月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPG「アルデバラン王国動乱記」~改~ 第217話 四面楚歌

異世界ファンタジー SRPG「アルデバラン王国動乱記」~改~

 王国の重臣会議。今日の会議は、通常の参加者ではなく、その中から更に人選を行って、開かれている。多くに知らせるにはまだ早い情報。未確定な部分が多いというだけでなく、伝える人を選ばなければならない重要な情報がもたらされたのだ。アルデバラン王国の危機。事実であれば、こう考えなければならないほどの情報だ。

「……西方辺境伯家軍が北部の反乱軍と連携している。そんなことがあり得るのか?」

 しばし沈黙が続いた後、最初に口を開いたのは宰相だった。王国騎士団が伝えてきた情報はあり得ない、あってはならないことなのだ。

「先ほどお伝えしたように、まだ確証は得られておりません。あくまでも、その可能性があるという報告です」

 王国騎士団長は、オーガスティン中将が伝えてきた可能性を述べただけ。まだ本人も事実として認めていない。証拠を掴む時を待つことなく、会議の議題にのせたのだ。

「諜報部長。今の時点で分かっていることは?」

 それは宰相も分かっている。証拠もないまま、議題にすることも認めている。証拠がないからといって、王国騎士団内に留めておいて良い情報ではないのだ。

「はい。スタンプ伯爵領内にエルタニン王国軍の軍旗を掲げる軍勢がいることは確認出来ております。ただし、確認出来ているのは旗だけです」

「何故だ?」

 遠くから旗だけを見て調査を終える。そんな仕事のやり方が通用するはずがない。それ以上、調べられなかった理由があるはずだ。

「相手方の防諜態勢が固く、侵入を試みれば多くの犠牲を出すことになります」

「それでも必要な情報を得てくるのが諜報部の役目ではないのか?」

 命を惜しんで情報取得を諦める。これも諜報部において許されることではないと宰相は考えている。

「……王国諜報部が壊滅してもかまわないということであれば、それを行います。いかが致しますか?」

 だが強硬手段に出ないのには当然、理由がある。宰相はそれを最後まで確認するべきだった。

「壊滅? 何故そこまでの話になる?」

「王国諜報部の活動を妨害している相手が、それだけの力を持つからです」

「エルタニン王国軍、いや、西方辺境伯家なのか? とにかく王国諜報部以上の力を持つ……まさか……まさかなのか?」

 アルデバラン王国の諜報能力は他国を遥かに凌駕する。辺境伯家のそれにも劣るはずがない。だがそれは、過去の話。そうである可能性に宰相は気が付いた。

「まさか、が何を指しているのか私には分かりません」

 実際は分かっている。分かっているからこそ、諜報部長は素直に答えを返すのが嫌なのだ。
 アルデバラン王国は王国諜報部の大部分を占める人たちを、その一族を裏切った。今、王国諜報部に残っているのは、それでも王国への忠誠を捨てなかった人たち。生活の為もあるが、王国に仕え続けると決断した人たちだ。
 その自分たちに王国は「死ね」と言う。諜者として幼い頃から教育されてきている諜報部長でも、苛立つ感情を抑えきれなかった。

「……騎士団長。西方辺境伯家軍と戦った場合の影響は?」

 宰相はその苛立ちに気が付いた。これ以上、諜報部長を刺激しては、命令を発しなくても王国諜報部が消滅してしまう可能性にも気が付いた。王国諜報部の活動を妨害している相手が、想像通り、前諜報部長とその配下の者たちであれば、十分にあり得ることだ。

「まず、どのような理由で西方辺境伯家軍と戦うのですか?」

 西方辺境伯家軍は、王国騎士団の介入を拒んでいるだけ。それを理由に戦いを仕掛けるのには無理がある、ということくらいは軍人に徹している王国騎士団長でも考える。何の理由もなく戦いを仕掛けるなんてことは政治でも通用しない。政治的な判断の話ではないのだ。

「戦いになった場合の話。その点は無視して構わない」

「……北部への移動が遅れます。おそらくは、決着には間に合わないでしょう」

 勝敗については口にしない。それを論じても意味がないことを王国騎士団長は分かっている。

「では無視して北部に移動した場合は?」

「もし本当に西方辺境伯家が反乱に与しているのであれば、王都への道を空けることになります。もしくは北上する我が軍の背後を襲うことも考えられます」

 この可能性を無視して、オーガスティン中将率いる軍勢を北部に移動させられるか。出来なければ、戦っても戦わなくても結果は同じなのだ。

「……すべて可能性でもかまわない。今後の最悪の展開はどのようなものだと諜報部長は考えている?」

「最悪の展開ですか?」

「そうだ。私にも分かっていることは少しある。ブラックバーン家に、いえ、レグルス・ブラックバーンに同調する可能性がある勢力は他にもいることを知っている」

 事は西方辺境伯家だけでは済まない可能性がある。西方辺境伯家などは、もっともレグルスに同調する可能性が低かった勢力なのだ。宰相はそう考えていた。だからこそ、王国騎士団がもたらした情報に衝撃を受けた。

