反乱軍の兵士のほとんどが、結果として逃亡のような形で投降していった。
それを呆然と見送っていたシュナイダー将軍だったが、いつまでも、そうしている場合ではない。わずかに残った兵をまとめてグレンに向かうか、逃亡するかを迫られることになった。
もっとも、それを許すグレンではない。シュナイダー将軍が逡巡している間に、逃亡する兵たちの間を割って近づいてきていた。
「逃げるのは無駄だな。追いつかれて捕まるのがオチだ。そもそも逃げる場所があるのか?」
「…………」
あるはずがない。隣国はウェヌス王国とアシュラム王国。どちらの国もシュナイダー将軍が頼れる相手ではない。これは相手の国がどうこうではなく、シュナイダー将軍の心情の問題ではあるが。
「なんて話をしている間に俺の兵が周りを囲んでいる。残ったのは……全部で千もいないな。突破も無理と。しようとしても俺が許さない」
「……殺せ」
逃げるのは不可能とシュナイダー将軍も判断したようだ。
「はあ? どうして俺が殺さなければならない?」
「生き恥を晒すくらいなら死を選ぶ。殺せ!」
「じゃあ、勝手に死ね。俺がわざわざ殺してやる理由はない」
そんな親切を行うつもりはグレンにはない。あっさりと鎮圧出来たとはいえ、無理やり反乱に巻き込まれたという思いは消えていないのだ。
「ふざけるな! 私はお前の簒奪を防ごうと立ちあがったのだ!」
「……簒奪? 俺が何を?」
「ゼクソンの王位に決まっているだろ!」
「何故決まっている? 簒奪も何も俺はすでに王だ」
グレンに簒奪をするつもりなどなかった。身に覚えのないことを、一方的に決めつけられると、心の中の苛立ちがさらに募ってくる。
「形だけの国だ」
「余計なお世話だ。それを形のままにしておくつもりはない」
「だからゼクソンの王位を狙ったのだろ!?」
「……なるほどな。ちょっと面白くなってきた」
シュナイダー将軍はグレンがゼクソンの王位を簒奪するつもりだと決めつけている。そうなると、どうしてそう思うのかがグレンには気になる。すでに答えは見えていたとしても。
「面白いだと!?」
「面白いな。それ誰に吹き込まれた?」
「吹きこまれたなどと言うな。忠告を受けたのだ」
シュナイダー将軍はあっさりと誰かが存在することを認めてしまう。
「それを誰にと聞いているのだけどな?」
それに苦笑いを浮かべながらグレンは、その相手の名を尋ねる。
「お前に言う必要はない」
「ああ、これだから馬鹿は困る」
「何だと!?」
グレンがシュナイダー将軍に感じていた危うさ。それが見事に利用されていた。正義の名の下であれば何をしても許される。何が正義かなど人によって違うことが分かっていない。
シュナイダー将軍の正義は自分に都合の良い正義なのだ。
「一つ教えてやろう。俺は自分に子供がいるなんて知らなかった」
「嘘だ!」
「嘘ではないな。知ったのは反乱の報告を受けた時だ。それに子供の件はゼクソン王に騙されたことだ。俺の意思ではない。まあ信じなくても良い。別に俺にはどうでも良いことだ」
「……騙されない」
「だから、どうでも良いって。俺にとって重要なのは、ゼクソンに何故か俺の国のことを知っている人がいるのかってことだ。誰にも知らせていないはずなのに」
「何だと?」
「耳聞こえないのか? どうして懸命に外部に隠している国のことをゼクソンの人が知っているのかって言った。今度は聞こえたか?」
ルート王国のことをシュナイダー将軍は知っていた。どこまで詳しいことを知っているか分からないが、少なくともグレンが王になり、国を建てたことは知っていた。
では、一体それを誰に聞いたのかがグレンにとって興味を惹かれるところだ。
「隠している?」
「当たり前だろ? お前が言った通り、まだ形だけの国だ。国民全部で戦っても、ゼクソンの二兵団分。そんな状況で他国に存在を知られたいと思うか?」
「……陛下は」
「知るわけがない。ゼクソンを出る時は自分の国を興すなんて考えていなかったからな。そもそも国の場所だって知らなかった。そして俺がゼクソンに入ったのは今回が初めて。俺の臣下が入ったのも、お前らが反乱を起こす直前だ」
「では、何故?」
「だから馬鹿って言われるのだ。それは俺が聞いていることだ」
