月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

竜血の玉座 第16話 生まれた齟齬

異世界ファンタジー 竜血の玉座

 ユーリウス王子が即位する日が決まった。少し、ユーリウス王子にとってはだが、時間がかかったのは招待客をどうするかを決めるのに時間が必要だったから。王都から使者を送り、相手が招待されたことを知ってから準備を整えて王都までやってくるのに必要な期間。それがもっとも長く必要な招待客に合わせて、日程を決めなくてはならない。招待客を誰にするかで、儀式の日取りが変わってくるのだ。
 何度も四卿会議で話し合いが行われた結果、伯爵位以上の諸侯全員を招待することになった。当然、公国主も含まれる。相手がどう思っていようと、あえてこちらから敵視していることを示すような真似は避けることにしたのだ。招待しても来ない者は来ない。それが敵意を持っている証にもなると考えている。
 もちろん、招待に応じたからといって心からの忠誠を誓ってくれるとは思っていない。最初の敵味方の振り分けとなるだけであることは、王国側も理解した上での決定だ。

「王都周辺に集結する諸侯軍は、最大で一万程度となる見込みです」

「一万? そこまでの数になるのか?」

 王都に一万の諸侯軍が集う。ルーカス内務卿が報告したこの情報は、ユーリウス王子の想定以上の規模だった。

「全てが敵というわけではありません。あくまでも招待した全諸侯の数を足しただけです」

 はるばる王都まで移動してくるのだ。諸侯は当然、護衛を同行させてくる。一人二人ではない。少なくても五十から百、公国主であれば千の単位の軍勢を連れてくることになる。
 特別多いわけではない。以前から、フルモアザ王国の時代からの慣習だ。戦う予定もないのに、護衛として数千の軍勢を同行させるなど軍費の無駄遣いでしかない。王国はその無駄遣いをさせてきたのだ。

「全てが敵であった場合は?」

 そう言われてもユーリウス王子の不安は消えない。今は誰も信用出来ない。そう思っているということは、全てを敵として見てしまうということだ。

「王都内へ入ることを許すわけではありません。たとえ全てが敵であっても、難攻不落と言われている王城を落とすことなど出来ないでしょう」

 フルモアザ王国を百五十年間、守り続けてきた城。フルモアザ王国の最後も、少人数による暗殺であって、軍勢に攻められて城が落ちたわけではない。

「リーバルト卿の考えは?」

 ルーカス内務卿の説明だけでは、ユーリウス王子は信用出来ない。能力を信用していないだけではない。ルーカス内務卿は、ユーリウス王子にとって母親の父、つまり祖父だ。その立場に思い上がり、内務卿という立場を超えて国政に口出してくることがないように釘を刺す意味で、意識して彼の発言を軽んじるような態度を見せているのだ。

「王都には同数の軍勢がいる。さらに王都周辺に分散して配置されている軍勢も、王都に何かあれば、すぐに駆けつけてくる。負けることは考えにくいな」

 数の上では互角以上。さらに王都周辺に配置されている部隊が集まってくれば、王都を囲んでいる敵の背後を突くことも出来る。あらためて防衛の為の作戦を考えるまでもなく、対応は決められているのだ。それが実行できる軍の配置になっているのだ。

「そうか……」

「ただし、問題がないわけではない」

「その問題とは?」

「他で戦争が起こった場合に対処できない可能性がある。公国同士の争いなどだ」

 王都に集結した諸侯軍に対応する為に、王国軍を王都に張り付けていては、他の場所への戦争に対応出来ない。公国の軍勢は護衛として連れてくる千や二千が全てではない。その何倍もの軍勢が自領にいる。それを動かして、戦争を起こされた場合、王国軍は対処が遅れる。公国同士の争いに介入する必要があるかは別にして。

「即位の儀に参加している最中に、そのような真似を行うのか?」

 他の公国に攻め込むような真似を行えば、王都で糾弾されることになる。それはあり得ない選択だとユーリウス王子は考えた。

「参加していない可能性もある。だからといって、敵はその参加してこない公国だけではないということだ」

 フーバー家に反乱を唆したハインミューラー家以外の公国家は、敵味方の区別が出来てない。ハインミューラー家が他家に攻め込んだからといって、迂闊に攻め込まれた公国支援に王国軍を送り込むと、また別の公国が王都に攻め寄せてくる、なんて事態も想定出来るのだ。

「……つまり、他家の争いに介入すべきではないということか?」

 他家の争いに介入することは危険。リーバルト軍務卿はそう言っているのだとユーリウス王子は受け取った。間違った考えだとまでは思わない。だが、諸侯同士の争いを放置することは、王国としての責任を放棄していることにもなる。この点については、ユーリウス王子は不満に思っている。

