月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPG「アルデバラン王国動乱記」~改~ 第204話 バッドエンド

異世界ファンタジー SRPG「アルデバラン王国動乱記」~改~

 我ながら馬鹿なことをしたものだとアリシアは思う。あの場は惚けておけば良かったのだ。サマンサアンは確たる証拠をもっていたわけではない。だから自分に白状させようとした。あとから考えて、それが分かった。
 仮にその場を逃れた後に証拠が見つかっても、このような事態にはならなかった可能性はあった。国王が事実をどう捉えていたのかはアリシアには分からないが、もみ消すことは出来るはずだ。少なくとも、あんな形で暴露されなければ、もっと可能性は広がったはずだ。

(でも……私が助かったら、サマンサアンさんが罪に落とされるのかな?)

 自分が無実となった場合、告発したサマンサアンはどうなるのか。ゲームシナリオに戻ろうとする力が働いた場合、罪を問われ、処刑される可能性もある。それは嫌だとアリシアは思った。

(バッドエンド。それを引いただけね。諦めよう)

 バッドエンドで終わることになる。それも最悪と言うべき終わり方だ。レグルスも自分も生き残れない。それ以上の悪い終わり方は、アリシアにはない。どちらかが生き残り、成り上がるはずだったのだ。

(…………これは罰。大切な人を犠牲にして、良い暮らしを手に入れようとした私に対する罰)

 父も母も自分のせいで殺された。もしかするとレグルスもそうかもしれない。レグルスが自分の家、ブラックバーン家に恨まれるようになったのは自分のせいだとアリシアは考えているのだ。

(……会えるかな? あの世って、本当にあるのかな? また……また会いたいよ、アオ。寂しいよ。辛いよ)

 自分の死に鈍感なのは、レグルスの死の悲しみが深すぎるから。レグルスがいない世の中なんてという想いが、生きることへの諦めが、アリシアにはあるのだ。

(あっ……)

 牢の鍵が開く音が耳に届く。もうとっくに死ぬ覚悟は出来ている。そのはずだった。だが、いざその時を迎えると、恐怖が心に湧いてくる。体の震えが止まらなくなる。
 鍵が開けられた音に続いて男が牢の中に入ってきた。いかつい、ボディビルダーかと思うような頑丈そうな大きな体。黒い覆面を被っていて顔は見えない。アリシアは牢番だと思っているが、この男は処刑人だ。処刑人は顔を見せないものなのだ。
 アリシアの頭にも黒い布が被された。手枷足枷は嵌められたまま。強引に腕を引っ張られ、歩き出す。

(……会えるかな? 会えるよね? 大丈夫。怖くない。アオがいるから)

 処刑の日が来たのだ。前触れなどなく、突然に。

 

 

◆◆◆

 王都の裏中央広場には多くの人が集まっている。これから始まる公開処刑を見に来た人々だ。まだ若い女性がこれから処刑されるということで同情の声も聞こえてくる。だが、少数派だ。ほとんどはアリシアの行いを批判する声。「詐欺師」「悪女」「売女」なんていう酷い言葉も口にされている。
 ただ、ではアリシアの処刑を当然と思っている人が大多数かというとそれも違う。公開処刑は見せしめの意味がある。見物人がいなければ見せしめという形にならない。非公式に広場に集まるようにという命令が出て、仕方なく来た人が大多数なのだ。批判の声は、その役を演じているから。あちこちに配置されている憲兵に、批判的だと見られない為の演技なのだ。
 もちろん、中には野次馬根性でこの場にいる人もいる。そういう人に話を合わせていても、批判の声のほうが大きくなる。公然と処刑反対を訴える声など聞こえてくるはずがないのだ。

「……来た」

 人々が集まってから、かなりの時間が過ぎ、ようやく馬車がやってきた。それがこれから処刑される罪人を乗せているということは、馬車を御している人間が黒い覆面をしていることで分かる。処刑人が罪人以外を連れてくるはずがないのだ。
 馬車の扉が開けられ、中から黒い袋をかぶせられた女性が引き出された。抵抗している様子は離れた場所からでも分かる。
 見物人の群れから、騒めき声があがる。抵抗する罪人を処刑人は殴りつけている。それも容赦のない殴り方だ。それを批判する声なのだが、はっきりと言葉にすることが出来ないので、なんだか分からない声になったのだ。

