月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPG「アルデバラン王国動乱記」~改~ 第208話 重なる謀略

異世界ファンタジー SRPG「アルデバラン王国動乱記」~改~

 さすがに、城内に女性を連れ込んで遊び惚けることをずっと続けるなんて真似は、ジョーディー新王には許されない。王としての責務を果たさなければならない。しかも今は国難の時、と言っても良いくらいの状況。考えるべきこと、決めるべきことは山ほどあるのだ。
 それらの懸案事項の解決にあたって、ジークフリート王はかなり熱心に職務を行っている。国難は彼が望むところ。自らこの事態を招いたと言っても良い。実際にそういう事柄はいくつかある。そのほぼ全てがジョーディーが仕込んでいた策略だ。ジークフリート王とジョーディーは共犯関係にある。お互いにお互いを信頼してなどいないが、利用できるものは利用するという考え。とくにジークフリート王はその思いが強い。
 だがこれからは、全ての物事を進めるのはジークフリートになる。ジョーディーの出番はない、とジークフリートは考えているのだ。

「東方の様子はどうかな?」

「今のところは膠着状態のようです。ラスタバン王国軍の動きが鈍いことがそうなっている理由です」

 ジークフリート王の問いに答えたのは王国騎士団長。今は軍事関連が会議時間の多くを占める。王国騎士団長も、普段から仕事は多いのに、さらに忙しくなっている。

「動きが鈍い? 侵攻を後悔でもしているのかな?」

 こんな風には思っていない。ラスタバン王国軍の動きが鈍いのは、時を待つ必要があるから。ジークフリート王はそれを知っている。

「さすがにそれはないかと思います。こちらの動きを見極めようとしているか、もしくは他国が動き出すのを待っているのだと思われます」

「他国か……エルタニン王国軍の動きは?」

 すでに動きを見せているのは西のエルタニン王国。国境近くに軍を展開しているのは間違いない。だがその後の動きが見えていなかった。ジークフリート王以外の会議参加者には。

「そちらも動きは鈍く、まだ国境を超える様子はありません。あくまでも王都に届いた最新の情報では、という条件付きですが」

「……諜報部の動きが悪いね? これが実は一番の問題ではないかな?」

 これはジークフリート王にとって誤算だ。諜報部は部長を筆頭に多くの人員がいなくなり、十分に機能していない。集められた情報量は少なく、伝達速度も遅い。他国と比較して強みであった諜報能力は、大いに損ねられているのだ。

「申し訳ございません。前任者が突然いなくなってしまい、全てを把握することに時間がとられております」

「それは言い訳だね? 立て直しは急務。君にそれが出来ないのであれば、他の人に任せることになるよ?」

「はっ……ご期待に応えられるよう全力で努めます」

 後任の部長としては、王国に残ったことを後悔するような状況。王国を離れて暮らしていけるのかという不安はあるが、ジークフリート王の求める組織立て直しは一朝一夕で実現することではない。
 諜報部長だけではなく、それに次ぐ人、そのすぐ下の人もといった具合で、一族の上位者はすべて去ってしまったのだ。それで組織をまとめろと言われても彼には荷が重い。

「……話を戻そう。エルタニン王国軍がすぐに侵攻してくることはないと考えても問題ないのかな?」

「それは楽観的過ぎる思われます。侵攻の意志があるから軍を動かしたのです。すでに我が国がその意図を知り、対応に動いていることも分かっているはず。今更、何もなかったには出来ないと考えます」

 エルタニン王国はすでに侵攻の意志をアルデバラン王国に見せた。それをなかったことに出来るなんて、甘い考えではないはずだ。アルデバラン王国側がなかったことにはしない。ラスタバン王国軍との戦いが終われば、すぐに、逆にアルデバラン王国から攻め込む。侵攻の口実を、エルタニン王国は自ら作ってしまったのだ。

「二方面作戦に耐えられるかな?」

「負けない戦いであれば、三方面でも可能と考えます」

「なるほど。でも侵攻を防いだだけでは、事が解決したとは言えない。我が国に敵意を向けた二国を許すわけにはいかない」

「それでしたら、恐れながら『無理をすれば』という言葉をつけさせていただきます」

 負けない自信は王国騎士団長にはある。だが、さすがに三方面作戦はリスクが高い。どれか一方で不測の事態が起きた場合、全方面が敗勢に傾く可能性もあるのだ。
 これは今更考えるまでもないこと。ずっと前から王国はこう判断し、周辺国が共同で動かないように牽制、時には懐柔してきたのだ。

