月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

竜血の玉座 第19話 番狂わせ

異世界ファンタジー 竜血の玉座

 王国軍による模擬戦が始まろうとしている。すでに両軍勢は初期配置から、広々とした丘陵地帯への展開が完了している。ルシェル王女は部隊を四つに分け、自身がいる本陣に五十。右翼にも五十、中央と左翼に百ずつを配置している。ディートハルト率いる第一〇一大隊からの選抜部隊も人数編制は同じ。同数で対峙する形になっている。
 布陣は整った。あとはいつ、どちらが、どういう形で仕掛けるか。その時を一際高い丘の上に設けられた観戦席で、参列者たちは待っている。

「……少しは勉強してきたようですね? それともバルナバス殿のご指導ですか?」

 観覧席にいるバルナバスに話しかけてきたのはギュンター。バルナバスと同じ、王国においてナイトの称号を与えられた五人の騎士のうちの一人だ。

「いや、指導と言えるようなものは何もしていない。勉強してきたということだろう」

「なるほど」

 ルシェル王女が率いる部隊は、高所を押さえている。それだけであれば感心することはない。高いところに位置取ろうと考えるのは普通のことだ。ギュンターがバルナバスの指導を疑ったのは、その配置。四つの部隊が適度な距離感を保った状態で、より良いと思われる場所に陣取っていると見えるからだ。

「別に勝敗を決めるようなことではないでしょう?」

 二人の会話に口を挟んできたのはルッツ。彼もナイトの称号を与えられている。五人の中で最年少というだけでなく、過去の例と比べても、異例の早さでの昇進を遂げた人物だ。

「悪い場所を選ぶよりはマシだ」

「だとしても、ディートハルト様にとってはハンデにもならない」

 ルッツは、バルナバスに対して強い敵愾心を抱いている。最強の騎士と評価されているのが許せないのだ。自分こそ、という思いはあるが、それは将来の話。今のところはディートハルトを差し置いてという気持ちのほうが強い。

「そのディートハルト様が動いた」

 ルッツだけでなく、ギュンターもディートハルトを自分よりも格上だと思って、それに合わせた態度を向けている。公式にもそうだ。五人の中で序列一番がディートハルトであることは疑いようのない事実。次席がこの場にはいないヘルミュール。ここまでは確定で、残りの三人は曖昧。公式の場ではバルナバス、ギュンター、ルッツの順と決まっているのだが、下の二人がその序列を認めていないのだ。

「中央と左翼だけか」

 ディートハルトは中央と左翼で仕掛けた。高所にいる相手を攻めるのだから不利ではある。だが部隊の質の差を考えれば、間違った判断とは言えない。正面から激突すれば、間違いなくディートハルト側が勝つ。これは誰もが思っていることだ。

「右翼も動いているでしょ」

「動いているというだけで、交戦するつもりはない」

「……確かにね」

 ディートハルトは右翼も前進させたが、それは距離を詰めただけ。ルシェル王女側の左翼と距離を保って、止まった。それを見極められず、バルナバスに教えられた形のルッツは不満そうだ。

「中央突破、ですか」

 ディートハルトの狙いは中央突破だとギュンターは考えた。

「中央を押し込んで、バランスを崩させようという意図だな。さて、それにルシェル殿下の兵たちは耐えられるか」

「突破されれば、本陣にそのまま突撃されます。そうならないようにと左翼を動かせば、今度はその隙をディートハルト様の右翼が突く」

「中央が耐えきるしかない……常識では」

 奇抜な作戦ではない。部隊の力の差を利用した攻め。正面から激突すれば間違いなくディートハルト側が勝つ。それは個々の部隊でも同じ。何も手を打たなければ、中央は突破される。

「非常識な策を授けてあるってこと?」

「俺は何も指導していないと言ったはずだ。もう忘れたのか?」

 突っかかってくるルッツに、バルナバスも挑発で返す。バルナバスは何事もなく受け入れるほど大人ではない。そんな器があれば、もっと王国で評価されている。

「では、このまま決まりだ」

 すでにルシェル王女側の中央部隊は押され始めている。総崩れになるのも時間の問題。ルッツはそう見た。

「いや、殿下の部隊が動いた」

 ルシェル王女側の左翼、その半分が中央の支援に動いた。ディートハルトの中央部隊に側面から襲い掛かるルシェル王女の左翼。今度はディートハルトの中央部隊がその勢いに耐える番だ。実力差はあるとはいえ、正面と側面から同時に攻撃を受ける形となれば、一旦は受けに回らざるを得ないのだ。

