月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPG「アルデバラン王国動乱記」~改~ 第205話 崩壊の始まり

異世界ファンタジー SRPG「アルデバラン王国動乱記」~改~

 花街での出来事は、その日のうちに国王の耳に届いた。花街と国王の間には特別な繋がりがある。隠すことなど出来ない。それでも国王は一日の間を空けた。自分に花街での話を伝えてきた者を、ジークフリート王子に推測させない為だ。それでもジークフリート王子にとっては驚きだった。花街の者が約束を破った。そうだとしても、一日で国王にまで伝わるのは早過ぎると思っている。

「……それで全てか?」

 花街で何があったのかと国王はジークフリート王子に説明させた。嘘が混じっているのは分かっている。国王には、かなり詳細な情報が伝えられている。その必要がある出来事なのだ。

「はい。全てです。お騒がせして申し訳ございません」

 責任の多くはサマンサアンにある。国王に呼び出された段階で、ジークフリート王子はサマンサアンを切り捨てることを決めた。自分の身のほうが大切なのだ。

「……分かった。もう行け。行って、出発の用意をしろ」

「出発、ですか?」

「そうだ。ジュリアンと代わって、東方辺境伯家の争いを治めてこい。許しあるまで戻ってくる必要はない」

「そんな……」

 ジークフリート王子は花街について何も知らない。自分が知らないということは知る価値のないことだと思い込んでいる。王都追放、と表現しても良いような処分を受けるはずがなかった。

「行け」

 ジークフリート王子の戸惑いに対して、国王の言葉はわずか。それだけ怒っているのだ。ジークフリート王子とサマンサアンが仕出かしたことは、とんでもない事態を引き起こすかもしれない。その可能性を低くする為にも、厳しい態度を見せなければならないのだ。
 まだ戸惑いを顔に浮かべたまま、部屋を出て行くジークフリート王子。国王は一人部屋に残った、わけではない。

「どのような結果になる?」

 ジークフリート王子の行為がもたらす影響を一番分かっているのは諜報部長。ジークフリート王子がいなくなるとすぐに姿を見せた彼に、国王は問いかけた。

「離脱を防ぐことは出来ません」

「……そうか」

 一族の技を提供する代わりに花街という自由に生きられる場所を提供する。それが王国との約定。約定が破られたからには、技を提供する義務はなくなる。

「残る者はおります。王国に仕えるようになってから長い年月が流れております。一族よりも王国を大事に思う者たちは少なくありません」

 王国から全ての諜者、花街と関りのある一族の諜者全てが、約定が破棄されたからといって、離脱するわけではない。一族間の繋がりは長い年月を経て、少しずつ薄れて行っている。王国への忠義を、暮らしの糧を得る仕事を優先したいと考える者は少なくない。それを許さないほど一族も頑なではない。

「お前はどうなのだ?」

「私には一族の長としての責任があります」

「……そうか」

 つまり、一族を優先するということ。諜報部長は王国を離れるつもりだ。個人の気持ちだけでは、どうにもならない面がある。一族の長が王国に残ると決めれば、離れたい者も離れられなくなる。逆もそうだが、全体としては離脱する者が多い。そうなるのは諜報部長の一族内だけの問題ではなく、花街も関わっていることが理由だ。

「花街は?」

「営業はもう行っていないはずです。すでに去った者たちもいるでしょう」

 花街は消える。場所は残っても人はいなくなる。それが分かっていて、自分たちだけ王国に残ろうとする者は少ない。そういうことだ。

「何故、こんなことになったのだ?」

 ただの嘆きだ。こんな事態は想定出来ていなかった。原因が、あるとすればだが、分かっても防ぐことなど出来なかった。

「……もし理由があるとすれば、ジグルスとアリシア。アオとアリスという花街にとって大切な存在がいなくなったからでしょう。いえ、アオだけで理由になりますか」

 もしアオが、レグルスがいたら、このようなことにはならなかった。レグルスであれば、その場を穏便に収められたのではないかと諜報部長は思っている。ジークフリート王子の恨みを自分に向けさせても。

