月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPG「アルデバラン王国動乱記」~改~ 第218話 切り札

異世界ファンタジー SRPG「アルデバラン王国動乱記」~改~

 戦いの帰趨を決めるかもしれない戦いが始まろうとしている。こう考えているのはブラックバーン家、そしてアルデバラン王国上層部の一部だけで、大多数は、この先も続く戦いの中のひとつ、それも反乱鎮圧に向けた戦いの始まりだという認識だ。
 そう思われる理由はある。ブラックバーン家軍はゲルマニア族などを合わせて、およそ三千。それと対峙する王国軍は王国騎士団一万を中核として、それに王都近くに領地を持つ貴族家の連合軍が三千、さらに北部を追われた貴族家軍千も加わり、総数一万四千。反乱軍のおよそ五倍という圧倒的な戦力差だ。さらに質においても三神将の一人、アーロン中将を総指揮官とし、その下に十旗将を五人配置するという重厚さ。普通に考えれば負けるはずのない戦いだ。
 
「……伏兵の存在は?」

 さらに王国騎士団には油断もない。反乱軍は自軍の五分の一。北部制圧の為に動くブラックバーン騎士団の別動隊がいることから、特別少ない数ではないが、伏兵の存在については、かなりの人数をかけて調べていた。
 戦場となったワイバン伯爵領は平地が狭く大軍が展開するのに向いていない場所。そうであるから反乱側はこの場所を戦場にした。それ以上の企みがあると疑うのは当たり前のことだ。

「確認されておりません。調査範囲外にいる可能性は否定出来ませんが、それであれば所在を確認出来てからでも、対処は間に合います」

 伏兵の存在はこれまでの捜索では確認出来ていない。かなり広範囲に捜索を広げたつもりだ。その外にいるのであれば、不意を突かれる心配はないという判断だ。

「……であれば、始めますか。前軍を前進させてください」

「はっ」

 アーロン中将の命令を伝える旗が振られる。それを受けて、最前線に陣取っていた前軍三千が進軍を開始した。反乱軍の動きを警戒しながら、ゆっくりと。

「敵が動き出しました!」

 それに呼応して反乱軍も動き出した。二部隊、それぞれ数は千ほど。三分の二を一気に投入したことになる。

「貴族家軍を動かされますか?」

 貴族家軍は両翼に配置されている。邪魔にならない場所という理由だ。それでも数には意味がある。動かない反乱軍千を攻めるのであれば役に立つと部下は考えた。

「……敵本陣を攻めるのではなく、前に出てきた部隊の背後に回らせるのが良いでしょう。もう少し待つべきです」

「はっ」

 形としては前進してきた反乱軍部隊を包囲することになる。貴族家軍では完全包囲とはいかなくても、敵を動揺させることが出来れば、王国騎士団の前軍の戦いが楽になるはずだ。アーロン中将はこう考えた。

「……まもなく接触します」

 こんなことは見ていれば分かる。それでもあえて、これを口にする部下は、それなりに緊張しているのだ。敵はパトリック中将を一騎打ちで倒したレグルス・ブラックバーンが率いる軍。数は少ないとはいえ、楽観視は出来ない。

「接触っ! なっ……?」

 両軍が激突。その瞬間に王国騎士団本陣に動揺が広がった。前軍が反乱軍二部隊に一撃で陣形を割られてしまったのだ。

「中軍を前に! 前軍と合流! 前線を厚く!」

 すかさずアーロン中将が命令を発する。三千対二千では、反乱軍を抑えきれない。さらに中軍を前に出して、前線を厚くしようと考えた。乱戦は敵に有利と考え、まずは敵の攻撃を受け止め、真正面からの戦いに持ち込もうと考えたのだ。

「……なんという攻撃力だ。あれがブラックバーン騎士団か」

 だがこの間にも味方の前軍は、さらに混乱していく。敵の前進を止められないでいる。ここにいる将たちは、当然だが、ブラックバーン騎士団と戦うのは初めて。その強さに驚いている。

「恐らく、黒色兵団が混じっていますね。遠目では断定出来ませんが、先頭の騎士の服装に見覚えがあります」

「レグルス・ブラックバーン直卒部隊ですか……最精鋭部隊をいきなり投入してきたのであれば」

「ええ、それを潰します。もう良いでしょう。両翼に前進命令を。回り込んで敵部隊を包囲しろと伝えてください」

「はっ」

 両翼に置かれていた貴族家軍が前進を開始する。前線で戦っている反乱軍二千の包囲殲滅を図ろうという作戦だ。その結果、貴族家軍が甚大な被害を被ることになっても。
 王国騎士団の至上命題は「勝利」。アーロン中将はその為に最善の作戦を遂行するつもりだ。

 

 

◆◆◆

 最前線がブラックバーン家軍の強攻により、いきなり混戦状態に陥っている。あくまでも混乱しているのはアルデバラン王国軍側。ブラックバーン家軍は、一応は、統制をとれた動きをしているつもりだ。
 それを実現しているのは先頭に立って戦っている騎士たちの実力、それと混戦において強みを発揮するブラックバーン家軍、モルクブラックバーンの将兵たちの力だ。