「……可哀そうに」

「しっ。憲兵に聞こえる」

 それでも批判を口にする人はいる。アリシア・セリシールは英雄だった。王国に平和をもたらしてくれる人だった。それが一転して、罪人となり、絞首台に昇らされることになった。庶民に納得出来るはずがない。まして処刑される理由は、貧しい生まれだからだというのだから尚更だ。
 王国はシンデレラストーリーを認めない。シンデレラ物語など、この世界にはないが、似たような物語はある。魔法にかけられたかのように暮らしが一変する。庶民であれば、誰もが夢見ることだ。
 だが現実には、シンデレラは階段から転げ落ちて死ぬことになる。人々の希望は打ち砕かれることになる。

「……酷い……本当に酷い」

「静かに」

 無理やり絞首台に昇らされたところで布が取り払われる。美しい顔が露わになる、とアリシアを知る人は思っていたが、実際の姿は見る影もない。両方の瞼は赤黒く腫れあがり、鼻と口からは血が流れている。処刑人に酷く殴られた結果だと、皆分かった。目の前で殴られるのを見ていたのだ。分かるに決まっている。
 その姿を見ていられないと思った見物人の視線が絞首台を離れ、その中のいくつかが処刑場を見下ろせる建物のバルコニーに向く。そこにいるジークフリート王子とサマンサアンに。
 ジークフリート王子とアリシア、そしてレグルスとサマンサアン、さらにはエリザベス王女まで絡めた五角関係は有名だ。貴族の中だけだった話が、使用人に伝わり、街に出た使用人の口から商人や食堂の人間に伝わり。そうして噂は広まっていった。皆が大好きな話題だからだ。
 その人たちにとって、当事者である二人が、この処刑をどういう思いで見ているのかは興味をそそられる。そんな興味が向ける視線が増えて行く。
 絞首台から目を背け、俯いているサマンサアン。そんな彼女をジークフリート王子は優し気な笑みを浮かべて、抱きしめていた。

(……そうなんだよ。あの女も辛そうな顔をしていた。彼女が処刑されることに心を痛めていた。笑って見ていられたのは、王子のほうだ)

 人々が小さな叫び声をあげた。絞首台の上で揺れている女性の体。死刑が執行されたのだ。

 

 

◆◆◆

 花街はいつもの賑わい。何があっても変わらないでいることが花街のあり方だ。人々の胸にぽっかりと穴が空いていても、お客のもてなしを疎かにするわけにはいかない。それが花街で働く人々の誇りでもある。
 だが人々のそんな努力を無にする存在が今日、現れた。あってはならない事態だ。

「お帰りください」

「まさかと思いますが。それは命令ですか? 殿下に対して、あまりに無礼ではないですか?」

 花街を去るように求める男衆を咎めているのはサマンサアン。彼女とジークフリート王子が護衛の騎士団を連れて、花街にやってきたのだ。

「お帰りください」

 誰であろうと花街のしきたりを破る者は受け入れない。それが花街のあり方だ。

「私は無礼だと言っているのです!」

「ア、アン、落ち着いて」

「ですが、殿下」

 大声をあげるサマンサアンを制するジークフリート王子。だがサマンサアンは不満気だ。彼女にとって目の前の男の振る舞いは許せることではない。平民が、それも売春を生業とするような汚らわしい男が、ジークフリート王子に命令するなどあってはならないことなのだ。

「君。私は花街を知りたいだけだ。王都の一部でありながら、王子である私が何も知らないというのは問題だと思うからね」

「……恐れながら、花街のことであれば、国王陛下にお聞きになればよろしいと思います」

「父上に? 父上は花街を訪れているのかい?」

 これを聞くジークフリート王子は本当に何も知らないのだ。花街がどういう場所かを。何故、このような場所が許されているのかを。

「存じ上げません」

「……その態度はさすがに頭にくるね。君では話にならないから、責任者を呼んでもらえるかな?」

「責任者は私がございます!」

 何が起きているのかと遠巻きに見ている野次馬の中から進み出てきたのは、花街の親分シチベイだ。自分が出ないほうが良いと考え、若い衆に任せていたが、指名されては仕方がない。

