月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

竜血の玉座 第63話 森の秘密

異世界ファンタジー 竜血の玉座

 王都から腐死者の森までは馬で四刻ほど。ソルたちはその距離を歩いて移動した。馬をずっと駆け続けさせることは出来ないので、歩いても時間はそれほど大きくは変わらない。そうであれば、何頭もの馬で移動して、わざわざ他人の注目を集めることはないという判断だ。ルシェル王女がいなければ、そんな判断の必要もなく、自らの足で全力で駆けただろうが。
 腐死者の森は山裾に広がっている広大な森。どこまでが腐死者の森で、どこからが普通の山なのかの区別などない、はずだった。ソルが暮らしていた頃は。
 今、目の前に広がっているのは広大な野原。かつてのような陽の光を遮る深い森ではなかった。

「……これは……王国がやったことなのでしょうね?」

「はい。詳しいことまでは知りませんが、アンデッドモンスター討伐を行ったという話は聞きました」

 ルシェル王女は腐死者の森がこのようなことになった原因を知っている。父を殺した危険なアンデッドモンスターを根絶やしにする為に、ユーリウス王の命令で焼野原にしたということを。

「アンデッドモンスター討伐ですか……討伐出来たのでしょうか?」

 アンデッドモンスターに思考能力はほぼない。ほぼ本能といえるようなものだけで動いている。だが、その本能には生きる、すでに死んでいるので「存在する」が正しい表現だが、ということも含まれる。王国がどのような手段を用いたかはソルには分からないが、簡単に討伐出来たとは思えない。

「……結果は聞いていません」

「そうですか……知っていますか? この場所はバラウル家の墓なのです」

「えっ……?」

 知らない。知っているはずがない。フルモアザ王国でも極限られた人だけが知る秘墓所だったのだ。メーゲリング王国王女であるルシェル王女の耳に届くはずがない。

「他人の墓にこのような仕打ちをしたナーゲリング王国が……」

 長続きするはずがない。この言葉をソルは飲み込んだ。そのナーゲリング王国の王女であるルシェル王女がいる場で、口にして良いことではないと、途中で気が付いた。

「これから、どうするのですか?」

「計画は変りません。このまま山に入ります。アンデッドモンスターが見事に討伐されていて森に移っていなければ、楽が出来るのですけど……楽観的になるのは止めておきます」

 間違いなくアンデッドモンスターは森の中にいる。腐死者の森に入ろうとしていたのだから、リスクは覚悟の上だが、森に比べると情報がないに等しい山中でアンデッドモンスターを警戒しながら移動するのは、ソルとしても少し不安になる。

「すぐに山に向かうのか?」

 ハーゼが問いかけてきた。答えが分かっている問いを、わざわざここで聞いてくるのは、ハーゼも不安を感じているからだ。ハーゼだけではなくソル以外の全員が、アンデッドモンスターと戦ったことなどないのだ。

「こんな場所でずっと突っ立っているわけにはいかない、けど、少し寄り道する」

「寄り道?」

「すぐそこ。ただ少しだけ時間を使うことになる、なんて話している時間のほうが無駄か。行こう」

 腐死者の森、かつて森であった場所に足を踏み入れるソル。目的の場所は言った通り、「すぐそこ」。腐死者の森の中にあるのだ。

「…………」

 だがそのソルの足は、すぐに止まることになった。

「どうした?」

「何か感じなかった?」

「……特には。何かってのは?」

 周囲の気配を探ったハーゼだが、彼には特に気になることはなかった。

「……危険を感じさせるものではなさそうだから、平気か。じゃあ、行こう」

「お~い。何かって、何だ?」

 自分ひとりで完結させてしまおうとするソルに文句を言ったハーゼだが、それは無視。ソルは先に進んでいってしまう。
 時々、立ち止まって、辺りの様子を確かめながら先に進むソル。「目印がないと分からない」と文句を呟いているのが聞こえてくる。それはつまり、ソルは目印を知っているということ。かつての腐死者の森を良く知っていることを意味する。
 ハーゼたちはそのソルの呟きに、わずかに緊張し、少し苛立っている。それを聞いたルシェル王女の反応が心配で、それを気にしない無神経なソルに苛立っているのだ。