「もっともあり得るのは各地の少数民族の一斉蜂起。特にレグルス・ブラックバーン、そしてエリザベス殿下と関りの深いフルド族は確実に反乱軍に参加するでしょう。あとはカリバ族も」

「フルド族か……カリバ族は確か、居住地を追われて離散したのではなかったか?」

「居住地からは消えましたが、離散したとは限りません。事が起きたあと、行方の捜索が行われましたが、突き止められないままで終わっております」

 捜索の目をかいくぐることに協力した存在がいる。冤罪の可能性が見え、捜索はそれほど徹底したものではなかったが、それでもまったく足取りが掴めないというのは異常だ。当時、王国諜報部はそう考えていた。

「……他は?」

「ラスタバン王国が反乱に協力する可能性」

「しまった……」

 ラスタバン王国がアルデバラン王国に、ジークフリート王に嵌められたことに気付いていれば、その可能性はある。自国へのアルデバラン王国軍の侵攻を防ぐには、反乱に協力して、次期国王に恩を売ること。こう考える可能性を宰相は考えていなかった。次々と事態が動いて、それに対応するだけでいっぱいいっぱいだった、という言い訳はある。

「王都は三方から攻められる可能性があります。これが最悪の一歩手前だと考えます」

「まだ先があると考えているのか?」

「南方辺境伯はこの状況を知って、どう動くか。それ次第で、まだ先があるのではないですか?」

 王都は四方から攻められることになる。そこまでの事態となれば、中小貴族家も一斉に反乱側に靡くだろう。次期国王になるであろうエリザベスに、最後まで敵対しては未来はないのだ。

「……陛下」

「……タイラーは大丈夫だと思う。どのような理由があろうと王国への反逆は許されない。こう言っていた」

 ジークフリート王はすでにタイラーと会っている。会って、協力を要請した。それを知っているから宰相は、ジークフリート王に話を振ったのだ。

「陛下の目を疑うようなことになりますが、本当に信用出来ますでしょうか?」

「大丈夫。それに駄目だった場合は、また……いや、それでも私は最後まで戦う。王国を反逆者たちの好きにはさせない」

 駄目だったら、またリセットすれば良い。ゲームを初めからやり直せば良い。ジークフリート王はすでにこう考えている。最後まで戦うといっても自分は王国に殉じるつもりなんてないのだ。リセットするにしても、せめてまた自分の邪魔をしたレグルスの死は見届けたい。こんな風に思っているのだ。

「……とにかくレグルス・ブラックバーンを倒すこと。それで事態は良くなるはず。騎士団長、分かっているな?」

「はっ。勝利の為に、この身を捧げます」

 今更そんなことを言われても、なんてことは王国騎士団長は口にしない。自分自身が戦場に赴く前に次の戦いは始まり、そして終わる。それが分かっていても、自分の部下を信じるだけだ。王国軍の頂点に立つ自分が勝利を疑うなんてことはあってはならないのだから。
 最後まで戦う。王国騎士団長はこの言葉通り、死ぬまで戦うつもりだ。万が一、王国が負けるとしてもそれは、自分が死んだ後。こう考えていた。

 

 

◆◆◆

 王都にある南方辺境伯家、ディクソン家の屋敷。半ば人質として継子の王都滞在を義務付けられていた頃に比べると、ジークフリート王の命によりその制度が廃止された今は、屋敷内はかなり閑散としている。多くの家臣が暮らし、騎士団施設まである広大な敷地だ。施設管理の人たちがおり、日々業務を行っていても寂しさを感じるのは当然だ。
 ただ今は少しだけだが、賑わいが増している。領地から南方辺境伯であるタイラー、そして彼の息子も王都に昇ってきている。随行者だけでもかなりの数になるのだ。
 まだ到着したばかりで、改めて屋敷の整備などを行っている家臣たちの様子を眺めながら、タイラーは息子、そして妻のフランセスが待つ母屋に向かった。ジークフリート王との会談を終えて、すぐのことだ。

「お帰りなさい、あなた。お疲れではないですか?」

 母屋のリビングでタイラーの帰りを待っていたフランセス。彼が部屋に入るとすぐに声をかけてきた。

「ああ……疲れてはいない。それほど長い話ではなかった」

「時間の問題ではないと思いますわ。陛下とはどういうお話をされたの?」

 何について話し合われていたのかはフランセスも知っている。王都に来る前からタイラーに説明を受けていた。それでも実際の内容は気になる。タイラーがどのような決断を行ったのかも。

「現状の説明と平和を取り戻す為の協力要請だ」

「どうしてこのような状況になったのかと説明はなかったのかしら?」

 本来であれば、口出しすることではない。タイラーの妻であってもディクソン家においては、何の権限も持たないフランセスなのだ。そういう自分の立場をわきまえてもいる。
 だが事が事だ。事実がどういうものであるのかは、フランセスも知りたい。事実ではなく、ジークフリート王の一方的な主張であるとしても。

