月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPG「アルデバラン王国動乱記」~改~ 第203話 王国の混迷

異世界ファンタジー SRPG「アルデバラン王国動乱記」~改~

 国民の人気を集めるアリシアとジュリアン王子を結婚させて、王家への支持を高め、慶事を作ることで乱れている世の中への不満から目を逸らさせる、という国王の計画は失敗。それも最悪の形で終わることになった。
 アリシアは、罪状はまだ確定していないが、牢獄に送られた。そう遠くない内に絞首台に昇ることになる。罪が決まっていないのに刑が、それも極刑と決まっているのはおかしな話だが、これは王国の都合だ。全ての責任をアリシアに負わせる。王家を騙したアリシアが悪いという形にしたいのだ。
 ただ当然、とはいえないかもしれないが、反対する者もいる。

「アリシアが行ったことは確かに重い罪です。ですが、命を奪うほどのことでしょうか?」

 アリシアの助命を訴えているのは、ジークフリート王子だ。彼に処刑の決定を覆す権限はない。それが出来るのは国王ただ一人。その国王、父親に直談判に来た。

「……なんとも言えない。だが、そうするべきだという声が強いのだ」

「恐れながら、父上の責任でもあります。父上がもっと慎重に、きちんと事情を調べてからにしておけば、このようなことにはならなかった」

 これは事実だ。王家に嫁ぐ女性を、それも次期国王に嫁ぐ女性を決めるにしては、かなり拙速。だが国王にも言い訳はある。アリシアの為人は、それなりに分かっているつもりだった。北方辺境伯家がレグルスの婚約者と認めたという事実も、あえて細かく調べ直す必要はないと考えた理由のひとつだ。

「……お前は知っていたのだな?」

 知っていたくせに黙っていた。責任はジークフリート王子にもあると国王は考えている。

「いえ、私も知りませんでした。かなり驚きました」

「では、サマンサアンはどうして知っている?」

 ジークフリート王子も知らなかった事実をサマンサアンは知っていた。そんなことがあり得るのかと国王は疑っている。

「分かりません。実家からの情報か、もしかするとレグルスから話を聞いていたのかもしれません。意外と二人は仲が良かったですから。私の、その……相談などで……」

「……事実を伝えるにしても時と場を考えるべきだったな」

 サマンサアンは最悪の状況で告発した。その選択も国王には納得がいかないものだ。サマンサアンも、なんらかの罪を負わせて罰したいくらいに思っている。

「はい。きつく叱っておきました。ただ、彼女もかなり悩んでの決断だったようで……アリシアへの友情と王国への忠誠の狭間で」

 その場にいた人がこの話を聞けば、「どこが?」と思うだろう。普通は友情を感じている相手に「薄汚い」とは言わない。

「色々と言いたいことはあるが、事は終わってしまった。もう、この話は終わりだ」

「ま、待ってください。まだ肝心の話が終わっていません。アリシアを助けてください。罪をなかったものにしろとまでは言いません。せめて命を奪うことは止めてあげてください」

「命を救ってどうする? もう彼女の居場所はない」

 アリシアの悪名は王国中に広がっている。まだそこまではいっていないが、いずれそうなる予定だ。王国がそうする。彼女の居場所はない。実家、養子先のセリシール公爵家もただでは済まない。セリシール公爵家が王家を騙していたということになるのだ。

「……私が用意します。表舞台に出ることなく、静かに、慎ましく暮らす環境を。父上のお許しがあれば、誰にも気付かれることなく、王都から出すこともします」

「……要は軟禁か」

 言葉にしたことと心の中の思いは違う。つまりは、裏で愛人として抱えたいということ。ジークフリート王子の目的を国王は理解した、と考えた。

「それでも生きることは出来ます。なにとぞ、お情けを」

「……無理だな」

「どうしてですか!?」

 死刑は実行したことにしておけば良い。王国が真実を隠せば、誰も分からない。国王もアリシアに対する同情心を少しは持っているはず。この条件で許してもらえるとジークフリート王子は考えていたのだ。

