月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

竜血の玉座 第15話 勉強中

異世界ファンタジー 竜血の玉座

 ハイン家への処置は速やかに進んだ。王国は王都への召喚命令を伝える使者を送ると同時に、軍勢も送り出した。ユーリウス王子が王都に到着している今、小領主を制圧するに必要な軍勢の数は揃っている。出し惜しみする理由もない。ハイン家は一切抵抗することなく、王都への召喚に応じた。
 とはいえ、ハイン家が反乱に加担していたことを示す明確な証拠はない。呼び出しに応じたというだけでは、解決にはほど遠い状態だ。さらに黒幕と目されているハインミューラー家との決着までとなると、事はまだ始まったばかりといったところ。この先、王国の覇権を巡る戦いが始まろうとしているのだ。何年も続くであろう争いが。
 ただそれは、今のところはだが、新兵たちには関係のないこと。彼らが今考えるべきことは強くなることで、やるべきことは訓練の続きだ。
 ソルも政治事については他人事として気にすることなく、自分を鍛えることに集中している。今回の任務で課題らしきものも、いくつか見えた。それを解決することが最優先なのだ。

「……ん?」

 早朝の自主鍛錬。いつものように訓練場に来てみれば、いつもとは異なる雰囲気が漂っていた。その原因は明らかだ。

「……あれは、何をしているのですか?」

 先に訓練場に来ていたヴェルナーを見つけて、事情を尋ねてみる。ヴェルナーも鍛錬の手を止めて、ソルと同じ場所を見つめていたのだ。

「直接聞いたわけではないが、どうやら鍛錬をしているようだ」

「それは見れば分かります。私が聞いているのは、どうしてルシェル王女が鍛錬をしているのか、です」

 二人の視線の先ではルシェル王女が立ち合いを行っている。相手はソルたちと同じ新兵、であるが明らかに元は騎士であったであろう男たちだ。

「知らない。俺が来た時には、もう立ち合いを始めようとしていた」

「そうですか……まあ、良いか。自分の鍛錬を始めよう」

 こういってヴェルナーから離れようとするソル。実際にはヴェルナーではなく、他の人から逃げようとしているのだが。

「任務に同行したいそうだ」

 ソルが避けようとした相手はバルナバス。彼が近づいてきていることに、ソルは気付いたのだ。

「……そうですか。疑問が解けました。ありがとうございます」

「これだけの答えで疑問が解けるはずがない。どうしてルシェル殿下が任務に同行しようと考えているのか、気にならないのか?」

「ああ……そうですね。どうしてでしょう?」

 バルナバスはこの場から逃げ出すことを許してくれそうにない。それを感じたソルは、諦めて話を聞くことにした。

「お前たちを守る為だ」

「……そんなに強い人なのですか?」

 そんなはずがないことはソルも分かっている。立ち合いの様子を見れば、よほど手を抜いているのであれば別だが、それは分かる。

「自分が指揮官になれば、死地に送られるようなことにはならないだろうという考えだ」

「もう次の任務が決まったのですか?」

 任務が成功に終われば、次はもっと厳しい戦場に送られる。バルナバスはこう言っていた。そのより困難な任務がもう決まったのかとソルは考えた。

「まだのはずだ。少なくとも俺は聞いていない」

「つまり、次の任務が決められる前に指揮官になる、指揮官になれるくらい強くなるつもりだということですか?」

「自国の王女を侮辱するな」

「別に侮辱しているつもりは……」

 ルシェル王女を侮辱しているつもりは、ソルにはない。ただ、無理だろうと考えているだけだ。一朝一夕に強くなれると思うほうが日々訓練を行っている自分たちへの侮辱だと、バルナバスに叱責されたことで、思ってもいる。

「前回の任務における被害が大きかったからだ。ルシェル殿下は、その結果に心を痛めている」

 勝利に終わったとはいえ、部隊の被害は決して少なくなかった。死者も含めて五十人、全体の一割くらいは部隊復帰は困難だろうと見込まれている。

「……ひとつ聞いて良いですか?」

「何だ?」

「我々はこのまま一つの部隊として行動することになるのですか?」

 兵士候補から兵士となり、さらに数か月の訓練を経たあとは、バラバラに部隊に配属されるはずだった。だが指揮官になろうというルシェル王女の考えは、そうではないことを意味している。

「正式に決まったわけではないが、そうなる可能性は高い。全員というわけではなさそうだが」

「その理由も聞けるのですか?」

「引き受ける側が難色を示している。理由は二つ。一つは募兵についてユーリウス殿下が良く思っていないことが広まったこと」

 新兵募集については次期国王は認めていない。それを知って、わざわざ次期国王に睨まれるような真似をする臣下は少ない。本音はどうであれば、公には「自分も迷惑に思っている」くらいのことを言う騎士もいることをバルナバスは知っている。

