月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして #49 貧乏領主暇なし

異世界ファンタジー小説 悪役令嬢に恋をして

 結果は満足出来るものではないが、とにかく魔物討伐任務は完了した。
 そうとなれば、速やかにバンドゥに帰って、領政に精を出そうと考えていたリオンだったが、残念ながらそれは叶わなかった。王都での任務完了報告に同行する羽目になったのだ。
 国王への報告に一地方領主である自分が立ち合う必要はないはずだ、というリオンの言い分は、近衛騎士団長によって一蹴された。逆にお前が報告しなくて誰が報告するのだ、と怒鳴られるだけだった。
 実際に、リオン以上に討伐任務の経緯を把握している者はいない。意味もなく命じられているわけではなかった。
 そんな事で、バンドゥ領軍も含めた軍勢は王都に向かっている。
 行軍も半ばを超えているが、未だにリオンは納得していない様子で、ずっと不機嫌そうに馬上で腕を組んだまま動かないでいる。その体勢でずっと隊列を乱すことなく馬を進めている事を周りが不思議に思うくらいだ。
 行軍中にリオンが姿勢を崩すのは、エアリエルに話しかけられた時。それ以外は、どこからともなく現れる部下と話をする時くらいしかない。
 これも又、周囲の興味を引いているのだが、リオンはそれに気付いている様子もなかった。

「交易所の拡張か……微妙だな。今は必要かもしれないけど、魔物の脅威が去れば、今のようにうちには流れて来ないはずだ。それを考えると、空いている敷地は別の事に使ったほうが良いな」

 今も又、部下が持ってきた報告に答えを返している。相手は黒の党の者だ。黒の党は、戦場の偵察から領地との情報の繋ぎに任務を変えていた。領政が少しでも滞るのをリオンが我慢出来ないからだ。

「具体的なご指示はありますか?」

「フォルスのところにまず聞くようにと。商売を広げられると判断している様なら任せるように」

「そうでない場合は?」

「新規参入を受け付けよう。カマークで商売をしたい者には、無償で場所を貸すという告知を」

「無償で宜しいのですか?」

 商売の知識などない黒の党の者だが、さすがにタダで良いという言葉には疑問を持ったようだ。

「但し、期限を決める。定められた期間内に売上を伸ばせなかった場合は、金を払って借りるか、撤退を選ばせる」

「一応、目的を教えて頂けますか?」

「目的?」

「ご領主様のご指示は意図が分からないものもあって、それを伝える我らが怒られるのです」

「……それは悪かった」

 十分に心当たりがあるリオンだった。発想が変わっている上に言葉が足りないリオンは、人にものを伝える事が苦手なのだ。特にジャンたちは、唯々諾々とリオンに従うような者たちではないので、説明を求められる事は多い。

「目的は新規参入の敷居を下げる事。資金が乏しくて他の街では商売が出来ないが、実は素晴らしい商品を扱っているという商人がいないとも限らない」

「はい」

「ただ優遇する以上は、実績をあげてもらう必要がある。だから期限を設ける。これで分かるか?」

「はい。大丈夫です」

「あっ、相手の身元はきちんと洗うように。これはお前たちの仕事だな」

「伝えます」

 これは黒の党の党首であるブラヴォドへの伝言となる。

「あと、畜産が順調に進んでいるようであれば、市場の準備も考えておけと。それに敷地を使っても構わない」

「分かりました」

「あとは……大丈夫か? 人に知られて困る指示ではないので、紙に起こしても構わないけど?」

「平気です」

 黒の党の者たちは、まだ経験が少ないとはいえ、子供の頃から間者として育てられてきた。これくらいは空で覚えていないとブラヴォドに怒られる事になる。

「そうか。では続けて。居住区の整備もそろそろ進めるようにと」

「はい」

「ああ、でも……あまり急がないとも伝えてくれ。必要になるかどうかは、まだ不明だから」

「……分かりました」

 これは目的を聞かない方が良さそうだと男は判断した。本来は、こういう気遣いをするべきではないと分かっての事だ。

「さて、こんなところだな。ご苦労だった。戻りも気を付けて」

「はっ」

 こんな事を毎日毎日、日によっては数回繰り返すこともある。身内であるバンドゥ六党の者たちも、この勤勉さには驚いてしまう。党首であるカシスたちは別にして、リオンの領主としての姿を見るのは、兵たちは初めてなのだ。
 そして身内でない者たちも、この様子には感心している。