「……私は騙されたのか?」
グレンの話を聞いて、シュナイダー将軍は動揺を見せている。分かっていたことだが、やはりグレンは呆れてしまう。
「なんてすぐに俺の言葉を信じるような男だからな」
「何だと!? 騙したのか!?」
「勝手に騒いでろ。もうお前には用はない。この先はお仲間と話す」
反乱軍は結局何の抵抗も出来ないままに、全員が投降することになった。グレンがお仲間と言ったのは他の将軍たちと大隊長たちだ。拘束されたその者たちがグレンの前に引き出されてきた。
「さて兵たちと同じことを聞こう。俺に従え」
「……それで何になる。反乱を起こした以上は、我らを待つのは死だ」
口を開いたのは猛熊兵団のギンガー将軍だ。他の将軍はといえば、怯えを見せている者と何とも言えない顔をしている者に分かれている。後者については少し不思議に思ったグレンだが、それは横に置いてギンガー将軍に向かって口を開いた。
「……どいつもこいつも。ゼクソン軍で頭が回るのはランガー将軍だけか?」
「何だと!?」
「俺は俺に従えと言ったのだ。この意味も分からないのか?」
「銀狼に従う? まさか?」
「ようやく分かったか。俺はゼクソン王国には今のところ何の関係もない。お前らがゼクソン国王に反乱を起こそうが俺には関係ない話だ」
「しかし、自分の子を助けにきたのであろう?」
「何故、助けなければならない?」
「なっ?」
グレンの非情な言葉にギンガー将軍は驚きの声を上げた。
「つい先日存在を知った子供に愛着なんてない……は、さすがに嘘か。だが、俺には見捨てる理由がある」
「そんな理由は」
「俺が大切なのはゼクソン王国ではなく俺の国だ。さて、自分の国よりもはるかに国力のある国に自分の血縁者がいて王として嬉しいか?」
「……国を奪われると?」
グレンの懸念がギンガー将軍にも分かった。
「国力のない国が普通は奪われる方だと思うけどな」
「では何をしに?」
「人を騙して子供を孕み、勝手に産んで、それも伝えてこないような悪女を懲らしめに」
「……本当に子供のことは知らなかったのか?」
「そう言っている。それはどうでも良い。答えをもらおうか。俺に従うか、それとも反乱者として処刑されるか、どっちが望みだ?」
「従ったとして待遇は?」
「強欲。命が助かっただけで満足出来ないとはな。まあ、個人の才覚次第と言っておく。国が大きくなって、それに相応しい実力があれば、また将軍になれるだろな」
「成るのか?」
「……国を大きくする為に尽力しますくらい言えないのか? 生まれたばかりの国に仕えるって、そういうことだよな?」
ここでなれるとはさすがにグレンには言えない。ルート王国を豊かにしたいという気持ちはあっても、それが成功するかなど王であるグレンにも分からない。
「そうかもしれないが……しかし、本気なのか?」
「それは俺が聞きたい。本気で俺に従う気はあるか? 従うとは臣として仕えるという意味だ」
「……少し考えさせてもらいたい」
「他の者は?」
「俺は仕える」
即答してきたのは飛隼兵団のイェーガー将軍だった。あまりの早さにグレンの方が驚いた。
「決断が早くないか? 本当に?」
「仕えるが少し分からない。ゼクソンの王位を望まないように聞こえたのだが?」
「簒奪なんてするつもりはない」
「しかし、それでは聞いていた話と」
「聞いていた話?」
「あっ、いや、この場では」
この場では話せない何かをイェーガー将軍は知っている。
「……どちらにしても詳しい話は一人一人に聞くつもりだ。とりあえずは意思だけを聞く。俺に仕える気がある者は手を挙げて」
それが気になるグレンだが、話せないというものを聞いても無駄だ。臣従の意思だけを問うことにした。
そのグレンの問いにギンガー将軍以外の全員が手を挙げた。
「考えたいというギンガー将軍以外は全員か」
「私は仕えるつもりはない!」
正確にはギンガー将軍以外の全員ではない。シュナイダー将軍は手を挙げていない。ただ挙げるはずがないので、初めから聞く対象に入れられていないのだ。
「そんなことは分かっている。シュナイダー将軍がここで手を挙げても俺は信用しない」
「そう、か」
「さて、では細かい話をと言いたいところだけど」
