月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第16話 帝立帝国騎士養成学校

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 帝立帝国騎士養成学校の校舎は帝都の第一層、皇城の外周部にある。十一代皇帝サウラク二世の肝煎りで設立された騎士養成学校。皇帝が視察しやすいようにという理由もあって、帝都の中心部に校舎が作られたのだ。
 今日そこに新たな騎士候補生たちが加わることになった。新入の騎士候補生の数は百人。それに騎士候補生に付く従士、騎士ではない候補生に従士が付くというのは本当はおかしな話なのだが、を加えて、倍の二百人ほどがこれから三年間、ここで学ぶことになるのだ。

「はぁ……」

 晴れの入学式だというのにローレルは浮かない顔だ。式場に来てから、ずっと溜息をついていた。

「そんなに養成学校が嫌だったのですか?」

 その理由がリルには分からない。以前は騎士養成学校への進学を嫌がっていたという話は聞いている。だが、入学前はかなり熱心に鍛錬も勉強も行っていた。リルから見て、やる気満々という感じだったのだ。

「養成学校が嫌なわけじゃない。同級生が気に入らないだけだ」

「同級生? お知り合いがいるのですか?」

 周りは初めて見る顔ばかり。リルはそうなのだが、ローレルは違っていた。

「お知り合い……まあ、お知り合いだ。出来れば、知り合いにもなりたくない相手だな」

「えっと……どなたのことでしょうか?」

 ローレルが毛嫌いしている相手。それが誰かは知っておいたほうが良い。ローレルが騎士養成学校で問題を起こさないように気を配ることも、リルの役目なのだ。

「……前のほうで偉そうに立っているのがグラキエス。ムフリド侯爵家の人間だ」

「ああ……同じアネモイ四家の」

 後ろからでは顔が見えず、偉そうにしているかは分からないが、集団の先頭に体格の良い金髪の男が立っている。イザール侯爵家と同じくアークトゥルス帝国建国の功臣として侯爵位を与えられているムフリド家の人間。それも同い年となれば、ローレルが会ったことがあるのも当然だろうとリルは思った。

「それと、その斜め後ろ」

「えっ? まだいるのですか?」

 他にもアネモイ四家の人間がいる、ということよりも、ローレルが毛嫌いしている人間がいることにリルは少し驚いた。百人、従士を含めると二百人の中のたった二人。気にすることはない、とは思わない。上級貴族の子息であれば、騎士養成学校でも目立つ存在になることは、深く考えなくても分かることだ。

「ああ、いる。小生意気な顔をしているのがディルビオ。セギヌス侯爵家だ」

「ここからでは顔は見えませんけど……多分、あの人ですか」

 小生意気な顔をしている新入生は見つけられない。だが、新入生とは思えない大柄な騎士候補生が左右に並ぶ真ん中の男がそうだとリルは考えた。周りが少し距離を空けているので、目立っているのだ。

「あとは」

「ええ? まだ?」

「トゥインクル。見た目はあれだが……女のくせに生意気だ」

 残る一人はネッカル侯爵家の長女トゥインクル。これで四家が揃ったことになる。

「……トゥインクル様のことは知りませんが、そんな言い方をしたら怒られるのではありませんか?」

 女性の身で騎士養成学校に入学する。彼女だけが特別というわけではなく、他にも女性の新入生はいるが、数としては少数だ。そういう相手に「女のくせに」なんて言ったら、ひどく怒られるだろうとリルは思った。
 愛らしい外見から穏やかな性格に見えるプリムローズも、実際には気が強く、そういう見方を気にするところがあるからだ。

「それが生意気なのだ。見た目はあれなのだから、もっとおしとやかにしていれば良いのに」

「……美人なのですね?」

 悪口を言っているようで、トゥインクルの外見の良さは認めている。ローレルの女性評など今初めて聞くが、きっと綺麗な人なのだろうとリルは考えた。

「…………」

 それに対してローレルは無言、肯定を口にしなかった。正面から美人なのかと聞かれると、肯定することを躊躇ってしまうのだ。

「……ああ、なるほど」

「何が、なるほどだ?」

「いえ。四家が勢ぞろいですか。良くあることなのですか?」

 イザール侯爵家の四人は年が近い。長男のアイビスが十八歳、次男のラークは十七、ローレルが十五でプリムローズは十三歳だ。他家も似たようであれば、同い年が揃うことも珍しくないのかとリルは考えた。

「滅多にないはずだ。四家の人間が騎士養成学校に入学することがそもそも珍しいのだから」

「そうなのですか? アネモイ四家は武の名門なのですから、騎士養成学校で学ぶのが当たり前だと考えていました」

 帝国騎士になる気がなくても、軍事を学ぶ場として騎士養成学校を選ぶのは当たり前のことだとリルは思っていた。数えきれないほどの騎士団が乱立している今の時代だが、どれも帝国騎士団とは比べものにならないほど歴史は浅い。多くの実戦経験に基づく、体系立てられた戦略戦術を学ぼうと思えば、騎士養成学校が一番のはずだ。

