月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #53 上に立つ者の重み

異世界ファンタジー小説 勇者の影で生まれた英雄

 城内の食事室。今日も健太郎たちは打ち合わせを行っていた。
 今日は、いつもよりも健太郎は飛ばしていた。少しでも早く自分の軍を、こんな思いがあらぬ方向に進んでいるのだ。

「駐屯地の名前はトキオが良いと思う」

「はっ?」

「僕の軍の駐屯地だから僕の好きな名前が良いと思って。東京でも良いかなと思ったけど、やっぱりトキオかなと」

「……そのトキオと言うのは?」

 健太郎のトキオへの拘りはこの世界の人たちには分からない。それ以前に何故街の名前を変える必要があるかも分からない。

「僕達が住んでいた国の首都」

「はあ」

「それで決まりね」

「……はい」

 街の名などマークたちにはどうでも良い話だ。健太郎がそうしたいなら、そうすれば良いくらいの気持ちで同意を示す。
 ただ街の名前だけで終わらないのが健太郎だ。

「次が軍の名前」

「はっ?」

「考えてみたけど良いのが思いつかない。何かないかな? 格好良い名前が良いな」

「あの……考えておきます」

 こうは言ったもののマークには恰好良い名前とは何なのか全く分かっていない。とにかく話を前に進める為に、適当に答えただけだ。だが、この程度では終わらない。

「そう。じゃあ、お願い。軍旗は?」

「はっ?」

「格好良い軍旗が良いな。見ただけで敵がビビるようなデザイン」

「……考えておきます」

 とりあえず同じ答えを口にしたマークだが。

「マークが?」

 さすがに通用しなかった。

「あっ……職人に案を作らせましょう。その中からお選び頂ければ宜しいかと」

「そうだね。装備は?」

「……それも作るのですか?」

 健太郎の要求は止まらない。マークもどこまで続くのか不安になってきた。

「統一されていた方が格好良くない?」

「……しかし、国軍の支給品が」

「せめて色だけでも良いから統一しよう。僕の軍って感じの奴」

「……考えて」

 とにかく、この場をしのごうとマークは同じ返事を繰り返そうとする。

「あっ、それは良いや」

「そうですか!」

 健太郎が要求を撤回したのかと思って喜ぶマーク。人はこれを早とちりという。

「僕の鎧を作ってくれた職人に頼むから。何と言っても大陸一の職人だからね」

「……はい。後は?」

「騎士服とか軍服は良いの?」

 結衣まで余計なことを口出してきた。

「あっ、忘れてた。それは……どうすれば良いかな?」

「……職人を探しておきます」

「よろしく。馬も欲しいな。凄い馬。赤兎馬みたいな」

 そんな馬はこの世界にいない。いや、いるかもしれないが、マークには心当たりがない。それでもマークの口から出たのは。

「探しておきます」

 マークはヤケになっている。煽て、盛り立て続けるというのも相手によっては苦労があるということだ。
 何より予算は無尽蔵にあるわけではない。出費が増えれば、それだけ懐に入れられる金が少なくなる。マークにとっては何よりもイラつくことだ。