「君が責任者。話は聞いていたかな? 私は少し花街を見学したいだけだ。太夫という女性にも会ってみたい」

「申し訳ございませんが、お引き取りください。王子殿下であっても、たとえ国王陛下であっても花街のしきたりを破ることは許されません」

 シチベイが出て来ても同じことだ。ジークフリート王子の、花街にとって、横暴を受け入れるわけにはいかない。

「……アンの言う通りだ。無礼が過ぎるね?」

 国王であってもという言葉は、許容できない。国王は絶対権力者。全てを思うままに出来る存在。例外など、それも花街が例外であることなど許すわけにはいかない。

「これ以上、殿下を侮辱することは許さん。言うことを聞かないというのであれば、力づくで従わせることになるが?」

 ここで護衛の騎士、白金騎士団の騎士が前に出てきた。サマンサアンが騒いでいるだけであれば、彼らとしても積極的には動けない。だがジークフリート王子が怒りを覚えたとなれば違う。ジークフリート王子への侮辱を見過ごすわけにはいかないのだ。

「……まずは陛下とお話を」

「身分をわきまえろ! 貴様が殿下に命じることなど! 直接話すことさえ、本来は許されないのだ!」

 早速、騎士は実力行使に出た。怒鳴るだけでなく、シチベイを蹴りつけた。うめき声をあげることなく、背中から倒れたシチベイ。だがすぐに起き上ると地面に跪いて、土下座した。

「どうか、どうか、陛下とお話を」

「……ふざけるな! お前の相手などしていられない! 太夫とやらはどこだ!? さっさと出てこい!」

 責任者だというシチベイを責めても、ら埒が明かない。それを早々と騎士は察した。では、本当に力づくで、というわけではない。衆人環視の中、平民とはいえ、土下座させている状況はジークフリート王子にとって良くない。王子とサマンサアンが、最低限、納得出来る成果を得て終わらせようと考えたのだ。それが太夫をこの場に引き出すこと。
 悪い判断ではない。あくまでも、何も知らない人にしては、だが。

「馬鹿じゃねえか? 太夫がこんな場に出てくるはずねえだろ? おととい来やがれ」

「誰だ!? 今、文句を言ったのは!?」

 太夫を成果に選んだのは失敗だ。花街の人たちは、客も、それをこれ以上ない横暴だと受け取ってしまう。

「貴様か!?」

 激高しているようで冷静。そのつもりだった騎士だが、「馬鹿じゃねえか」は聞き捨てならない。そんな侮辱は見過ごせない。
 剣を抜き、見物人に向ける騎士。だが誰が侮辱したかなど、見分けられるはずがない。誰もが同じように不満顔。向ける視線には批判が込められている。

「今、侮辱した者を引き渡せ。それで終わらせてやる」

 その視線が、また騎士に冷静さを取り戻させた。完全に周りは自分に、結果としてジークフリート王子とサマンサアンに悪印象を持っている。こんな下らない、と思っていることで民衆の支持を失うわけにはいかない。これまで行ってきたことが、全て無駄になってしまう。