「アオは分かるが、アリスは?」

「花街でのアリシア・セリシールの名です。ただこれも偽名。本名はリサです」

「お前……知っていたのか?」

 諜報部長はアリシアが花街の関係者であることを、元太夫の娘であることを知っていた。知っていたのであれば、何故教えなかったのかと国王は思った。

「申し訳ございません。ですが、アリシア・セリシールもまた、花街とは関係が深いことはお伝えしていたはずです」

 諜報部長には超えられない一線がある。花街のしきたりを破ることがそれだ。アリシアの素性は秘密。リサであることを明かしてはならない。これを諜報部長は守ったのだ。

「そうかもしれないが」

「それに言い訳のようですが、本件にリサは関係ありません。彼女が生きていても、事態は変わらなかったでしょう」

「……何か助言はないのか? 最後の情けとして教えてくれ」

 花街はすでに消え去ろうとしている。そうであれば諜報部長が王国を去る日も近い。もしかするとこれが最後かもしれない。耳目を失う国王は、この先に不安しか感じない。せめて何か指針が欲しかった。どんなことでも良いから。

「ジークフリート王子を王都から引き離したことは正しいご判断だと思います。東方辺境伯領が正解かは分かりませんが」

「それくらいは分かる。ジークは駄目だ。あれは……あんなだとは思わなかった」

 ジークフリート王子には期待していた。ジュリアン王子を差し置いて国王にするのも、仕方がないかと思っていた。だが近頃の彼のやりようは、国王にとって、あり得ない結果ばかりを残している。王国の頂点に置くことなど出来ないと思うようになった。

「あとは速やかにジュリアン王子の立太子を」

「それも分かっている。だが、それだけでは事態は好転しない」

「いえ、案外好転するかもしれません。問題は、エリザベス王女がどのように動かれるかですが……ジュリアン王子であれば大丈夫でしょう」

「……お前、何を知っている?」

 具体的なことは何も分からないが、諜報部長には確信があることは分かる。その根拠は何なのか。まだ自分が知らない何かを諜報部長は知っているのだと国王は思った。

「実は……少々、お待ちを。何があった?」

 国王との会話を邪魔する者がいた、部下が緊急の何かがあることを伝えてきたのだ。

「侵入者です。城に何者かが侵入しました」

「何だと?」「はあ? そんな馬鹿な?」

 城内に侵入した者がいる。その報告に諜報部長と国王は驚いた。そんな話は過去にも聞いたことがない。あり得ないことだったのだ。

「何者だ?」

「それが……」

「分かった。私も対処しよう。陛下、申し訳ございません」

 部下が口ごもった意味。それを諜報部長は理解した。国王の前では話せないという意味だと。正体を国王に話せない侵入者。心当たりがないわけではない。すぐに自分が対処するべきだと考えた。

「……王国はどうなっているのだ?」

 今度こそ一人きりになった部屋で、国王は呟きを漏らす。あり得ないことが次々と起こる今の王国には不安しかない。

 

 

◆◆◆

 発見された侵入者の動きは、ほぼ把握されている。もっとも侵入が困難なはずの城内だ。様々な対策はなされているのだ。その対策を破って、深く侵入してきたことには驚きしかない。時折、捕捉から外れることも。
 相当な手練れ。だがその素性はすでに明らかになっている。顔を知っている者がいたのだ。

「これ以上は進むな」

 その侵入者の前に、諜報部長は堂々と姿を見せた。

「……嫌だと言ったら?」

 相手も諜報部長の顔を知っている。これが本物の顔かは分からないが、見たことがある顔だった。

「素直に言うことを聞け。このまま進んでも無駄死にするだけだ」

「無駄死に。その無駄死にが許せなくて俺はここにいる」

「……目的は何だ? アリシア・セリシールなら城にはいない。分かっていないのか?」

 侵入者はレグルスの部下。エモンという名までは知らないが、間違いない。諜報部長は何度も会っているのだ。ただ侵入した目的が分からない。エモンの答えは、諜報部長には、おかしく思える。