「後は」

「いっそのこと侍女も探しましょうか? とびっきりの美女を」

 余計なことを考える時間を与えないようにという策だが。

「それは良い」

「そうですか」

 あっさりと拒否された。

「でも、従卒は欲しいな。グレンが何人も従卒を引き連れているのは格好良かった」

「選んでおきます」

「とりあえず、こんなところかな」

「あの、調練内容は?」

 今日の主要議題の一つはまだ何も話されていない。

「……まだまとまっていない。色々考えることがあって。それに兵の話も聞いてみたい。三一○一○中隊だっけ? そこの人の話が聞きたいな」

「何故、末尾中隊の話を聞くのですか?」

 事情を知っている者であれば、何故、健太郎が指名したか明らかなのだが、マークは分かっていなかった。

「それは……ほら、落ちこぼれから一気に精鋭になったというから。僕が考えている案とすり合わせようと思って」

 グレンの調練を聞きたい。これを口にしないところが健太郎の狡さだ。親衛隊の騎士たちに唆されただけで手柄を横取りする様な真似をしたのではないと、これで分かる。

「そうですか。では担当者に話しておきます。面会はどちらで?」

「……僕が出向くよ。国軍の兵舎で良いよね?」

 マークたちに同席されては困るのだ。

「はい。では日時を」

「今日でも良いけど?」

「さすがに……まあ、聞いてみます」

「よろしく。そうだ。まだある」

 健太郎の要求はやはり尽きることを知らない。とにかく考え付く最高のものを求めているので、自然とこうなってしまう。

「……何でしょうか?」

「魔法部隊がない」

「はっ?」

 健太郎にとって残念なことに、考える多くがこの世界では非常識であることが多いのだ。

「僕の直轄軍に魔法を使える部隊がない」

「魔導士部隊は数が少なく、王都防衛が主任務になります。他国を侵攻するケン様の軍に不要かと」

「増やそうよ」

「いや、それは……」

「出来ないのかい?」

「検討させて下さい」

 検討するまでもなく出来ない。魔導士は外征部隊に出せるほどの数はいない。簡単に増やすことも出来ない。出来るのならウェヌス王国はとっくに行っている。
 マークとしては健太郎が忘れてしまうのを期待しているだけだ。

「分かった。後は……」

「駐屯地の工事の件があります」

 健太郎の考えを遮って、マークは本来の議題を口にした。健太郎に主導権を渡していては何も進まないと考えたからだ。正解である。

「工事?」

「ランカスター家の承諾がなんとか取れました。センテストを手放しても良いと」

「トキオ」

「……トキオを軍に譲ると」

「そう。それで?」

「……それで?」

 さすがにマークも腹に据えかねてきた。自分たちの提案であっても、勝算はあったにしても、大貴族との交渉はそれなりに気苦労があったのだ。
 それを何でもないことの様に健太郎は流してしまった。

