月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

竜血の玉座 第66話 はためく戦旗

異世界ファンタジー 竜血の玉座

 竜王アルノルトの生存が王国全土に広まる前に、事態は大きく動いている。アルノルトに従うヴェストフックス公国、ツヴァイセンファルケ公国がその動きを作りだしているのだ。
 王都の制圧を完了したヴェストフックス公国軍は、東にいるディートハルト率いる王国軍との戦いに向けて動き出している。そして、元々、ディートハルトの軍と対峙するはずだったツヴァイセンファルケ公国軍は、その矛先を完全にツェンタルヒルシュ公国に変え、ツヴァイセンファルケ公レアンドルが自ら率いる主力軍を戦いに投入した。交戦状態にあるオスティゲル公国とノルデンヴォルフ公国が動けないうちに、ナーゲリング王国軍を壊滅状態に陥らせ、王国中央部を完全に押さえることが目的だ。
 公主自らが率いるツヴァイセンファルケ公国主力軍を迎え撃つのは、バルナバスに代わって指揮官となっているルッツ率いる王国軍八千とツェンタルヒルシュ公国軍一万だ。数の上では十分、だったのだが。

「理解出来んな。どうして自分の力を部下に分け与えなかった?」

 敵味方それぞれの軍旗がはためく戦場で、ツヴァイセンファルケ公国軍はツェンタルヒルシュ公国と王国の連合軍を圧倒している。将の戦闘能力が違い過ぎるのだ。

「世の中に災いをもたらす力を広めるわけにはいかない」

 連合軍で対抗できる力を持つのはツェンタルヒルシュ公クレーメンス。だがそのクレーメンスには、ツヴァイセンファルケ公レアンドルが自ら対応している。クレーメンス一人がどれだけ頑張っても、全体の戦況としては劣勢に陥ってしまうのだ。

「……その結果、自国が滅びることになる。やはり、理解出来んな」

「理解出来ないのは、こちらのほうだ。何故、裏切った? 王国を混乱に陥れ、多くの人々の命を犠牲にするような愚かな策略に、何故、加担した!?」

 もしこの先、竜王が勝利してしまったら、この戦いに何の意味があるというのか。またバラウル家による支配が始まるだけであれば、人々は何故、死ななければならないのか。クレーメンスにはレアンドルの選択が、まったく理解出来ない。

「さらに百六十年、いや、数百年の平和が訪れる」

「何が平和だ? バラウル家によって、どれだけの人々が殺されたか分かっているはずだ」

 フルモアザ王国の統治は、王国で生きる人々にとって平和と呼べるようなものではなかった。誰もが、いつ訪れるか分からない理不尽な死に怯えていた。クレーメンスは、こう思っている。だから行動を起こした。それが、竜王アルノルトが考えた残虐な計画の一部だと知らずに。

「……それが何だ?」

「何だ、だと?」

「この戦いに勝利し、また竜王の治世が訪れれば、我がアズナブール家は数百年の安泰を得られる。我々は勝者なのだ。敗者であるお前とは違う」

 数百年の平和なんて言葉は、戦いを正当化する為の建前。レアンドルが竜王の策略に協力したのは、自家の更なる繁栄を求めてのことだ。勝者の側に立ちたかったのだ。

「……まだ勝敗は決まっていない」

「ああ、そうだ。まだ、決まっていない。お前らを滅ぼしたあとはノルデンヴォルフ公国、そしてオスティゲル公国だ。それでもう竜王様に逆らおうなんて愚か者はいなくなる」

 潜在的な反抗勢力を滅ぼし、バラウル家の王権をさらに絶対的なものにする。これが竜王アルノルトの目的だ。これは本当の目的。だが、その目的を果たす為の手段として、このやり方が正しいのか。あえて、多くの人の命を奪う方法をアルノルトは選んでいるのだ。

