駐屯地に入って休むことを受け入れたグレンだったが、すぐに部屋に入ったわけではない。グレンにはまだまだやることがあった。
まずは投降した兵のもとにいって下手なことをしなければ身の安全は必ず保証すると何度も約束し、兵の不安を消していく。
それが終わるとグレンの指示でミルコが洗い出した兵の尋問だ。
一人一人順番に天幕に入れては銀鷹傭兵団を知っているかを尋ね、反応を探っていく。その後はガルの名を出し、一緒に行動していることを話し、ゼクソンからの撤退指示が出ていると話す。それでも認めない相手にはラークがすでに拷問にかけられている事実を告げ、自ら話すことの利点を説いていく。それで何人かが銀鷹傭兵団の関係者であることを白状した。
その者たちを一カ所に纏めて炙り出しが終了、した振りをした。実際はそれからが本番だ。
野営地に投降兵をばらばらに収容していく。どの兵団がここなどという指示もしない。
日の暮れた野営地の中では、グレンの思惑通りに少数で密談をしている集団が現れる。それを見つけ出しては次々と拘束していく。
やがて、その噂が広まったところで、投降兵の中に反乱を唆した不逞な組織が存在していることを公表して、再度、兵の不安を鎮めに入る。
そこでグレンの出番は一旦、終了だ。夜の闇にまぎれて逃げていく兵の後を追うのは、シャドウの部下たちの仕事だった。
駐屯地の部屋に戻ったグレン。夜も遅くなったことで、ヴィクトリアとの話は次の日に回そうと思っていたのだが、それは相手が許さなかった。
「……終わったのか?」
部屋にやってきたヴィクトリアはかなり遠慮がちにグレンに声を掛けてきた。
「まだ。今も炙り出しの最中です。その結果が出るのは少し先でしょうけど」
「俺には何をやっているのは分からない。説明してくれ」
「……銀鷹傭兵団は知っていますね?」
「もちろんだ」
「銀鷹傭兵団の背後にはウェヌスの貴族がいると睨んでいます」
「何だと!?」
グレンの話に驚くヴィクトリア。黒幕の存在は何度かほのめかしていたつもりのグレンにとって、この反応のほうが驚きだった。
こんな国王では付け入る隙はあり過ぎるほどあっただろうと呆れてしまう。
「証拠はありません。今回で掴めれば良いのですが、無理でしょうね。背後までを知っているとは思えない」
内心の呆れを隠して、グレンは説明を続けた。
「どういうことなのだ?」
「玉座に就きたがっているのではないかと思っています」
「ウェヌスの貴族が?」
「そう。本命はウェヌスの玉座でしょうけど、ゼクソンからでも良い。そういったところでしょうか?」
「……まさか」
「はい。さっき言った通り、証拠は何もありません。ただ、今回でゼクソンにかなり根を張っているのが分かりました。それをする理由がゼクソンにはあるのです」
「……俺が女だからだな」
ゼクソンの隙の最大なものを国王であるヴィクトリア。これくらいはヴィクトリアにも分かる。
「そうでしょうね。妻にしてしまえば、王になれるのですから。そうでなくても殺してしまえば王家は滅び、玉座が空きます。これ程、狙い易い国はありません」
「何も知らなかった」
「それはそうです。俺の推測なのですから、そんな事実はないかもしれません」
「そう思っていないのだろ?」
「だから、行動しているのです」
「……結局、何を?」
ウェヌスの貴族が黒幕であることは分かった。それに銀鷹傭兵団が協力していることも。だが、グレンが行っていることはやはりヴィクトリアには分からなかった。
「大掃除ですね。ゼクソンに張った根を全て抜き去ろうと思っています。さすがに少しは残るでしょうけど、中枢から消し去れば、それ程のことは出来なくなるはずです」
「……やはり、俺はお前に救われたのだ」
「別に。隣国に敵が根を張っていては困るからしたことです。それに自国だけではさすがに厳しくなってきて、交易相手と考えていましたから」
「それでもだ。お前は自分の為と言いながら、結果としてゼクソンを救っている」
今回だけではない。先の戦争でもゼクソン王国を敗北から救ったのはグレンだ。その時も自分の復讐の為にしていることだと、グレンは言い続けていた。それが事実だとしても、ゼクソン王国はグレンに救われている。
「今日は最初からデレですか?」
しおれた様子のヴィクトリア。デレとは違うのだが、あまりに落ち込みが激しそうなので、グレンは冗談で気を紛らわそうとしている。
