月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #96 まさかの可能性

異世界ファンタジー小説 四季は大地を駆け巡る

 テーブルの上に置かれていたティーカップを手に取り、口に運ぶ。すっかり冷めてしまい香りも抜けた紅茶など美味しくはないのだが、今はただ乾いた口を潤せればそれで良い。
 セレネから送られてきた連絡文。久しぶりに送られてきたのでよほどのことだと覚悟していたが、書かれていた内容はその覚悟を超えるものだった。
 東方支部の裏切り。まさかこんな事が本当に起こったのだろうか。だが、ここに書かれている内容はヒューガの考えだと書いてある。情報分析に関しては、ヒューガの能力はずば抜けている。数少ない接点ではあったが、ギルド長はその能力を目の当たりにしている。
 ここ最近はすっかりエルフの奴隷解放についての情報は入らなくなっていた。それはこちらの予測通りに事が進んでいる証。その予測を行ったカインはもうすぐ現れるはずだ。セレネからの書簡の裏付けをとって。
 もうひとつ気になるのはセレネの目的がこの情報を知らせることを主としていないことだ。主目的は求人。ギルドの仕事に飽きている優秀な人間がいたら採用するという、なんともふざけた話だ。
 なによりもふざけているのは、東方支部の裏切りの情報がこれをお願いするお礼ということ。それはセレネがギルド員の立場にいないことを意味する。
 ドュンケルハイト大森林はどうなっているのか。肝心の情報はない。それにギルド長は苛立ってしまう。

「カインです」

「入れ」

 待っていたカインが現れた。相変わらず仕事が早い。それを事務能力の高さとしか考えていなかったギルド長。今はそのことを大いに反省している。

「お待たせしました」

「いや、待ってはいない。あいかわらず仕事が早いな」

「そうですか? 裏付けを取るだけですから、こんなものです」

「聞こう」

「はい。残念ながら情報は正しいと言わざるを得ません」

「そうか……」

「この数年を遡ってみました。東方支部はもともと傭兵の死亡率が高かったのですが、内訳が変わっていました。かつては東方支部の死亡率の高さは大森林と接しているマンセル国内での依頼によって引き上げられていました。ただ、この一年は、ダクセス、マリ、アシャンテの死亡率が跳ね上がっています。死亡率を引き上げた依頼は盗賊依頼です」

「ふむ。それで?」

「傭兵の死亡日と新規傭兵の登録に関連性は見られません」

「そうなのか?」

「一拠点だけを見ればです。傭兵が死亡した支店では必ず数日後に新しい傭兵たちが現れて依頼を受けています。これだけでは問題とはいえませんが、その傭兵たちのほとんどがランクEかF。しかも他の支店で依頼を受けた形跡がありません」

「どういう事だ?」

「別の所で登録をしておいて必要な場所が出来たらそれへ移動する。そういう事だと思います。要はカムフラージュですね」

「情報に間違いはないという事か」

「いえ、これだけでは東方支部の不正の証拠にはなりません。傭兵の動きが怪しいのは確かです。でも東方支部がこれに関与している形跡はどこにもありません」

「そうだな……それでも情報は正しいとお前は思っているのだな」

「そうですね。ギルド長がこの数字の異常さに気付かなかった原因は支部からの報告が支部全体の数字だからです。拠点ごとの数字を見れば、異常さはすぐにわかります。つまり支部長であれば気付いているはずです。支部長からそういった報告はないのですね」

「ないな」

「もうひとつは新たに登録された傭兵に対する監査報告がひとつもない事です」

「……それは?」

「ランクの上がり方が異常です。短期間にランクCまで上がっている者が何人もいます。こういった場合、不正が行われていないか傭兵の素行調査を行う事が義務付けられているはずですが、それは一切行われていません」

「ふむ」

「以上から、積極的な関与までは指摘できませんが、見て見ぬふりをしているのは間違いないと思います」

「……支部長だけではないな」

「はい。この件は支店長が一番に気付くはずのものですから」

 少なくとも状況的に不正が行われているのは間違いない。だがこれを問題化したとしても、ギルド長が求めるような厳しい処分は難しい。

「ここまで分かっていても手が出せんか」

「はい。ですが、事が不正だけで収まらない場合、ギルドは致命的な損害を被ることになります」

 東方支部が本当に傭兵王に組していた場合、ギルドは各国の信頼を失うことになる。そうなれば傭兵ギルドは終わりだ。傭兵ギルドの活動は中立性、公平性を各国に認められてこそ成り立つものなのだ。

