月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPG「アルデバラン王国動乱記」~改~ 第221話 プロローグのプロローグ

異世界ファンタジー SRPG「アルデバラン王国動乱記」~改~

 オペレーションルームで鳴り響く警告アラームが執務室全体に響き渡っている。警告アラームそのものは珍しくもない。システムの異常を検知して発せられるアラームは、オペレータに対処を促すことが目的。対応するオペレータによって止められて、それで終わり。あとは異常の回復作業が行われることになる。重度の障害となると対応に時間がかかることはあっても、24時間365日オペレータが待機しているので、警告アラームが鳴っている時間はわずかなのだ。
 だが今日はいつもとは違っている。警告アラームが鳴り続けている。何度か止められた。だがまた鳴り始める。システム異常の発生が止まらないのだ。

「おい!? 状況は分かったか?」

「まだだ! 何が起きているんだ!?」

 オペレータだけでは対応できない事態。開発に関わっている従業員全員が対応に追われている。それでも異常は解消しない。何が起きているのか、正確なところが把握出来ない。

「どう考えても不正侵入だ! ネットワークを切断しろ!」

 分かっているのは、システムを回復させる為のコマンドが全て拒否されていること。明らかに何者かによってシステムが乗っ取られていること。そうであれば不正アクセスを止めなければならない。ネットワークを遮断するべきだと考えた。

「それをしてしまうと攻撃元が分からなくなるのでは?」

「それは……では、どうする!?」

「私には分かりません。ネットワークは専門外です」

「じゃあ、君は何をやっている!?」

 他人事のような言い方に腹を立てて、声が大きくなる。どうにもならない状況に元から気が高ぶっている。怒声など、今の時代、許されないと分かっていても、声が大きくなるのを抑えられなかった。

「……新しいロジックを組み込もうと」

「はあ!? この状況でそんなことをして何の意味がある!? そんな暇があったら、何が起きているか調べろ!」

「不正アクセスですよね? それに対処するネットワーク周りは私の担当ではありません。それにこれ、前から仕込まれていたのではないですか? 手の打ちようはないと思います」

「手の打ちようがないって……もう良い! 攻撃元は分かったのか!?」

 変わり者と話をしても時間を無駄にするだけ。そう悟って、他の担当に意識を向ける。

(分かったら、止めているでしょ?)

 だがそれがただのポーズであることを彼は知っている。今の状況はかつて経験したことのない事態。彼自身だけでなく、会社としても、他の会社でも滅多にあることではない。それが彼には、もう分かっている。彼だけではない。調査に入ったほぼ全員が同じ思いだ。だが、諦めるわけにはいかない。全てが終わるまで、何かをしている振りをしなければならない。

「システムが消失していきます!」

「消失? それはどういうことだ?」

 奪われただけでなく、消えようとしている。

「言葉通りの意味です。どこかに転送されているのか……はっきりしたことは分かりませんけど、うちのシステムからは消えて行っています」

「バックアップは!? バックアップシステムは無事か!?」

 こういう事態に備えてバックアップシステムを用意してある。すでに切り替えは完了。バックアップシステム上でサービスが提供されているはずなのだ。
 だが正系からシステムが消失するという、まさかの状況を聞いて、バックアップシステムも心配になった。

「……バックアップシステムも停止しています」

「そんな……ネットワークを切断しろ! 奪われるのを阻止しろ!」

 予感は的中。バックアップシステムも同じ状況に陥っていることが確認された。

「内部犯行ではないですか? 切断しようにも、おかしなアクセス元が見つかりません」

「……その調査はあとでも出来る。今はシステムを守ること。全ネットワークを切れ。それと、バックアップデータはいつのものだ?」

 バックアップシステムも停止。正系とバックアップ系、両方でシステムが消失しようとしている。そうなると回復は定期的に取得しているバックアップデータから行うしかない。この時点で、早期の回復は諦めた。

「……ちょっと待ってください」

「もう急がない。リカバリの段取りはきちんと時間をかけて確認して、確実に作業を行っていこう」

「い、いえ、そうではなく……バックアップデータが……」

「おい? 嘘だろ?」

 バックアップデータも存在しない。そうなると回復は極めて困難になる。それどころか、会社はシステム復旧を諦めるかもしれない。サービスが完全停止。今頃はコールセンターにクレームが殺到しているかもしれない。さらに復旧が何か月も先となれば、顧客は離れてしまう可能性が高いのだ。

「……ネットワークが遮断されていきます」

「相手から……?」

「はい……アクセス切断されました」

 警告アラームも止んでいる。警告を発するシステムそのものが消えてしまったのだ。全てが消えた。想定していなかった事態に、関係者はしばし呆然。皆が気の抜けた顔をしている。

「……休憩行ってきま~す」

「おい?」

 また変人が勝手な行動を。そう思って、咄嗟に声をかけてしまうが。

「何か指示が?」

「……いや、ない。早めに戻るように」

 休憩を咎める理由はない。別に彼だけが休憩を取っているわけではない。

「一服するだけです。すぐに戻ります」

「ああ、いや、ゆっくり休め。これから忙しくなるはずだから」

 確かに忙しくなる。復旧するにしても、新しいサービスを始めるにしても。だが今、一服する時間とは関係ないことだ、という思いは口に出すことなく、彼は休憩所に向かった。

「また、今度はもっと面白いゲームを開発すれば良い」

「そうですね。色々とアイデアはありますから、きっと良いものが作れますよ。まずゲームとの精神感応をもっと高めて、仮想触感をリアルにして」

「いや、それ倫理法に引っかかるだろ? でも、それが出来ると面白いよな。ゲームとリアルの境がさらに薄れる。中毒症の画期的な治療法出来れば良いのに」

 落ち込みから回復したのは彼だけではない。他の従業員も、意識してのことではあるが、落ち込むのは止めて、前を向こうとしている。彼の場合は、周囲がそう見ているだけだが。