「知っている。誰の仕業かも」

「お前……もしかして知らないのか?」

「知っていると言っている」

「では、言い方を変える。お前の死に場所はここではないはずだ。他にあり、そして今でもない」

 これも遠回しな言い方。自分と、自分が信頼する部下以外に話を聞かれたくないのだ。

「……それって?」

 エモンにも少し事情が分かった。まだ信じられる状態ではないにしても。

「正直に白状すると我々も確証は得ていない。だが、これまで調べた結果、状況証拠がそれを示している。具体的なことは聞くな。ここでは話せない」

「それが俺を追い払う為の嘘ではない保証は?」

「何故、追い払うだけで済ませなければならない? 私はまだまだお前に負けるつもりはない。ああ、それと私はすでに王国の人間ではない」

「なんだって?」

 諜報部長の、本人はもう諜報部長ではないつもりだが、話はエモンには良く分からない。何故、彼が王国を離れるのか。王都の状況をエモンは把握していない。城へ侵入することだけに集中していたのだ。

「……花街を見てこい。私が言っていることが分かる。ああ、あと、恐らくお前も知っている太夫が二人いるはずだ。その太夫を追えば、知りたいことが分かるかもしれないな」

「……分かった。ここは引く。あと、一応、礼を言っておく」

「お前、名は? 私はこれからはカクノシンに戻る。もしかするとまた会うこともあるかもしれない。その時はカクノシンと呼べ」

 諜報部長は名を捨てていた。諜報部長という肩書と、長とだけ呼ばれていた。だが王国は離れることで、また一人の人間に戻ることになる。名をまた持つことになるのだ。

「カクノシンって……それはそうか。俺はエモン、いや、この名はあんたには違うか。ゴエモンだ」

 諜報部長も同じ流れを汲む一族の出身。それはそうだとエモンは思った。

「ゴエモン。ああ、そうか、イシカワの一族か。しかし、よく今まで隠し通したな。はぐれとしか分からなかった。いや、気付かなかった私が馬鹿なのか?」

「たんなる運だ。一度は本当に駄目になった一族だからな。ずっと現役のあんたらに敵うはずがない」

「そうだと良いが」

 エモンの言葉は鵜呑みに出来ない。エモンの一族も現役であり、もしかすると、より壮絶な戦場を経験している可能性もあるのだ。大切なのは過去ではない。今の技量だ。それに関しては、エモンの一族は王国の諜報部に劣るものではない。それはこれまでの関りの中で分かっている。

「しかし……いや、良い。文句はあとだ。じゃあ、俺はこれで」

 もうこの場所には用はない。まったくないわけではないが、それよりも優先すべきことがある。それが分かったからには、時間は無駄に出来ない。エモンはさっさと引き上げることにした。

「ああ、気を付けろ。さすがに逃げる手伝いは出来ん」

「無用だ。ああ、そうだ。御礼代わりではないが、言っておく。国王を守らなくて良いのか?」

「……忠告はしたつもりだ。これ以上のことは私の仕事ではない」

 もう、国王と話している時点で王国の人間あることは辞めていた。それでも国王に「最後の情け」と言われて、それに応えたつもりだ。その結果までは、カクノシンとしての彼には知ったことではない。

「そうか。ではまた機会があれば。出来れば味方で」

「……それは約束出来ん」

「それはそうだ」

 敵になるか、味方になるか。そんなことは分からない。今日は味方でも明日には敵になるかもしれない。そういう世界で彼らは生きている。国王という忠誠の向き先を失ったカクノシンたちも、そういう世界に戻ることになるのだ。
 「忠告はしたつもりだ」とカクノシンは言ったが、その忠告は活かされなかった。国王は理解出来なかった。少しは理解していたかもしれないが、緊迫感はなかったのかもしれない。もし、すべてを話す時間があったら違った結果になったのか。こんな思いがカクノシンの頭に浮かんだが、すでに遅かった。
 ――国王崩御が発表されたのは、この日からわずか一週間後だった。

www.tsukinolibraly.com