「国内の争いを放置すれば、それは統治を諦めたことになる。そうなれば、ナーゲリング王国は王国として成立しない」

「その通りだ」

「だが、ナーゲリング王国を一度、滅ぼした上で覇権争いに参加するという選択もある。どれが正しい選択かなど。今は分からない」

 王国としての義務を一旦、捨てて、他家との戦いに挑むというのも有りだとリーバルト軍務卿は考えている。責任を放棄しようと、それをどれだけ非難されようと、最後に勝てば良いのだ。勝てばシュバイツァー家の王朝が続くことになる。もしかするとナーゲリング王国建国時よりも、良い状態で。

「選択は私が行う」

「国王なのだから当然だな。ただその選択はより勝利の確率が高いものであって欲しいとは思う」

「何が言いたい?」

 リーバルト軍務卿は、自分の選択が間違っている、もしくは間違おうとしていると思っている。ユーリウス王子にはそう聞こえた。

「ラングハイム家からの申し入れについては、いつ話し合いを始めるつもりだ?」

 ユーリウス王子が思った通りだ。リーバルト軍務卿には、彼の選択に対する不満があった。正確には選択を先延ばしにしていることに対する不満だ。

「……婚姻の話か」

「そうだ。ラングハイム家との結びつきを強めることは、今あるいくつかの課題の中でもっとも重要で、もっとも望ましいものだと思う」

「王国におけるラングハイム家の影響力を強める結果にもなる。王国にとってはどうでも良いことかもしれない。だが、シュバイツァー家にとってはどうだ?」

 最終的にナーゲリング王国をラングハイム家に乗っ取られてしまう可能性。これを、かなり遠回しにだが、ユーリウス王子は口にした。この会議に参加している者たちにとっては、言われなくても分かっている懸念なので、遠回しにする意味はなかったが。

「では、真っ先にラングハイム家に戦いを挑むのか? 王国の側から?」

 王国が自ら動乱を引き起こせば、他家に王国を滅ぼす大義名分を与えることになる。もちろん、最終的に勝てれば良い。だが、あえて不利な立場から戦いを始める必要はないとリーバルト軍務卿は思う。

「婚姻を完全に否定しているつもりはない。ルシェルをラングハイム家に送る選択もあるはずだ」

「人質を取るのではなく、こちらが出すと?」

 言葉を選ぶことなく、リーバルト軍務卿はユーリウス王子の考えに否定的な意見を返した。同じ婚姻でも中身が違う。自分の妹をあえて人質として差し出そうとする、それも見殺しにする可能性もある人質にしようというユーリウス王子の考えが、リーバルト軍務卿は理解出来ない。

「結果としてラングハイム家と友好的な関係を構築出来れば良いのではないか?」

「……それ以前にルシェルが受け入れないだろう」

「王国の為、シュバイツァー家の為だ。拒否することなど許されない」

「普段であれば、そのように考えるだろうが、今はな……国の為と言ってもな……」

 政略結婚は王女としての義務。それはルシェル王女も分かっている。自分の思いを殺して受け入れる責任感があることを、リーバルト軍務卿も知っている。だが、今は別のことも知っているのだ。

「大切な話をしている。知っていることがあるのであれば、話すべきだ」

「……怒っている。王国の為に命がけで戦う覚悟を持って集まった者たちを蔑ろにしていることを」

 ルシェル王女が怒っているのは、彼女が企画した募兵で集まった新兵たちの処遇。本来の形で配属されるのは一部で、残った人たちは残った人たちだけで新たな部隊を作るという軍の方針に対してだ。その軍の方針はユーリウス王子の意向を受けた結果であることをルシェル王女は知っているのだ。

「……暮らしに困窮して集まった者たちだ」

 リーバルト軍務卿が口にした「王国の為に」に対して否定するユーリウス王子。それ以外は、どう反応すべきかすぐに判断出来なかった。

「それを言っても納得しない。困窮させているのは誰だという話になるだけだ」

「王国批判か?」

「いや、王家に対する批判だ。王家には当然、ルシェル自身も含まれている」

 この話を深く追求することに意味はない。ルシェル王女は自分自身にも責任があると感じている。仮にユーリウス王子が自分の責任ではないと言っても、「ノルデンヴォルフ公であったのだから、そうかもしれない」と納得するだけ。議論するような内容ではないのだ。

「……仕事を奪うわけではない。新たな部隊を作るだけだ」

「ルシェルはその部隊の指揮官、部隊長か。その地位を望んでいる」

「なんだと?」

「それを諦めて、他家に嫁ぐことを受け入れるとは思えない」

 リーバルト軍務卿はルシェル王女の部隊長就任を支持しているわけではない。ラングハイム家との婚姻話を歪めようというユーリウス王子の考えを否定したいのだ。ルシェル王女がラングハイム家に嫁いでも、ラングハイム家が敵に回ることへの抑止力としては弱い。ラングハイム家がナーゲリング王国存続を望む理由にはならないと考えているのだ。

