月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

竜血の玉座 第14話 黒幕の存在

異世界ファンタジー 竜血の玉座

 フーバー家軍との戦いに見事勝利して、それで一件落着、とはいかない。いかないことが分かった。まずは戦場から逃げ出したフーバー家の者たちの捕縛。捕縛対象はそれだけにとどまらない。戦場にはいなかったフーバー家の人間、家臣たち、一族郎党全てが捕縛対象だ。ナーゲリング王国軍と戦ったということは、そういうこと。フーバー家はナーゲリング王国に対して、反乱を起こしたことになる。王国において、もっとも重い罪を問われることになったのだ。
 周辺諸侯から始まり、王国全土に触書が出される。フーバー家の関係者を見つけ次第、捕縛し、王都に連行するようにという内容だ。懸賞金もかけられている。家臣はまだしも、フーバー家の人たちが逃げ切るのはほぼ不可能。そのはずだ。
 だが、フーバー家の関係者を全て捕縛しても、それで終わりではないのだ。王都の城では、それについての話し合いが行われている。四卿会議だ。

「伏兵はフーバー家の人間ではなかった。これは間違いないのだな?」

 奇襲をもくろんでいた騎馬隊は、フーバー家の部隊ではなかった。それが分かっている。

「まだ最終確認は出来ていないが、ほぼ間違いないだろう」

「バルナバスだったか。その者の勘違いである可能性はないのか?」

「それがそうあって欲しいという願望からの問いであれば、期待には応えられそうにない」

 ユーリウス王子の問いにリーンバルト軍務卿は、つれない答えで返す。本人に冷たくしているつもりはない。意味のない質問に時間を費やすのは無駄だと思っているだけだ。そう思ってしまい、それを甥とはいえ、国王になるユーリウス王子に態度で示してしまうのは、彼に焦りがあるからだ。リーンバルト軍務卿自身も間違いであって欲しいと思っているからだ。

「反乱の背後にハインミューラー家か……」

 ソルが殺した敵騎馬隊の司令官であったであろう人物は、ハインミューラー家の騎士。それは王国にとって衝撃の事実だった。

「思っていたよりも遥かに早い動きだ。だが、その意図が分からない」

 早々とハインミューラー家は動いた。王国中央、王国の支配力が及んでいる地域の諸侯に反乱を起こさせた。だが、王国がどうにかなるほどの規模ではない。実際に、関係者の捕縛はまだだが、すでに鎮圧した。

「宣戦布告ではないのか?」

「それはある。だが、わざわざこのような形をとる必要はない。結果として寝返ったフーバー家を潰してしまうことになった」

 味方を減らしてまで、宣戦布告の形に拘る理由が思いつかない。思いつくはずがない。

「管轄外のことですが、意見を申し上げてよろしいでしょうか?」

 発言を求めたのはリベルト外務卿。四卿会議の場では、いちいち発言許可を求める必要などないのだが、それはベルクムント王の代での話。ユーリウス王子がどう考えるか分からない状況では慎重にならざるを得ない。ユーリウス王子との接点はほぼ皆無であったリベルト外務卿はこう考えているのだ。

「かまわない。意見があるなら言え」

「では。結果としてそうなったというだけであって、思惑は違った可能性がございます」

「……ハインミューラー家はどういう思惑だったと?」

 リベルト外務卿の言う通りだとユーリウス王子も思った。ハインミューラー家の側から見れば、今回の謀は失敗という結果。成功した場合は、また違った状況になったはずなのだ。

「わずか三百の諸侯軍に数に勝る王国軍が負けた。この結果は王国の威信を揺るがすものになるでしょう」

「なるほど」

「ハインミューラー家が部隊を送っていたことなど分からないまま、戦いが終わった可能性も高いです」

 勝ったからこそ、それも司令官であるハインミューラー家の騎士を討ち取り、その遺体を確保出来たからこそ分かったこと。負けていれば、ハインミューラー家が裏で糸引いていることなど分からないままだった可能性が高い。