「……そうではない。落ち込んでいるのだ」
「自分のしたことが分かりましたか?」
「人に言われるまで分からなかった。愚かと言われても仕方がない」
「では結論は?」
「……まだ」
グレンの示した選択。その決断がまだヴィクトリアには出来ていない。
「まあ、一晩二晩は。すぐにと言っても、それくらいはかかりそうです」
「そうではない。時間の問題ではないのだ」
「では何ですか?」
「俺は……女として生きられるのだろうか?」
「……予想と違った」
ヴィクトリアの言葉を聞いたグレンは軽く目を見開いている。
「予想?」
「迷わず王を選ぶと思っていました。今の話は母という選択肢も考えているということですよね?」
「そうだ」
「それが意外で」
性別を隠して国王として生きてきたヴィクトリア。そんなことまでして守ってきた国王の座を諦めるとはグレンは思っていなかった。
「……俺は子を産んだのだ」
「それは知っています」
「自分の腹の中で子が少しずつ大きくなっていく。胸も膨らみ、こんな恰好をして表情を作っても女であることは隠せなくなった」
「それは前からでは?」
「違う。女というか母であることを隠せないのだ」
「それは腹が大きくなれば」
「ふざけないで欲しい。俺は真剣に話しているのだ」
「……すみません」
子供の話を聞いて湧く複雑な思いを、冗談で紛らわそうとしたグレンだったが、ヴィクトリアに怒られる羽目になってしまった。
「自分が女であることをはっきりと突きつけられた。子供を産む時は想像以上の苦しさで、それでも無事に産まれた時はとにかく幸せで。少しずつ成長していく子を見ると、又、幸せを感じてしまう。王ではなく、女としての幸せだ」
「それは、つまり、すでに女として生きているということでは?」
「……そうかもしれない」
「では、先程の質問の答えは出ています」
女性として生きられるかとヴィクトリアは聞いた。だが、すでに女性として生きているのだ。グレンはこう思ったのだが。
「……違う」
ヴィクトリアに否定された。
「何が?」
「俺が聞いたのは女として生きられるかだ。母として生きられるかではない」
「……えっと?」
「俺は愛してもらえるか?」
「ああ、女。そう言うことですか……少なくとも外見は問題ありません。ツンデレも個人的には良いと思います。大丈夫ではないですか?」
女性としての魅力があるかないかでいえば、ヴィクトリアは充分にあるとグレンは思っている。それを素直に口に出してみた。
「……俺はお前に聞いているのだ」
だがヴィクトリアは不満げだ。
「答えましたけど?」
「そうではない。俺は……お前に愛してもらえるか?」
ヴィクトリアはグレンに女として自分を愛してくるかと聞いていた。
「……また何か企んでいます?」
それを素直にはグレンは受け取れなかった。
「違う! 真剣に聞いている!」
「ですが俺のことを好きというわけではないですよね?」
関係を持ったのは勇者の血を継ぐ子供が欲しかったから。極端に言えば、健太郎でも良かったはずだ。
「分からない。お前はヴィクトルの父だ。俺が愛する相手はお前であるべきだと思っている」
「それ義務感ですね。しかし、子の名はヴィクトルですか? 自分の名ではないですか」
「亡くなった兄の名だ。今はヴィクトリアを正式に名乗っている」
「それもそうか。しかし、愛する人がこの人でなければなんて、それは恋愛ではないです」
「俺は王族だ。自由な恋愛など許されない」
王族や貴族の結婚はほとんどが政略結婚だ。まして、ゼクソン王家を一人で守っているつもりのヴィクトリアに、自由恋愛を求める気持ちはない。
「それはそうですが……俺が相手?」
「お前が言ったのだ。自分に従えと。母として自分に従えとは妻になれということだろ?」
「……どうしてそうなるのですか?」
「そうなる。王の座を捨て母になる。では王は誰だ?」
「……息子」
「そうしたい。だが、赤子を王にしてどうする? 少なくとも成人までは別の者が王でなければならない。名目が代行だとしても実権は王だ」
「まあ」
「そしてその者には確実にヴィクトルに王位を渡してもらう必要がある。そういう点で一番信頼できるのは誰だ?」
「……父親の俺」
グレンとしては認めたくはないが、これしか答えはない。