「我儘を押し通すような真似を許すわけにはいかない」

「……では、次期国王としてではなく、兄として説得を」

 あえて国王ではなく、兄としての説得を求めたのは、ユーリウス王子への皮肉だ。これから難事に挑もうというこの時に、シュバイツァー家内での対立を生み出そうとするユーリウス王子が、リーバルト軍務卿は理解出来ないのだ。

「……分かった」

 ユーリウス王子は、こう答えるしかない。ここであえて「次期国王としてルシェル王女と話す」なんてことを言うのは、おかしい。一族であるリーバルト軍務卿だけと話しているのであれば、まだ意地になっているように見られてもかまわないかもしれないが、この場は四卿会議。王国における最重要会議体であり、他の、しかも信用しきれていない、重臣たちもいる場なのだ。
 結果、気の進まない会話をユーリウス王子は行うことになった。ルシェル王女の側も、喜ぶような話し合いではない。

 

 

◆◆◆

「対抗戦……何ですか、それ?」

 対抗戦の実施が決定された、と教えられてもソルには何のことか分からない。それを伝えに来たトビアスの表情から、良い話ではないことが分かるくらいだ。

「王国軍の他部隊との模擬演習戦のことです」

「ああ、訓練ですか。それが何か?」

 これまでとは違う訓練の形。ソルたち新兵は、一部の人たちを除いて、一つの部隊として王国軍に所属することになった。訓練のやり方が変わるのは当然のことだとソルは受け取っている。

「その模擬戦に負けると部隊は解散。我々は王国軍から追い出されることになります」

「それは……どうしてそういうことに?」

 出来たばかりの部隊を解散させるだけでなく、所属する人たちの解雇まで行う。特別な意思が影響していることは明らかだ。

「はっきりとは教えてもらえませんでしたが、恐らくは……」

「次期国王ですか。ずいぶんと嫌われているのですね?」

 トビアスのように躊躇うことなく、ソルはユーリウス王子の差し金であることを口にする。言葉にするのを躊躇する理由は、ソルにはないのだ。

「……良く分かりませんが、負けるわけにはいきません」

「そうですか? 次期国王に疎まれていては、この軍での出世はありません。負けて去るのも有りだと思いますけど?」

 王国軍の統帥権を持つのは国王。組織の頂点から疎まれていては、どれだけ戦功をあげても、正しく評価されない可能性がある。先がない場所で、頑張り続ける必要はないとソルは思った。

「貴方はそれで良いのですか?」

「敬語。貴方は騎士で、私は兵士。敬語を使うのはおかしいと思います」

 新たな部隊として編制されることが決まってすぐにトビアスは準騎士となった。正式な騎士ではないが、部隊の指揮権は持てるという立場だ。トビアスだけではない。他にも元騎士、元従士であった人たちは、そういう身分を与えられている。

「……それで良いのか? 軍にいられなくなるのは貴方も同じだ」

「それが微妙でして」

「微妙?」

 ソルには目的がある。その目的は果たされていないはずで、そうであればこの部隊が解散に追い込まれてはソルも困るものだと、トビアスは考えていた。

「会いたかった人たちに会える目途がつきそうなので。そうなると、ここにいるのが正しいとは限りません」

 即位の儀が行われることは、すでにソルの耳にも届いている。儀式の時には諸侯も招待され、王都に集まってくることも。その中に復讐の対象となっている相手もいる可能性があることも。戦場での対峙を待つ必要がなくなるかもしれないのだ。

「……それが騎士にならなかった理由ですか?」

 ソルは兵士のままでいる。それがトビアスは納得がいかない。ソルの実力が、従士であった自分たちより優れていることは明らかなのだ。

「騎士になれるのは元々、騎士や従士だった人たちだけです。私はどちらでもありません」

 これは嘘。ソルも、バルナバスの報告のせいで、元従士だったことになっている。準騎士になれる資格はあった。ソル自身がそれを拒否したのだ。

「貴方は……そうかもしれませんが……」

 だがトビアスは本当の素性を知っている。竜王の娘、ルナ王女の婚約者。滅びたフルモアザ王国では、まだ結婚前であったソルは何の身分も与えられていなかった。客人という立場だったことを。
 だがソルは竜王自ら軍事に関わる指導を受けている。目をそむけたくなるほどの激しい鍛錬を強いられ、戦術の類の勉強は、睡眠時間を削って行われていた。トビアスはそれを知っているのだ。全てを学びきるには短すぎる期間であると分かっていても、その事実に期待しないではいられないのだ。

「とりあえず頑張りましょう。私も負けるのは好きではありませんから」

「……はい。お願いします」

「だから敬語」

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