「まったく難しい問題を放り込んでくれる」

「でも、おかげで事前に対応を考えることが出来ます」

「必要な対策は?」

「まずは東方支部への情報統制。傭兵ギルドの中枢情報へのアクセスを遮断しておいたほうが良いでしょう。情報がダダ漏れではこちらの動きが読まれます。次に東方同盟内のギルド職員の安全確保。全ての職員が取り込まれたとは考えにくいです。そういった職員を東方同盟内から脱出させる手はずを、今の内から整えておく必要があります」

「難しいな。そんな人手はない」

 東方同盟内の傭兵は既に信頼出来ない。かといって他国から傭兵を送り込んだとしても、果たして無事に活動出来るか。本来は傭兵を守るギルドが敵なのだ。

「ではギルド長の名で特別依頼を出すことを考えください」

「特別依頼? そんな相手がどこにいる?」

「依頼を受けてくれれば、これ以上信頼しようがないという者がいます。しかもその者は、こういう仕事を得意としています」

「……ヒューガか」

「はい。適任ですね。完璧に仕事をこなしてくれると思います」

「しかし受けるか? 今更、傭兵の身分など必要としないだろう。特別依頼であろうと無視することは十分にある。いや、その可能性のほうが高いな」

「報酬は人材の提供。これはという者がいれば自由にスカウトしてかまわないという事をギルド長の名で許可すれば良いのではないでしょうか? 逃げ出すものが何人になるかはわかりませんが、その全てを他のギルド支店で受け入れる事は困難です。失業させるよりはマシでしょう?」

「つまり向こうが言ってきた求人に協力する訳だ。まさか、これを読んで、こんな物を彼奴はセレネに送らせたのか?」

「さあ、そこまでは分かりません? でも可能性は十分にありそうです」

 ただ求人なんていっても、こちらは積極的に協力する訳がない。自分の所の人材をわざわざ手放す事はないからな。しかし、東方支部の動きを知ってしまえば?
 その対応としてこうなる事を読んでいた可能性は十分にある。

「……なんだか良い様にはめられた気がするが仕方ないだろう」

「はい。そうですね」

「……お前はどうする? 求人募集に応じるか?」

「魅力的ではありますけど、当面はないですね」

 当面という言葉は、まったくその気がないわけではないことを示している。だからといってギルド長は何とも思わない。気になるのはその理由だ。

「何故だ?」

「やることが沢山ありそうです。なによりも重要な対策がありますから」

「重要な? それは何だ?」

「多数派工作です。お忘れですか? ギルド長の選出投票は二年後です。東方支部がギルドを押さえるには二通りの方法があります。ひとつは強引に離脱し、東だけで独立すること。もうひとつは選挙で勝つことです。東方同盟は六国。マーセナリには支店がありませんから全体で五票。支部長が立候補をしたとしても四票を固めたと考えて良いでしょう」

「すっかり忘れていたな」

 ギルド長選出選挙は十年に一度開催される。投票権は支店長以上で営業所長にはない。ギルドの支店は各国一カ所、それ以外は営業所の為、結果として一国一票となる。唯一の例外はパルスで、中央と東西南北の五票があるが、ギルド長が立候補した場合、支部長と支店長を兼務している中央の票は無効となる。

「私は傭兵王の東方同盟制覇が長引いた場合、東方支部は選挙に出てくると思います。理由は二つ。ギルド長は清廉過ぎて、派閥を作ることをしていません。従来のギルド長はパルス内の支店長を取り込んで、票固めを行っていたはずです。これは不正とは違います。安定したギルド運営を行う為に必要なことと私は考えています」

「そうだな」

 だが今のギルド長、サイモンはそれをしていない。性格としてそういう工作が苦手なのだ。彼がギルド長になれたのも先代が強力に推してくれたから。自分自身の力で選挙に勝ったわけではない。

「そしてもうひとつは東方支部がまとまることです。従来は国家間のプライドのぶつかり合いで、東方同盟のどこか一国からギルド長に立候補する者が出れば、他国は対立候補を支援していました。ギルドは中立といっても上顧客である国や貴族の影響力は馬鹿になりませんからね」

「その通りだ」

「ということで、今のところは選挙になれば東方支部長が有利です。これを崩すには票が多い、都市国家連合の票を集めなくてはいけません。しかもこれはうまくやらないと西方支部長の野心を刺激しかねません。西までまとまってはギルド長に勝ち目はありません」