「……それはない」

「なんだと?」

「人の命を軽んじる王に誰が従うか。たとえ、今ここで私が倒れようと、また別の者が立ち上がる。その者が倒れても、また違う人間が。バラウル家が滅びるまで、人々は抗い続けるのだ」

 恐怖による支配。一時それで人々を従わせることが出来たとしても、永遠には続かない。すぐにまた抗う者は生まれる。何度でも何度でも。自分の死に意味を感じて、立ち上がり、倒れる者は現れ続ける。クレーメンスはそう信じている。

「……ではまず、ここでお前を倒そう。次が現れたらその者も。愚か者が世の中から消え去るまで、ずっとだ」

「愚か者はどちらだ?」

「すぐに分かる!」

「……そうだな」

 クレーメンスに襲い掛かるレアンドル。だがその剣が斬り払ったのは、クレーメンスではなく、別の者だった。ツェンタルヒルシュ公国の騎士が体当たりをかけるような勢いで、二人の間に突っ込んできたのだ。

「……公、い、今のうちに……お引き……くだ……」

「すまん」

 割り込んできた騎士に謝罪の言葉をかけて、その場から逃げ出すクレーメンス。彼はまだ死ぬわけにはいかない。この一戦で、ツェンタルヒルシュ公国を滅ぼすつもりはない。最後の最後まで、一秒でも長く、抗い続けるつもりなのだ。自分の想いを受け継ぐ者たちが現れることを信じて。

 

 

◆◆◆

 腐死者の森から続く山脈地帯を踏破した後も、ほぼ道なき道を進んでソルたちはナーゲリング王国直轄地域の北辺に辿り着いた。そこから東に進路を取れば、臨設第九〇一北東方面治安維持部隊として行動したツヴァイセンファルケ公国とツェンタルヒルシュ公国との領境地帯だが、ここまで来れば、もう人目を避ける為に遠回りをする必要はない。まっすぐ北に進んでツェンタルヒルシュ公国領に入る予定だ。

「……軍勢だ」

 そこで待ち構えていた軍勢がいた。数は二百ほど。大軍ではない。

「先回りされたな」

「この場所も読まれていたのか……」

 少し落ち込んだ様子を見せるソル。また逃走経路を読まれていたことがショックなのだ。現れた軍勢は、この程度の反応で済ませられる相手。味方だ。

「ああ、俺が伝えた」

「はっ? いつの間に?」

「王都には俺たち以外にも大勢いた。とりあえずヒルシュに腐死者の森に向かうことは教えておいたから、そこから進路を推測されたな」

 現れた軍勢は近衛特務兵団の人たちだ。王都に連行されたソルを、場合によっては強硬手段を行使して救出する為に、追いかけてきた人々が、また王都から逃げるソルを追いかけ、追い越していたのだ。

「……彼らと一緒に行動すれば楽に移動出来たのか?」

「さあな? それはヒルシュに……第二隊だけじゃない?」

 軍勢の先頭を進む数人の中には、第二隊の所属ではない者もいた。ヴェルナーやイゴルといった第一隊の面々だ。これはハーゼも想定外の事態だった。

「第一隊がどうしてここに?」

 第一隊はソルを追わず、臨設九〇一部隊に残ってツヴァイセンファルケ公国軍と戦い続けていたはず。この場にいる事情はソルにも分からない。大鷲のフレスには追手の存在を探ることに専念してもらっていて、他の地域の情報など得ようとしていなかったのだ。