「えっ? 何?」

「……いえ。センテストは、大きさは十分ですが、軍を駐屯させるには街を造り替える必要があります。その工事です」

「どれくらい掛かるのかな?」

「そうですね。まだ算出は出来ておりませんが資材費だけでも」

「そうじゃなくて期間。いつ出来上がるのかな?」

 健太郎は経費には興味はない。聞いても分からないというのが一番の理由だ。

「それはこれから見積もりをしてみて」

「見積もり?」

「……試算をしてみないと分かりません」

「急ぎたいな」

 トキオを健太郎は自分の城のように思っている。少しでも早く一城の主になりたいのだ。

「もちろん、急がせます」

「こういうのはどう?」

「……何でしょうか?」

 また健太郎が何かを思いついたようだと分かって、ルークの胸に不安が広がっていく。

「作業する人をいくつかの班に分けて競わせる。毎日一番早かった班は手当を倍にする」

 どこかの戦国武将の真似事だ。

「手当……それに倍とは」

「結果的に早く終わって、全体の手当としては安くなる。これも異世界の知識」

 自慢げに話す健太郎だが、マークたちには通じない。

「……あの、そもそも手当とは? 作業者に金を払うのですか?」

「払わないの?」

「払いません。ただ税の代わりにとなりますので、払ったことにはなりますか」

 多くの場合、強制労働は作物や現金で税を収められない者の仕事だ。労働力が有り余っていて、自ら望む者も中にはいるとしてもやはり税金の代わりとして扱われる。

「それじゃあ駄目だ。労働意欲が湧かないよね。ちゃんとお金を払おう」

「しかし」

「それに普段払わないなら、払うと言えばたくさんの人が集まったりしないかな?」

「……なるほど。それはあります。周辺の街や村から人を出させるのですが、適当に理由を付けて、命じた人数を出してこないことも多いようで」

 ようやく健太郎からマークも納得出来る提案が出てきたようだ。

「ほら、お金がもらえるとなったら希望者が増えるよ。そうなると工事は早く終る」

「……ケン様の案だと言ってもよろしいですか?」

 かなり非常識なことだ。普通に提案しても通るとは思えないので、マークは健太郎の名を使うことにした。

「僕の案だよね?」

「ではそう伝えて予算を出させます」

「よろしく。後は?」

「中隊長ですが、人員を少し変えます」

「どうして?」

「グレッグとバトンがいなくなりました」

「サボり?」

「それはあるかもしれません。ただ連絡も付かなくて。実家にも問い合わせてみたのですが……」

 これはサボりではなく行方不明という。そうであるのに何にも感じていないのは、親衛隊の騎士たちが普段からそれだけいい加減な真似をしているということだ。

「そうか。じゃあ、仕方ないね。でも戻ってきたらちゃんと役職与えてあげよう」

「はい。そうさせて頂きます」

「後は?」

「今日のところは」

「いや、もっと色々と決めようよ。時間はたっぷりあるからさ」

「……あの」

 これまで自ら会議を切り上げていた健太郎が延長を申し出てきたことにマークは戸惑いを見せている。

「僕は早く強くならないといけないんだ」

「そのお気持ちは分かりますが、物事には順序というものがあって」

「……この世界の人はどうしてこうなのかな? 元の世界では二十四時間働いているのに」

「そんなことをしたら死んでしまいます」

 寝ないで働き続けていれば人は死ぬ。これはどちらの世界でも変わらない共通常識だ。

「そうだけど、それくらいのつもりで」

「健太郎、ちょっと急ぎすぎよ。何でもすぐに出来るわけないじゃない」

 マークたちが困っているのを見て、結衣が文句を言って来た。

「それは分かってる」

「だったら今日は終わりにしなさい。皆困っているじゃない」

「……分かった。今日は良いよ」

「はい。では、我らはこれで」

「ああ」

 

 テーブルの上に広げていたいくつかの書類を集めて、騎士たちは食事室を出る。そのまま無言で歩く騎士たち。
 口を開いたのは密会通りだ。ここには滅多に人が来ないと彼らは知っていた。

