月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

竜血の玉座 第54話 それぞれの覚悟

異世界ファンタジー 竜血の玉座

 王国中央部で戦雲が広がっている頃、他の地域でも同じように戦争に向けた動きが活発化していた。ノルデンヴォルフ公国がそうだ。領土を守ることを何よりも大事と考え、軍を外に出すことを良しとしなかった祖父、アードルフが亡くなったことで、現ノルデンヴォルフ公であるエルヴィンの野心を押さえ込む存在はいなくなった。自分を押さえつけていた重石から解放された思いのエルヴィンは、喪が明けることを待つことなく、動き出そうとしているのだ。

「エルヴィン様、父もようやく戦う決意を固めたようです」

 ただエルヴィンの野心は、どこまでが本当に自分自身のものなのか。それを疑わせる存在が妻であるアンネリーゼ。ツヴァイセンファルケ公、クレーメンスの娘だ。

「そうか。それは心強いな」

「心強いのは民のほうです。エルヴィン様と父が力を合わせて、王国に平和をもたらすと聞けば、皆、喜びで心を震わせることでしょう」

「そうだな。そうなると……良いな」

 エルヴィン本人は自分がそこまで民に期待されているとは思っていない。性格を無視すれば優秀と評せる兄と、性格に文句のつけようがなく多くの人に愛される姉の二人に、ずっと劣等感を刺激され続けていたのだ。

「そうなりますわ。その為の第一歩は、自らの欲望を満たすことしか考えていないハインミューラー家を退治すること。それを成し遂げれば、エルヴィン様の偉大さを皆が知ることになるでしょう」

「ハインミューラー家か……なかなかの強敵だな」

 野心家の顔を持つエルヴィンではあるが、楽天家ではない。ハインミューラー家との戦いが厳しいものになることは分かっている。

「エルヴィン様なら大丈夫ですわ。必ず勝ちます」

 アンネリーゼも楽天家ではない。このようにして尻を叩かないと、エルヴィンは動かないと思っているのだ。

「リゼ、戦いに油断は禁物だ。戦う者たちの命を無駄にしない為にも、きちんと準備を整えて、挑まないとならない」

 ただ、あまりに尻を叩かれ続けると、それはそれで動けなくなる。口では大きなことを言っていても、いざとなると慎重になる。昔からこういう性格で、これはノルデンヴォルフ公になった今も変わっていない。まだエルヴィンは変われるほどの経験を積んでいないのだ。

「それはもちろんですわ。民の命を大切に想うエルヴィン様のお優しさは素晴らしいと思います」

「お、おう」

 そして褒められることにも慣れていない。コンプレックスからではなく、たんにアンネリーゼの褒め方が過剰だからという理由だ。

「ですが、エルヴィン様。あまり時間をお掛けになると、兄上様に先を越されてしまわないでしょうか?」

 たださすがは夫婦というべきか、アンネリーゼはエルヴィンの動かし方を知っている。野心ではなく、エルヴィンがコンプレックスを抱いている兄を使って、対抗心を刺激するという方法だ。

「……兄上は敵に囲まれている」

「それが、どうやらヴェストフックス公国と手を結んだという話です」

「なんだって?」

 エルヴィンにとっては初耳の情報。それをアンネリーゼは知っていた。

「エルヴィン様。私、悔しいですわ。姻戚関係にある父を疑い、何の繋がりもない、それどころか鬼王の義父だったヴェストフックス公を信用するなんて……兄上様は何を考えているのでしょう?」

「……そうだな。兄上は何を考えているのだ?」

 エルヴィンには兄であるユーリウス王の考えが理解出来ない。兄弟であっても、主にユーリウス王のせいで、距離があった二人。ナーゲリング王国建国後は、ずっと離れ離れでもあった。ノルデンヴォルフ公として家臣の統制に苦労した結果、接点のある相手ほど、悪印象を感じればだが、信用しなくなったユーリウス王の性格を、エルヴィンは知らないのだ。