「それも聞いてみなければ分からない」

「そうだな」

 考えても無駄。ヒルシュたちはもう目の前に来ているのだ。直接、彼女たちに事情を尋ねたほうが早い。

「ご無事で何よりです。ソル殿」

「ああ……」

 心配してくれていたことには感謝すべき。それは分かっているが、ソルはすぐに言葉を返すことを躊躇った。

「ん? どうされま……あっ……」

 それを疑問に思ったヒルシュだが、事情はソルの視線で分かった。ソルの視線の先にいるルシェル王女を見て。

「ご無事の到着なによりです、道中ご不便はありませんでしたか? ルシェル王女殿下」

 まず声をかけるべきは王女であり、かつ兵団長でもあるルシェル王女。ヒルシュもそれに気が付いたのだ。

「……なんだか、胸にぐざぐさと色々と突き刺さっていますけど、大丈夫」

「えっ?」

 父親がソルに殺されたことを認めざるを得なくなり、それを誤魔化してまで抱いていた恋愛感情は報われず、さらにソルとミストが抱擁している場に、間が悪く、割り込むことになった。その上、この扱いだ。ルシェル王女は自分が惨めになってしまう。文句を口に出来るくらいには、心の痛みは和らいでいるが。

「私は元気です。貴女たちもよく無事でいましたね?」

「ヴェストフックス公国軍の追撃はかなり厳しく、何人か辿り着けていない者がいます。それは第一隊も同じようです」

 ヒルシュたちの道のりは決して楽なものではなかった。ヴェストフックス公国軍による王都攻めが始まる前に北に向かっていた彼女たちだが、それを待ち伏せする軍勢がいた。ヴェストフックス公国軍は敗走する王国軍が北に向かうことを予想して、事前に網を張っていたのだ。

「ヴェルナー殿。貴方たちはどうしてここに?」

 ソルとハーゼが疑問に思っていたことを、ルシェル王女が代わりに尋ねてくれた。同行してきた皆が疑問に思っていたことなのだ。

「ツヴァイセンファルケ公が自ら率いる軍がツェンタルヒルシュ公国に攻め込んできました。その勢いは凄まじく、我が軍とツェンタルヒルシュ公国軍は後退を続けております」

「ツェンタルヒルシュ公国がすでにそのような状況に……」

 その公国をこれから突っ切って北に、ノルデンヴォルフ公国に向かわなければならないのだ。ルシェル王女にとっては、想定していなかった悪い情報だった。

「我々は救援を求める為に本軍とは別れて、ここまで来たのですが、第二隊から王都の状況を聞き……」

 救援は望めないということ、そしてルシェル王女がノルデンヴォルフ公国に向かおうとしていることを知って、第二隊と共にこの場に留まることを決めたのだ。

「ソル。このまま公都ヴィルデルフルスに向かって、大丈夫でしょうか?」

 逃走経路の選択はソル任せ。それがもっとも安全で、確実であることをルシェル王女は分かっている。

「……先の心配よりも、今は目の前の危機をどう乗り越えるか考えたほうが良さそうです」

「目の前の危機、ですか?」

 ソルが言う「目の前の危機」がどのようなものかルシェル王女は分かっていない。分かっていないのは彼女だけではない。ソル以外の全員だ。

「後をつけられた? それとも……案内してきたのかな?」

 厳しい視線を向けてヒルシュに問いかけるソル。

「ソル殿?」

 そんな目で見られる覚えはヒルシュにはなかった。ソルの問いの意味も理解出来ていない。

「前者だと信じることにする。ルシェル殿下、後ろに下がって身を隠してください」

「ソル? それはどういうことですか? 何が……あ、あれは……?」

 ルシェル王女の視線の先に、また新たな集団が現れた。数は十人ほどだが、近衛特務兵団のメンバーではないことは遠目でもすぐに分かる。その中の一人が掲げている軍旗がそれを示している。
 ナーゲリング王国の「竜の首に突き立つ剣」の図柄とは違う。掲げられている軍旗に描かれている竜は、「太陽に向かって羽ばたく竜」だ。

「……そ、そんな……あ、あの旗は……」

 震える声で、体で、呟きを漏らすヒルシュ。彼女はその戦旗が誰のものかすぐに分かった。かつて自分たちもその旗の下で仕えていたのだ。
 掲げられているのはフルモアザ王国、竜王アルノルトの戦場旗。竜王アルノルトが、この地に現れたのだ。

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