「きちんと領主をしているのね?」

「ん?」

 行軍の最中にエアリエル以外が声を掛けるのは初めてだ。それを許さない雰囲気を出している自覚があるリオンは話しかけられた事に、少し驚いた様子だ。

「ああ、シャルロット様か。どうかしましたか?」

 このリオンの反応で、シャルロットはホッとした。ただでさえ話しかけづらい立場であるのに、更にリオンの不機嫌さは人を寄せ付けない厳しさがある。
 さりげない様子を装ってはいたが、シャルロットはかなり勇気を振り絞って声を掛けたのだ。

「どうしたってわけではないけど」

「……また退屈だから相手をしろと?」

「あっ、そんな事もあったわね」

 リオンに言われて、廃城に行った時、初めて魔物の襲撃を受けた時の事をシャルロットも思い出した。話相手が居なかったシャルロットは、退屈だからとリオンに付き合わせたのだ。

「はい。その時と同じですか?」

「それもあるけど……その前に」

 シャルロットにはもう一度、勇気を必要とする事があった。リオンを挟んだ反対側で馬を進めてるエアリエルに視線を向けた。

「……ごめんなさい」

 まずは謝らなくてはならない。そう思って、エアリエルに謝罪したシャルロットだったが。

「謝罪の言葉は不要だわ」

「でも」

「勘違いしないで。謝罪されても許すつもりはないわ。だから不要なの」

 エアリエルから返ってきた言葉は、かなり厳しいものだった。ただこの言葉はシャルロットに向けたものではない。シャルロットの謝罪を受け入れると、他の者までそれを求めてくるかもしれない。そうさせない為に釘を刺したのだ。

「……ごめんなさい」

「だから謝罪は不要。話があるなら普通にすれば良いわ」

「……ええ」

 拒絶のようで、そうではない。エアリエルの考えをシャルロットはよく分かっていないが、話す事が許されたのは確かだ。

「えっと……何から聞けば良いのかしら? 多すぎて困るわね」

「そんなに?」

「それはそうよ。今回は貴方にずっと驚かされ続けていたもの」

「シャルロット様を驚かすような真似をした覚えはありませんけど?」

「……シャルロットって呼んで」

「はっ?」

「だって、ほら、貴方は男爵じゃない。私は父親が侯爵だというだけで、無位だわ」

「そういうものですか?」

「ち、違うわ。変な意味じゃなくて、本気でそう思って」

「はい?」

 焦った様子で、どこかズレた答えを返してきたシャルロットに、リオンは戸惑っている。

「あっ、その、貴方の奥様が……」

 シャルロットの言葉に、リオンがエアリエルの居る方を向いてみると、厳しい目でシャルロットを睨んでいるエアリエルが居た。

「どうした?」

「……リオンは、この女と何かあったのかしら?」

「何かって?」

「男女の関係」

「はあっ? そんなのあるはずがない」

「……そう、つまり、あれね」

「あれ?」

「何でもないわ。どうぞ、会話を続けて」

「……ああ」

 相手の気持ちがどうであろうと、リオンが何とも思っていなければ、エアリエルは気にしない。この割り切りはずっと前からだ。そうでないと、ヴィンセントや自分の為に何人もの女性を抱いていたリオンに対して、常にヤキモチを焼いていなければならない。