「……あれか? 割れているから分からなかった」

 ソルの視線の先にはいくつもの石がある。元はひとつの石、というより大きな岩だったのだが、割れてバラバラになってしまったのだ。
 その岩の欠片をひとつひとつ除いて行くソル。何をしているのか疑問に思いながらそれを見ているハーゼたち。問いを口にする前に、答えは得られた。
 ソルが地面を引き上げてしまったのだ。正確には、地下への入口を塞いでいた岩盤を除けた、だ。

「……いないかな? 大丈夫そうだな」

「……なあ、そこ何だ?」

「元は墓地。誰だか知らないけど、偉い人が埋葬されていた場所だ」

 ここは腐死者の森にいくつもある墓のひとつ。その中でも、比較的大きなほうの墓だ。

「それって、さっき話していたバラウル家の墓ってことか?」

「そう」

「……本当に墓があるのか。えっ? まさか、腐死者の森の腐死者ってバラウル家の人間なのか?」

 バラウル家の墓地にアンデッドモンスターがいる。アンデッドモンスターは、元はバラウル家の誰かであったと考えるのはおかしなことではない。普通はそう考える。

「どうだろう? バラウル家に力を与えられた従者である可能性もある。もしくは何かの弾みで、死体から力を得てしまった人もいるかも」

「……だからこの場所の存在は隠されていたということですか?」

 死体から特別な力が得られると分かれば、それを目的に墓を荒らす者も出てくる。だからバラウル家の墓地は秘密にされていた可能性を、ダックスは考えた。

「それもあると思う」

「……他の理由は?」

「生き返って暴れられると困るからかな? さっき初めて気が付いたけど、結界のようなものが張られているのだと思う。腐死者の森の外に出られないようにする何か」

 腐死者の森であった場所に足を踏み入れた瞬間に感じた違和感。かつては感じられなかったそれは何らかの魔術の類だとソルは考えている。アンデッドモンスターが腐死者の森の外に出ないのは、それが理由ではないかと。

「……力はそのままなのですか?」

 アンデッドモンスターの戦闘力が生前のものと同じだとすれば、とんでもない脅威だ。彼らはそのアンデッドモンスターがいるかもしれない山の中に向かおうとしているのだ。

「完全に倒すには、気が遠くなるほど戦い続けて、ダメージを与え続けなければならない。ただ、力はまあまあ強いけど、攻撃としては恐れるほどじゃない。動きも速くない。不意を突かれて、捕まえられなければ、まず大丈夫」

「そうですか……」

「万一、捕まった場合の備えをここで手に入れる。少し待っていて」

 こう言って、ソルは墓の中に入っていってしまう。灯り一つない真っ暗な穴の中に。中にそのアンデッドモンスターがいたらどうするつもりなのか。こうダックスたちが思ってしまうくらい、あっさりと。

「……ソルの奴、そんな危険なモンスターがいるのに、ここで暮らしていたんだろ?」

「おい?」

「あっ、いや……」

 腐死者の森の真実に驚き、ハーゼはルシェル王女の存在を忘れていた。カッツェの声でそれに気が付いたが、手遅れだ。すぐ側にいるルシェル王女に聞こえなかったはずがない。

「危険なのはアンデッドモンスターだけではなさそうだ」

「ダックスまで……ああ、そういうことか?」

 ダックスまでルシェル王女の存在を忘れていると思ったカッツェだが、すぐにそうではないことが分かった。すぐ近くに迫ってきている野犬の存在に気が付いたのだ。
 野犬程度、恐れるに足りない。そう思っている彼らだが、油断は出来ない。獣の動きは人を凌駕する。特別な力を持つ彼らのそれを超えることもある。三人とも、それを知っているのだ。

 

 

「少なくとも一体はアンデッドだけどね?」

「何?」

「それと、危険ではないはず。覚えていてくれればだけど……どうやら、大丈夫かな?」

 野犬の群れから一頭が、尻尾を振りながら駆け寄ってくる。他の者たちなど眼中にない。ソルだけを見て、まっすぐに。

「久しぶり。元気でいたか?」

 墓から顔だけ出して話しかけたソルの顔を舐めている野犬。犬の反応など分からない周囲の人たちには、平気で顔を舐めさせているソルの気持ちが分からない。味見されているのではないかと思っている人もいるくらいだ。