「絶対に許さないと言っている者がいる」

「誰ですか? 誰であっても父上がお許しになれば、黙るはずです」

「無理だな。私にはリズを黙らせることは出来ない」

「えっ……?」

 ジークフリート王子がまった予想していなかった名前。エリザベス王女の名が出てきた。

「分かるだろ? リズはレグルスを、その、言いたくはないが、愛していた。いや、今も愛している。そのレグルスを殺したアリシアは絶対に許さないと言っている。自分の手で殺してしまいそうな勢いだ」

「そ、そんな……」

「私には、あのリズを説得することなど出来ない。だから諦めろ」

「……レグルスを殺した犯人がアリシアと決まったわけではありません」

 素性を隠していたことはアリシアも認めている。だがレグルス暗殺については強く否定しているのだ。犯人はアリシアと決めつけるのはおかしいとジークフリート王子は思う。

「そうではないとも決まっていない。諜報部に全力で調査させているが、まだ何の手掛かりもないのだ」

「アリシアがレグルスを殺させるなんてことはあり得ないと思います。二人は……想い合っていました」

「その話は私も聞いている。だが、アリシアは婚約を破棄した。それこそお前の妃になる為に。もっとも怪しい人物であることは間違いない」

 状況証拠は、完全にはほど遠いが、揃っている。もっとも怪しい容疑者がアリシアであることは間違いない。そもそも完全な証拠など必要とされていないのだ。事件を解決、解決したという形にする為に、怪しきは罰するなんて真似は当たり前に行われている。

「しかし」

「そもそも、これを告発したのもサマンサアンだ。何か聞いていないのか? それとも無実だと分かっていて、罪を着せたのか?」

「い、いえ、そんなことはないと思います」

 国王がサマンサアンを良く思っていないことはジークフリート王子も感じている。いっそのこと二人とも罪に落としてしまえなんて真似をしてしまう可能性も否定できない。次期国王の婚約者候補のスキャンダルが明らかになった今、他の多くのことは些事なのだ。
 もちろん、実家のミッテシュテンゲル公爵家は黙っていない。罪に落とすなんてことは簡単に決められることではない。

「アリシアのことは諦めろ。諦めて、この先も別の女性のことなど気にすることなく、サマンサアンだけを見ろ。これがどういう意味かくらいは分かるだろう?」

「……はい」

 国王に、王国に恥をかかせたのはサマンサアン。その責任は夫であるジークフリート王子にもある。監督不行き届きということだ。これからは二度とこのようなことがないように、サマンサアンを厳しく躾けろ。国王が伝えたかったことを、ジークフリート王子は正しく理解した。アリシアのことは諦めることになった。アリシアのことだけは。

 

 

◆◆◆

 一度狂った歯車は簡単には元には戻らない。こんな言葉が国王の頭に浮かんだ。治安が悪化している王国で暮らす人々に将来の希望を見せる試みは、王家の醜聞となって終わった。その結果、ではないはずだが、これまで以上の争乱が王国内で引き起こされたのだ。
 東方辺境伯家内での権力争い。キャリナローズにとっての叔父が反乱を起こしたのだ。東方辺境伯家での権力争いともなると王国も身内の争いと傍観してはいられない。速やかに鎮圧されたのであれば、それも出来たが、事態は反乱側の優勢で進んでいる。なんといっても最初に東方辺境伯が暗殺されたことが大きかった。
 要を失った東方辺境伯家は大混乱。正式な跡継ぎはまだ赤子だ。キャリナローズが後見となって家をまとめる形だが、彼女自身が家をまとめきれていなかった。元々、叔父を支持する勢力があったが、そこに寝返る家臣が次々と出てきたのだ。後ろ盾のいないキャリナローズでは争いに勝てない。そう見切る家臣が多いということだ。
 では王国としては、非情な決断で、叔父を東方辺境伯と認めることで争いを治める。この決断は出来ない。暗殺によって辺境伯の座を奪う。こんな前例は、実際には前例はあるのだが、公になった状態で認めることは出来ない。その他大勢の貴族家が、国民がそれを許さない。