そこでグレンの視線が駐屯地の門に向いた。
駐屯地の門が大きく開いて、中から出てきたのは兵を率いたランガー将軍とゲイラー将軍、その後ろにはゼクソン国王ヴィクトリアも続いている。
反乱軍の兵団長たちを拘束しようと動き出した兵士たち。それを遮るように前に出たのは、グレンが連れてきたルート王国軍の兵士たちだった。
「……グレン王?」
その行動に戸惑ったランガー将軍がグレンに視線を向けた。
「勝手な真似は止めてもらおう。彼らを拘束したのは我が軍だ」
「そういうことですか……」
グレンの言葉にわずかに顔を歪めながら納得の台詞を口にするランガー将軍。だが、納得しないのはヴィクトリアだ。
「どういうことだ!?」
「……そちらとの話は後だ。クレイン」
「はっ」
グレンの呼びかけにヴィクトリアのすぐ後ろにいたクレインが進み出てきた。
「……無茶をする」
「逃げられては困ると思ったのですよ」
「なるほど。そういうことか。詳しい話は後にしよう。後ろにいるのが反乱軍の首謀者たちだ。大隊長もいる」
「……ほう」
「知った顔は?」
「いますね」
「思ったよりも簡単に見つかった。誰だ?」
「今、後ろに隠れようとした者ですね。そう、彼」
クレインが指差す方向にいた男が数人の兵士に無理やり押さえつけられて引き出されてきた。その顔は驚きに真っ青になっている。
「やあ、ラーク。久しぶりですね」
「クレイン……お前、何故ここに?」
「銀鷹傭兵団なのだな?」
二人の会話を聞けば、それで充分なのだが、グレンは念押ししてきた。周りに状況を知らしめる為でもある。
「ええ。よく知った顔なのですよ」
「さて、お前の所属は? 所属といっても仮の所属だろうけどな」
「……俺は雇われて」
「たった一人でか? しかも大隊長の恰好をして。ゼクソン軍はいつから、傭兵を大隊長に据えるようになったのだ?」
「それは……知らない」
「無駄な足掻きだな。この男の所属していた兵団は? 自分の兵団にいた男だ。知らないとは言わせない」
グレンは問いを将軍たちに向けた。それに応える者は誰もいない。
「これも無駄な足掻きだ。さて、荒鷹兵団のハンマー将軍。前に出てもらおうか。まあ、無理やり出てもらうがな。前に引き出せ!」
「はっ」
兵に引きずられるようにして、前に連れてこられたハンマー将軍。顔色を変えていないのは、さすがというところか。
「さて、この男のことを知っているな」
「銀鷹傭兵団の団員だ。ラークと呼ばれている」
「何故、傭兵団の人間を大隊長にした? 普通はあり得ないと思うが?」
「それは人手不足で。それに銀鷹の傭兵は優秀だ。自分の兵団を強くするのを手伝ってもらうつもりだった」
「他にもいるのか? この質問は荒鷹兵団に限った話ではない」
「……知らない」
「ではお前に。他に仲間はいるのか?」
「いない」
グレンは銀鷹傭兵団のラークに問いを向けたが、望む答えは得られなかった。予想していたことだ。
「そうか。ミルコ! 投降した兵を洗い出せ!」
「はっ!」
グレンの言葉にもハンマー将軍とラークの二人に動揺した様子はない。だが、それも次の言葉までだった。
「兵団毎に並べて一人ずつ、その兵の家族を見たことがある者、故郷が同じだという者を確認しろ。それが五人以下なら一旦拘束だ。そうやって絞り込め」
「はっ!」
「早くやる方法は?」
「まずは故郷が同じ者を固めること。それでまとめて減ります」
「良いだろう。ではやれ!」
「はっ!」
グレンの命を受けたミルコが兵を連れて駆け出していく。それを見送ったところで、グレンはまた、二人に向き直った。
「さて、これで出てきたらお前達は俺に嘘をついたことになる」
「ま、待ってくれ! 俺は末端の兵までは知らない!」
「では、どこまでを知っている?」
「それは……」
「俺はこう言った。従う者には寛容をもって応えようと。嘘をつくこと、隠すことは従ったとは言えないのではないかな?」
「……金獅子師団の中にもいるはずだ。ラークが連絡を取っているのを俺は知っている」
「嘘を言うな! そんな者はいない!」
「お前も同じなのだがな? それとも死ぬか?」
「知らない。俺は本当に知らない」
「簡単には口を割らないか。まあ良い、金獅子にいる事が分かれば炙り出せるだろう。シャドウ」