「……そういうのは話して良いものですか?」

 ユーリウス王子の狭量さを示すもの。そう受け取られてもおかしくないことは、ソルでも分かる。

「お前が聞いたからだ」

 バルナバスは本音をそのまま表に出す側。そうだから王国内での評判が悪くなるのだ。

「では、もうひとつは?」

「フルモアザ王国の旧臣が多く紛れているという理由だ。だが、同じことだ。募兵の時は問題視されなかったことを、今更取り上げているのだからな」

 結局は次期国王の心象を気にしてのこと。受け入れを拒む理由として、利用されているだけの話だ。

「それでも解雇にはならないのですね?」

「任務を成功させた。さらに裏に潜んでいた奴を表に引きずり出す証拠まで確保した。それで解雇しては、体裁が悪い」

 戦功をあげた部隊を、次期国王の好き嫌いだけで解雇にした。このような非難は避けなければならない。どんな小さな瑕疵でも次期国王に、現ナーゲリング王国の統治能力の欠如に結び付けようとする者が、今は大勢いるのだ。

「結局、任務を成功させ続けるしかないということですか」

「自分が残ることは決まっているような言い方だな?」

「一番年下の私を、あえて選ぶ部隊がいるとは思えません」

「なるほど」

 ソルの言う通りだ、という意味の「なるほど」ではない。誤魔化すには上手い理由だとバルナバスは思ったのだ。

「ちなみに、王女殿下が指揮官にならない場合は、誰が?」

「俺以外に誰がいる?」

「でしょうね……」

 バルナバスが上の人間に疎まれているであろうことは、内情を知らなくても、分かる。上の人間に対して言葉を選ばない。事実をそのまま口して、誤魔化すことをしない。これを知るだけで、推測するには十分だ。

「あとは何かあるか? なければこちらの話だ」

「……何でしょうか?」

 バルナバスは、当たり前だが、用があって近づいてきたのだ。そうであろうことを会話をしている中で、ソルは忘れていた。

「お前には褒美が与えられる。何が良い?」

「……それは何に対する褒美ですか?」

 何故、自分に褒美が与えられるのか。任務の報酬とは別であることは、わざわざ話に来たことから分かる。さらに、どうやら自分だけに与えられるものであることも。

「敵司令官を討ち取ったことに対する褒美だ」

「何のことですか?」

「とぼけても無駄だ。もう軍に報告してしまった」

「報告って……上の人は信じたのですか?」

 一人で敵百騎に突撃し、敵司令官を討ち取った。ソルは自分でも常識外れだと思う。その常識外れの報告を何の疑いもなく受け入れるとは思えない。受け入れるだけの理由も報告されているはずだと。

「素性を隠しているが、お前も元フルモアザ王国の従士だと報告した。つまり、お前が思っている通り、残留決定だ」

「えっと、それが事実である証は?」

「ない。なくても問題ない。求められなかったからな」

 バルバドスも事実かどうかなど、どうでも良いのだ。ソルをこの部隊に残す、自分の下に置いておくことことが出来れば、理由など何でも良かった。

「それで褒美は何が良い? 金か物かだけでも良いから要望を言え」

「褒美と言われても…………ああ、そうだ。お城には本が沢山ありますよね? それを借りることは出来ますか?」

 かつて城内で暮らしていた時に行っていたことで、中途半端に終わっていることに、勉強もある。すぐに役立つものではないだろうが、機会を得られるのであれば再開してみようとソルは考えた。

「お前、文字が読めるのか?」

「ええ。フルモアザ王国の従士だった時に教わりました」

 さっそくバルバドスが作ってくれた素性を利用するソル。嫌味も込めてのことだ。

「…………聞いてみる。聞いてみるが、自由に動き回ることを許してもらえるかは微妙なところだな」

 元フルモアザ王国の関係者であることが受け入れを拒む理由、その警戒すべき相手を城内に入れることを許すとはバルバドスには思えない。ただ可能性があるとすれば、元フルモアザ王国の関係者というのは、ただの口実であること。実際にはそれほど警戒していないという事実だ。すでにフルモアザ王国に仕えていた人々は城内で働いている、ナーゲリング王国の重臣となった人もいるのだ。
 結果、それは許された。機密文書が保管されている書庫とは違い、下級文武官も調べものをするのに使う図書室への入室許可に、国王の決裁など必要ない。王国に仕える文武官であれば、その組織内での決裁で終わる。軍政局のローマンは、ルシェル王女に押し切られる形で、それを許可することになった。

 

 

