月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPG「アルデバラン王国動乱記」~改~ 第215話 まだ先の話

異世界ファンタジー SRPG「アルデバラン王国動乱記」~改~

 アルデバラン王国騎士団との一戦での勝利で盛り返したブラックバーン家軍。一度は王国に降伏したブラックバーン騎士団や家臣たちが味方に戻ったことで戦力も充実。勢いに乗って、王都に向かって進軍を開始する、ことにはならなかった。
 情勢はそこまで甘くない。アルデバラン王国の国境を他国から守る力、それ以上の力をもともと持っていたブラックバーン騎士団だが、それは前面の敵に集中出来るという条件が整っていての話。北方辺境伯領、公式には元北方辺境伯領だが、が安定していない状態で、先に進むわけにはいかないという判断だ。北方辺境伯領だけではない。周辺貴族家の動向も気になる。個々の軍事力はまったく脅威にはならないが、まとまって敵対され、後背を脅かされるような事態になれば、王都進軍どころではなくなってしまう。補給線を脅かされた状態で、アルデバラン王国軍と戦うことになってしまうのだ。

「ということで、旗幟が曖昧な奴らの説得に回ってもらう」

「分かった。任せておけ」

 家臣や周辺貴族との交渉となれば自分以上の適任者はいない。ベラトリックスはこう考えた。彼だけではない。話を聞いていた全員が適任だと考える人選だ。

「いや、ライラス。お前に任せる」

「わ、私ですか?」

 だがレグルスは異なる考えを持っていた。前当主である父、ベラトリックスではなく、弟のライラスに任せようと思っている。

「そうだ。お前が行け」

「……それは嫌がらせですか?」

 責任ある仕事ではあるが、成功は簡単ではない。そういう役割を自分に与えるのは、嫌がらせではないかとライラスは考えた。嫌がらせされる心当たりは、有り過ぎるほどあるライラスなのだ。

「はっ? どうしてこれが嫌がらせになる?」

「それは……私よりも父上が適任であるのは明らかです」

 今はレグルスがブラックバーン家の当主。ブラックバーン家にいる以上、以前のように真向から反発することは躊躇われる。ではレグルスに背いて王国につくか、となるとそれも出来ない。王国に味方しても得られるものは何もないことは分かっているのだ。

「お前を使者にするのは、ブラックバーン家はひとつにまとまっているということを知らしめる為だ」

「あっ……そういう考えでしたか」

 自分とレグルスの関係が悪いことは周知の事実。あえて自分に責任ある仕事を任せることで、ブラックバーン家が一丸となって、事に当たろうとしていることを示す。この考えは理解出来た。理解出来たのだが。

「でも、それを崩そうとする奴が必ず出てくる。父上は無理でも、お前であれば簡単に転がると思う奴らだ」

「……はい?」

 レグルスの考えは、そこでは留まっていない。

「話に乗れ。自分こそがブラックバーン家の当主に相応しいという思いを、遠慮することなく相手に語れ」

「そうすると、どうなるのですか?」

「お前を担いで俺に反抗する奴らがまとまる。完全にまとまる前に追い出すけどな」

 裏切者を炙り出す。その役目には確執があると誰もが思っているライラスが適任だ。当主の座をレグルスに奪われた。これは事実なのだから。

「完全にまとまる前に追い出すというのは、どういうことだ?」

 ここでベラトリックスが割り込んできた。裏切者の炙り出しは分かる。炙り出した上で排除することも。だが「追い出す」という表現には違和感を覚えた。

「王国側にまとめて追いやる、という意味」

「あえて敵を強くする理由は?」

「まとめて倒す。もう一度、不利と思える状況で勝利する。父上の出番はその後だ。勝利を材料に周辺貴族を全て臣従させてもらう」

「……説得は楽になるかもしれないが、あえてリスクを犯す必要はない。楽に勝てる戦いを作りあげるべきだ」

 二戦連続、不利な状況でアルデバラン王国軍に勝利した。それが実現出来ればブラックバーン家の勝利を信じる者も多くなる。だがそれは「勝利すれば」の話。負けてしまえばそれで終わりだ。ブラックバーン家は小さな敗北も許されない。そういう状況だとベラトリックスは認識している。