「無理はさせたくないね? そうなると一時、体をかがめるしかないかな?」

「体をかがめると申されるのは?」

 ジークフリート王の言葉の意味が王国騎士団長には分からなかった。軍事的に「体をかがめる」というのが、どういう状況なのか。これまで一度も聞いたことはない表現なのだ。

「下手に出る。外交で解決するということだ」

 それはそうだ。軍事ではなく外交における表現なのだから。といっても一般的に使われているわけではない。ジークフリート王が比喩として、この場の思いつきで使っただけだ。

「そういうことでしたか」

 王国騎士団長は表現について納得して終わり。外交は騎士団長が考えることではない。意見を求められれば答えるが、自ら最初に発言する領域ではないと考えているのだ。

「どのような外交をお考えですか?」

 外交は宰相の領域。ジークフリート王の考えを尋ねてきた。

「婚姻外交だね」

「婚姻……それは……」

「姉上をエルタニン王国に嫁がせる。エルタニン王国には適齢な相手はいるかな? 適齢でなくても構わないか。これは外交だ」

 ジークフリート王は姉のエリザベスをエルタニン王国に嫁がせようと考えていた。この場での思いつきではない。会議が始まる前に考えていたことだ。

「エリザベス殿下ですか……それは譲歩しすぎではありませんか?」

 婚姻外交はよくある手だ。だが格下の相手に王の姉を嫁がせるのはどうかと宰相は考えた。

「辺境伯家から嫁がせるわけにはいかない。このような状況では絶対に」

 辺境伯家と隣国が結びつく。王国として許容できることではない。まして今の状況は、北方辺境伯と他国との結びつきによって起こされていると考えられているのだ。

「それは……確かに」

「姉上には申し訳ないが、王家の女性としての務めを果たしてもらう。これは決定だ」

「承知しました。ではすぐにエルタニン王国に使者を送ります」

 重ねての否定は宰相は行わなかった。王が「決定だ」と宣言したのだ。臣下の身でそれを否定することは出来ない。

「さて……北はどうかな?」

「ご命令通り、北方辺境伯との交渉を行っております。ただ今のところ、事実を認めるつもりはないようです」

 北方辺境伯領に軍を送り出したが、いきなり戦いを始めるということはしていない。謀反の疑いが強いといっても、相手は辺境伯家。問答無用で攻め込むのは、他家の手前、良くないとジークフリート王が判断したのだ。

「……戦いになるか……そうはしたくないな」

「負けることはございません」

 王国騎士団が全力で向かえば、辺境伯家相手に負けることはない。さらに北方辺境伯家を支援する他家もいない。東方辺境伯家はそれどころではない。支援を判断する当主も決まっていない。西方辺境伯家もエルタニン王国軍の動きを警戒していて、他家に構っていられない。
 戦う上で、ある意味、環境は整っているのだ。

「それは分かっている。ただね……」

 ジークフリート王も勝利は間違いないと考えている。躊躇いは、王国騎士団が損耗する可能性を恐れているから。過去において王国騎士団はブラックバーン家軍に大いに苦しめられたのだ。

「陛下。恐れながら、この件こそ、少し譲歩するべきではございませんか?」

 ここで宰相が割り込んできた。宰相も北方辺境伯家との軍事衝突は避けたいという思いがあるのだ。

「譲歩?」

「反乱は大罪ですが、ここは北方辺境伯の地位を返上させることで、矛を収めるのはいかがでしょうか?」

「……ブラックバーン家を滅ぼす、いや、譲歩だから違うね? 小貴族に落とすということかな?」

「陛下のお考え通りです」

 主だった者たちの命を助ける代わりに、ブラックバーン家を小貴族に落とす。広大な北方辺境伯領は王国の直轄地として、その後は功をあげた者に恩賞として、分割して与えるのも良い。実際は王国にとって譲歩なんてものではない。
 問題は北の国境の守りだが、それも今以上の問題にはならない。東と西の戦いが収まってしまえば北の国が侵攻してくるはずがない。それは自殺行為だ。

「……分かった。その方向で交渉を進めることを許す」

 ジークフリート王にとっては想定通りの展開だ。王国騎士団を傷つけることなく、北方辺境伯領を自らの物に出来る。あくまでも交渉が上手く行けばであるが、これについては楽観的だ。ジグルス・ブラックバーンのいない北方辺境伯家に、王国に逆らう勇気などない。こう思っているのだ。