「家臣の前では口に出来ませんが、兄上様は信用なりません。他人を信じ、父を裏切る兄上様が、エルヴィン様は絶対に裏切らないと、どうして言えましょう?」

「…………」

 裏切ろうとしていたのはエルヴィンのほう。ユーリウス王に成り代わり、自分がナーゲリング王国の王になりたいと考えていた。考えていたが、実際には無理だろうと諦めていた。兄であるユーリウス王を倒して国王の座を奪う、なんてことまでは、エルヴィンは考えていなかったのだ。あわよくば、くらいの野心だったのだ。
 だが、兄のユーリウス王は容赦なく自分を切り捨てようとしている。まだ証拠はないが、その可能性がある。エルヴィンにとっては、衝撃の事実だ。

「……ハインミューラー家を倒しましょう。オスティンゲル公国を手に入れれば、国力は倍増。兄上様も蔑ろには出来なくなりますわ。さらにツヴァイセンファルケ公国を領土に加えれば、皆が知ることになります。王国に平和をもたらす英雄は誰かを」

「英雄……私が英雄か……」

「そして英雄の先にあるのは……エルヴィン様の偉大なお姿を見られる日が楽しみですわ」

 そうなった時、アンネリーゼはナーゲリング王国、もしくは新国の王妃になる。本来であれば、とっくに手に入れていたはずの地位を得ることが出来る。失ったユーリウス王の妻としての王妃の座の代わりに。
 アンネリーゼの野心に火をつけたのは、父であるクレーメンスだ。王妃という、全ての女性の頂点に立つ夢を見させてしまった。アンネリーゼはその夢をまだ諦めていないのだ。夢を無にしたユーリウス王への恨みと共に、心に刻まれているのだ。
 その執念がノルデンヴォルフ公国を動かすことになる。ノルデンヴォルフ公エルヴィンは、オスティゲル公国侵攻作戦の実行を軍に命じた。

 

 

◆◆◆

 ノルデンヴォルフ公国が侵攻を行う先のオスティゲル公国にも、大きな動きがあった。公国主であるオスティゲル公が亡くなったのだ。突然の出来事に、オスティゲル公国内は大いに動揺している。だが動揺しているのは人々の気持ちだけ。国政に大きな混乱はない。次期公国主であるヴィクトール公子が、家臣たちをまとめ上げているからだ。

「……ヴィクトール様。国葬の日取りが二週間後の日曜日に決まりました」

「そうか……私に国葬を取り仕切る資格などあるのだろうか?」

 父である、亡きオスティゲル公の国葬の日程を伝えにきたヴァイスに、ヴィクトールは問いかけた。その表情は愁いを怯えている。オスティゲル公が亡くなってからずっとだ。

「資格を問うことに意味はありません。公国内に混乱を引き起こさない為です」

 オスティゲル公は病死。そういうことでなければならない。公国の上層部にいる人間は真実を知っているが、公国の民には隠さなければならない。ヴィクトールを、父を弑逆した悪人にするわけにはいかないのだ。

「そうだな……為すべきことを為した。頭では理解しているのだが、人の心とは弱いものだな?」

 暴走を止めなければならない。公国の人々の命を守らなければならない。その為にヴィクトールは狂ってしまった父を殺した。覚悟を決めた上での実行のはずだったが、その日からずっと心は深い闇に沈んだままだ。

「一日も早く立ち直って欲しいとは思っておりますが、今のヴィクトール様が正しいのではないですか? 簡単に割り切れるはずがありません。気持ちを落ち着かせる時間は必要です」

 一日も早く立ち直り、本格的に新オスティゲル公としての政治を始めて欲しいとは思う。だが、父を殺したことを悔やむヴィクトールの気持ちは正しいものだ。民の為に自らの心を傷つけることを選んだヴィクトールこそ、王国を治めるに相応しいと、改めて、ヴァイスは思っている。