 西方支部に属する支店は五票。西方支部長の票を除いても東方支部と同数になる。そうなると一番支持が安定していないのは現ギルド長のサイモンということになる。中央の票は東西の奪い合いになるはずだ。

「もし、勝てそうもない場合は勇退も考えてください。少なくとも東を勝たせるわけにはいきませんから、西に加担するか、まったく別の候補者を立てることになります」

「ふむ。考えておこう」

 傭兵ギルドが一国の利害の為に動いてはならない。東方支部長だけは勝たせてはいけないのだ。それを防ぐ為であればギルド長の地位から降りることなど、サイモンにとっては、たいしたことではない。

「私が思いつくのはこんなところです」

「そうか……本当にそれだけか?」

「……お話ししても実現出来ません」

 カインには別に考えがある。サイモンが推測した通りだった。

「ちなみにどういう手だ」

「勝てるタイミングで選挙をします。もしくは選挙に戦況を合わせます」

「どういうことだ?」

「マーセナリが国を侵略すればするだけ、選挙の票は減ります。マーセナリがザクセンを制圧したらそれを口実に、ザクセンの支店を閉鎖。支部をマンセル辺りに移します。そうなれば、東方支部長の票は三票です。ミネルバがマリを制圧すればマリの支店を閉鎖。これで二票。選挙においてもう脅威ではありません」

「……実現出来ないと考える理由は?」

 良い策だと思う。何故、カインがこれを実現出来ないと考えるのか、サイモンは分からない。

「それを行えば東方は独立の道を選ぶでしょう。そうなれば東方同盟内のギルドを切り捨てることになります。それが出来ないから、ギルド長は悩んでいる。そう理解しています」

「……それは選挙に勝とうが何をしようが、東方支部は独立をすると言っているように聞こえるぞ」

「はい。その通りです。通信文には切り捨てれば良い。そう書いてあったのではないですか?」

「書いてあったな」

 セレネから送られて来た書簡には確かにそう書いてあった。

「つまりはそういうことです。事はそこまで進行している。そう判断しているのだと思います」

「では多数派工作も無駄だな?」

「いえ、あくまでも相手に非常の手段を取らせないと傭兵ギルドの正当性を保てません。切り捨てるとはトカゲのしっぽ切りの意味でもあるのです」

「……なるほどな。やはり、お前は優秀だ」

「買い被りです。通信文に書いてある通りの事を言っただけです」

「そこまでの事は書かれていない」

「書かれていないという事は、それは意味がない事。そういう事だと理解しました。支部を切り捨てる。それが結論です。私はその結論から物事を逆にたどっただけです」

 東方の独立は避けられない。傭兵ギルドの歴史の中で、このようなことは初めてだ。世界を混沌が覆う時、傭兵ギルドもまた例外ではいられないということだ。
 混沌が始まれば、次に現れるのは新たな秩序を生み出すであろう王。セレネから聞いた予言がいよいよ現実になろうとしているとサイモンは思った。
 ではその王は何者なのか。セレネからの手紙にはそれは書かれていない。それがサイモンは疑問だった。疑問に思うサイモンは、ヒューガがその王である可能性を考えているのだ。

「カイン。ヒューガへの特別依頼を出す。それを伝える役目をお前に任す」

「はい」

「その後は、可能であれば行動を共にしろ」

「……他にも行わなければいけない対策があるはずですが?」

「それは枝葉に過ぎんのだろ? 東方支部をギルドから切り離すだけであれば、俺だけで十分だ」

「……分かりました。連絡を取る方法は?」

「それは後で伝える。書簡を用意する。しばらく一人にしてくれ」

「……はい」

 東方が独立する事態になれば、サイモンはその責任をとらなければならない。あとを託すに相応しい人物。知る限りではカインであるが、彼には立候補する資格がない。
 仮にサイモンが推薦したとしても無名のカインでは勝ち目などない。サイモンは彼を推挙した前ギルド長のような組織力を持っていないのだ。
 ではどうするか。東が駄目であれば西しか選択肢はない。傭兵ギルドも人材不足ということかと思って、サイモンは少し可笑しくなった。

 

◆◆◆

 東方同盟内の戦況が担当者の口から述べられている。予想通りのものもあれば、予想外のこともある。概ね戦況は双方にとって芳しくないようだ。それはパルス王国にとっては望ましいこと。出来るだけ東方同盟内の争いの決着は伸びて欲しい。パルス王国に東への干渉が可能になる時期が来るまで。
 その時期とは魔族との争いに決着がつく時。それについての報告に議題は移ろうとしている。