「速やかに援軍を送る必要があります」

「それは分かっている。どれだけの援軍を送るのだ」

 キャリナローズに援軍を送る必要があるのは、宰相に言われなくても分かっている。国王はどれだけの援軍を送るのかを知りたいのだ。

「それは……王国騎士団長。現状を」

 宰相は自ら答えることなく、王国騎士団長に振った。事前の打ち合わせでは援軍の規模を決められなかったのだ。その理由を王国騎士団長に説明させようとしている。

「はっ。まず、王国騎士団に援軍を送る余裕はございません」

「なんだと?」

 そんな結論は、国王にとって、あり得ない。辺境伯家が、東方の守りの要が乱れていることを放置することなど出来ないはずなのだ。

「あくまでも今の優先順位に基づく検討では、です。その内容をこれから説明致します」

 事前打ち合わせで決められなかったのは優先順位の判断を、国王に相談することなく、決めることが出来なかったから。王国騎士団に余剰戦力がないというのは事実なのだ。

「各地の争乱は、さらに勢いを増しております。今、すでに起きているものだけでなく、新たに不穏な動きを見せる勢力も出てきました」

「そんなことは分かっている」

「それが北方辺境伯家であってもですか?」

「なんだって……? そんな馬鹿な?」

 そんなことはあり得ない。辺境伯家がこのタイミングで王国に反旗を翻すなどあってはならないことだ。

「申し訳ございません。正確には北方辺境伯家領の一部です。北方辺境伯家そのものが立ち上がる気配はございません」

「脅かすな。そうだとしても北方辺境……まさか、ゲルマニア族か?」

 このタイミングで王国に反旗を翻そうとする北の勢力。国王にも心当たりがあった。ゲルマニア族であれば、あり得ると

「はい。そういう情報が届いております。まだ情報は十分とは言えませんが、戦いの準備に入っているのは確実のようです」

「王国はレグルス暗殺に関わっていない」

 ゲルマニア族が立ち上がるとすれば、それはレグルスを殺した相手への復讐。だがその相手は王国ではない。国王はこう考えている。

「ブラックバーン家である可能性を否定する証拠はないと伺っております」

「……それがあったか」

 レグルスを殺す動機がある、アリシア以外の人物。人物というより家そのものだが、それは間違いなくブラックバーン家だ。国王はその可能性を深く考えることを怠っていた。

「北方辺境伯家でも争乱が起きる可能性がございます。もちろん、北方辺境伯家内で解決出来る規模であれば、無視しても構いません」

「他の勢力も同調する可能性を考えているのか?」

「ご推察の通りです」

 ゲルマニア族だけであれば、北方辺境伯家内で間違いなく解決できるはずだ。だがレグルスが保有していた軍事力はゲルマニア族だけではない。

「諜報部長?」

「はっ。レグルス殿の軍事力については未だに全体像が掴めておりません。領地の情報さえ十分ではない状態です。ですが、ゲルマニア族と領地軍だけではないのは明らか。黒色兵団以外でという意味です」

 レグルスが動かせる戦力についてはまだ明らかではない。それこそ優先順位が低かった。エリザベス王女との関係から王国に敵対する可能性が極めて低いと見られていたレグルスだ。諜報部としても、気にはなるが、ただでさえ手が足りない中で、情報収集に力を割くわけにはいかなかったのだ。