姿も見えない相手の名を呼ぶグレン。それに応える者がグレンの兵の中から現れた。格好までグレンの兵士のそれだ。
「……はっ」
「尋問などは?」
「それこそ我らの仕事です」
「とりあえず二人いれば良いですよね?」
「はい。充分です。他にいれば、それは全て吐かせてみせます」
「そうか。では先に白状した方だけを助けることにしよう。それで良いですか?」
「……完璧です」
本気で助ける気がないことはシャドウには分かっている。グレンが助けると口にしたのは白状させやすくする為だ。もう一方は白状した。だからお前も吐け。そうやって吐かせ、裏付けを取っていくのが尋問のやり方だ。
「では連れて行け。死なせないようにな」
「それもまた、我らの技です」
「それもそうか。じゃあ、お願いします」
シャドウはラークに掛けられた拘束を一つ一つ確かめていく。その次は身体検査。服の中から数本の短刀を取り出して、兵に渡していった。それが終わると口に無理やり布を詰め込み、引き摺るようにして駐屯地の中に戻っていった。
いつの間にその二人を囲むように現れたのは、シャドウの部下たちだ。
「さて、他にもあっちの尋問、拷問だな。拷問を望むものはいるか? それとも、ある程度の礼儀を持った尋問が良いか? どちらかを選べ」
選択肢に全くなっていない。拷問を選ぶものなどいるはずがないのだ。
「答えは尋問への返答で判断しよう。さて……クレイン。尋問は?」
「間者のようにはいかないでしょう。しかし、何を探るかは分かっているつもりですね」
「では頼む」
「お任せ下さい。場所はどういたしますか?」
「反乱軍の野営地を。反乱兵士の炙り出しが終わったらミルコと共に兵をまとめて、守りを固めろ。ついでに兵には必ず身の安全を保証すると言っておいてくれ」
「はい。それもお任せください」
「ああ、任せた」
それでクレインも拘束された将軍や大隊長を連れて、その場を去って行った。
「さて後は……」
「いい加減にしろ! いつまで俺を放って置くつもりだ!」
全く相手にされないままに放置されていたヴィクトリアが怒鳴り声をあげてきた。
「……退屈なら奥に引っ込んでいれば良い」
「何だと!?」
「それが俺に対する態度ですか?」
「それは……助けてくれたことには感謝する。だが、お前は何を」
グレンに向かって感謝の言葉を口にするヴィクトリア。だが、そんな言葉をグレンは求めているわけではない。
「誤解があるようです」
「誤解?」
「俺はゼクソン国王、貴女を助けにきたつもりはない」
「では何をしに来た?」
眉をしかめるヴィクトリア。グレンの意図が全く分からないのだ。
「貴女にも選択肢を提示しましょう」
「何だと?」
「俺に従うか、大人しく子供を渡すか。どちらかを選んで下さい」
「何!?」
「大人しく子供を渡せば、俺は自分の国に引き上げましょう。ああ、俺に従う人は全員連れて行きますけどね」
「そんなことは……そんなことを許せるはずがない!」
グレンの要求を拒否するヴィクトリアだが。
「じゃあ勝負してみますか? 解放した元ウェヌスの兵士は俺に従うでしょう。後は反乱兵士ですね。さて、俺と貴女、彼らはどちらに従うでしょうか?」
「…………」
言葉では拒否を告げられても、実際にそれを止める力がヴィクトリアにはない。
「多くの反乱兵士が従えば数で勝てるかもしれない。賭けてみますか?」
「……脅すつもりか」
「そう。まだ分かっていないのですか?」
「何を?」
「俺は怒っているのです。貴女がやらかしたことに」
「……騙したことは済まない。だが、お前の子が欲しかったのだ」
「そうじゃない! やっぱり貴女は分かっていない!」
ヴィクトリアの返事に突然グレンは大声で怒鳴った。
「なっ?」
「俺もどうやら誤解していたようです。俺は、貴女は父親に政争の道具にされたことを恨んでいるのだと思っていた」
「えっ?」
「無理やり男として育てられ、そうかと思えば、女として夫を迎えることを餌に臣下たちを騙す道具にされた。俺はそれを恨んでいるのだと思っていました」
「もちろんだ!」
「では何故、自分の子供に同じことをするのですか!? 王位に就ける為だけに子を望み、その子の性別を偽るような真似をしたのです!?」