「それも同時に行うつもり。数が増えたら軍は強くなるわけじゃない。弱兵を味方にすることは、逆に全体の戦力を落とすことにもなる」

「……王国騎士団もそれくらいは分かっているはずだ」

 確かにレグルスの言う通りかもしれない。戦力が劣る味方は、そのまま弱点になる。陣形の穴になる、もしくは陣形全体を乱す可能性は高いのだ。
 だが王国騎士団の将もそれくらいは分かっているはず。重要な役割は与えないはずだ。

「分かっていて戦況に影響を与えない位置におけば、いてもいなくても同じということになる。こちらは困らない。求めているのは数で大いに優っている相手に勝ったという結果だ」

「勝てるのだな?」

 レグレスには戦いに勝利する自信がある。ベラトリックスはそう受け取った。

「それを聞くのは野暮だ。勝敗は時の運。俺たちに出来ることは、勝利を得る為に出来る全てを行うことだけだ」

「……追い出した者たちの領地を治める人員が必要だな。本当に信頼出来る者たちに与えてしまうという手もあるが?」

 勝利はやるべきことを全て行った上で、運に任せるもの。だがその運は気まぐれなものではなく、より勝利を得る為に努力した側に降りてくるもの。そうであれば勝つための努力に気持ちを向けるべき。ベラトリックスもこう考えた。

「ああ、良い案だ。忠誠心だけでは人は食べていけないからな」

「では人選は任せてもらおう。お前では一人も選べないだろうからな」

「確かに」

 ブラックバーン家にレグルスが信頼している者などいない。せいぜいモルクブラックバーン家くらいだ。

 

 

「もうひとつ問題があるのではないか?」

「何のことだ? 問題なら山ほどある」

「王国はこちらの準備が整うまで待ってはくれない」

 わざわざ敵が万全な態勢になるのを待っているはずがない。王国騎士団はすぐに新たな討伐軍を送ってくるはずだ。敗北を打ち消す為にも。
 ブラックバーン家と王国との戦いは北部だけの出来事ではない。王国全土に影響を与える。もともと不安定だった、わざと作られた不安定だが、王国が、完全に統制を失う可能性も否定できないとベラトリックスは考えている。こう考える彼は、まだブラックバーン家の勝利を信じきれていないということだ。

「ああ……それについては、ほぼ解決。王国騎士団がやってくるのは、まだ先だ」

「王都にまで手を回していたのか?」

「俺じゃない。馬鹿な奴らが勝手にやってくれたことだ。自分たちの大切な物を犠牲にしてまで……」

 王国騎士団は物資の調達に苦労している。それが決定的になったのは、王都の食を支えていた郊外の農作物の焼失。リキたちが行ったことが、ブラックバーン家が決戦に備える為の時間を与えているのだ。

「そうか……」

 誰も信用しない。人を寄せ付けない。そんなレグルスにも、そういう人たちがいる。その人たちにはレグルスはどのように見えているのか。自分にはずっと見えなかったそれが、ベラトリックスは気になる。

「一度だけ言っておく。俺は貴方を恨んでいる」

「……そうだろうな」

 言われなくても分かっていることだ。レグルスの父親が誰かというのは明らかにはなっていないが、恐らくは自分の思い込み。ベラトリックスはこう考えるようになっている。思い込みで息子を妬み、憎み、酷い仕打ちを重ねた。恨まれて当然だ。

「だが感謝もしている」

「な、何だと?」

 だがレグルスが「一度だけ」伝えたかったことは感謝だった。

「今の俺があるのは、ブラックバーン家が冷たくしてくれたおかげだ。そのおかげで俺は出会うはずのない人たちと出会えた。仲間と呼べる人たちと出会えた」

「……そうか」

「それに……ま、まあ、ブラックバーン家のことは俺にも問題があった。それは認める」

 遠ざけたのはブラックバーン家のほうだけではない。レグルスもブラックバーン家と、家族と距離を取った。関係を改善しようとすることなどなく、切り捨てた。その自覚は、一応は、あるのだ。

「……お互いに……ここは泣くところですか? 義父上?」

 すすり泣く声が耳に届く。ゲルマニア族の族長、バウリアンが泣いているのだ。

「家族の和解だ。泣くのが普通だろ?」

「これは和解とは……」

 和解というほどのものではない。お互いに悪いところはあった。それをようやく面と向かって認め合っただけだ。感情のしこりはまだ消えたわけではない。

「そうだ。だいたい家族の和解を喜ぶなら、自分はどうなんだ?」

「……何の話だ?」

 レグルスの問いの意味がバウリアンは分からない。ここで自分に話が振られるとは思っていなかったのだ。

「義理の息子と和解したのか? 二人で話をしているところを、まだ俺は一度も見たことがない」

「そ、それは……」「…………」

 確執はベラトリックスとバウリアンの間にもある。一族を率いて戦いを始めてしまうほどの確執だ。正面から戦ったことのない自分のほうがまだマシ、とレグルスは勝手に考えている。