「そうなる。俺の考えは間違っていない」
「あの、俺には妻がいて」
「聞いた。別に俺は側妃でかまわない」
「元国王が? あり得ないでしょ?」
「しかし、お前の奥方様はセントフォーリア家の方であろう?」
「……元です」
「そうであっても格としてはゼクソン王家よりはるかに上だ。側妃であるのが当たり前だ」
「……そうくるか」
「お前の側妃になる。それは良い」
「いやいや」
「良いのだ。ただ……側妃であれば、側妃なりに愛されたいと思うのは我が儘か?」
これを言うヴィクトリアの顔は完全に女性の顔だ。しかも、見事にグレンの弱点を突いている。
「やっぱりデレだ。狡くないですか? そうやって誘惑するの」
「誘惑? では、そういう気になったのか?」
冗談を言って惚けたつもりのグレンだが、それはヴィクトリアには通用しない。こういう点ではヴィクトリアもまた、少し感覚がずれている。
「……回答は控えさせて頂きます」
「そういうことだな。では試してくれ。俺が女としてどうか。俺も女としてお前の前でいられるか確かめたい」
「つまり?」
「抱いてくれ」
「無理! 今度同じことをしたら、ソフィアに殺される!」
「ソフィア? ああ、正妃の方だな。ソフィア様というのか。ソフィア様には俺からきちんと説明してご理解を頂く。それで問題ない」
こういうヴィクトリアの顔は常の男性の顔。
「問題あり!」
「……俺は女として魅力がないか?」
そしてまた女性になる。ころころ変わるヴィクトリアの表情にグレンの中に迷いが生まれてくる。
「それ前にも……」
「女の喜びを知りたいと思ってはいけないか?」
「……あっ、分かった」
この言葉でグレンの理性が弾け飛んだ。「私は君に夢中」。この言葉がソフィアのグレンに対する殺し文句であるならば「女として魅力がないか」、これがヴィクトリアのグレンへの殺し文句だ。
「何……あっ……グレン……」
これまでの躊躇いの全てを飛ばして、グレンはヴィクトリアを抱きしめていく。そのまま唇を重ねると、ヴィクトリアを抱えて、ベッドに倒れ込んでいった。
そして――
「やってしまった……」
また、ベッドの上でグレンは頭を抱えていた。ただ今回はヴィクトリアがそれに何か言うことはない。ぼんやりと天井を見詰めたままだ。
「…………」
「えっと、大丈夫ですか?」
「…………」
「あの?」
「……女の喜びとは凄いものだな」
「あ、ああ。そうですか……」
しみじみとこんなことを口にされても、グレンは困ってしまう。
「まだ頭がはっきりしない。何だか体も自分のものでないようだ」
「そ、そう……」
「何と言えば良い? 少しずつ頭の中がなんだか分からなくなって、それが一気に弾けた」
こういう台詞を普通に言葉にしてしまうのが、男として育てられたヴィクトリアの普通とは違うところだろう。入れ替わりを何度も繰り返して、自分を客観的に見てしまう癖がついたせいでもある。
「そうですか……」
「あっ、俺は何だか恥ずかしい声を上げたな。自分でも何を言ったのか分からないが」
「少しだけ」
「何を言っていた?」
「はい?」
「いや、気になって。自分が何を言ったか分からないのは気持ちが悪いだろ?」
「それは聞かない方が……」
「そんなに恥ずかしいことを?」
「いや、俺も夢中になっていて、あまり覚えていなくて……」
グレンが口にするにも恥ずかしい言葉、というより行為の最中の女性の言葉をなぞる趣味はグレンにはない。
「あっ、じゃあ合格か?」
「えっ?」
「合格だろ? 俺は女の喜びをこれでもかという程に知らされた」
「いや、そこまでは……」
「グレンも俺に夢中になった。女としての俺に夢中になったのだな?」
「……そうなりますか」
こんな状況でヴィクトリアを抱いてしまった時点で否定など出来ない。
「俺は側妃としてちゃんとやっていけるな」
「……嬉しいですか?」
あまりに無邪気そうに話してくるヴィクトリアにグレンはまた戸惑ってしまう。グレンとヴィクトリアの結婚は恋愛ではない。政略とも違う、成り行きのようなものだとグレンは思っている。
「それはまあ。グレンは俺がこれはと見込んだ男だ。その男に嫁げるのだから嬉しいな」
「そう素直に答えられると」
「駄目か?」
少し自信なさげに上目遣いで問い掛けてくるヴィクトリア。こういうヴィクトリアの態度の変化にグレンは弱いのだ。
