月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

災厄の神の落し子 第15話 逸材なんてものは

異世界ファンタジー 災厄の神の落し子

 リルはさらに忙しい毎日を送ることになった。ノトス騎士団の訓練に参加することになったのが、その原因だ。
 朝は馬飼の仕事をしながら、プリムローズとローレルの馬術の訓練に付き合う。今はもう馬術の訓練と言えるくらいになった。ただレイヴンとルミナスに乗せてもらっているだけの時期は過ぎ、二頭を乗りこなす段階になっているのだ。
 レイヴン相手にそのような状態になったことにローレルとプリムローズは驚いているが、リルには分かっていたこと。レイヴンは最初に相手の力量を見極める。その見極めた技量のぎりぎりを攻めてくる。乗り手が慣れれば、さらにその上といった感じで、それが馬術の訓練になるのだ、もちろん、レイヴンが乗せることを許す相手であることが前提。ローレルとプリムローズも認められたということだ。
 それが終わると、以前は二人と剣術の稽古だったが、今はノトス騎士団の訓練に参加する時間になっている。ローレルとプリムローズも一緒に。リルとの稽古の時間が減ったことに不満を持ったローレルが、強引にねじ込んだのだ。ノトス騎士団に拒否する理由はないので、ねじ込む必要などなかったが。

「……逸材というのはいるものですね?」

「普通は滅多にお目にかかるものではないはずだ」

 逸材。武の才能を持って生まれた人間はいる。だが、そういう存在に出会えることは滅多にないとグラシアール騎士団長は考えている。実際、彼はこれまで出会ったことがない。

「逸材と評するのは間違いですか?」

 だが今、目の前にその才能を持って生まれたと思える人物が二人いる。それは自分の評価が甘すぎるからそう思うのかと、グラシアール騎士団長の言葉を聞いて、ワグテイルは思った。

「いや、私もそう思う。滅多にないことが重なったのだろうな」

「それを喜べないのが、辛いところですか?」

「言うな……それに可能性は無ではない」

 二人が逸材と評価するのはリルとローレル、ではなく、プリムローズ。イザール侯爵家に残る可能性が低い二人だ。だが可能性は無ではない。プリムローズだからこそ、騎士団の騎士になるという普通ではない選択が出来るかもしれないとグラシアール騎士団長は思っている。半ば希望だ。

「プリムローズ様のほうが分かりやすい才能ですね。あの反応の良さは、本来、経験から得られるもののはずです」

 二人がプリムローズを逸材と評する理由は、その反応の良さ。相手の剣の動きを見切り、確実に受ける、もしくは避けてみせる。攻撃は今一つだが、防御力はほとんどの従士を凌いでいると思えるのだ。
 ただ、ワグテイルの考えには少し間違いがある。経験で得た部分は多い。プリムローズの今があるのは、リルに教えられたことを実直に守って、鍛錬を続けてきたおかげもある。

「……その後、何か分かったか?」

「リルのことですか?」

「そうだ」

 リルは何者なのか。これはグラシアール騎士団長も気になっている。疑いの目を向けているというより、リルがイザール侯爵家に残るには何が必要か。どうすれば良いのかの答えを導き出す為に、少しでも多くの情報を得たいのだ。

「父親が騎士であったことは分かりました。幼い頃から鍛えられていたことも」

「どこのなんという騎士団だ?」

「それはまだ分かりません。ただすでに存在しないようです。父親も亡くなっていると聞きました。ああ、母親も。家族はおらず、ここ数年、ずっと旅をしてきたそうです」

 このあたりの情報は簡単に入手出来た。リルが聞かれれば、隠すことなく、話しているからだ。

「……彼には悪いが、帰る家がないことは、我々には朗報だな」

「そうなのですが……しがらみがないというのは悪い方に働くこともあります」

 自分一人生きていければそれで良い。リルにはそういう身軽さがあるとワグテイルは思っている。いつ、何がきっかけでいなくなるか分からない。そういう恐れがあると。

「難しいな」

 しがらみは作れる。リルにとっての「しがらみ」になれる存在はいる。だが、実現は難しい。プリムローズがイザール侯爵家で存在感を増すことを許せない人たちは、絶対に邪魔をする。

