません」

 少なくとも、この教会にいる人たちに関しては、ローデリカは聖職者とは認めない。罪人を討つことを躊躇うつもりはない。

「そう。だったら心強いね」

「中は平気なのですか?」

「そんなに数はいなかったからね。その分、外に大勢いる可能性があるからってシュバルツが言うから」

 中にいた教会騎士はブランドが確認したところでは五人。ほぼ初撃でけりがついた。奥にまだいる可能性はあるが、それほどの数ではないはず。数がいるのであれば、すぐに出てくるはずだとシュバルツたちは考えたのだ。
 ではそれで全てかとなるとそうではないと思う。これだけの大きな教会で教会騎士が六人程度しかいないはずがないのだ。

「……彼の考えは正しいようですね?」

「残念ながらね。シュバルツに残ってもらったほうが良かったかも」

 近づいてくる足音。それは数人のものではない。かなりの数の、重い足音が近づいてきていた。間違いなく激闘になる。ローデリカはまた緊張が高まっていくのを感じた。

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