「そんな何もかもが一気に解決するものではありません。ゆっくり時間をかける必要がある事柄もありますよ?」

 気まずい雰囲気を和らげる言葉はエリザベスのもの。ブラックバーン家の家族関係は複雑だ。解きほぐしていくには時間が必要だと彼女は考えている。いつか解きほぐせると。

「結婚は急がなくて良いのか?」

 さらに雰囲気を崩したのはスカルの問い。

「えっ……?」

 気まずさが増すことにもなったが。

「駄目! アオとはココが結婚するの!」

 そしてココの宣言が、また雰囲気を和らげることになる。

「それは抜駆けってやつだね。この場にいない誰かが怒るよ?」

 さらにジュードまで加わってきた。この場にいないアリシア、リサの気持ちを代弁しているつもりだ。

「リサには絶対に負けないもん!」

 リサにはライバル意識満々のココだった。

「……どうやら我が息子は、かなりモテるのだな?」

 これにはベラトリックスは、少し驚きだ。彼が求めている、これまで知らなかったレグルスの一面を見られた気になった。

「他にもいる」

「……ゲルマニア族にもですか?」

「我が一族にも何人もいる。さらにキャリナローズ嬢との間には、すでに子供がいる」

「……はっ? キャリナローズ嬢というのは、ホワイトロック家のですか?」

 これもベラトリックスが、これまで知らなかったこと。キャリナローズが息子の父親がレグルスであることは、ブラックバーン家には隠されてきたのだ。

「そうだ。あとは……そう、ユリ嬢とアサガオ嬢。この二人も孫に惚れているようだ。儂が知るのはこれくらいだが、他にもいそうだな」

 バウリアンは百合太夫と朝顔太夫に会っている。今は太夫ではなく、過去の名も捨てて、ユリとアサガオと名乗っている二人に。花街で暮らしていた人の多くが移住した先、旧サイリ子爵領、レグルスが前王に与えられた領地で。

「……誰に似たものやら」

 自分ではない。この思いはベラトリックスの心に影を作ってしまう。

「儂の娘に決まっている。娘も皆に好かれた。言い寄ってくる男は数知れず。ことごとくぶちのめすのに苦労したものだ」

「ぶちのめすって……」

「そんな娘を妻にしておいて貴様は……」

「……申し訳ございません。つまらない嫉妬で彼女を傷つけるだけでなく、命を守ることさえ出来ませんでした」

 バウリアンに向かって、深々と頭を下げるベラトリックス。これくらいで許されるとは思っていないが、謝罪を伝える機会を無にするわけにはいかなかった。

「……嫉妬か。嫉妬しているのであれば、そう伝えれば良かった。娘の悩みは、もっぱら貴様が自分を愛してくれていないことだったそうだ。コンラッド殿が何度か謝罪と共に伝えてきてくれていた」

「…………」

 バウリアンの話に言葉を失うベラトリックス。これは彼も知っていた事実だ。父であるコンラッドに何度もそれで叱られた。だが彼は、それを事実だと受け取れなかった。妻との関係を誤魔化す為に嘘をついているのだと考えていた。

「……人というのは不便なものだな? 本当の想いが正しく伝わらない。伝えられない。それによって多くの悲劇が生み出されているというのに……」

「……はい……申し訳ございません」

 初めはちょっとしたボタンの掛け違いだった。ゲルマニア族の女性を妻にした。それに引け目を感じていた。周囲の目が気になって、余所余所しい態度をとってしまっていた。悪い噂が耳に入るようになったのは、すぐだった。父との不倫。周囲はそれを事実として自分に伝えてきた。そんなことはあり得ないと思いながらも、否定しきれなかった。
 信じるべき人を疑い、信じるべきではない讒言を信じてしまった。自分の愚かさを悔いても今更だ。亡くなった妻が生き返ることはない。
 もし人生をやり直せるのであれば。こんな想いがベラトリックスの心に浮かんだ。何を馬鹿なことをと、すぐに否定した。

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