「……ツヴァイセンファルケ公国の動きは?」

 気持ちを落ち着かせる時間は必要だ。だがそれはじっと部屋にこもっていなければ出来ないことではない。働くことでも悲しみを、一時であっても、薄れさせることは出来る。

「今のところは何も」

「父の死を把握していないということか?」

 亡きオスティゲル公との間で交した密約が有効であることを確認する使者も来ていない。ナーゲリング王国側、西に軍を寄せているだろう状況で、背後にいるオスティゲル公国の動きを気にしないはずはない。ツヴァイセンファルケ公国が気にする必要がある状態になったことを把握していない可能性をヴィクトールは考えた。

「その可能性は高いと思われます」

「……もし本当にこちらの状況を分かっていないのであれば」

「攻め込む隙はあるかもしれません。ただ、その選択は王国を利するだけになる可能性も考える必要があると思います」

 オスティゲル公国が攻め込めば、ツヴァイセンファルケ公国はその対応の為に、軍を東に向けることになる。それはかまわない。抵抗を受けることなくツヴァイセンファルケ公国を取れるなんて、甘い考えは持っていない。問題は、ツヴァイセンファルケ公国が西の備えを捨てて、向かってくること。そうなればナーゲリング王国軍は抵抗を受けることなく、ツヴァイセンファルケ公国に侵攻出来る状況になってしまう。

「戦いが始まるのを待つべきか。だがそうしている間に……いや、問題ないな。我が公国と王国の競争になるだけだ」

 東西から王国とオスティゲル公国はツヴァイセンファルケ公国に攻め込むことになる。どちらが先に公都を落とすかの競争。それでは済まずに、そのまま王国との決戦になる可能性もある。それに勝利したほうが覇者、と考えるのは気が早過ぎるが、他公国よりも優位に立てることは間違いない。

「では、その方針で具体的な」

 ヴァイスの言葉を止めたのは、いきなり開いた扉。不審者が侵入してくることは考えづらいが万一がある。前オスティゲル公の死に不満を持つ者がいる可能性は否定出来ないのだ。

「……なんだ、グラオか。驚かすな」

 部屋に入ってきたのはグラオ。安心出来る相手だ。

「驚かすのはこれからだ」

「……何があった?」

「ヴィクトール様。ノルデンヴォルフ公国が我が国に攻め込もうとしています」

「なんだと? それは間違いないのか?」

 ノルデンヴォルフ公国をまったく警戒していなかったわけではない。だが、相手から攻めてくる可能性は少ないと考えていた。ノルデンヴォルフ公国とはそういう相手。領土を守ることを第一としていると認識しているのだ。亡くなったアードルフ、それ以前からなのだが、の考えが受け継がれていると考えていたのだ。

「まだ第一報ですが、まず間違いのない情報のようです」

「どうやら隙があったのは我々のほうだったな。ツヴァイセンファルケ公国への警戒も必要か……詳細はあとだ! すぐに出陣の準備を命じろ! ノルデンヴォルフ公国を迎え撃つ!」

「はっ!」

 戦乱が王国全土に広がろうとしている。こうなることは多くの者たちが分かっていた。分かっていたはずのその時が、不意に訪れたのだ。

 

 

◆◆◆

 全身が研ぎ澄まされていくのが分かる。肌をすべるソルの指先が、触れ合う肌が、体の中を流れる血を温めていく。血管を流れる熱が全身を火照らせる。自分の肌がピンク色に染まっていくのが、見て確かめなくても分かる。何度も経験した至福の時間。体を流れる心地良い熱は、心まで温めてくれる。この時間が永遠に続けば良いのに。ミストはいつもそう思う。
 だが、それは叶えられない。そして次にこの幸せな時間を得られるのは、ずっと先のことだ。その思いが、いつもとは異なり、ミストの心をざわつかせる。心の騒めきが血液に伝わり、さらに温度を上げていく。
 より敏感になった体の反応を止められない。堪えようと思っても声が漏れてしまう。自分の中にあるソルの一部。その熱が体を刺激する。わずかな動きにも反応してしまう自分の体。頭の中は色を失い、真っ白に染まっていく。繰り返し押し寄せる波に飲まれてしまわないように、ソルの体に強くしがみつくが、それはさらに自分の反応を高めるだけだった。
 何度も、何度も。真っ白になった頭は、ついに光まで失ってしまった。