「アイビス様であれば、大丈夫ではありませんか?」

 長兄のアイビスは、プリムローズに対する悪意を露わにしていない。どちらかといえば庇う側にいる。そのアイビスが次期当主になれば、プリムローズとリルの二人の仲を認め、さらにノトス騎士団の騎士として働くことを許すのではないか。こうワグテイルは考えた。

「……どうだろうな?」

 グラシアール騎士団長はワグテイルほど、アイビスに期待していない。アイビスはプリムローズに悪意を向けていない。だが、母であるマリーゴールドの意向に逆らうこともしない。次期当主になったからといって、それが変わるとは思えなかった。

「女性というのは、帝国さえ揺るがす存在ですから」

「言葉に気を付けろ。どちらの女性にも睨まれることになる」

「そうでした。気を付けます」

 帝国を揺るがす存在。そんな人に睨まれては先はない。命を落とすことになる可能性もある。実際にそうなった人がいるのだ。
 さらに、その女性と一緒にされることはマリーゴールドにとって侮辱だろう。この先、帝国の歴史に名を遺すかもしれない傾国の悪女と同一視されることなど、絶対に受け入れられないはずだ。

「……逸材が現れたことを喜ぶべきではないのかもしれないな」

「乱世の兆しですか? 失礼ですが、団長、それは今更です。もう乱世への流れは止められません。どうせ訪れる乱世なら、一人でも多く味方にいて欲しいと自分は思います」

「そうだな」

 世は乱れている。だが状況はさらに悪化するはずだ。統治能力を失った帝国に替わろうとする何者かが必ず出てくる。その時が本当の乱世。帝国全土が覇権を巡る戦いに巻き込まれるかもしれない。
 二人だけでなく、ノトス騎士団の団員全員が考えていること。このような時に身内がバラバラでいて良いはずがない。イザール侯爵家もまた生き残りを賭けた戦いに臨むことになる。その戦いを勝ち抜くために何が必要かを考えるべきなのだ。

 

 

◆◆◆

 帝国の近い未来を憂いているのはノトス騎士団だけではない。彼らよりももっと、より帝国に近い立場で現状を憂いている武人たちがいる。帝国騎士団、正式名称はハンティングドッグ騎士団、の騎士団長ワイズマンとその部下たちだ。
 彼らの想いはノトス騎士団の人たちに比べて、より切実だ。帝国を守るのは自分たち。当たり前だが、その責任が帝国騎士団にはある。だがその力が今の帝国にあるのか。問題ない、とは彼らは考えられない。この数十年で帝国騎士団はその規模を大きく縮小した。さらにこの数年で応募者の質は、致命的に低下した。乱世が来るのが分かっていて、滅びゆく側の代表である帝国騎士になろうなんて奇特な者はいない。こういうことだ。
 だが、世の中の流れがそうであっても帝国騎士団は一緒に流されるわけにはいかない。なんとしても抗い続け、帝国を守り続けなければならない。

「帝国騎士団長が自らおいでになるとは思いませんでした」

 ワイズマン帝国騎士団長がイザール侯爵家を訪れた。それにイザール候は驚いている。騎士団の訪問自体はあらかじめ予定されていたもの。騎士養成学校への入学を希望する人たちの家を帝国騎士団は回っている。面接のようなものだ。

「帝国騎士団は人手不足でして。一番、暇なのが上にいるだけの私ということです」

「ご冗談を。帝国騎士団長という職が激務であることくらいは私も知っています。これでも官僚のはしくれですから」

 身分としては遥かにイザール候のほうが高い。帝国騎士団の騎士は士爵位。貴族の末端、と見るのは慣習で、制度的には貴族とは認められていない身分だ。騎士団長ともなると男爵位が与えられるが、それでようやく制度的にも貴族の末位に位置する程度。侯爵位とは比べものにならない
 それでもイザール候の態度は丁寧だ。元々高飛車な態度を見せる人物ではないが、それ以上にここで帝国騎士団長の機嫌を損ねて、ローレルの入学を拒否されたくないという思いがあってのことだ。