「各地の少数民族か?」

「一定の影響力があったのは間違いございません。さらに……アリシア・セリシールの件が加わった場合、争乱を引き起こす可能性は高まるものと思われます」

「……処刑は取りやめるべきだと?」

 少数民族からの信頼はアリシアのほうが高い。王国の認識ではこうなっている。レグルスが暗殺され、さらにアリシアが処刑されたなると反乱勢力の矛先は、王国に向く。

「そうは申しておりません。その件については、私は意見を持ちません。宰相殿か王国騎士団長殿にお尋ねください」

「……どうだ?」

「私は処刑を取りやめるべきではないと考えております。それを決断した場合、王国が脅しに屈したと見られることになります。そんなことはあってはなりません」

 宰相は王国の体面のほうを重要視している。間違った考えとは言えない。一度、そのようなことが通れば、また真似する者が出てくる。そんなことでは王国の権威は地に落ちる。権威を失えば、統治する力を失う。

「騎士団長」

「私も同意見です。反抗勢力に時間を与えるべきではないという考えからです。それであれば連携が不十分な状態で決起させたほうが戦い易いと思います」

 王国騎士団長は軍事面から宰相と同意見。これは事前打ち合わせで認識を合わせている。それが、結論を導き出せなかった理由となった。余剰戦力はその備えに向けるべきと考えているのだ。

「……南方辺境伯家に命じるという手もあるな」

 事情が分かった。王国騎士団が動けないのであれば、別の戦力を活用するしかない。それがどこかとなる同じ辺境伯家の軍。さらに北方辺境伯家は選択できないので、南方辺境伯家一択となる。

「恐れながらそれは東方辺境伯家が受け入れません。どちらの勢力もです。王国としても東方辺境伯家に南方辺境伯家が影響力を持ってしまう可能性を許すわけにはまいりません」

 他辺境伯家の介入はどちらの勢力も望まない。他家が自家の後継争いに介入する前例など、東方辺境伯家以外も認めない。王国も同じだ。南方辺境伯家の介入でキャリナローズが勝利した場合、その後も東方辺境伯家に影響を与えることになる。二つの辺境伯家が同じ思考、目的で動くことなど許せない。ずっとそうならないように王国は苦心してきたのだ。

「……キャリナローズは見放せと?」

「速やかに争いを止めさせる必要はございます。王国は仲裁者として介入すべきと考えます」

 次期東方辺境伯の座を叔父に譲らせる。その説得を王国は行わなければならない。その上でキャリナローズとその子供の安全を保証させる。理想は、叔父の次はキャリナローズの子と決めさせることだ。

「……分かった。誰をやる?」

「ジュリアン殿下を」

「何?」

「理由のひとつは、ジュリアン殿下には失礼ながら、殿下は一時、王都を離れられたほうが良いと考えました」

「……なるほど」

 ジュリアン王子もスキャンダルの当事者。しかも陰で笑いものにされている身だ。欲深い女に騙された愚かな王子として。根も葉もない出鱈目であるが、貴族はこういう醜聞が大好物なのだ。

「ジークフリート殿下も考えたのですが、殿下はキャリナローズ殿に近すぎます。相手方は納得しないと考えました」

「……分かった。自分の部隊を率いていくだけか?」

 すでに戦いが行われている。いくら王子で、仲裁の為に行くといっても危険であるのは間違いない。

「白金騎士団も連れて行くべきと考えます。もちろん、ジークフリート殿下は同行されません」

「なるほど。ジークは……良い。あれもしばらくは大人しくしているべきだ。ジークの場合は王都にとどまらせるのだが」

 ジークフリート王子は自分の騎士団を連れて行かれることに納得しないのではないか。そう思った国王だが、無理にでも納得させようと考えた。ジークフリート王子はしばらく王都にいて、サマンサアンを見張っておくべき。そうさせる理由になると考えたのだ。

「では、そのように手続き致します」

「ああ、任せる」

 対応方針は決まり、それに基づいて、物事が進められることになる。だが、だからといってそれが上手く行く保証などない。王国の混乱はさらに深まることになる。それを望む者がいる限り。

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