「……これ以上の勝手はさせない」

 王国騎士団側もそれが分かっている。分かって、まずは先頭で戦う敵騎士を討ち取ろうと動き出した。

「あんた、誰?」

「王国騎士団十旗将の一人、ビリモリ。貴殿とは初顔合わせではないはずだ。確か、中央学院との合同演習で戦っている」

 ジュードの前に立ち塞がったのは王国十旗将のひとり、ビリモリ。部隊を率いる将が、まずはブラックバーン家軍の勢いを止める為に、一騎士として動いたのだ。

「……覚えていない」

 同じようにオーウェンの前にも王国騎士団の騎士が立ち塞がっている。それを横目で確認し、ジュードは目の前の相手に応えた。

「そうか。では思い出させてやろう。我々にまったく歯が立たなかったことを」

「あっ、そう。じゃあ、お願い」

 一気に間合いを詰めて、剣を振るうジュード。それは軽々と自らの剣で受け止め、すぐに攻撃に転じたビリモリ。

「なっ!」

 だが、そのわずかな間でジュードの姿を見失ってしまう。驚きの声をあげたと同時に背中に激痛を感じる。ジュードが背後にいると知り、慌てて振り返って対峙しようとしたビリモリだが。

「遅い」

「くっ」

 その時はすでにジュードは移動していた。振り返ったビリモリの、また背後に。次に感じた痛みは足。膝の後ろに剣を突き立てられ、片膝をつくビリモリ。

「余興の訓練と殺し合いの違いも判らないなんて、王国騎士団って生ぬるいね?」

「……き、貴様」

 王国騎士団への侮辱。強い怒りが湧き上がったビリモリだが、感情だけでは体は動かない。動けないようにジュードは下半身に集中して、攻撃を続けていた。

「良かったね。僕も殺さないことを覚えた。そこで生きて惨めな姿を晒して、味方の士気を下げてくれる?」

「……私を倒せてもフレッチャーは倒せない」

「誰それ?」

「貴様の仲間と戦っている者だ」

 オーウェンと戦っている別の王国騎士団十旗将。ビリモリは自分よりも実力は上だと評価している騎士だ。

「その人がオーウェンに勝てると思っているの?」

「勝てる。フレッチャーは私よりも強い。それに……言い訳に聞こえるだろうが、彼は貴様のような変則な剣を使わないはずだ」

 ビリモリがあっさりとジュードに倒されたのは、正統にはほど遠いジュードの戦い方もあってのこと。動きを見極める前に、攻撃を受けてしまったのだ。ビリモリはこう思っている。

「ふうん。確かにオーウェンの剣はくそ真面目な剣だね。でもさ、くそ真面目な人間が、くそ真面目に何年も自分を鍛え続けたら、どうなると思う?」

「……なんだと?」

「だから、生ぬるいって言ったの。素人の学院生に負けそうになったことを反省もしないで、思い上がったまま。あんたら、あの時からまったく変わっていないよ」

 あの日からずっと、それまで以上に日々、自分を鍛え、いくつもの実戦を、修羅場を経験してきた。どれだけ自分を鍛えても納得出来なかった。追いかける背中はさらに先に行ってしまう。それを必死に追い続けてきた。ただただ強くなる。それだけを考えて生きてきたのだ。
 十旗将たちもまったく成長していないわけではない。だが、成長の度合が違う。特にオーウェンは見習い騎士だったその頃とはまったく違っている。

「今のオーウェンは僕よりも強い。十旗将なんて偉そうに名乗っているあんたら全員よりも強い」

「……そんな」

 ジュードの言葉が事実だと証明する光景が、目の前にある。オーウェンに圧倒され、反撃も出来ずに地に倒れたフレッチャーの姿だ。
 二人の将が敵騎士に敗れ、地に倒れた。この事実は王国騎士団の前軍をさらに動揺させることになった。

「さて、落ち込むあんたに教えてあげる。僕たちを包囲しようなんて無駄。雑魚兵五千くらい、アオとリサの二人だけで倒せる」

「…………」

「アオとリサじゃ、分からない? じゃあ、言いかえる。レグルスとアリシアの二人だけで十分」

「なっ……アリシアとは、あのアリシア・セリシールか!?」

 アリシアの名を聞いて、ようやく反応を示したビリモリ。彼はまだ分かっていない。どうして自分が生かされているのか。前軍の騎士や兵たちが指揮官である彼の命令を待って、逃げ出さずに、この場に留まっていることを。

「そう、あれがアリシア」

「……光?」

 ジュードが指さす先に見えるのは一筋の光、に見える何か。アリシアと言われてもビリモリには分からなかった。

「有り余る魔力がだだ漏れで、光って見えるでしょ? あれが本気のアリシア。人を殺すことに躊躇いを覚えなくなった戦士の姿だよ」

「…………」

 アリシアもまた、個人としての強さだけは高く評価されていたアリシアも、さらに強くなっている。それを知らされて、ビリモリは言葉を失ってしまった。王国騎士団は、アルデバラン王国は負けるかもしれない。初めて、この想いが心に湧いた。