◆◆◆

 城内はソルにとっては勝手知ったる場所、ではない。ソルが暮らしていたのは城の奥。ごく限られた人たちしか立ち入れない場所だ。その場所から出ることなど数えるほどしかなかったソルは、城に仕える文武官、使用人など多くの人々が仕事で動き回っている城の表側のことは良く知らないのだ。

「図書室はここだ。入室許可は一回につき一刻まで。時間になったら受付に来るように」

「分かりました。ただ、時間はどうやって知れば良いのですか?」

 腕時計などソルは持っていない。持っている人などいない。

「先ほど、午後三つの鐘が鳴ったから、次の鐘で戻ってくれば良い」

 ほとんどのことが、分単位で管理などされていない。城で、王都のあちこちでも、鳴る鐘の音を頼りに時間の管理を行うのだ。きっちり一刻で物事を終わらせたいのであれば、鐘の音を合図にそれを始めることになる。

「分かりました。ありがとうございます」

 許された時間は一刻と少し。勉強するには短い時間だ。そもそもどの棚にどんな本があるかもソルは分かっていないので、それを調べることから始めなければならない。
 ずらりと並ぶ本棚。それはかなりの数で、ゼロから探すのは気が遠くなりそうだが。

(……分類は同じかな?)

 棚に置かれている本は分野ごとに整理されている。その棚に何の分野の本が置かれているかは、棚の列の両端に書かれている文字を見れば分かる。それで大分類を確認したあとは、個々の棚に記されている文字で中分類を確かめる。そうして目的の本を探すのは、城の奥にあった書庫と同じだった。
 ソルは、その分類が書かれている文字さえも以前は、ほとんど読めなかったのだが――

「良い? これが軍事。文字にするとこうなるのよ」

 それを一つ一つ教えてくれたのはルナ王女だった。

「これは知っている。竜王様に教わった」

 あくまでもルナ王女がそうあって欲しいと思っているだけで、ソルに文字を教えてくれた人は他にもいる。竜王アルノルトだけではない。この城に来る前。シュバイツァー家でも文字は習わされていた。

「…………」

 軽く頬を膨らませて不満を示すルナ王女。この頃はまだソルには、自分の言動がルナ王女の感情にどのように作用するかを察する力はなかった。

「えっと……」

「ごめんなさい」

「えっ?」

「ルナに教わる前に別の人に聞いてごめんなさいって言って」

 ルナ王女の教育はまだまだ始まったばかりだったのだ。

「……ルナに教わる前に、竜王様に聞いて、ごめんなさい」

 これを拒むともっと面倒になることについては、すでにソルは学んでいる。

「許してあげる」

 これだけでルナ王女が機嫌を直し、とびっきりの笑顔を向けてくれることも。こういう子供っぽい、我儘な態度が、ソルは好きだった。大人びた外見の彼女が、自分だけに見せてくれる素顔のように思えたのだ。

「これ全部、覚えるのは大変だ」

「さすがに全部は無理だわ。必要なことだけを覚えて、他は必要になった時に調べに来れば良いのよ」

「それはそうだね。じゃあ、まずはこの軍事の棚からか」

 戦略、戦術の類については竜王に言われて、まだ入り口も入口だが、勉強を始めている。必要だから勉強させられているのだと、ソルは考えた。

「…………」

 ソルの話を聞いて、また不満そうな顔を見せるルナ王女。

「竜王様に言われた勉強だから」

 ただこれについてはルナ王女の思う通りというわけにはいかない。軍事に関する知識を身につけろというのは竜王アルノルトに命じられていることなのだ。

「分かっているわ。勉強が必要なことも」

「だったらどうして、そんな顔をしているの?」

「戦争の勉強をするってことは、戦場に出ることがあるということだわ。それが嫌なの」

 父である竜王がソルに軍事を学ばせようとしているのは、戦場に出そうという考えがあるから。それがルナ王女は不満なのだ。

「……戦場に出ても死なないように勉強するのだと思うよ?」

 ルナ王女の不満は、自分のことを心配してのこと。それを知ったソルは、彼女の心配を和らげようと考えた。安心させてあげようと考えて、そう思ってもらえそうな言葉を選んでみた。

「……死なない」

 だが、間違いとまではいかないまでも、正解ではなかったようだ。

「死なない。ルナ、俺は何があっても必ず生きて、君のところに帰ってくる。約束する」

「ソル……」

 今度は大正解。またルナ王女の表情に笑みを浮かべることが出来た。
 まだ出会って間もない二人。大人の恋愛感情を抱くには幼すぎる二人。そうであるのに二人は、相手のことを一生の伴侶だと想い合っていた。運命の出会いだと感じていた。
 この出会いが、幸せの時が、わずか二年で終わりを告げることになることなど、この時は、夢にも思わなかった。

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