「……今の四家は武の名門とは言えない。官僚の家だ。当家を見ているお前なら分かるだろ?」

「……まあ。そういうところはあるかな、とは」

 イザール侯爵家のノトス騎士団には実戦経験がない。個人としても騎士団長と数人は、それなりの実力者だが、それ以外の人たちは、リルから見て、騎士を名乗るには実力不足。そんな騎士団で許されるイザール侯爵家は武の名門とは言えない。
 四家だけの責任ではない。四家は実戦を経験する機会を与えられなかった。戦う機会がなければ功をあげることは出来ない。功に繋がらないことにお金を使う気にはならない。それよりも官僚として結果を残すことに力を注いだほうが周囲から認められる。文に偏るのは仕方がないことだ。

「それなのに他の三家まで騎士養成学校に入学してくるとは……しかも、グラキエスは長子だ」

「長子……ああ、跡継ぎを騎士候補生にしたということですか……武の名門ならそれもありですけど」

「えっ……? あっ、確かに」

 間違っているのは帝都の最後の砦、武の要であるはずの四家が子息を騎士養成学校に入学させてこなかったこと。四家の当主は優れた軍指揮官でなければならない、というほうが正しい考え方だ。リルの言葉で、ローレルもこう思った。

「もしかすると……ムフリド侯爵家はあるべき姿に戻ろうとしているのかもしれませんね?」

「……グラキエスは強いからな」

 子供の頃からローレルはグラキエスには敵わなかった。グラキエスだけでなくディルビオ、そして女の子のトゥインクルにもだが。

「そうなのですか? では、ローレル様はこれまで以上に頑張らなければなりませんね?」

「頑張ってどうにかなる力の差じゃない」

「頑張らなければ、どうにもならないのかなんて分かりません。今この場で一番強いのは、あそこにいる……」

 ローレルを励ます言葉、でもあり、本気で思っていることでもある。それを話していたリルの動きが止まった。入学式に参加する為に、この場にいる帝国騎士団長の方に視線を向けたまま。

「どうした?」

「いえ、帝国騎士団長が一番だとは思いますけど、他にも強そうな人がいるなと思って」

「ああ……でも、あそこにいるのは多分、卒業生したばかりの従士だぞ?」

 リルが見ている先にローレルも視線を向けた。そこには帝国騎士団長だけでなく、前月に騎士養成学校を卒業したばかりの従士が並んでいた。

「良く知っていますね?」

「入学式はこれが初めてではない。去年も父上に無理やり連れてこられた」

 ローレルを入学する気にさせる為だ。その時にローレルは父、ではなくノトス騎士団のグラシアール騎士団長に色々と話を聞いていたのだ。

「卒業したばかりの従士ですか……つまり、騎士養成学校で頑張ればあれくらいになれるということです」

「あれくらいってどれくらいだ? いい加減なことを言うな」

 見ただけで相手の強弱など分からない。並んでいる従士たちが、どれくらい強いかなど分からないはずだとローレルは思っている。

「立ち姿に隙がないくらい。今のローレル様は隙だらけですから」

「……どうせ、僕は隙の塊だ」

「だから頑張りましょう。帝国騎士団長だって生まれた時から強かったわけではありません」

 努力は報われる、とまで甘い考えはリルも持っていない。ただ、ローレルには伸びしろがある。これまで努力をしてこなかった分、多くの伸びしろが。それを伸ばさないという選択はないと思っているのだ。

「帝国騎士団長は生まれた時からだ。守護神獣を使えるからな」

「えっ?」

「持って生まれた才能ってやつだ。僕にはない」

 ローレルが守護神の加護を得られることはない。青い目で生まれた瞬間に、それは決まっている。どうしようもないことだと分かっているが、完全に納得出来ているわけではない。

「そうですか……」

「ちなみにグラキエスもそうだ。あいつ、成人式を行っていないのに守護神の加護を得ているという噂だ。ああ、だからかもな。ムフリド侯爵家はグラキエスの才能に期待して、武の名門を復活させようとしているのかもしれない」

「……そういうのは、良くあることなのですか?」

「そういうの?」

 今の自分の話から、どうしてこの問いが返ってくるのか、ローレルには分からなかった。

「成人式を行う前に加護を得られることです」

 リルがこの部分に引っかかるとは、ローレルは、まったく考えていなかったのだ。

「分からない。でも滅多にないことだからムフリド侯爵家は特別な期待をかけているのではないか?」

「それはありますね……」

「どうした?」

 またリルの反応がおかしい。何かを考えているのは明らかだ。

「……普通ではないことが起きるって、あまり良いことではないのかなと」

「ああ、乱世の兆しなんて言う奴もいる……そういうことかもしれないな」

 リルとの出会いはどうなのか。ローレルはそれを考えている。知り合ってまだそれほど月日は経っていないが、リルが普通とは違うことは明らかだ。こういう人物が今この時、イザール侯爵家に来たことに何か意味があるのではないか。これを考えてしまう。