「なんか、仲間増えたな? もしかして偉くなったのか?」

 ソルのほうはそんな周りの心の中のことなど、まったく気にすることなく、人を相手にしているかのように野犬と話をしている。

「そうか……それは助かるな」

 さらに続く言葉に、周囲は唖然となる。会話が成立しているかのようにソルは話をしているのだ。

「よし。おかげで少し気持ちが軽くなった。すぐに出発するから待っていて」

 そしてソルの言葉に、野犬はまた群れのほうに戻っていく。去っていくのではない。群れと合流したまま、動かないでいる。ソルの言うことを理解しているのだと、周りは受け取った。

「とりあえず、使えそうな物だけを選んできました」

 こう言ってソルが地面に並べたのは六本の剣。ソルが腐死者の森を離れる前に、まとめて墓の中に置いておいた剣の中から選んだものだ。

「これは?」

「普通の剣よりも少しアンデッドモンスターにも効く程度の剣」

「……それは特別な剣ということだな?」

 何らかの魔術が施されている魔術具の一種。こうハーゼは理解した。

「ん……まあ、特別は特別か。バラウル家の人たちを殺しただろう剣だから」

「はい?」

「生き返らないようにするお呪いみたいな物なのか。死体には必ず剣が刺さっている。正確に言うと刺さっていた、だけど。落ちていた剣もあるので」

 バラウル家の墓地では必ず剣が埋葬されていた。当初、ソルは生前の持ち物なのだと思っていたが、いくつか墓地を探し当てる中で、死体に刺さっている剣を見るようになった。これも正確には、剣が刺さっている死体を見つけるようになっただ。剣が床に落ちている墓地には、死体がないことのほうが多かったのだ。

「……この中には死体から抜いた剣もある?」

「ここに並べたのは全てそう。なんというか、きちんと刺さっていた剣のほうが、使ってみると強力な感じがするので」

 ずっと、何百年も刺さり続けていられる力が剣にある。そういうことなのだが、ここまでのことはソルには分からない。実際に使ってみた感想だ。

「なるほど……ちなみに剣を抜いた死体はどうなった?」

「さあ? しばらくするとなくなってしまうので、分からない」

「お前か!? 腐死者の森を生み出したのは!」

 死体がなくなるはずがない。普通は、であって、この場所は違う。アンデッドモンスターが跋扈する腐死者の森なのだ。そのアンデッドモンスターを生み出した、動けるようにしたのはソル。ハーゼはそう思った。

「違うって! 俺がここに来た時には、すでにアンデッドモンスターは活動していた。それも、かなりの数」

 そのアンデッドモンスターに、ルナ王女の遺体を奪われた。今となっては「奪われた」という表現が正しいか微妙だが。

「なんだろう? お前、本当によく生きていられたな? 力があるのは知っているが、それでもな」

「何度も死にかけた。安心して眠れる場所を探して、見つけたのが、こういう墓地。ちなみに、あの犬、フェンも俺を殺そうとした一人、いや、一匹?」

 体を休められる場所を見つけ、剣を手に入れ、戦い方を研ぎ澄ますまで、ソルの命を救ったのはルナ王女から与えられた力。野犬に全身を噛まれても、致命傷にならない生命力のおかげだったとソルは思っている。

「もしかして、あの鳥もそうなのか?」

 ソルの周囲には常に大鷲がいる。姿が見えなくても、必要な時はすぐに現れる。野犬のフェンと同じように、ソルが人と話すように語りかけるのをハーゼは知っている。

「フレスは違う、死にそうになっていたところを、たまたま助けた」

 正しくは、何かに襲われて死にかけている大鷲のフレスを食べようと思ったのだが、たまたまソルも怪我をしていて血が混じり合い、元気になってしまったので諦めた、だ。その後、フレスが狩りをして、食料を確保してくれたので、ソルとしては幸運な偶然となった。

「……良く分からないけど、お前はそういう奴なのだということは改めて分かった」

「俺には全然、意味が分からない」

「そのうち、お前にも分かるようになる。きっとな」

 何らかの力が働いて、ソルは生かされた。腐死者の森で、何も為すことなく、死ぬことは許されなかったのだとハーゼは思った。世界は、時代は、ソルを必要としているのだと。

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