「さて、そろそろ決着の時だね。そのまま、自軍が負ける様子を眺めていると良いよ。あっ。間違っても本陣に戻ろうなんて思わないこと。死ぬよ」

「……どういうことだ?」

「見ていれば分かるよ」

 こう言って離れて行くジュード。彼にはまだまだやることがある。王国騎士団前軍が崩壊するのは間もなくだが、まだ中軍は指揮官が健在で、統率がとれた動きをしている。それに対処しなければならない。

「あ、あれは……あの時の魔法か?」

 置き去りにされたビリモリ。その視線の先に、いくつもの柱が立ち上がった。その光景に、規模はまったく違うが、ビリモリは見覚えがある。合同演習の時に見た光景。ラクランの魔法だ。
 中軍と分断されたと考えた前軍は、さらに大混乱。指揮官の命令を待つことなく、退却に移った。それを見て、ようやく自分の役割を思い出したビリモリだが。

「死にたくなければ、そのまま大人しくしていろ。もう勝敗は決まる」

「……レ、レグルス・ブラックバーン」

 いつの間にかレグルスが側に来ていた。もう一人の前軍の指揮官、フレッチャーの側には女性、アリシアと思われる女性もいる。

「まだまだ多くの人が死ぬ。生きられる人間は生きるべきだ」

「……我々は負けるのか?」

「この戦いは。ほら、始まった」

「えっ……?」

 何が始まったのか。すぐには分からなかったビリモリだったが、レグルスの言葉の意味を知るまで、それ以上の時間が必要なかった。
 魔法の柱の先。王国騎士団の本陣に立ち昇るいくつもの火柱。レグルスの言う「始まった」がそのことであるのは分かった。

「伏兵がいたのか……」

 いないはずだった。いるとしてもその動きは戦場に来る前に察知できるはずだった。だが現実に本陣は攻撃を受けている。しかも離れたこの場所からでも、混乱している様子が分かる。
 混乱もする。ブラックバーン家軍の攻撃は完全に王国騎士団の不意を突いた。異常を察知した人はいる。上空にやけに多く鳥が、それも大きな鳥が群れをなして飛んでいることを不思議に思った人は。
 だがまさかその鳥の群れが、魔道具で攻撃してくるなんてことは想像できない。そんな戦法を王国騎士団の将は誰も知らない。唯一、アルデバラン王国側で知っている者はジークフリート王。彼は猛獣使いが自分の敵に回ることを知っていた。だから猛獣使いを絶滅させようとした。
 だが今回も同じ結果になった。同じどころか以前よりもまとまって猛獣使いたちはアルデバラン王国と戦うことになったのだ。

「降伏を受け入れてもらえますか? 出来れば一時的なものではなく、私に仕えてもらいたいと思っています」

「……エリザベス殿下」

「貴方たちにとって私は裏切者なのでしょう。ですが、私がここにいることで助かる人もいるのです。アオとリサに全てを任せていたら王国の民は半分以下になってしまいます」

 さりげない脅し。ただまったくの嘘ではない。アオとリサ、レグルスとアリシアは王国を滅ぼすつもりで立ち上がった。戦いが終わったあと、アルデバラン王国がどれほど悲惨な状況になっていてもかまわない。そんな容赦のない戦いを行うつもりだった。
 そんな二人の抑止力にエリザベスはなっている。王国の民の、敵方であっても人々の犠牲を最小限にとどめる。それが自分の使命だと、彼女は考えているのだ。

「……今の時点で臣従はお約束出来ません。ですが、降伏は致します。将兵たちの命を御救いください」

「分かりました。アオ、お願い」

 ただエリザベスに出来るのはレグルスに頼むことくらい。反乱の旗印になった、というのは王国の間違った認識で実権は全てレグルスにあるのだ。

「今は俺より、リサのほうが暴走気味ですけど?」

「そのリサを止められるのは、貴方しかいません」

 リサはすでに主人公ではない。自らそういう意識を捨て去っている。正義の味方を装う必要はなくなり、復讐だけを考えて戦っている。そんな彼女を止められるのは同じ憎しみを抱いているレグルスだけだ。

「……分かりました。でも、三神将とやらは無理ですから。そこまで譲っては、戦死した味方に顔向けできません」

「分かっています」

「エモン、皆に、敵将に降伏を促すように伝えろ」

 実際に命令を伝えるのはエモンとその仲間たち。元王国諜報部の人たちが合流して人員が充実した彼らは、情報収集だけでなく、戦場での伝令役も担っているのだ。

「降伏を受け入れない場合は?」

「聞く必要あるか?」

「了解」

 降伏を拒絶すれば死。残酷な処置だとはレグルスたちは考えていない。当然の対応だ。戦いはまだ続く。勝利の確信があるわけでもない。敵は減らす。それがたとえ捕虜であっても。
 守れなかった大切な人々。もう二度と同じ後悔はしたくないと皆が思っているのだ。

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