「……レグルスが長い時をかけて準備をしてきた結果。陛下はこう申された」

「キャリナローズ様とクレイグ様、そしてジュリアン殿下の死も、レグルスが準備をしてきた結果だと?」

「そんなはずはない。レグルスがキャリナローズを殺すはずがない」

 恋愛感情とは違う。それでもレグルスとキャリナローズは特別な関係だとタイラーは思っている。分かりやすい関係では、家族なのだ。
 これを話し合っている二人は真実を知らない。伝えられていないのだ。

「……エリザベス殿下が反乱の腹頭になった理由」

「レグルスに誑かされたからだと言っていた」

「それはあり得るわね? でも、レグルスがブラックバーン家を助ける為に立ち上がる理由はないわ。死んだはずのレグルスが」

 レグルスの実家嫌いをフランセスは良く知っている。死んだはずのレグルスが生きていることがまず不思議だが、それは彼にとっては自由を得たようなもの。ブラックバーン家の為に表舞台に戻るとは思えない。

「……アリシアの為であれば、あり得る。ブラックバーン家と手を握ったのは目的を果たす為の手段だと割り切ることは出来るはずだ」

「それはあるわね。でもそうだとすれば目的はアリシアの復讐。戦争を起こすようなことかしら?」

 アリシアを死刑に追い込んだのはサマンサアン。サマンサアンを殺すことが目的であれば、戦争以外の方法もあるはず。その点をフランセスは疑問に思う。彼女には考えている理由があるのだが、タイラーの考えを知りたいのだ。

「レグルスの復讐相手は陛下。つまり、王国そのもの。そういうことなのだと思う」

「まさしく反乱ね。それで? 貴方はどうするの?」

 フランセスはついにこの問いを口にした。タイラーにとって辛い決断になると分かっているが、曖昧なままではいられないのだ。

「……難しいところだが、上手く立ち回るしかない」

「上手く立ち回る?」

「そうだ。王国に反旗を翻すことが出来ない。我らにはそれを行う大義名分がない。だからといって全面的に王国の味方をするという判断も難しい。レグルスであれば、まさかを現実にしてしまう可能性がある」

「……西方辺境伯家のように?」

 西方辺境伯家はタイラーの言う「上手く立ち回る」を行おうとしている。王国と正面から敵対していない。エルタニン王国軍と戦うという口実で軍を王国中央近くまで進めている。そうしておいて、レグルスの側に勝機が見えた時は王国の領土を奪う。逆に北部動乱が陳圧されれば、エルタニン王国軍を撃退したと言って、大人しく軍を引くつもりなのだ。その考えをフランセスは見抜いている。

「……そうかもしれない。西方辺境伯家は勝つと見た側に付くつもりなのだろうな」

 タイラーはフランセスほど状況を理解していない。残念ながら南方辺境伯になっても、この手の謀略の類は苦手のままだった。

「……タイラー、お願いがあります」

「それは……レグルスに味方しろということか?」

 フランセスは、南方辺境伯家がレグルスの味方になることを望んでいる。過去のレグルスとの関係を考えれば、それは明らかだ、とタイラーは思っている。

「いえ、違うわ。私を離縁して欲しいの」

「なっ……? ど、どうして!? あっ、あれか? 自分が人質になることで、私が正しい判断が出来なくなると思って?」

 まったく想像していなかったお願い。まさかの要求にタイラーは大いに動揺している。それでも思いついた離婚の理由はあった。フランセスと息子が王都に同行してきたのはジークフリート王にそうするように命じられたから。タイラーが裏切らないように、人質にするつもりなのは明らかだ。

「それもある。でも一番の理由は、私が愛するタイラーはそんな真似が出来るような器用な人ではないということ」

「……どういうことだ?」

 離婚の理由もまた、タイラーの想像の外。今の説明だけでは、タイラーには理解出来なかった。

「自分の気持ちを偽って、他人を騙して、上手く立ち回る。それは私が知るタイラー・ディクソンではないわ。私が好きになったのは、馬鹿がつくほど真面目で、誠実で、自分の気持ちに正直な貴方なの」

「フランセス……」

「貴方が自分の気持ちに正直になって、これが正しいと信じて決めたのであれば、レグルスの敵になっても私は貴方を支持するわ。ずっと貴方を、私が出来る全てで、支え続ける。だからお願い。自分を偽らないで」

「……ありがとう」

 感謝の言葉を口にしながらフランセスを、彼女が抱えている息子と共に、抱きしめるタイラー。フランセスは良き妻で、良き母だ。妻になってくれたことを心から感謝している。それでもわずかに残っていた心の中のわだかまり。自分は彼女の一番ではない、という想い。それが今、消えた。タイラーはそう感じた。フランセスが望む自分であろうと、心に決めた。

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