「花街で剣を振り回すなんて、野暮なお人だね?」

「何だ、と……お、お前は……その……」

 また侮辱された、と思って怒鳴ろうとした騎士だが、その相手を見て、一瞬で怒りが収まった。その相手、女性のあまりの美しさに一瞬で心を奪われた。

「桜太夫でございます。どうぞ、お見知りおきを……とは言えませんね?」

 事態を収拾する為に出てきた桜太夫であるが、相手を喜ばす為ではない。花街の太夫が、花街の約束事を破ることは絶対に出来ないのだ。

「君が太夫か。美しい人だね? 私は第二王子のジークフリートだ。少し話をしたい。どこかないかな?」

 それがジークフリート王子には分かっていない。止めておけば良いのに、前に出てきた。分かっていないのだから仕方がないが。

「……騎士の方が野暮であれば、仕える御方はもっと野暮。これ以上、花街を騒がすのは止めて、お城に引き上げることをお勧めします」

「……なるほど、責任者が無礼であれば、太夫はさらに酷いようだ。王家に対する礼儀も知らないのだね?」

「とんでもない。野暮に向ける礼儀だけを知らないだけですわ」

「…………」

 周囲の雰囲気はジークフリート王子も察している。何故だか分かっていないが、桜太夫が現れて、さらにそれが悪化したことも。
 では引き下がるか。この決断はすぐに出来ない。騎士の考えと同じだ。何も得ることなく、すごすごと引き下がるわけにはいかない。太夫と呼ばれる女性と繋ぎをつけて、それで終わらそうと考えていたのだが、それははっきりと拒絶されてしまった。では、どうするか。

「そう。貴女が金で体を売る女性の代表ですのね?」

 黙ってしまったジークフリート王子に代わって、サマンサアンが口を開いた、事態が好転するはずがない言葉を発してきた。

「お金だけではないつもりでおります。それに体だけではなく、芸も売っております」

 サマンサアンの侮辱を桜太夫は眉一つ動かさずに受け流す。このような侮辱で腹を立てては太夫になどなれないのだ。

「……ではその芸とやらを見せてみなさい。お金は一生働いても稼げないほどお渡しするわ」

「まあ、魅力的な提案ですわ。でも、王国が破綻してしまうかもしれませんけど、それでもよろしいのですか?」

「なんですって……?」

 王国が破綻するは言い過ぎ。だが太夫が一生で、太夫としての時は短いが、稼げるお金は、サマンサアンが考えているようなはした金ではない。

「それに私の芸は、売る価値のある御方だけにお売りするものです」

「……殺しなさい! このような無礼、許すわけにはまいりません! 今すぐ斬り捨てなさい!」

「……お好きなように」

 命を惜しんで無様を晒すくらいなら死を選ぶ。その覚悟は出来ている。自分には本当にその覚悟が出来ていることを、桜太夫は今知った。

「そう。つまらない強がりね。良いわ。貴方、その辺の、誰でも良いから誰か殺しなさい」

「えっ? そ、それは……さすがに」

 命じられた騎士はさすがに戸惑っている。そんな真似をすれば、どのような批判を受けるか分かったものではない。実際にそれを行った自分は、間違いなく責任を取らされる。

「早くやりなさい! ただの脅しのつもりではないのよ! それとも貴方が死ぬ!?」

「そんな……」

 ジークフリート王子に助けを求める騎士。だがジークフリート王子は何も言ってくれない。何かを考えている様子で、視線も向けてくれない。

「本当にやらせるわ。それでも芸を見せないつもりかしら?」

「……野暮を通り越して、下衆ですわね? でも分かりました。踊りましょう」

 さすがに人の命には、それもまったく無関係の人の命には代えられない。桜太夫は要求を飲むことにした。屈辱は自分が耐えれば良いだけなのだ。

「まあ、踊ってくれるの? それは嬉しいわ」

「……では」

 嫌なことは、さっさと終わらせる。そう思って、踊り始めようとした桜太夫。

「ちょっと待って。その何だか分からない服は脱ぎなさい」

「えっ?」

 だがサマンサアンは、桜太夫の想像を超える下衆だった。

「だって貴女、裸で商売をなさっているのよね? 私は普段の貴方のお仕事が見たいの」

「……それがお望みなら」

 太夫としての誇り。それは裸を恥じらうことではない。どのような状況でも、これが太夫だというものを魅せること。桜太夫はこう心に決めた。ゆっくりと、優雅に、着物を脱ぐ桜太夫。
 サマンサアンに非難の目を向けていた人々も、一生お目にかかることのなかったはずの桜太夫の裸が見えると知って、好奇の目に変わっている者もいる。
 それでも桜太夫は桜太夫で居続ける。恥じらいがないわけではない。だがその恥じらいは透き通る白い肌を桜色に染め、さらにその美しさを強調する結果になった。