「何の話でした?」

「私の呼び方」

「ああ、そうでした。さすがに呼び捨ては抵抗があります。なので、シャルロットさんで」

「分かった。それで良いわ」

「それで何の話を?」

「何だか普通ね?」

「はい?」

「だって、すごく機嫌が悪そうで。正直、話しかけるのが怖かったわ」

「機嫌が悪いのは事実です。でもそれは考える事が多すぎて苛立っている部分も多いですね」

「考える事って?」

「領地の事。荒れた土地なので、とにかく、やらなければいけない事が多くて」

「それをずっと考えているの?」

「はい。目の前に人が居てくれれば一言で終わる指示も、離れていてはそうはいきません。いくつも先の事を伝えて置かなければいけませんし、途中で問題が起きた場合の事も考えなければなりません。一つの事でも、それが幾つにも分岐するので、もう頭が一杯になります」

 一度指示を出すと、次にその事で伝令が戻ってくるのは、どんなに急いでも往復で一月は掛かる。そんなやり取りでは物事は進まないので、思いつく限りの可能性をあげ、それぞれの対応を伝えておく。そういう事をリオンはやっていた。

「……そこまで細く指示が必要なの?」

 シャルロットは領政の事など分からない。ただ父親が、リオンほど領政に追われているという印象はなかった。これは父親であるファティラース侯が怠け者というのではない。侯爵領ともなると規模が大きすぎて、任せる部分は任せないと回らないからだ。

「領主って、思っていた以上に権力があって」

 これは侯爵領もリオンのバンドゥも変わらない。領地においては絶対の権力者。それが領主だ。

「家臣に任せないの?」

「かなり任せているつもりです。ただ、任せている人たちは、俺に仕えているというわけではないので権限を与えられなくて」

「仕えているわけじゃないって?」

「学院の時の知り合いです。こう言えば分かりますか? ヴィンセント様の家庭教師をしていた人たち」

「あっ……」

 ヴィンセントの名を聞くのは、シャルロットにはまだきつかった。ましてそれがリオンの口からだと尚更だ。自分の過ちを思い出して、胸が痛くなる。

「その人たちが手伝ってくれています。ただそれは、あくまでも手伝いで家臣とは違います」

 シャルロットの動揺を気にする事なく、リオンは話を続けた。それが優しさなのか、冷たさなのか、シャルロットには判断が出来なかった。

「他にはいないの?」

「形式上は居ます。一応、俺、領主ですから」

「……形式上ってどういう事?」

「俺にとって主従関係って、自分とヴィンセント様の関係の事ですから。自分で言うのも何ですけど、ヴィンセント様にとっての俺はいません」

「……リオンくん。それはちょっと家臣の人たちが可哀想だわ」

 リオンとヴィンセントのような主従など他にはいないとシャルロットは考えている。二人の関係は唯一無二。それを家臣に求めるのは酷というものだ。

「そう言われても、俺はそれしか知りませんから」

「この件については、後ろに居る人達に同情するわ。誰もが貴方のように、全てを投げ出して主に仕えるなんて出来ないわよ?」

「分かっています。だから求めていません」

「……それはそれでどうかしら?」

 期待されないというのも可哀想な気がする、実際にキールあたりは、それを寂しく思っていたりする。リオンとシャルロットの会話は、後ろに続いている者たちにとって興味津々だったが、分かった事は、どうやら自分たちの領主は、仕えるにはとんでもなく大変な人物だという事だった。

 

「ねえ、ちょっと教えて」

 この声はシャルロットのそれではない。リオンとエアリエル、それにシャルロットの顔にも苦々しい表情が浮かんだ。シャルロットとの会話をしている様子を見て、図々しい女が、その図々しさを遠慮なく発揮してきたのだ。