「調子に乗り過ぎだ」

「本当だな。二十四時間働けとは何様のつもりだ」

「それは勇者様だろうよ」

「冗談を言っている場合ではない。あの調子であれもこれもと言われては」

 元親衛隊の騎士たちには健太郎に対する不満が募っていた。健太郎だけが悪いとは言い切れないが、当人である騎士たちがそれを認めるはずがない。

「簡単だ。要は女に振られた反動だろ」

「なるほど。女か……」

「我らの言うことを聞く女をあてがえば良いのだ。それで大人しくさせれば良い」

「……しかし、あの女に並ぶとなると」

 フローラの美貌は騎士たちも知っている。それに匹敵する女性となると。

「メアリー王女殿下」

「お前は馬鹿か? 見た目は良くても、どうやって言うことを聞かせるのだ?」

「それはそうか」

 フローラの代わりなど、そんな簡単に見つかるはずがない。だが、それで諦める彼らではない。

「案外、ちょっと見た目が良ければ誰でも良いのではないか?」

「……試してみれば良いだけか」

「そういうことだ。それぞれで候補を探してみよう」

「そうだな。それで行こう」

 こんな悪巧みが行わている時、食事室に残ったままの健太郎と結衣は。

「もう、何なのよ」

「何って何?」

「あんなに焦ってどうなると言うのよ。周りを困らせるだけじゃない」

「分かっている」

「分かっていないわよ」

「分かってる!」

 口喧嘩を始めていた。

「二人共落ち着け! 静かにせんか!」

 それをジョシュア王太子は慌てて止めに入る。

「……すみません」

 さすがに王太子であることは忘れていないようで、健太郎はすぐに謝罪を口にした。

「ケンは何かあったのか?」

「フローラの件よ」

 ジョシュア王太子の問いに結衣が答えた。

「ああ、亡くなったのだったな。それも酷い有り様だったそうではないか」

「焼身自殺ね」

「何故そこまでのことをしたのであろうな? 肉親を失った悲しみは分からなくはないが。自分の体に火をつけるなど、我にはとても出来るとは思えん」

 恐怖を表しているつもりでジョシュア王太子は軽く体を震わせてみせる。

「それだけ思いつめていたのね。案外、誰かさんのせいかもしれないけど」

 止めておけば良いのに、また結衣は健太郎を挑発するような言葉を口にしてしまう。

「何かあるのか?」

「誰かに何かされたんじゃないかしら」

「誰か? それに何かとは?」

 結衣の遠まわしの言い方では、事情を知らないジョシュア王太子は何のことか分からない。

「結衣は何を言いたい?」

 健太郎のほうが先に結衣が何を言いたいか気が付いた。

「健太郎は毎日通っていたものね? お人形さんのところへ」

 その健太郎に向かって駄目押しの言葉を結衣は吐いてしまう。

「ふざけるな! 僕は変なことは何もしていない!」

「どうだかね!? そんなの本人たちしか分からないじゃない!」

「何だと!」

 怒鳴り合う二人。こうなるのは当然だ。

「こら! 静かにせんか!」

 またジョシュア王太子が止めに入ることになった。

「でも結衣の言葉は……」

 今度は健太郎もすぐには謝罪を口にしなかった。口から出たのは結衣への不満だ。

「確かにユイも口が過ぎるな。ユイらしくもない」

「……ごめんなさい。でも健太郎がいつまでもウジウジとしているから」

「大切な人を亡くしたのだ。それは仕方がないであろう」

「そうだよ。少しくらい悲しんでいたって良いじゃないか」

 ジョシュア王太子の言葉に健太郎も結衣に向かってまた文句を言い出した。

「それで当たられる周りは堪らないわよ」

 それに対して結衣も言い返す。この二人はここ最近こんなやり合いばかりだ。

「僕は当たってなんていない」

「自分で気が付いていないだけ。さっきだって何? 言っていること無茶苦茶じゃない」

「色々考えて、思い付いたことを言っただけだ」

「思い付きで振り回される方はいい迷惑」

「何だと?」

「ほらまた。その話は良い。別の話に変えるのだ」

 また言い合いが激しくなりそうになったところで、ジョシュア王太子は仲裁に入ってきた。

「別って言われても……ああ、そう言えば弟のエドワード様に会ったわね」

 とりあえず結衣は思いついたことを口にしてみた。ずっと城にいる結衣には、変わったことなど滅多にない。

「……そうか。どうだった?」

 複雑な表情を見せてジョシュア王太子は結衣に問い掛けた。

「どうって?」

「弟は我と違って美男子だからな。ユイもさぞ心を惹かれただろう」

「……別に男は外見じゃないわよ」

 こんな聞かれ方をすれば、そうだとは答えづらい。 

「そうか」

「もしかして仲が良くないの?」

「それは……確かに仲は良くないな。もう何年も話したことはない」

 ジョシュア王太子の顔にはどこか自嘲的な笑みが浮かんでいる。

「どうして? 兄弟なのでしょ?」

「弟とはずっと比較されていてな。我の一方的な負けばかりだがな。容姿はずっと上、頭も良い、人柄も、反感を持っていた我から見ても良いほうだ。ちょっと人見知りなところはあるかもしれんがな。それでも誰からも好かれる性格と言える」

「それはちょっとね」

「だが我の方が兄で王位継承権は上。弟が王になる可能性はない。それでも我を退けて優れた弟を王位にと考える者がいた」

「えっ? 王位継承争いってこと?」

 ただのジョシュア王太子のひがみではなかったと知って、結衣は軽く驚いている。

「そう聞かされていたのだ。弟には気を付けろ。王位を狙っているとな。ところが弟は自ら継承権を放棄して臣籍に降りることを求めた」

「……それは勝ち目がないと思ったからじゃあ」

「まだ我は王位に就いたわけではない。我が病気や事故で死んでしまえば、弟が王太子になる。だが、一度臣籍に降りてしまえば、もうそうはならない」

「そうなの?」

「一応は、そういう決まりなのだ」

「一応って?」

「我が死ねば、今は跡継ぎは誰もいない。最悪は妹を女王にとなるかもしれん。だが、妹も数年内にどこかに嫁ぐであろう。そうなれば妹も王家の者ではなくなる」

 ジョシュア王太子が一応と言ったのは、これが理由だ。臣籍に降りたものが王家に戻った前例はない。だが、王家の血が途絶えるとなれば決まりなどとは言っていられないと考えている。