 

 

◆◆◆

 ジョーディーの予感は早くも的中。王妃として城で暮らしているサマンサアンがそれを伝えてきた。ジョーディーがまったく想定していなかった危機だ。それはそうだ。ジョーディーの過去の人生において、サマンサアンが王妃なったことは一度もない。ジークフリートが王妃に対して、どのような仕打ちをしていたかを知る術などなかったのだ。
 想定していないとうことはそれが顕在化した場合の備えもない。サマンサアンを救う術をジョーディーは持たない。

「……このようなことを申し上げるのは、あれですが、少し人とは異なる性癖を持っているだけということで納得するしかないのではありませんか?」

 対策を話し合っている部下のほうも困ってしまう。ジークフリート新王は花街の女性を城内に連れ込んで行為に及んでいるだけでなく、その女性と同じ行為を王妃であるサマンサアンに強要しようとしている。この事態にどう対処すべきかを問われても、答えなど持っていないのだ。

「サマンサアンが……いや、頭では分かっているよ。女性関係にだらしない王など、過去にいくらでもいた。ジークフリート王もその一人だったというだけだ。ただ……」

 それによってサマンサアンが苦しむことになる。それは彼女が不幸になるということ。目的は果たされなかったということで終わってしまう。

「それとも、これを以て、最悪の事態への対応をとられますか?」

 ジークフリート王を殺す。対応とはこのことだ。これについて部下は否定しない。ジークフリート王は殺さなければならない。ジョーディーよりも協力している部下たちのほうが、その思いは強いのだ。そう思いを抱いているからこそ、ジョーディーに協力しているのだ。

「今後の動きを確認しよう」

「はい。ラスタバン王国はこちらが指示すれば、すぐに動きます。動いてしまえば引くに引けません。戦い続けるしかなくなります」

「そうだね」

 ジークフリート王はラスタバン王国を嵌めて、侵攻する理由を得たと考えている。あとは戦いの中で邪魔者を、ジュリアンとキャリナローズを消すだけ。戦いが大きくなることは望んでいない。
 だがその思惑を覆すことは出来る。ラスタバン王国は策に嵌ってしまった。引き返せないところにきている。それを教えてやるだけで、決死の覚悟で戦うはずだ。

「エルタニン王国も同様です」

「エリザベス殿下が輿入れしても引かないと?」

「そのエリザベス殿下はエルタニン王国に辿り着く前に暗殺されます。エルタニン王国の仕業です」

 そして、ジークフリート王にとってのもう一人の邪魔者、エリザベスも死ぬことになる。これで王家内に彼に批判的な人物、対抗勢力となる可能性のある人物はいなくなるのだ。

「……エルタニン王国と衝突すれば、西方辺境伯家は動けなくなる。そこで本当の反乱。問題は規模がどの程度になるかだ」

「正直、当初の想定通りにはいかないと思います。お伝えするまでもないと思いますが、いくつかの反乱勢力が消えました」

「スタンプ伯爵家は動くかな?」

 スタンプ伯爵家は最後の手段の為に取りこんでいた勢力。ジョーディーに協力して反乱を起こす貴族家のひとつだ。

「恐らくは。恩を売るという点ではアリシア・セリシールに奪われましたが、その彼女を殺したのは王国です」

「なるほど。彼女の処刑で王国に恨みを持った勢力は他にもあるね?」

 取りこぼしたと思われる勢力も、アリシアの敵討ちという目的であれば、協力してもらえるかもしれない。レグルス暗殺も王国の仕業ということにしてしまえば、さらに可能性は高まる。

「接触出来る相手は接触いたしましょうか?」

「ああ、そうしてくれ。だが問題は北だ。北で動乱が起きなければ、王国騎士団は動かない。それでは隙は出来ない」

 ジークフリート殺害において最大の障壁となるのは王国騎士団。反乱を起こす勢力では王国騎士団を打ち破れない。それではジークフリートを討ち取れない。なんとか王都を空にさせて、守りが手薄になったところで攻め込む。これが必要なのだ。
 戦争によらない方法も、サマンサアンに暗殺させるという方法もジョーディーは考えた。だがそれを行えばサマンサアンはただでは済まない。その場で殺されるだろう。城の奥までは、ジョーディーも手を伸ばせないのだ。
 まだ二手も、三手も足りない。それでも動くしかない。本当の勝利を手に入れるまで、さらに何度でもやり直すしかないのだ。

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