「それでも終わり。半分の数でディートハルト様の部隊を押さえられるはずがない」

 ルッツの考えた通り、ディートハルトの右翼はすぐに動いた。目の前の部隊が半分に減ったのだ、このタイミングで攻めかからない理由はない。あとはルシェル王女の左翼を突破し、本陣に襲い掛かるだけ。本陣も数は五十。右翼の部隊だけで勝てるはずの数だ。

「……受け止めたようだな」

「なに? そんな馬鹿……どうやら馬鹿みたいだね?」

「ルッツ。自国の王女にその無礼はどうかと思いますよ?」

「失礼しました。ですが……」

 ディートハルトの右翼を食い止めたのは、ルシェル王女の本陣の部隊。本陣にいた五十が左翼に加わったことで数は互角になった。それで一気に突破されることを防いだのだ。
 だがディートハルトの右翼は本陣を狙っているのだ。その本陣が自ら近づいてきてくれた。こんなありがたい状況はない。最前線に出てきたルシェル王女が討ち取られるのは時間の問題。それで決着だ。

「……しばらく耐え続けていれば、中央から部隊が戻ってくるかもしれないな」

 だがバルナバスは異なる可能性を見ている。

「中央だって……?」

 中央は形勢が完全に逆転している。ルシェル王女の側は、数で勝るうえに高所から攻め立てている。その優位は、部隊の実力差を埋めて、さらに余りあるものがあったのだ。

「部隊もそれなりに鍛えられていましたか。ですが、一気に崩壊させるほどではありませんね。そうなると……」

 数が同じ、ルシェル王女の側から見て、左翼での戦いはディートハルトの部隊が勝つ。そのはずだが、ルシェル王女の部隊に、押し込まれている様子は見えなかった。

「どうやら士気も高いようだ。困ったものだな」

「……何が、困ったものなのですか?」

「ルシェル殿下は前線で兵を鼓舞するタイプの指揮官のようだ。王女という立場では、そういう戦い方は困ったものではないか?」

 攻撃を受けきっているのはルシェル王女の存在が影響している。彼女を討たせまいという兵たちの気持ちが支えているのだとバルナバスは見た。実際にどうかまでは、観戦席から見ているだけでは分からない。だが、この対抗戦はルシェル王女の指揮官としての資質を測る意味もある。それを知っているバルナバスは、意識して資質を認めるような発言を行ったのだ。

「ディートハルト様にはまだ余っている部隊がある」

「分かっている。本陣だな」

 ルシェル王女の側が、すでに全部隊で戦っているのに対し、ディートハルトの本陣はまだ戦いに参加していない。その本陣を戦いに投入すれば、また一気に形勢は変わる。ディートハルトの勝利が確定する可能性は高い。

 

 

「……動いた」

 ディートハルトの判断も観戦席で見ている彼らと同じ。本陣の人影が動いたのが観戦席からも見えた。十名ほどが残っている様子であるので、四十人の部隊が戦いに参戦していくということだ。向かう先はルシェル王女がいる右翼。数で上回れば、それで勝負は決まるはずだ。観戦している誰もが、そう思った。

「……何だ?」

 異変は観戦席からもっとも近い前線で起きた。何の音だか分からないが、とにかく大きな音が人々の注意を引く。向けた視線の先には、弾き飛ばされて宙を跳ぶ幾人もの兵士の姿。ルシェル王女が戦っている先のほうに視線と意識を向けていた人たちには、それだけでは何が起きたのか分からない。手前の戦いは勝敗には影響しない。多くがそう思って、見ていなかったのだ。

「……突破された? そんな馬鹿な!?」

 ルシェル王女の左翼が、一部ではあるが、ディートハルトのいる本陣に向かって、駆け出している。ルシェル王女の右翼とディートハルトの左翼の戦いは、ルシェル王女側が圧倒した。そういうことだ。