(……もっと良いものか……良いものを作るのと面白い仕事は違うけど……まあ、良いか)

 仕事への想いは人それぞれ。彼は他人も自分も尊重している。自分を尊重している態度が、周囲からは自分勝手に見えるだけ。他人からそう見られてしまうことを何とも思わないのが、変わり者なのかもしれないが。
 休憩室に入り、作り置きのコーヒーを自分のカップに注ぐ。それを持って、さらに奥にある喫煙室に、かつてに比べればかなり狭くなってしまった喫煙室に入る。
 コーヒーを一口。ポケットから煙草を取り出し、口にくわえて火をつける。煙を吸って、大きく吐き出す。彼なりに騒めく心を落ち着かせようとしているのだ。

(……組み込んだロジックが発動する確率は千に一、万に一、いや、もっと低いかもしれないな。それでも……)

 システムが奪われるまでの限られた時間の中で、出来ることは少なかった。それでも彼は出来ることを行った。異常状態にあるシステムが受け付けたのがそれだけだったという理由もあるが、そのことには関係なく、衝動的にそれを行おうと思った。

(……頼んだよ、レグルス・ブラックバーン。僕たちの世界を誰かの好きにさせないでくれ)

 

 

◆◆◆

 空には赤く光る満月が浮かんでいる。常の月よりも遥かに大きく見える赤い月。この世界では三百年に一度起こる奇跡の瞬間とされている。
 だが彼女がこの月を見るのは二度目だ。二度と見たくなかった赤い月が夜空に浮かんでいた。

「そんな……私たち、負けたの?」

 二度目の異世界。それはリセットを許してしまったからだとリサは考えた。ジークフリートを倒すことは出来なかったのだと。

「いや、勝った」

「誰!?」

 不意に聞こえてきた声。誰もいるはずのないこの場所に人がいた。前回はなかった出来事だ。

「ジークフリートは俺がきっちり殺した」

「アオ……」

 二度目の異世界を経験することになった口惜しさを、レグルスと再会出来た喜びが押し流していく。それでも不安は完全には消えない。レグルスの言う通り、ジークフリートを倒せたのであれば、どうしてまたこの世界は繰り返されるのか。どうすればジークフリートを止めることが出来るのか。

「リセットというのは、俺がやった」

「……はい?」

 信じられない言葉がレグルスの口から飛び出してきた。あまりにあり得ない事実に、リサは自分の耳を疑うことになってしまう。

「だから、俺がリセットした」

「どうしてそんなことするの!? ジークフリートを倒したのよね!?」

 レグルスが、せっかくの勝利を台無しにした理由がリサには分からない。想像もつかない。

「それは……お前がいない人生はつまらない、から」

「えっ……?}

 レグルスの口から、こんな言葉が出てくるなんてことは。

「あのまま、お前がいない人生を生きても俺はつまらないと思った。だから、もう一度やり直すことを決めた」

 リサがいない人生。リサを死なせてしまった人生を生き続けても、後悔の毎日になるだけ。レグルスは人生を失敗したのだ。だから、やり直そうと思った。

「えっと……そうだとしても……どうするつもり?」

「もう何をすれば良いか分かっている。ジークフリートを殺す。どんな手を使っても。お前も協力しろ」

 何をすれば良いのか、もう悩む必要はない。全ての元凶はジークフリート。そのジークフリートを消してしまえば良いだけだ。レグルスはこう考えた。

「協力はするけど……エリザベス殿下は良いの?」

「えっ? どうしてここでリズが出てくる?」

「リセットしなければ、エリザベス様との幸せな人生が待っていた。そうは思わなかったの? 今度はどうするつもり?」

 リサにとってはとても重要なことなのだ。レグルスにとって幸せなのはエリザベスと結ばれること。前回はそう思ってしまうことが多かった。

「……別にどうもしない。なるようになるだけだ」

「なるように……じゃあ、サマンサアンさんは?」

「だから、どうしてここで他の女の話をしようとする? それに俺とお前は……俺とお前は……あれだ」

 姉弟、という言葉は口に出来なかった。それは自分の気持ちを偽る言葉。それをしてしまっては人生をやり直す意味がない。

「……そうね。あれ」

「えっ?」

 目の前に迫るリサの顔。それに驚いたレグルスだが、驚くのはまだ早かった。自分を見つめるリサの大きな瞳に見とれてしまったレグルスだが、唇に触れた柔らかな感触が何かは、すぐに分かった。

「私の立場を最初にはっきりさせておきたい」

「立場って……」

「私は君の婚約者、ではなく妻になる。何があっても私と君は結婚する。約束して」

 自分はレグルスの何なのか。リサは最初にそれを明確にすることにした。ゲームシナリオの婚約者ではなく、義理の姉弟でもなく、夫婦として共に人生を歩む相手であることを、お互いに認めようと思った。

「……約束する。俺はお前と結婚する。お前を幸せにするために生きる。今度も、今度こそ」

「アオ、愛している。私は君に出会う為に、この世界に来たのだと思う」

 始まりの時はこれまでとは違っていた。レグルスの心を占めているのは憎しみではなく、愛情。新たな人生の始まりを悔やむのではなく、喜ぶことになった。だがまだプロローグが始まったばかり。エンディングがどうなるかは、これからの二人の生き方が決めることになる。
 抱き合う二人。夜空には真っ赤な月が浮かんでいた。お互いの気持ちを認め合いながらも、恥ずかしさで顔を赤く染めている二人と同じ、赤い顔の月が。

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