月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

竜血の玉座 第61話 運命なんて言葉は

異世界ファンタジー 竜血の玉座

 城内の牢は城の地下にある。同じ城の中で、ここまで違うかと思うくらい暗く、異臭も漂う、不衛生な場所だ。そこに閉じ込められているのはソル一人。ナーゲリング王国に変わってから、牢獄は城の敷地の外に新たに作られた。今は使うことのない場所なのだ。
 窓一つない真っ暗な牢の中で、ソルはぼんやりと座っている。牢の不衛生さは気にならない。このような環境で寝ることには慣れている。ここ数年、快適な暮らしが続いていたが、貧民窟で暮らしていた時は普通の環境。腐死者の森も、寝ている間の身を守る術を覚えるまでは、似たようなものだったのだ。
 そんなこよりも今は、他のことで頭がいっぱいだった。竜王アルノルトとクリスティアン王子は、恐らく生きている。それはどういうことなのか。何故そのようなことになったのか。混乱する頭の整理をソルは行っている。
 本当は、一番考えたいことは別にある。ルナ王女はどうなのか。彼女もまた生きていてくれるのかということ。だがそれをいくら考えても、「絶対に生きている」という希望的考えと、実際に亡くなっていた時のショックに怯え、否定する考えが交互に頭に浮かぶだけ。思考は進展しない。
 冷静になる為にもルナ王女のことは一旦、思考から外し、別のことを考えようとしているのだ。

「……少しお話出来ますか?」

 だが、ただでさえ脱線しがちな思考を、さらに邪魔する者が現れた。灯りを持ったリベルト外務卿が、鍵を空けて牢の中に入ってきていた。

「……四卿というのは忙しいのですね? こんな時間まで仕事ですか?」

 窓がなく、空の様子を見ることも、時刻を伝える鐘の音を聞くことも出来ないが、深夜であることは感覚で分かる。人々はとっくに夢の中にいるはずの時間だ。

「普段も暇とは言いませんが、今夜は特別です。貴方のおかげで、上は大混乱に陥っています」

「ああ……意外と早く確かめられたのですね? 城内に二人の顔を知る人がいましたか?」

 大混乱という表現に相応しい状態は、竜王が生きていることを知ったこと以外にはない。実際にはもうひとつ、別の可能性があるが、それは自分の「おかげ」ではないとソルは考えた。

「近衛特務兵団のアルヴィ殿に確認してもらいました。クリスティアン王子の絵だけですが、陛下が信じるには十分な証拠です」

「アルヴィさんって……大怪我で寝たきりだったはずですけど?」

「貴方が出陣してからどれだけの時間が経っていると思っているのですか? 動けるくらいに回復しています。まあ、そうでなくても連れてこられたでしょうが」

 怪我の具合が良くなくてもアルヴィは、間違いなく、城に連れてこられたとリベルト外務卿は思っている。竜王の生死は、王国にとって一兵士の命よりも重要なこと。非情と批判されようと、一秒でも早く真実を知らなければならないことだと考えている。

「アルヴィさんのおかげで確かめられた。それで俺に何の用ですか?」

 自分の笑いの意味には、すぐに誰か気付くと思っていた。気付かれるような言葉を、騎士に向かって発していた自覚がソルにはあるのだ。事実を確認する為に話を聞きに来ると思っていたが、それはもうアルヴィが証明してくれた。そうなると、自分に何の用があるのか分からなくなる。

「竜王が生きている可能性に気が付いていたのですか?」

 初めから知っていたとはリベルト外務卿は思っていない。ソルの言葉はそう思わせるものではなかった。

「いえ。今日初めて気づきました」

「そうですか。今後どうなると……いえ、今どうなっていると思われますか?」

「それ、俺に聞く必要ありますか?」

「私にも一応、仮説はあるのですが、他の方の意見も聞きたいと思いまして」

 他の人の意見も聞いている。つい先ほどまで城の会議室で、ずっとこの件について話し合われていた。それでこの時間になったのだ。結論が出なかったから、この時間ということだが。

「……殺害計画を直前に察知して回避した可能性と、そもそも計画自体が竜王によるものである可能性があります」

「貴方はどちらだと思っていますか?」

「……後者」

 そうであって欲しくないという思いがソルにはある。だが、どちらがより可能性が高いかと冷静に考えると、この答えになる。

「理由を伺っても?」

「殺害計画が失敗したことが明らかになっていれば、フルモアザ王国は滅びませんでした。それにクリスティアン王子の入れ替わりは、咄嗟に出来ることとは思えません。そんなことが出来るような状況であれば、一緒に逃げられたはずです」

「何の為にそんなことを行ったのでしょう?」

「分かりません。普通の人には理解出来ないことを行うのが竜王なのではありませんか?」

 仮説はある。ただたんに戦争をしたかったという理由だ。竜王が戦いを、人の血を求めた可能性をソルは考えた。バラウル家の血がそれをさせたのではないかと。

「……そうなると、竜王とクリスティアン王子は、ツヴァイセンファルケ公国ですか?」

 計画そのものが竜王によるものだとすれば、裏切者がいることになる。公主たちを計画に誘導し、さらに失敗させた裏切者だ。それが誰かと考えれば、ほぼ間違いなく、ツヴァイセンファルケ公。他の三人には、竜王の計画に協力する理由がない。