「あっ……」
ヴィクトリアの顔が青ざめる。グレンに指摘されるまで自分が子供に何をしたか分かっていなかったのだ。
「貴女がやったことは貴女の父親のやったことと同じだ。そんな母親を俺は決して認めない。だから聞いたのです。俺に従うか、子供を俺に渡すかを選べと。母であることか、王であることのどちらかを選べと。両方を奪わないだけ有難いと思って貰えますか」
「俺は……」
「返答は今すぐでなくて良い。でも、それ程待てない。準備が出来れば俺はすぐに出立しますから」
「…………」
もうヴィクトリアには返す言葉がない。グレンに言われたことが余程堪えたのか、ぼんやりと立っているだけだった。
「……ランガー将軍、事情は理解していますか?」
「捕虜をウェヌスに帰す。間違っていないですか?」
「合っています。四千人分の物資を用意して頂きたい。かなり急ぎます。ウェヌス軍が向かっている可能性がありますので」
「何だって!?」
「反乱鎮圧の名目で。実際は反乱が終わるのを待ち構えて、乱れたゼクソンを占領というところでしょうね」
銀鷹傭兵団が絡んでいたとなると、ウェヌス王国が動かないはずがない。今回の件も黒幕が裏で糸を引いているのだとグレンは考えている。
「ちょっと待ってください。そこに捕虜であったウェヌス軍の兵士を連れてですか?」
「そうですけど?」
「寝返ったらどうするのです? それとも勝算が?」
「戦いに行くわけではありませんけど?」
「しかし……」
グレンの意図はランガー将軍にも分かった。だが、それでも不安は消えない。
「反乱はすでに終息しました。終息の形は、ゼクソン国王に判断を求めました。どのような形になるにしろ、ウェヌスに鎮圧軍を送る名分はない」
「それでも攻めてきたら?」
ウェヌス王国の掲げる大義名分など、侵略の口実に過ぎない。なくなったからといって、ウェヌス王国が侵略の欲求を押さえるとはランガー将軍には思えない。
「ウェヌスが講和を破った侵略者になるだけです。大国としての信用はがた落ちです」
「そうですが、それで侵略される我が国は?」
「それについて今は分かりません。ゼクソン国王のご判断次第ではないですか?」
「……それ脅しですよ?」
グレンはゼクソン王国そのものを人質にしているようなものだ。
「そうでもありません。相手が勇者であれば戦いにならないと思います。正義の味方のつもりの勇者が講和を破った侵略者になることを望むと思いますか?」
「そうなのですか?」
「もちろん。それにも気付かないような男ですし、気が付いて不味いと思っても言い訳を作って自分を正当化する可能性はなくはありません」
「そうなったら?」
「勇者を殺す機会が出来るだけです。俺は勇者が嫌いなのです。失った殺す口実を得られるのならそれはそれで構わない」
それはつまり、グレンには勝つ算段があるということだ。
「……なるほど。分かりました」
「どれ位かかりますか?」
「物資は正直、ここにはほとんど残っていません。反乱軍の物資を集めましょう」
「残る兵の分は?」
「……反乱軍の兵士はどうされるつもりですか?」
反乱に与した兵士をどう扱うかで、必要となる物資は変わってくる。
「ルート王国に連れて行きます」
「本気ですか?」
何千という兵士を連れていかれては、ゼクソン王国軍は力を失ってしまう。
「希望者だけ」
「……そういうことですか」
ゼクソン王国に残る気持ちのない兵士に限ってのこととなれば、それほど多くの兵士ではない。家族がいる兵士はまず残ることを選択するはずだ。
「それほどの数にはならないと思います。ただ、それの選別を行うまでは彼らには俺に従ってもらいます。余計な手出しはしないように」
「分かっております。その分の物資は各駐屯地のものを集めさせます。では準備が出来るまで駐屯地に部屋を用意しますので、そちらでお待ちください」
「……野営地でかまわない」
「変なことは考えておりません。ただ、陛下ともう少し話をして頂きたいと思います」
ランガー将軍の視線の先には、言葉を一切発することなく、茫然と立ち尽くしているヴィクトリア。それを見て、グレンの怒りも急速に収まっていった。
「……分かった」