「……いや、もう良いです。俺もヴィクトリア様には女性としての魅力を感じます。側妃に出来るのは喜ぶべきことだと思います。ただ……」
「ただ?」
「やっぱり、ソフィアの許しを得ないと」
「グレンは王だ。王が側妃を持つのは当然ではないか?」
ヴィクトリアはどこまでも王族としての考え方。こういうところはグレンとはすれ違ってしまう。
「俺とソフィアは平民として結婚して、その後に王と王妃になりました。それは一つの拘りで、それぞれの生まれに関係なく結婚したという形を望んだ結果です。そうであるからには平民の夫婦と変わらないあり方でいたいと思います」
「……それだと」
自分が側妃になれないと思って、ヴィクトリアの顔が曇る。
「あっ、だからと言って側妃を持たないというわけではなくて、きちんとソフィアに話をして了承してもらうってこと。ソフィアが問題ないと言えば、全く問題ない」
結局、いつの間にかグレンのほうがヴィクトリアを側妃にすることに積極的に動く羽目になる。女性にだらしないわけではない。迫られると弱いだけで、責任感はあるのだ。
なんていうことをグレン本人が言えば、ただの言い訳に聞こえるだろう。
「そうか。では俺も頑張ろう」
「頑張る?」
「ソフィア様に認めて頂くことをだ」
「……少し気になることが?」
「何だ?」
「俺には命令口調なのに、どうしてソフィアには敬語なのですか?」
「それはそうだ。正妃であるソフィア様は俺にとって主も同じ。もちろんお前のことは公式の場では王として立てる。だが、非公式ではあくまでもただの夫だ」
「……そういう考えもあるのか」
何となく納得出来る理由ではある。そうでなくてもグレンが気になったのはソフィアとの差であって言葉遣いそのものではない。グレンも言葉遣いについては人のことを言えないのだ。
「肩書きはどうする? ゼクソン国王代行で良いか?」
「何でも良いですけど、国王はヴィクトルにすぐに継がすのですね。王が幼いので、俺が王権を代行するという形ですよね?」
「そうだ」
「あれ? ここまで決めて良いのか?」
「現国王の俺が良いと言っているのだ」
そうだとしてもベッドの上でする話ではない。
「もう一つ気になることが出来ました。もしかして、俺ってゼクソン王国を簒奪したことになりますか?」
代行とはいえゼクソンの王権はしばらくグレンのものになる。国王の父であるのだから問題ないともいえるが、やはり批判の声はあがる可能性はある。
「それは違うと思う。それをお前が言われるなら俺は女に目覚めて全てを投げ出した愚かな王だな」
「この台詞……どこかで聞いたような?」
「そうなのか?」
「……多分、気のせい」
さすがにソフィアと結婚する時と同じ台詞だとは口にしないだけの分別がグレンにはあった。
「これで決まりだ。俺はお前の側妃になった。と言うことで……もう一度しないか? 初夜という奴だな」
「積極的過ぎる」
「ああ、女はこういうことは自ら言わないか。やはり、こういうのは嫌いだな?」
「それが……意外と嫌いじゃないかも」
嫌いじゃないというかグレンは押しに滅法弱い。こうして迫られて、それもベッドの上で二人きりでは拒めるはずがない。
「じゃあ、グレン……」
二人の夜はこうして更けていった――
そして翌朝。意味ありげな笑みを浮かべるランガー将軍とゲイラー将軍の前で、グレンは気まずい思いをしていた。
「えっと……」
「一応はお二人の口からお話を聞かせて頂きましょう」
「つまり知っているわけですね?」
「それはまあ。グレン王の部屋は私の隣ですから」
「げっ?」
ランガー将軍の説明にグレンは大いに動揺している。
「万一がないように気を使ったつもりだったのですが、まさかあの様な声を聞くことになるとは」
「もしかして、ずっと?」
「まさか。仕える王の、その、あのようなお声は……とにかく途中でゲイラーの部屋に移りました」
それを言われたヴィクトリアは、何も言えずにただ顔を真っ赤に染めて俯いているだけだ。
「そしてゲイラー将軍も話を聞いたと」
「ま、まあ」
ゲイラー将軍も顔を赤くしている。この様な話をしているのが気まずいのだ。
「正式に教えろと?」
「はい」
「ゼクソンには、そういう習慣があるのですか?」
これを聞くグレンはかなり動揺している。
「……あの、別に行為の中身を聞きたいわけではありません」