「恐らく違うと思います」

「……では、どこに?」

「ヴェストフックス公国。確信はありません。ただ、俺なら周囲を敵に囲まれているツヴァイセンファルケ公国で戦う気にはなれません」

 この一年、ツヴァイセンファルケ公国の行動は、他家に比べて、目立ちすぎている。王国以外に各公国もツヴァイセンファルケ公が何を考えているのか探ろうと、諜者を送り込んでいるはずだ。防諜に絶対の自信があったとしても、存在を気付かれる可能性は無ではない。生きていることが知られれば、その瞬間、王国もツェンタルヒルシュ公国も、そしてオスティンゲル公国も協力して、ツヴァイセンファルケ公国と戦うことになる。
 圧倒的に不利だ。その不利な戦いこそを竜王が望んでいる可能性もあるが。

「……ヴェストフックス公国軍が進路を変え、王都に向かってきているという情報が届きました」

 これは竜王がヴェストフックス公国にいることを裏付ける情報。少なくとも、リベルト外務卿はそう思っている。

「王国軍は?」

「まだ何の情報もありません。仮にサー・ディートハルトがヴェストフックス公国軍の動きに気付かないままであるとして、王都の王国軍だけで勝てますか?」

「まさか、勝つ作戦を考えろというつもりですか? 無理ですよ」

「無理、ですか?」

 考えることが無理なのではない。考えても勝てる作戦などない。ソルの「無理」はこういうことだとリベルト外務卿は受け取った。その通りだ。

「間違いなく、裏切者は他にもいます。それもこの城内に。フルモアザ王国に仕えていた人たちだけでなく、ツヴァイセンファルケ公国、ヴェストフックス公国と繋がりのある人も信用出来ません」

「私もその一人ですね。そしてブルーノ卿も。彼はヴェストフックス公国にある商家の出です。さらに下の地位にいる者となると、全てを把握することは不可能です」

「聖仁教会関係者の洗い出しをもっと徹底的に、最後までやりきるべきでした。どれだけ時間がかかっても」

 聖仁教会も計画の一部。聖人教会が出来てから内通者が生まれたのではなく、最初からいたのだとソルは考えている。聖仁教会はその資金と組織をどうやって作りだしたのかと疑問に思っていたが、フルモアザ王国の一部を受け継いだのだとすれば、納得だ。

「……それまで待ってはくれないでしょう。何の根拠もありませんが、竜王にも計算違いはあって、それが今の状況だと私は思っています」

 その計算違いを生み出したのはソル。リベルト外務卿はそう思っている。結果として、それが王国の滅亡を早めることになるとしても、竜王にとって計算違いであることに違いはないだろうと。

「であれば、すぐに事は起こります」

 ディートハルト率いる軍と、バルナバスは王都に戻ってきているが、彼が率いていた軍。合計二万が王都に戻ってくれば、それまで王都が耐えられていればだが、勝敗は分からなくなる。ツヴァイセンファルケ公国にいる一万は無理でも、ディートハルトの軍は可能性がある。
 その可能性が現実になるのを、のんびりと待つような真似を、竜王がするはずがない。ヴェストフックス公国軍はすぐに王都攻めを始める、裏切者たちはそれに間を空けることなく、呼応するはずだ。

 

 

「そこでイグナーツ様にお願いがあります」

「イグナーツ様って……まさか、シュバイツァー家の為に命を捨てて戦え、ですか?」

「いえ、逃げてください。ルシェル殿下を連れて」

「そう来ますか……でも、それは無理。ルシェル殿下が受け入れない」

 リベルト外務卿の「お願い」は納得できるもの。ユーリウス王ではなく、ルシェル王女というところは少し気になるが、ソルも気持ちとしてはそのほうが良い。ユーリウス王との逃避行など想像もしたくない。
 だがルシェル王女は、このリベルト外務卿の提案を受け入れない。逃げることを潔しとしない、ということではなく自分と一緒にはいたくないはずだとソルは思っている。

「先王のことはルシェル殿下は知りません。国家機密であり、まだ真実も明らかになっておりません。ルシェル殿下に知る権利はありませんから」

「……騙して……いや、ずっと騙していたのだから今更ですけど……」

「お願いします。なんとしてもルシェル殿下と共に逃げ延びてください」

「……ナーゲリング王国にも忠臣というのはいるのですね? 揶揄しているつもりはありません。国ってそういうものなのかと思っただけです」

 ソルはユーリウス王を評価していない。忠誠を向けられるような相手ではないと思っている。だが王国にはリベルト外務卿のような人もいる。ユーリウスが王になってまだ短いと言える期間でも、こういう人がいるのが国なのだとソルは思ったのだ。