「それこそ、ご冗談ですね? いや、ご謙遜ですか」

 イザール候は高級官僚。官僚の中でも特別な地位を与えられている。実務は少なく、名誉職のようなものだが、上位であることに違いはない。皇帝に直接、意見が言うことを許される官僚職など、宰相職以外ではアネモイ四侯爵家に与えられている官職しかないのだ。

「さて、お聞きになりたいことは何ですか? 何でも聞いてください」

 おだて合いをいつまで続けていても無断な時間を使うだけ。イザール候は話を本来の目的に進めることにした。

「正直申し上げて、貴家に対して、改めてお尋ねすることはあまりありません。こういった訪問は希望者の家庭に問題がないかを確かめる為ですので」

 平民に入学を許したことで、まったく問題が起きなかったわけではない。犯罪集団の子供が入学してきて、養成学校で学んだことを悪用して、さらに集団が大きくなったという例がいくつかある。そういった事件の再発防止策として、家庭訪問が行われるようになった。
 確かにその場所で暮らしているのか。暮らしているとして親はどのような仕事で稼いでいるのか。近所の評判はどうか。これらを確かめるだけで、問題のある人物の入学は結構、防げるものなのだ。

「そうでしたか。当家から入学させるのは初めてのことですので、そういう事情は知りませんでした」

 長男のアイビスは後継者。ラークは、性格は別にして、頭は悪くないので官僚になる道を進んでいる。騎士養成学校に入学するのはローレルが初めてで、イザール候はこういった事情を知らなかった。それくらい、本来はあってはならないことなのだが、武の方面での人脈が乏しいということだ。

「ローレル殿は騎士養成学校への入学を望んでおられるのですか?」

「正直申し上げて、最初は難色を示しておりました。ただ今はその気になっています。本人なりに努力もしているようです」

 ローレルの評判が良くないことは、それが世間に広まっていることは、イザール候も分かっている。この訪問が入学試験の一貫であるなら、極端な嘘はつけない。

「そうですか。それはありがたいことです。我々としても熱心な生徒を受け入れたいという思いがありますので」

「ええ、今の熱心さは父である私でさえ、驚くほどのものです。今日も家庭教師から……少しお待ちを」

 話の途中で慌てて席を立つイザール候。その理由は説明されなくても帝国騎士団長にも分かった。

「だから何度言えば分かるのですか!? こんなのは常識! 常識問題です!」

 窓の外から聞こえてきたこの声が理由だ。帝国騎士団長が知ることではないが、イザール候は少し演出を企んだ。家庭教師に学んでいる様子を、それとなく、訪れる帝国騎士団の騎士に聞かせようと考えていたのだ。それが裏目に出た、というところだ。

「……噂通りの人物のようですね?」

 同席している帝国騎士団長の騎士は、もう笑っている。イザール候が席を外したからこそだが。

「……そのようだな」

 形式だけの訪問というのは嘘だ。入学希望者を噂だけで判断したくない。まだ芽が出ていないだけで優秀な人物である可能性もある。それを見極めたいと思って、帝国騎士団長は今日ここに来た。イザール侯爵家の人間であれば、そういうこともあるかもしれないという儚い希望を胸に抱いて。
 だがその希望はどうやら叶えられなかった。この時はこう思った。

◆◆◆

 席を外し、速足でローレルが勉強している部屋に向かったイザール候。辿り着くのはすぐだ。窓から漏れる会話が聞こえるように近くの部屋で勉強をさせていたのだから。
 扉を開けて部屋に入る。イザール候は怒声を堪えるのに必死だった、ローレルに対する怒りではない。それも少しはあるが、どうしてこの場が設けられているか理解しているはずの家庭教師の失態に怒りを覚えているのだ。

「……何があった? 私がいる部屋まで声が聞こえた」

「それは申し訳ございません。熱心に教えておりましたので、つい」

 謝罪を口にした家庭教師だが、悪びれた様子はない。それを見てイザール候は家庭教師に影にいる存在を感じた。この勘が間違いでなければ、家庭教師はわざとローレルを貶めるような言葉を発したということだ。