「……これは?」

 好奇の目が驚きの目に、そして感嘆に変わるのにそう時間はかからなかった。
 優雅な舞。裸であることなど関係ない。柔らかい腕の振り。その下には、あるはずのない振袖がたなびいて見える。どこからか聞こえてきた音楽。それは徐々に大きくなり、桜太夫の舞に彩りを添えた。
 サマンサアン、そしてジークフリート王子に背を向けて踊り続ける桜太夫。彼女の踊りは二人の為ではない。花街の人々、花街を愛してくれているお客に向けての舞だ。
 もう人々は桜太夫が裸であることを忘れている。そんなものは彼女の舞の美しさに何の影響も与えない。与えるとすれば、より美しさを際立たせるものだ。
 人々は見た。今代、今代どころか歴代最高の太夫の舞を。伝説の舞をその目にしかと焼き付けた。

「……お粗末様でした」

 舞を終え、優雅に地に座り人々、観客に向かってお辞儀する桜太夫。歓声が爆発した。人々は事の経緯など、全て忘れた様子で、桜太夫に讃辞を送った。
 その歓声に笑みを浮かべて応える桜太夫。

「これからも花街をご贔屓に。では、皆様……おさらばえ」

 舞い散る血しぶきまで美しい。ゆっくりと、まるで舞の続きであるかのような動きで、地面に倒れていく桜太夫。誰も、何が起こったのか分からなかった。ただ一人を除いて。

「……いけねえ。いけねえよ、桜太夫。こんな終わり方はいけねえ」

 地面に倒れた桜太夫に駆け寄り、着物を羽織らせたのはシチベイ。彼もまたこの結末は予想していなかった。止められなかったことが悔やまれた
 ようやく人々も何が起きたのか分かった。桜太夫が自ら命を絶ったことが。

「……これが王家のやりかたですか?」

「い、いや、彼女は自分で勝手に」

「私は聞いているのです。これが現王家のやり方かを。お答えください!」

「それは……」

 さきほどまでの雰囲気とは違う。たかが無法者集団の親分と見下せるような相手ではなくなっていた。その変化の理由も、ジークフリート王子には分からない。

「殿下、ここは引き上げましょう」

「えっ、あ、ああ。そうだね」

 シチベイだけではない。周囲全体に不穏な空気が漂っている。花街の象徴である太夫を、それも最高の太夫である桜太夫を自害に追い込んだ。それを憎む気持ちが人々の心を荒ぶらせているのだ。

「この件については後で、その、しかるべき対処をする。だから内密、いや、内密は無理だとしても大げさにはしないでもらいたい」

 花街の口封じ。完全に封じることなど出来ない。この場には客もいるのだ。それはこうを言う騎士にも分かっている。

「…………」

「殿下は国王になられる御方だ。花街にとって大切な繋がりになる。それを考えて欲しい」

 黙らせる為に、より権威を高めること。これだけではない。騎士は本気で、ジークフリート王子が次の国王だと思っているのだ。だからこのような、騎士として恥ずべきことにも、従っているのだ。

「……次期国王?」

 沈黙していたシチベイがようやく口を開いた。

「私は花街を更に発展させる。今日もそのつもりで来た。こんな結果になるとは思っていなかった。本当だ」

 少し軟化した。そう考えたジークフリート王子は、よせばいいのに言い訳を口にする。何も言わなくても、この結果が変わるわけではないが。

「……分かりました」

「そうか。分かってくれたか。では後日、また来る。今度は、その、あらかじめ連絡をして。ではその時に」

 シチベイは軟化しても周囲から向けられる視線の厳しさは変わらない。懐に忍ばせていた短刀を握っている男衆もいる。これ以上、ここで問題を起こすわけにはいかない。ジークフリート王子たちは急ぎ足で去って行った。結局、逃げ帰ることになった。

「……親分。私がやります」

「まだ仕事は終わっていない。お客様をお送りしろ」

「親分!?」

 こういう時の為に花街には死に役がいる。花街とは無関係を装って、普通は手出しできない相手の暗殺を行う人間。アリシアの世界の言葉で鉄砲玉という存在だ。

「もう終わったのだ。皆にそう伝えろ。約定は破られたと」

「……承知しました」

www.tsukinolibraly.com