「ああ……それは違います。これは私の為です」

「あっ、一緒に逃げるつもりですか?」

「いえ、そうではありません。私は出来れば、次の王国でも重臣でいたいと思っています。一応、私もフルモアザ王国に仕えていた身ですし」

「はあ……」

 こういう逞しい生き方を選ぶ人もいる。ただこれはリベルト外務卿だからこそだろうとソルは思った。

「ですが、ちょっとナーゲリング王国で偉くなり過ぎました。仕えるどころか命を狙われる可能性もある。そうなった時の為に、逃げ場所が欲しいのです」

「……ノルデンヴォルフ公国ですか?」

「それが一番だとは思います。ただオスティンゲル公国でもかまいません。まずは逃げ切ること。あとは、そこで偉くなれれば文句なしです」

「なるほど。それはルシェル殿下でなければ無理ですね?」

 ノルデンヴォルフ公国はともかく、オスティンゲル公国はルシェル王女でなければ、逃げ場には出来ない。ヴィクトール公子との仲が上手く行くという前提だが、可能性はある。これがユーリウス王では、どこに逃げ込もうと竜王は後を追わせる。この点において、ルシェル王女を逃がそうというのは正しい選択だ。

「お願い出来ますでしょうか?」

「……嫌だと言ったら?」

「この貴方の剣を証拠として提出します。私の記憶に間違いがなければ、この剣は竜殺しの剣。鞘と柄の文様は記録に残されている四、五代前の竜王殺しの剣です」

 リベルト外務卿はその剣を持ってきている。没収されていた剣を、ソルにはどういう権限でか分からないが、手に入れてきたのだ。

「……それが証拠になる?」

「私は腐死者の森が墓地であることを知っておりますので」

「剣といい、秘墓地のことといい、博識ですね?」

 誰もが知る情報ではないはず。それをリベルト外務卿が知っていたことに、ソルは驚いている。

「仕事柄、色々な人と話す機会がありました。人々に伝わっている噂の中には、時々、王国の記録を超える真実が含まれていることもあるものです」

「そういうものですか……」

 実際は今話したこと以外にも、何が情報源があるはずだとソルは思っている。それを追及しても意味がないことも分かっている。

「それで? お願いを聞いていただけるのでしょうか?」

「……ルシェル殿下が逃亡を受け入れるのでしたら、引き受けます。彼女を守ることは、ベルムント王との約束でもありますから」

「……先王が貴方に?」

 ソルがベルムント王を殺したことは、紛れもない事実。自分を殺そうとしている相手に、ベルムント王が娘を守って欲しいと頼んだことに、リベルト外務卿は少し驚いた。

「どうしてそんなことを頼む気になったのか、私には分かりません」

「……多分、貴方であれば任せても大丈夫だと思われたのでしょう。いえ、任せたいと思われたのでしょう」

「その理由が分からないのですけど?」

 リベルト外務卿の話し方は、ベルムント王の気持ちが分かっているかのよう。彼がそう思える理由もソルには分からない。

「……覚えていないようですが、私は以前、貴方に会ったことがあります」

 その時に、一目見ただけで感じた衝撃。自分のそれと同じものをベルムント王も感じたのではないかとリベルト外務卿は思っているのだ。

「……いえ、覚えています」

「えっ?」

「正確には、思い出しました、ですけど。確か、王都に着いて三日目くらい。隣の部屋から覗いていた人ですね?」

 思い出したのは今。牢に入ってくる前に、鉄格子の隙間から中を覗いていたリベルト外務卿を見て、おぼろげな記憶が蘇り、「会ったことがある」という彼の言葉と結びついたのだ。

「……あの一瞬のことを覚えていたのですか?」

 思い出した、であってもリベルト外務卿にとっては驚きだ。視線が交わったのはほんの数秒。それだけの出会いだったのだ。覚えているほうが異常なことだ。

「いや、なんか、すごく見つめられていて。てっきり、部屋に入ってくると思っていたのですが、貴方はそうしなかった。それが逆に気になって。今日は来るのか、その日来なければ明日なのかと、数日考えていました」

「そうでしたか……」

「……運命という言葉は嫌いなのですが、森を出てから、そう感じることがいくつかあります。貴方との再会もそのひとつです」

「そうだとしたら、この先には何が待っているのでしょう?」

 再会が運命だとすれば、この先、何かの形になるはず。それがどういうものかはリベルト外務卿には分からない。良い結果になって欲しいと願うだけだ。

「分かりません。もともと曖昧な目的で生きていましたが、今はさらに何がしたいか分からなくなりました。これまで信じていた全てが崩れたようなものですから」

「……無責任な言葉だと分かっていますが、信じる道を進むべきだと思います。何事にもとらわれず、自分が信じる道を。それが貴方の運命なのですから」

「……正直、自分にそれが出来るとは思えませんが、心にとめておきます」

 復讐を目的に生きてきた。だがその復讐は意味のないものだった。ではこれから先、自分はどうするのか。ソルには分からない。
 それで良いのだ。分からないということに意味があるのだ。竜王が生きていたからといって、それで道が定まるわけではない。それがリベルト外務卿の言う「何事にもとらわれず」ということなのだから。

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