「…………恥ずかしい」

 思考が戻った時、最初にミストの頭に浮かんだのは、この思いだった。

「今更……あっ、違うか。恥じらいを保つことは大切ですね。お互いに」

「……それ誰に聞いた?」

「えっ……誰でしょう?」

 聞いてもいないのに、色々と教えてくれる人たちがソルの周りにはいる。彼らにとってはソルを、ただの年下の男の子として揶揄える、唯一と言っても良い、材料なのだ。

「……全てをさらけ出してしまったような気分だ」

 今、強く感じている恥じらいさえ、失っていた。心の奥底から湧いてきた欲情に支配されていたような感覚。その全てをソルに見られていたのだと思うと、さらに恥ずかしい思いが強くなる。

「そんなことないと思いますけど……仮にそうだとしても別に良いのではないですか?」

「……ソルにだからな」

「そ、そうですね……そういうこと言われると、こっちのほうが恥ずかしくなります」

 ミストの素直な感情は、ソルの心を温めてくれる。信頼なんて言葉は捨てたつもりだったが、ミストであれば、という思いが今は生まれている。その思いが、他の人の見方も変えていることを、ソルは気付いている。

「……私は駄目だ。自分の感情を押さえられない」

「それはミストさんの良いところだと思いますけど?」

 ソルはそう思う。それがあるから今があると思っている。

「……じゃあ、言っても良いか?」

「俺の許可はいらないと思いますけど、どうぞ」

「……離れたくない。ずっと一緒にいたい。それが無理でも、絶対に戻ってきて欲しい」

「…………」

 ミストの想いに返す言葉が見つからない。約束は出来ない。ソルはもう王都に戻ることはないと思っている。たとえ戦いに生き残ることが出来たとしても。事が思い通りに動けば、ナーゲリング王国軍でいる必要はない。いられない。

「……なっ? 駄目だろ? ソルが困るのは分かっていたのに」

「……ルシェル殿下から離れ……これを聞くのは駄目ですね?」

 ルシェル王女から離れて、自分と一緒に来られるのか。この問いを向けてはいけないと、ソルは途中で気が付いた。それが出来るのであれば、ミストは辛そうな表情で「離れたくない」なんて言わない。

「駄目同士だな……なあ、ソル。ひとつお願いがある」

「何ですか?」

「敬語は止めろ」

「ああ……そうか……そうです、いや、そうだな。ミストが望まなくてもそうすることにする」

 敬語を使うことでミストとの距離を作る。ルナ王女への想いに対する言い訳にする。そんなことは無意味だ。自分の心を誤魔化しているだけなのは、そうしているソル自身が一番分かっているのだから。

「ありがとう」

「ミスト。俺の心の中には別の女性がいる」

「……知ってる」

「でも、ミストに対する想いは本物だ。俺はミストが好きだ。この言葉に嘘がないことを俺は知っている…………やっぱり、俺のほうが駄目だろ?」

 ミストへの想いはルナ王女のそれに劣る。そうは思わない。どちらが上ということではない。ミストは自分にとって大切な存在。これは否定できない事実なのだ。

「……駄目だな。でも、嬉しい」

 ソルの頬に伸びるミストの手。近づく顔。重なる唇。ゆっくりとベッドの上に倒れ込む二人。二人にとっての至福の時間が始まる。他のことは全て忘れ、ただ相手のことだけを想っていられる心温まる時間が。

www.tsukinolibraly.com