「それって問題じゃない?」

「そうだ。だから弟がずっと前から臣籍降下を申し出ていたがそれは認められなかった」

「それが分かっていたからじゃなくて?」

「そうであれば一回申し出て終わりであろう。我ならそうする。だが弟は何度もしつこく父上に申し出て、それで父上もとうとう根負けして認めてしまった。弟はまもなく王都を離れる」

「王都を出てどこへ行くの?」

「大公として与えられた領地だ」

「……そこで謀反とか」

「ユイは弟に叛かせたいのか?」

「そうじゃないわよ。可能性の話をしているだけよ」

 正しくはイベントとして謀反が起こる可能性があると考えているだけだ。

「それは無理だ。少なくとも単独ではな」

「どうして?」

「大公家というのは王家の血を引く者だ。それだけ野心を持つ者も多い。そういった者を警戒して、大公領と言うのは極めて狭い領地なのだ。王家からの援助がなければ家臣も雇えない程の税収しかない」

 それでも王位を狙うとなれば、かなりの貴族を味方に付けるしかない。そして一度、臣籍に降りてしまえば、王位を狙う行為は簒奪だ。余程の大義名分がない限り、それに加担する者はいない。

「徹底しているのね」

「過去の教訓だな。王弟の謀反など昔はよくあった話だ。だが野心がなければその方が良い。無用な疑いを掛けられる事はないからな。逆にありもしない嫌疑をかけられて処分された者もいるのだ」