「あっ、そうですよね。つまり、ああ、そっちか」
「当たり前です」
「えっと、ヴィクトリア様を側妃にすることになりました」
「側妃ですか……」
側妃という言葉にランガー将軍の顔が曇る。仕えていた者として、出来ることなら正妃の座にと思うのは当然だ。
「俺にはソフィアという正妃がいますから。それにこれはヴィクトリア様も納得してのことです」
「そうであれば。本当に宜しいのですか?」
ヴィクトリアのプライドを気にして、ランガー将軍は本人に気持ちを確かめてみる。
「当然だな。セントフォーリア家とゼクソン家では格が違う。相手は主筋だ」
亡国とはいえセントフォーリア家はかつて大陸を統べていた皇帝家。グレンとソフィアはセントフォーリア家との繋がりを否定するだろうが、こういう時には便利だ。
ヴィクトリアのプライドだけでなく、臣下たちの不満も薄れさせることが出来る。
「……確かにそうなりますか。では問題ありません。それでグレン王はどういった?」
「それはゼクソン国王である俺からだな。グレンにはゼクソン国王代行となってもらう」
グレンの待遇についての話はヴィクトリアが引き取った。今はまだヴィクトリアが国王なのだ。
「代行?」
「国王はヴィクトルだ。ヴィクトルが成人すれば、いや、一人前になればだな。その時は、王権はヴィクトルに移る」
「……なんだかゼクソン王国にとって理想的な形のような」
今の困難な時期にグレンという優秀な指導者を戴くことが出来て、且つ、ゼクソン王家の正統性を守ることも出来る。仕える側としては、少なくともランガー将軍にとっては文句のない形だ。
「俺もそう思う。グレンのおかげだ」
「……あの?」
満足そうなヴィクトリアに少し戸惑いを見せながらランガー将軍は声をかける。
「何だ?」
「まだ俺と?」
王の座を退いてグレンの妃となるはずのヴィクトリアの、相変わらずの言葉遣いがランガー将軍は気になっていた。
「グレンがこのままで良いと言ってくれた。変に飾ると偽物のようで嫌なようだ」
「しかし、王妹の振りをされていた時は」
「そのヴィクトリア殿下はグレンに嫌われた。最初に抱かれた時も俺は俺として抱かれたのだ」
「……抱かれたなどと」
国王としてみれば何とも思わなかった言葉遣いが、女性としてみるとやはり粗野な感じが気になってしまうランガー将軍だった。
「これも俺だ。気にする必要はない。良いではないか。グレンがこれが良いというのだ」
「グレン王?」
「本当です。王妹を演じていた時のヴィクトリア様はヴィクトリア様ではありません。ずっと偽物でいさせるわけにはいかないと思います」
「そうですか。そのように仰るのであれば」
ランガー将軍はホッとした表情を見せている。言葉遣いがどうであろうと、ヴィクトリアがグレンに嫌われなければそれで良いのだ。
「細かいことは戻ってからです。物資の準備は出来ましたか?」
「まだ輸送中です」
「では駐屯地に寄りながら進みます。出来るだけ国境に近いところで、ウェヌス軍と向かい合いたいので」
「分かりました。では輸送中の物資は、そうですね。西端のカウに集めます」
「それが良いですね。ではすぐに準備を。計画は少し変えます」
「と言いますと?」
「俺はゼクソン国王代行です。だからゼクソン軍も連れて行くことにしました。率いるのはゲイラー将軍」
「おおっ!」
名指しをされたゲイラー将軍ははりきって返事をした、のだが。
「ああ、ただ戦うことにはならない予定です」
「……そうですか」
「進軍は俺の率いる軍を迂回するように。布陣もぎりぎりまで隠します。ウェヌス王国軍と戦うとなったら、その時は前に出てもらいます」
「分かりました」
通常の動きではない。あえてそれをグレンが指示するからには、何か策があるのだとゲイラー将軍にも分かった。
「猛牛だけじゃなく他の兵団もな。投降した兵の半分は連れて行け。これで無罪放免だと言えば、嫌がるどころか喜ぶだろう」
ヴィクトリアの提案。たまにこんな風に頭が回るのがグレンは不思議だった。
「なるほど。すぐに準備に」
内心の思いは口に出さないが。
「頼む」
軍事にかけてはゲイラー将軍の手腕はそれなりだ。またたく間に投降兵からの選抜を終えると、自分の駐屯地に向かって進軍していった。その後をグレンが率いる捕虜の兵たちも続いていく。
グレンと健太郎の久しぶりの邂逅の時が迫っていた。