「……なるほどな。こちら側に紛れていたか」

 戦況をひっくり返す存在に、バルナバスは心当たりがある。その存在、ソルの居場所をずっと探していた。だがソルはバルナバスにも見つけられないように潜んでいた。その存在を、この瞬間まで、隠し続けていた。
 今、その姿はバルナバスには、はっきりと見えている。突破したソルたちを追いかけようとするディートハルトの兵たちが、ソル一人に止められている様子が見える。

「十や二十ならディートハルト様一人で相手が出来る。勝負の行方は変わっていない」

 それでもルッツはディートハルトの勝利を信じている。根拠のないことではない。兵士が束になってかかってもディートハルトは倒せない。それは訓練の場で、何度も目にしている事実だ。

「競争であることは確かだな」

 ディートハルトが討たれるのが先か、ルシェル王女が先か。この争いになっている。ディートハルトの本陣の部隊とソルたちのどちらが早くその場に到着し、目的を果たすかだ。バルナバスはそれを見守る以外にない。

「……左翼が突破されたな」

 対抗戦の一方の将であるディートハルトはただ見守っているだけでは済まない。これまでのところは、ほぼそういう状態だったのだが、そうしていられない戦況の変化が起きた。

「兵を戻しますか?」

「……いや。敵の到着までには間に合わない。それにこのまま攻めきるほうが、勝率は高い」

「承知しました。迎撃準備だ! 隊列を整えろ!」

 攻めてくるルシェル王女の兵士は二十名に届かない。その数であれば、本陣に残っている数で十分に対応できる。迎撃の指示を部下は発した。部下にとっては、ディートハルトの手を煩わせることは敗北したようなものなのだ。

「来るぞ!」

 駆けてきた勢いのまま、突撃をかけてくる。その突撃を防ごうとするディートハルトの部下たちだが。

「何?」

 あっさりと突破を許してしまう。すかさずディートハルトの前に出て、襲いかかって来た相手を止めようとする残りの部下たちだが。

「……なるほど。噂の者たちか」

 その相手を止めたのはディートハルト本人。部下だけでは撃退出来ないと彼は判断した。本陣に突撃してきたのは普通の兵士だけではない。準騎士という立場を与えられた元フルモアザ王国の騎士たちも紛れ込んでいる。ディートハルトはそれを知った。

「だが、負けるつもりはない」

 騎士相手であってもディートハルトに負けるつもりはない。そう思えるだけの実力を身につけている。王国最高の騎士は、剣の実力も最高なのだ。
 群がる相手を次々と倒していくディートハルト。残りは数人。ディートハルトは勝利を確信した。その瞬間だった。

「むっ」

 襲い掛かって来た影に向かって、咄嗟に剣を振るったが、手応えはなし。

「鳥だと?」

 逃がした敵の行方を追ったディートハルトの目に映ったのは、空に舞い上がる鳥の姿だった。

「はい。勝ち」

「なっ……?」

「あれ? 触っただけでは駄目ですか? では、少し押して……これで刺したことになりますか?」

 鳥の影に気を取られた一瞬の隙を突いて、ディートハルトの体に剣を、訓練用の模擬剣を押し当ててきた兵士がいた。黒髪の若い兵士。ディートハルトは誰だが認識していないが、ソルだ。

「あの……出来れば負けを認めて頂きたいのですけど? 本来はそこの人が宣言するのでしょうけど、固まったままなので」

 それぞれの本陣には審判が配置されている。模擬戦は実際に殺すわけでも怪我を負わすわけでも、結果として怪我する者はいるが、ない。武器を相手の体に当てるだけで、それが致命傷になるかどうかの判断は審判が行う。兵士の場合はかなりおおざっぱな判定なのだが、勝敗が決する司令官については、死亡するほどのものかどうかの判断は重要なのだ。
 その審判は、まさかの出来事に呆然と立ち尽くしたまま。審判も王国軍の騎士だ。ディートハルトが負けたという事実を受け入れられないでいるのだ。

「……そうだな。私の負けだ」

 ディートハルトが審判役の騎士から正面のほうに視線を移してみれば、まだ戦いは続いている。ルシェル王女が討たれていない証だ。先に討たれたのは間違いなく自分。ディートハルト自身も信じられないが、そういうことだった。
 ディートハルト自らが敗北を宣言したことで、審判役の騎士も正気に戻り、自分の役目を思い出した。大きく振られた旗は、司令官が討たれたという合図。対抗戦に参加している全員が勝敗の結果を知ることになった。

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