「……フーバー家については? 負けていれば、今度は大軍を送って、フーバー家と戦うことになる。結局、フーバー家は滅びることになるのではないか?」

 一度の勝利ではフーバー家は安泰にはならない。すぐにまた王国軍が、それも今度は絶対に負けない大軍が送られ戦うことになる。結局、フーバー家は捨て石になる。

「それは全員が捕らえられ、処刑されたらの話です。ハインミューラー家のオスティゲル公国まで逃げられた場合、王国も簡単には手出し出来ません」

「オスティゲル公国で領地を与えられれば、か……それはあり得るな」

 王国の覇権はハインミューラー家の手に渡る。そう考えて味方したのであれば、そのほうが嬉しいだろう。口惜しさがあって言葉にはしないが、ユーリウス王子もそう思った。

「王国には諸侯間の揉め事を収める力もない。そういう話が広まれば、王国を見限る諸侯がさらに増えることになります」

「小さな戦いの敗北が、そこまでの影響を与えるか……」

「今、王国は一切の隙を見せられない状態にあります。攻める側のほうが有利な状況なのです」

 敵対者はとにかく、今の王国には統治能力がないということを示せればそれで良い。諸侯に見放されてしまえば、王国は少し大きな領地を持っているだけに過ぎない。それが進み、国力が衰えても王国全体の為に動かなければならない。それを怠れば、さらに人心は離れて行くという悪循環だ。

「……今回はぎりぎり、どうにかなったというところか」

「それはどうでしょうか?」

「問題が残っているのであれば、言え」

 ユーリウス王子の表情に険しさが浮かぶ。こういった勿体付けたような言い方は、自分が馬鹿にされているように感じてしまうのだ。

「リーンバルト軍務卿がお話しされるべき事柄ですので」

「……リーンバルト卿」

 苛立ちを残したまま、リーンバルト軍務卿に視線を向けるユーリウス王子。

「ハイン家も反乱に加担している可能性が、現場から指摘されている」

「ハイン家……フーバー家と揉めていた相手ではないか」

 ハイン家の領地内にある用水路をフーバー家は占拠した。それが事の始まりだった。その占拠された側であるハイン家まで反乱に加担しているという情報は、ユーリウス王子にとって驚きだった。

「戦場となったのはハイン家の領内。少なくとも百五十、多ければ二百騎にもなる騎馬隊が、ハイン家に気づかれずに移動出来るはずがないと言ってきている」

「……用水路を巡る諍いまで策略だったということか」

 リーンバルト軍務卿の説明を聞いて、あり得ることだとユーリウス王子も思った。百五十、二百の騎馬が移動していれば目立つ。仮に少数に分かれてハイン家領に侵入したのだとしても、領内のあちこちで他家の騎士が移動していることに気付かないとは思えない。

「現時点で証拠はない。そんな状況で現場からは指示を求められている」

「どのような内容だ?」

「ハイン家の者たちを拘束すべきかどうか。かなりの確率で戦闘になるのを覚悟の上で」

「…………」

 証拠もないのに武力でハイン家の者たちを拘束するのは問題だ。それはユーリウス王子も分かる。だが、証拠を掴むまで放置して良いのかとなると、それも違う。ハイン家がその時まで大人しく領地で待っているはずがない。

「いきなり軍を動かすのはいかがなものでしょう? まずは四卿の名で王都への召喚命令を発するのはいかがですか?」

 考え込んでしまったユーリウス王子に意見を伝えてきたのはリベルト外務卿だ。彼の中ではこれは越権ではないのだ。

「大人しく従うと思うか?」

「従えば良し。そうでなければ、その時こそ武力に訴えれば良いのです。命令無視という罪を犯しているのですから」

「なるほど……では、そうする。召喚命令が届くまで、ハイン家の者どもが逃げ出せないようにする必要があるな」

 リベルト外務卿の提案は折衷案のようなもの。何の証拠もない状況で王都に呼び出すというのは、やや強引だが、いきなり軍事力を行使するよりはマシ。召喚に応じた後はどうするのかという点で、結論の先延ばしをしているだけのようであるが、ユーリウス王子にとってはすぐに決断を出すには悪くない内容だ。

「では、すぐに手続きに入ります」

 ハイン家に召喚命令を伝えるのは外務局の仕事。リベルト外務卿の管轄だ。席を立ち会議の間を出て行くリベルト外務卿。他の卿も彼に続いていく。リーンバルト軍務卿を除いて。

「……能力のある男だが、油断はしないように」

 ユーリウス王子と二人だけとなったところで、リーンバルト軍務卿は口を開いた。

「正しい忠告であれば」

 リーバルト軍務卿の言葉をユーリウス王子は鵜呑みにしない。ユーリウス王子に油断しているつもりはない。リベルト外務卿だけでなく、リーバルト軍務卿も含む他の者たちに対しても。

「外務卿という立場もあって、多くの諸侯との繋がりがある。当然、公国とも。その繋がりを利用して、情報局が知らない情報まで得ているという話もある」

「……得るのは良い。それを私に伝えないのは、確かに問題だ」

「信じられるのは一族だけ。ここから先はそういう時代になる。時代と呼ばれるような長い期間になって欲しくないが」

 誰が味方で誰が敵か。昨日までの味方が今日には敵になっていることもある。ここから始まる戦いは、そんな仁義なき戦いになる。リーバルト軍務卿はそれを理解している。この五年、ベルクムント王の側で国政の一端を担う立場にいて、それを知ったのだ。