「帝国は……こういう場で言うことではありませんけど……」

「なんだ?」

「ローレル様が思っている以上に揺らいでいます。地方を旅していると、それが良く分かりました」

 帝都は平和だとリルは思う。良い意味ではない。まるで時間の流れから取り残されているように感じてしまうのだ。帝都から離れた地方は、すでに乱世の様相。領主が殺され、騎士団に領地を奪われるなんてことも起きている。
 今は小勢力乱立で勝者は定まっていないが、いずれ大きな纏まりが出来るはず。帝国に成り代わろうという勢力が生まれるはず。そうであるのに、少なくともイザール侯爵家には危機感がない。それがイザール侯爵家に限った話ではないのであれば、帝国の行く末は暗い。リルはそう見ている。

「……そうか」

「……分かっている人もいるのかもしれません」

 帝都周辺の人々全員が能天気なはずがない。地方の情報がまったく入っていないはずもない。現状を憂いている人は必ずいるはずで、アネモイ四家が同学年に揃ったのも、それにより生まれた偶然かもしれない。リルはこんな風に思った。

 

 

◆◆◆

 式場の中央に並んでいる新入生を囲むように立っているのは帝国騎士団の面々。騎士養成学校の入学式には帝国騎士団が動員される。警護役という役目だけではない。これから騎士養成学校で学ぶ騎士候補生たちに帝国騎士団を見せる目的もある。きちんと正装で身を固めた帝国騎士団の騎士、従士が一糸乱れず、整列している姿は恰好良い。そう思ってもらい、一人でも多く、帝国騎士団に入団してもらいたいのだ。
 そんな下らない理由で、とは、末端の従士は別にして、誰も思わない。入団者を増やす為にやれることの全てを行う。それだけ帝国騎士団の人員減少は大問題なのだ。
 式場の一角には、その甲斐あってかは分からないが、帝国騎士団への入団を選択した新従士たちも並んでいる。

「あいつ……こんなところで何を?」

 その中の一人が新入生を見て、呟きを漏らす。沈黙が求められている場なのだが、抑えられなかったのだ。

「知り合いか?」

「えっ……だ、団長? し、失礼いたしました!」

 声をかけてきたのは、まさかの帝国騎士団長。従士にとっては大失態だ。黙って整列していなければならない場で、呟きを漏らしてしまったところを、帝国騎士団のトップに見られてしまったのだ。

「知り合いが入団していたのか? どの新入生だ?」

 新従士の焦りを、まったく気にする様子なく、帝国騎士団長は問いを続けた。

「……後ろのほうに並んでいる黒髪の、隣にいる金髪の新入生です。ただ似ているというだけで、本人かは分かりません」

「あれはローレル殿。イザール侯爵家の三男だ」

「では人違いです。失礼いたしました」

 あっさりと人違いであると認める。イザール侯爵家の三男であることを聞く前から決まっていた答えだ。

「そうか……ではこの話は終わりだ。スコール、今から君には私の従士を勤めてもらう」

「はっ?」

「不満か?」

「いえ、光栄であります! しかし……私は騎士養成学校を卒業したばかりです」

 帝国騎士団長の従士を任じられるなど名誉なこと。実際に名誉かは分からないが、少なくとも周りは羨む。帝国騎士団の頂点に立つ人物の常に側にいられるのだ。出世も早いかも、これは間違った認識だが、しれない。

「従士であることに変わりはない。あとの成長は今後の君の努力次第だ」

「はっ。ご期待に沿えるよう精一杯努力いたします」

「では、皆の後に付いてくるように」

「はっ」

 帝国騎士団の従士はスコール一人ではない。すでに十人以上の従士が付き従っている。その中の一人に選ばれたということだ。

「期待している。首席卒業生」

「えっ?」

 すぐ前を歩く先輩従士の言葉にスコールは驚いた。自分が首席卒業だったなんて話は今、初めて聞いたのだ。

「従士の座は君が実力で掴んだものだ、ずっとその立場でいられるかも君次第。そういうことだ」

「はっ」

 各代の首席卒業生が帝国騎士団長の従士に選ばれることになる。結果を出したことへのご褒美であり、英才教育の意味もある。帝国騎士団の将来を担う人材を帝国騎士団長自らが育てる。彼はその一人に選ばれたのだ。彼にとっては望むところ。一人の騎士としてはもっと強く、そして優秀な指揮官になる。これが、彼が帝国騎士団を選んだ理由なのだ。ずっと追いかけるばかりだった背中に追いつき、追い越す為に。

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