「魔族領への侵攻軍は大きな被害を出しながらも、魔王城へ近づいています」

「被害の程度はどれくらいだ?」

「全軍の十分の二が戦闘不能の状態です」

「戦闘不能? 負傷ではなくてか?」

「はい」

「……ほとんど負け戦だな」

 どちらかが全滅するまで戦いが続くわけではない。勝敗の多くは兵の士気によって決まる。それだけの被害を受けていれば逃亡する兵も多く、戦線は崩壊していてもおかしくない。戦線が崩壊すれば、その戦は負けだ。

「はい。被害数だけを見れば。戦線を維持出来ていることが驚きです」

「思ったよりやるな。それとも実戦の中で成長したか」

 総大将のアレックスは開戦当初、散々な指揮で魔族に一方的にやられていた。それがこれだけの被害を受けて戦線を維持できているのは不思議だった。

「兵の士気を保っているのは勇者と聖女の二人です」

「……成程な。あまりの不甲斐なさに表に出て来たか?」

「はい。前線で積極的に戦っています。何度も崩れそうになった戦線を維持しているのは二人の力です。もっともそれを支援する兵の力も大きいようですが」

「支援する兵? それはどこの部隊だ?」

「どこのというのはありません。戦いの中で勇者が見出した者たちという言い方が正しいと思います。寄せ集めの部隊ですが、これが相当に強いようです」

「……埋もれていた者が出てきたというわけか」

 新たな人材の発掘をイーストエンド侯爵は素直に喜べない。既存の体制に関係なく、そういった人々が現れるのは、秩序崩壊の兆しかもしれないのだ。

「はい。下級兵士が多くいます。本来の軍制で言えば、表に出ないであろう個人の兵が表に出ている。それだけ戦況は厳しいものがあるという事かと」

「魔将は?」

「報告では積極的に表に出ていません。勇者との直接対決を避けている感があります」

「魔族がそんな戦法を取っているのか?」

「はい。それが戦況を難しくしている一番の問題です。勇者の力は圧倒的です。しかし、それの向け先がその他大勢の魔族や操られている魔獣であっては宝の持ち腐れです」

 勇者は魔将を討つ為の兵器。だが今それは別に向けられている。それはパルス王国軍にとっては望ましい形ではないのだ。

「その間にそれと同等のこちらの兵が魔将にやられているわけだ」

「被害であればこちらの方が遥かに大きいです。敵の魔将は四人。こちらは勇者と聖女の二人ですから」

「アレックスは?」

「予想通り、魔将に歯が立ちませんでした。一度、前線に出ましたが、散々にやられたあとは、後方に下がって指揮を執るだけです」

「いっそのこと、殺されてしまえば良かったのに」

「これは間者の推測ですが、わざと生かしたのではないかと……」

「だろうな」

 無能な指揮官は敵にとって望むところ。わざわざ消して、より手強い指揮官を呼び込むことはない。戦の上手さで魔族に上回れている。イーストエンド侯爵は頭が痛い。

「それでも数の力で前進を続けています。近日中に魔王城まで到達出来る可能性はかなり高いと思われます」

「到達出来ても勝てなければ意味はない。かえって敵の懐に囚われたと考えられなくないだろう?」

「それについてはノースエンド伯軍がかなり前線近くまで出ています。後方の安全確保を図っているものと思われます。そしてノースエンド伯の領地にはサウスエンド伯軍が入りました」

「……そうか」

 ノースエンド伯爵の行動は王命無視と非難される可能性があるもの。ノースエンド伯爵にそれが分からないはずはない。覚悟の上での行動ということだ。

「これも推測ですが……」

「なんだ?」

「ノースエンド伯は前線に突入するおつもりではないでしょうか? 魔王城を落とすには侵攻軍には今一つ力が足りていないと思います。でもそこにノースエンド伯軍が加われば」

「それをやっては……」

 さすがにそこまでのことを行うとはイーストエンド侯爵は考えていなかった。陣を動かす程度であればまだしも、前線の戦いに許可なく参加することなど、今の時代では許されない。
 会議室は静寂に包まれている。参加者は皆分かっているのだ。ノースエンド伯爵にそこまでの覚悟をさせるほど、戦況は思わしくないということを。
 負けるのかもしれない。大陸一の強国と称されたパルスが。イーストエンド侯爵の頭に、そんな思いがよぎった。