「あの魔法は何?」

 マリアの問いかけにリオンは無言のまま。視線を向ける事もしていない。それはエアリエルも同じだ。近づいてきたマリアを存在しないものとして扱っている。

「ねえ? 聞いてる? 返事くらいしてよ」

 こう言われても、リオンたちが返事をするはずがない。マリアは剣を、魔法を向けられない事を感謝するべきだ。世界に対して。

「ちょっと? 無視なんて失礼じゃない?」

「失礼というお前は何なのだ?」

 ここで口を開いたのはキールだった。リオンたちの態度で、マリアを好ましくない人物と判断したのだ。

「何って、私はマリアよ」

「平民か?」

 キールがこう思ったのは姓を持たないのは平民の証だからだ。平民であっても、過去に貴族に名を連ねていたり、何らかの功績によって姓を持つ者はいる。だが、そういう者は必ず姓を名乗る。この世界では、姓を持っているという事は、それほど名誉な事なのだ。

「違うわ。実家は準男爵よ」

 マリアの場合は身分格差に鈍感で、元の世界に居た時と同じ調子で下の名前だけを言っているに過ぎない。本当は自分の事も、名で言うくせがあったのだが、本名はマリアではないので、それは直していた。

「そうであっても準貴族だな。その準貴族が正式な貴族であるリオン様に対し無礼を咎めるとは。どちらが無礼なのかな?」

「無礼って」

「平民が爵位を持つ方に向かって失礼を働けば、それは罪になるはず。まさか、それを知らないのか?」

「私は、リオンくんの友人よ」

「とてもそうは思えない。リオン様は、お前に話しかけられる事を嫌がっているようだが?」

「それは……」

「下がれ。これ以上の無礼は、臣として許すわけにはいかない」

 ここであえて自分を臣と言ったのは、キールの意地だ。必ずリオンに臣下として認められる。そういう決意を示していた。

「……分かったわ」

 全く話が通じそうもないキールに、さすがのマリアも大人しく引き下がった。まあ、どれほど人の気持ちを考えないマリアであっても、リオンたちにここまでされては嫌われている事くらいは分かる。粘っても無駄だと分かったのだ。
 このマリアの行動によって、アーノルド王太子は、リオンとエアリエルに話しかける事が出来なくなった。リオンとエアリエルは、自分たちを全く許していない事がはっきりと分かってしまったからだ。

「どうして、彼女はあんなに厚顔無恥で居られるかしら?」

 マリアが下がってすぐにシャルロットが忌々しそうに、こんな言葉を吐いた。

「主役は何でも許されると思っているのですよ」

「……上手い表現を使うわね? 確かに彼女って、常に自分が主役じゃないと気が済まない性格よね? とても主役なんて柄ではないのに」

 マリアに対して辛口な言葉を続けるシャルロット。シャルロットにとってリオンたちは、遠慮無くマリアの悪口を言える相手だ。アーノルド王太子やランスロットの前では押さえている気持ちが、噴き出してきていた。

「柄ではないですか?」

「ええ。私はそう思うわね。主役って、自然と周りを惹きつける人よ。彼女のように意識して振る舞う必要なんてないはずね」

「……そういうものですか」

 リオンはマリアが主役である事を知っている。だからこのシャルロットの言葉は驚きだった。最もマリアに近い登場人物の一人であるシャルロットが、マリアを主役に相応しくないと言っている。
 自分が思っているほどゲームはうまく進んでいないのではないかと、リオンは思った。

「……相変わらず鈍感ね」

 そんなリオンの考えなどシャルロットには分からない。リオンの反応をいつもの事だと受け取った。

「はい?」

「私は貴方の事を言っているのよ」

「俺ですか?」

「貴方の言動は、いつも人の注目を集める。気がつくと人は、貴方の言葉に耳を傾け、貴方の行動から目を離せなくなっている」

「いや、それはない。そんなの俺は嫌ですね」

「そう。嫌がっていてもなの。今回の貴方もそう。相手が魔物であろうと、戦いなんて嫌いなはずの私が、貴方の戦う姿を見て胸が震えたもの。恐れより、憧れを感じたわ」

「それは……煽てても何も出ませんけど?」

「そうなの? 残念だわ」

 最後は冗談で紛らわしたが、シャルロットは本気でこう思っていた。そして、それはシャルロットだけではない。