「そういうこともあるのね」

「生きてさえいれば我が次の王だ。だが、最近はその重さが辛くなってきている」

「そんな弱気じゃあ」

「分かっているがな。弟への対抗心、嫉妬と言っても良いな。それがある時は良かった。だが、それがなくなると自分は王になるのだと実感が湧いてきてな」

「喜ぶところじゃないの?」

 ジョシュア王太子の気持ちは結衣には分からない。

「ウェヌスは大国なのだ。その大国を背負う重みは並大抵のものではない。今は後悔している。もっと弟と語り合うべきだった。弟はきっと我の力になってくれたであろう」

 王位に就いてしまえば、味方だった貴族たちも完全に信頼することは出来なくなる。王家と貴族家の利害は一致しないことが多いのだ。ジョシュア王太子はこれが分かっている。

「ちょっと切ないわね。でも大丈夫よ。私は、健太郎だって、ジョシュア様のお手伝いをするわ」

「そうか? 助けてくるか?」

「ええ。異世界の政治の知識も少しは役立つと思う。良い国に出来ると思うな」

「そう言ってもらえると少し気持ちが楽になるな。弟の件が嘘だと分かって、少し我は周りを信じられなくなっていたのだ」

「大丈夫よ。私達はジョシュア様の信頼は裏切らない」

「そうか。そうだな。我もユイたちを信じよう」

 将来を考えて心細くなっていたジョシュア王太子に、結衣の言葉は素直に嬉しかった。次の言葉がなければ。

「じゃあ、気が楽になったところで考えて頂戴。私への御礼」

「御礼?」

「励ましてあげた御礼よ」

 見返りを求めては気持ち的には貴族と何ら変わらない。

「ふむ……それは何が良いのだ?」

「何でも良いわよ。ジョシュア様が考えて。そういうのを考えるのって楽しいわよね。これもジョシュア様の気持ちを楽しくする為のものよ」

「なるほど。確かに人への贈り物を考えるのは楽しいかもしれんな」

「でしょ?」

「では、考えておこう。楽しみに待っているが良い」

「そうする」

 見返りを求めながら、それさえも恩に着せてしまった。やはり結衣には悪女の才能があるに違いない。

「ケンは何かないのか? ユイに贈り物をするのだから、ケンにも何かやりたいのだが」

「僕? そうだな……愛する人を失った悲しみを癒やす魔法かな」

「…………」

 健太郎の言葉にジョシュア王太子は呆然としてしまった。

「あのね。恥ずかしいこと言わないでよ。何それ、気持ち悪い」

「さすがに今のは冗談だよ。僕も何でも良い。何がもらえるかわからない方が楽しいから」

「……そうか。ではケンへの贈り物も我が考えておこう」

「楽しみね。話はこんなものかな?」

「もう終わりか?」

 ジョシュア王太子はまだまだ話し足りない様子だ。

「じゃあ……そう言えばメアリー様はどうしているの? ずっと顔を会わせてない」

 それを見て、結衣はメアリー王女を話題に持ち出してきた。

「ああ。我も詳しくは知らない。だが、ずっと引きこもっているようだ。敗戦があって、かなり打ちひしがれていた上に、更にだからな」

「もしかしてメアリー様との仲も?」

 メアリー王女の状態を詳しく知らない様子のジョシュア王太子に、結衣は二人の仲を尋ねる。答えはもう分かっているが。

「あまり良くはない。いや、我は妹のことは可愛いのだ。だが、子供の頃のようにはいかない」

「……どうしてそうなのかな。王族ってそういうものなの?」

「そうだな。妹も臣下からの信頼は厚い。妹は女であるから王位を競う相手にはならないが、それでも忠告してくる者がいてな」

 もともと接点が少ないという問題があるのだが、それを利用して余計なことを吹き込む輩がいるのだ。

「ねえ、その忠告してくる人って誰なの? なんだか酷い人ね」

「我を支持する貴族どもだ」

「そういう人は近づけないほうが良いと思う」

「そういうわけにはいかない。ユイから見れば、彼らの行動はおかしいと思うのかしれんが、当たり前のことなのだ」

「当たり前って」

 自分が当たり前の忠告をしたつもりだったのだが、ジョシュア王太子がそれを否定したことに結衣は驚いている。

「王位継承争いとはそういうものなのだ。我に付いた者たちは継承権一位の我に付いたわけだから、そこまでしなくてもというのはあるかもしれん。だがな、仮に弟に野心があって、それに付いた貴族であればどうだと思う?」

「全然分からない」

「全てを賭けて争う覚悟が必要になる。競争相手の味方をした者など重用されるはずがない。それどころかわずかな瑕疵を見つけて追い落とすな。逆に味方をした者は当然重用される。彼らは次代の重臣の座を賭けて戦うのだ。負ければ次代どころではなく永遠に浮かび上がれないかもしれない」

 この先、数十年の実家の浮沈を賭けて争っているのだ。生ぬるい考えではやっていけない。

「……厳しい」

「だが、そうしなければ陣容は固まらない。王に即位してから側近を探すようでは遅いのだ」

「どうして?」

「今の我を見れば良い。一部とはいえ国政を任されておる。王太子の時から、政務を行う為の側近は必要なのだ。まあ、父上は怠け者だから、あまりに早い引き継ぎだがな」

 王の代替わりの時は臣下の代替わりの時でもある。一度に全ての役職が入れ替わるわけではないが、いずれは主要な役職の全てが即位前からの側近で埋められることになる。

「そうか」

「分かったであろう。王子というのは小さな頃から自分の将来を支えてくれる者を見つけ出さねばならんのだ。そして見出した思ったら、余程のことがない限り、手放してはならない。それをすれば忠義を尽くす者など出てこない」

「最後が、ちょっと分からない」

「忠義を尽くしたのに報われなければどうなる? お前はもう用済みだなどと捨てたらどうなる? 他の者も考える。この人は忠誠を向けるに値しない人だと」

 そうなれば国は安定しない。最悪の場合は内乱だ。そういった事態を避ける為にも、王族は兄弟姉妹よりも側近を大事にしなければならない。国の為なのだ。

「……分かった。でも意外。ちゃんと考えてるのね?」

「ユイは我を何だと思っているのだ? 我は王太子だ。出来が悪いと言われても、ちゃんと帝王学というものは学んでおる」

「そっか。幼い頃から王になる為の勉強をしているのね」

「当たり前だ。そうでなくて、国を任されるはずがない。王族には王族の責任というものがあるのだ」

「……そうね」

 意外にしっかりしたジョシュア王太子の言葉に結衣は驚いた。王族という存在が、ただ血筋だけのものだと考えていたのだ。
 そんなはずはない。国を背負うなど血筋だけで出来るものではないのだ。
 だが、このジョシュア王太子でも周囲からは愚者と呼ばれている。
 ウェヌス王国という大国の重み、頂点に立つ者への期待の重さというものまでは、結衣も、そして健太郎も理解出来ていなかった。