「一族だけ……そうだな」

 その一族もユーリウス王子は信用していない。より信用していないと表現しても良いくらいだ。

「あの絵を見て、戒めとしろ」

「絵?」

 いきなり「絵を見ろ」と言われても、ユーリウス王子には何のことか分からない。

「あれだ。鬼王アルノルトと息子のクリスティアンの絵だ。亡き陛下が戒めとして、この部屋に飾ることを決めた」

「……なるほど」

 壁にかけられている絵は二枚。どちらも人物画で、どちらも描かれているのは首だけ。殺され、首を落とされた後の竜王とクリスティアン王子を描いたものだ。
 亡くなったベルムント王は勝利を誇る意味でも竜王を貶める意味でもなく、戒めとしてこの会議の間にそれを飾ったのだ。権力に驕り、過ちを犯せば、自分たちも二人のようになる。これを忘れない為に。

 

 

◆◆◆

 フーバー家討伐が終わった後もハイン家の領内で待機と、正式にそういう命令が届いたわけではないが、決まったバルナバス率いるナーゲリング王国軍。ただ時が過ぎるのを待っているだけの楽な任務ではない。
 メーリング王国軍はフーバー家との戦いで、決して少なくない死傷者を出している。戦いに参加できる数が大きく減っているというのに、フーバー家とほぼ同規模の軍を抱えているハイン家を見張るのだ。いつ戦闘が始まるか分からないという危機感を抱いて。
 そのような状況で落ち込みがちな戦意を維持する為にバルナバスが考えた方法は、鍛錬を行うこと。本当にきちんと考えたのかと、兵士たちは思うだろうが。
 任務中にも鍛錬を行うのかと不満を抱く者はいても、体を動かすことで、一時とはいえ、不安を消せるのは事実。なんだかんだで皆、真面目に鍛錬に取り組んでいる。

「体はもう大丈夫なのか?」

 怪我人としてカウントされていたソルも、鍛錬を行っている。それを見て、ヴェルナーは呆れ顔だ。

「寝ているだけでは体が鈍ってしまいますので」

「そういう問題か?」

 戦場でヴェルナーがソルを発見した時、かなり酷い状態だった。実際はそうでもないのだが、ヴェルナーにはそう見えたのだ。体が鈍るのを気にする以前に動くことが出来るようになるのかと心配する状況だったとヴェルナーは思っている。

「いや、痛いは痛いですよ。でも我慢出来ないほどではありません」

 傷口が完全に塞がっているわけではない。血が流れないというだけで、傷は残っているのだから、当たり前だが動かせば痛い。単純にやせ我慢しているだけだ。

「……どうしてそこまで無理をしようとする?」

「弱いからです」

「大将首をあげた人間が弱い?」

 しかも五十騎か百騎かはっきりしていないが、多くの騎士に一人で突撃をかけて。それで生き残るだけでなく、敵司令官を倒すまでした者を普通は弱いとは言わない。

「何の話ですか? 戦場に出たら大怪我してしまった兵士は弱いです」

 ソルは司令官を討ったことを認めていない。予想していたよりも、ずっと色々ありそうな戦いだったので、手柄を諦めることにした。部隊の中だけであれば目立ってしまうのも仕方がないと考えているが、それを超えて注目されるのは避けようと思ったのだ。

「稼げると喜んでいたくせに」

「今回は稼げませんでした。だからもっと強くならないと」

「……お前は何をしたいのだ?」

 何かを隠しているのは分かっている。だが、それにしては目立ち過ぎだ。では目立つことに問題はないのかと思えば、こうして手柄を立てた事実をなくそうとしている。ヴェルナーにはソルがどうしたいのか分からない。

「まずは最後まで生き残ること。もっと大きな戦場で手柄をあげること。とりあえず、この二つです」

「……普通だな」

「普通ですよ」

 今のままでは倒すべき敵の目の前に辿り着くことさえ出来ない。今回、ソルはそれを思い知らされた。しかも敵は複数いるのだ。全力を投入して一人を殺しても、それで終わりというわけではない。
 ナーゲリング王国軍にいれば、待っているだけで復讐相手のほうから近づいてきてくれる。さすがに甘い考えだったとソルは思っているが、別の良い方法が見つかっているわけでもない。しばらくは今のままで、先に進むしかないのだ。

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