「……とにかく、もう声が聞こえないようにしろ。会話の邪魔だ」

 さらに腸が煮えくり返る思いのイザール候だが、声が大きくなるのをなんとか理性で押さえている。ここで自分が怒鳴れば、それも帝国騎士団長に聞こえてしまう。下手な小細工がバレてしまう。

「これは、カントの戦いですか」

「騎士団長……」

 だがイザール候にとってまさかのことに、帝国騎士団長は付いてきてしまった。断りなく部屋に入ってきて、机の上にある地図を眺めている。

「はい。初代皇帝アルカス一世が奇跡の勝利を勝ち取った帝国でもっとも有名な戦いです」

 さらにイザール候の許しなく、家庭教師は帝国騎士団長に向かって教えていた内容を説明する。

「……この駒は……ローレル殿が置いたのかな?」

 帝国騎士団長が注目したのは、ひとつの駒。戦場の地図の上に置かれている部隊を示す駒のひとつだ。

「そうです。誰もが分かる配置であるはずなのですが、ローレル様はそこに駒を置くことを選びました」

 また勝手に説明を始める家庭教師。悪意があることは明らかだ。

「貴殿に聞いているのではない。私はローレル殿に質問している」

「…………」

 だが家庭教師はそれ以上、口を開くことは出来なくなった。素人でも分かる帝国騎士団長の覇気に呑まれて。

「ローレル殿。ここにこの駒を置いた理由を聞かせてもらえるかな?」

 家庭教師を黙らせて、また帝国騎士団長はローレルに問いを向けた。ただ問いを向けられたローレルは。

「えっと……それは……その……」

 すぐに答えられず、すぐ隣にいるリルに何度も視線を向けている。この答えはローレルが一人で考えたものではない。今と同じようにお互いの視線のやり取りで、駒の置く場所を決めていたのだ。
 ただ今は、リルはローレルの視線に反応しようがない。自分が代わりに応えているように思われるわけにはいかない。帝国騎士団が、まさか騎士団長が来るとは思っていなかったが、訪れた理由は知っているのだ。

「……まあ、良い。入学試験、頑張ってください」

「……ありがとうございます」

 やってしまった。ローレルの心を占めている想いはこれだ。それは父であるイザール候も同じ。下手に飾ろうとしてしまったことを後悔している。

「では、我々はこれで失礼いたします」

「そうですか……では、玄関まで送りましょう」

「いえ、すぐそこですから、大丈夫です」

 イザール候の返事を聞くことなく、部下と共に部屋を出る帝国騎士団長。そのまままっすぐに玄関に向かって歩き出す。実際に玄関はすぐそこだ。入口に近い来客室に通されていたのだ。

「……逸材なんて、そう簡単に見つかるものではありませんか」

 外に出たところで部下が口を開いた。儚い希望はやはり儚かった。そんな思いだ。

「……それはどうだろうな?」

「えっ? 何かありましたか?」

 部下にはまったく心当たりがない。常識問題をローレルは答えられなかった。それ以外には何もなかったはずなのだ。

「君はカントの戦いについて学んだことはあるか?」

「もちろん、あります。騎士養成学校に入学してすぐに習いました」

「だがそれ以降、詳しく学び直したことはない?」

「……はい。その通りです」

 どうやら自分は間違った。帝国騎士団長の問いで部下はそれを悟った。

「養成学校における授業は、偉大なる初代皇帝アルカス一世が間違いを犯すはずがないという前提でなされている。まだ入学したばかりの時期に教えられるのはその為だ」

 まだ戦術知識が乏しい学生に、ただ初代皇帝の偉大さを知らしめる為の授業。帝国騎士団長はこう見ているのだ。

「……あれが正解だったのですか?」

 間違いだと思っていたローレルの答えのほうが正しかった。部下はこう思った。

「どうだろうな? 良い機会だ。君ももう一度、学んでみたらどうだ? あの駒の意味がそれで分かるかもしれない」

「……分かりました」

 帝国騎士団長から返ってきたのは曖昧な言葉。正解、不正解は分からない。だが学び直す価値があるのは間違いない。少なくとも、間違いだと思った駒の意味を考える価値はあるということだ。
 足を止めて後ろを振り返る部下。そこに誰かがいるわけではない。ただ今出て来た建物があるだけだ。

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