月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

竜血の玉座 第13話 片鱗

異世界ファンタジー 竜血の玉座

 いくつもの丘の間を縫うようにして、それは近づいてくる。意識してのことかナーゲリング王国側には分からないが、丘が邪魔をしていて、その全容は見えない。見えないが、自分たちが思っていた以上の難敵であることは分かる。近づいてくる敵の速さ、地面をならす馬の足音がそれを教えてくれる。敵騎馬隊が近づいてきているのだ。
 それが分かって左翼の兵士たちに怯えが広がっていく。物凄い勢いで突撃してくる騎馬に兵士が立ち向かえるはずがない。実際には立ち塞がり、一騎でも多く討ち取ることが彼らに求められているのだが、それを行う前から無理だと思ってしまうのだ。
 さらに全容が見え、部隊指揮官の号令により敵の数が分かると、さらに恐怖心は高まっていく。味方は百四十名ほど。それで百騎の騎馬隊に抗えるはずがない。下手をすれば全滅。そんな思いまで頭に浮かんでしまう。

「……えっ?」

 すぐ近くで、凄まじい風切り音が響いた。黒い影が宙を飛び、それは駆けてきた騎士の体に吸い込まれる。仰向けに地面に落ちていく敵騎士。

「槍。貸してもらっていいですか? あの数だと近づいてくる前に、なんとかしたほうが良さそうです」

「ソル?」

 ソルの言葉がマルコには理解出来ない。何が起きているのか、ソルが何を起こしたのか、頭の中がまとまっていないのだ。

「槍」

 マルコの返事を聞くことなく、奪うようにしてマルコの槍を手にしたソル。また風切り音が響き、影が宙を飛ぶ。
 今度は何が起きたのかマルコにも、周囲の者たちにも分かった。ソルが物凄い勢いで遠くの敵に向かって、槍を投げたのだ。

「……思ったよりも乱れない。槍」

 誰に向けてという感じでもなく、呟くソル。その伸ばされた手に槍を渡したのは同じの伍のトーニオとジルだ。ソルによって、自分たちの正面にいる敵騎馬は乗り手を失った。さらに倒してもらえれば、突撃を受けないで済むかもしれないと考えたのだ。
 だがソルは、二人の期待に背いて、槍を投げることをしなかった。二本の槍を持ったまま、敵騎馬隊に向かって駆け出すソル。ソルが向かったのは乗り手を失った馬のところ。周囲に引きずられて駆け続けている馬に飛び乗ったソルは、隣の馬までも力尽くで手綱を引いて止めた。飛び乗る前に左右の敵騎士に槍を投げつけておいて。

「……あいつ……何なんだ?」

 信じられない軽業であり、力技を見せられて、呆然とした様子で呟くマルコ。言葉にしないだけで他の人たちも同じ気持ちだ。

「よそ見するな! 敵は目の前だぞ!」

 同じ伍ではヴェルナーだけが冷静だった。敵騎馬はすでに目の前に迫っている。槍を突き上げるにしろ、避けるにしろ、よそ見している場合ではないのだ。
 多くの兵士が、騎馬と騎馬のわずかな隙間に身を入れて、突撃を避けようと動く。だが、それは敵の想定通りの動き。騎乗の騎士の槍を受けることになる。
 それでも戦いは一方的なものではなく、地面から突きだされた槍を受けて落馬させられた敵騎士もいる。すぐに起き上れればまだ良いが、落馬の衝撃によって動きが遅れた騎士は、今度は槍を突き降ろされることになる。

「……まだいるのか?」

 その戦いの場から少し離れた場所にいるソルは、悲惨な戦いの様子ではなく、空に目を向けていた。生きるか死ぬかの戦いの中、ソル以外には目を向ける人などいない空を飛ぶ大きな鳥に。

「……こっちは大勢いるからな」

 乗り手を失った敵の馬を奪って、戦い始めた兵士たちがいる。ソルと同じ伍のヴェルナーもその一人だ。それでも敵騎馬隊のほうが圧倒的に数は多いのだが、抗えない状況ではない。ソルはこう考えた。

「王国最強の騎士様もいるし。よし」

 ソルは仲間たちが戦っているのとは反対の方向に馬首を向ける。まず間違いなく近づいてきている、敵の新手がいる方向に。

 

 

◆◆◆

 戦いはナーゲリング王国軍の勝利で終わった。潜んでいた敵騎馬隊の百騎が現れた時には敗色濃厚という状態、だと戦っていた兵士たちは思っていたのだが、バルナバスは開戦してすぐに右翼を率いてフーバー家軍に突撃をかけていた。高所にいるほぼ倍の敵を圧倒。短い時間でフーバー家軍を壊滅状態に陥れると、そこから反転。丘を駆け下りて、中央と左翼の味方と戦っている敵騎馬隊に襲い掛かったのだ。
 兵士がほとんどの王国軍ではあったが、数では五倍近くになる。馬の足さえ止めてしまえば、馬上にいる騎士を四方から槍で突き倒せる。五人一組の伍で敵騎士一騎に当たるという定石通りの戦いで、敵を削り、敗走に追い込んだ。
 それで勝利は確定だった、はずなのだが。

「……これは?」

 敗走する敵を追撃した味方が見つけたのは、主戦場となっていた場所から少し離れた位置にあった敵であろう死体。二十ほどの死体が地面に転がっているのを、報告受けて、この場にきたバルナバスは見た。

「この場所で力尽きたということではないと思われます」

 発見者であるヴェルナーは、状況を確認する為に来たバルナバスに自分の考えを説明した。

「……そのようだな」

 地面には多くの馬の蹄の後が、それもかなり乱れた状況で残されている。この場所で戦闘があった証。そうバルナバスも考えた。

「それと、その先にある死体ですが……」

 ヴェルナーが指さした先にも敵の死体が一体ある。他の死体とは少し離れた位置に一体だけ。だが、気になるのは位置ではなく、その死体が身につけている鎧兜だ。明らかに他とは違っている。

「向こうでは見た覚えはないな」

 主戦場にはいなかったはずの騎士。ここで戦闘があった証だ。

「敵の司令官でしょうか?」

 他とは違う鎧兜は立場の違いを示している。ただ形が違うというだけではない。戦闘には不必要な飾りは、その騎士が他よりも立場、身分が上であることの証だ。

「司令官の死体をそのままにして退却したと?」

「……あり得ませんか」

 司令官の、総大将の首を取られることは軍としての恥。たとえ討たれることになっても、その死体は運ばれていく。もしくは見つからない場所に隠されていく。これが常識なのだ。

「いや、あり得る。死体に近づけない理由があったのであれば、諦めて逃げることもあるだろう」

「理由ですか……」

「騎士だって命は惜しい。死を恐れるな。不名誉を恐れよ、なんていうのは平和ボケした誰かの戯言だ」

 騎士は名誉を何よりも貴ぶ。不名誉を被るくらいであれば死を選ぶ。これが騎士道とされている。百五十年、戦争から遠ざかり、騎士の活躍の場が名誉を競う競技に移ったことで生まれた戯言。バルナバスはそう考えている。

「……そうですか」

 ヴェルナーの考えはバルナバスとは違う。だがこれについて議論する立場ではなく、そのつもりもない。

「……小僧はどこにいる?」

「見当たりません」

「即答。なるほど、お前も小僧の仕業だと思っているのだな?」

「…………」

 小僧がソルであることは分かってもおかしくない。だが、ソルの居場所を尋ねる問いに対する答えの早さは、ヴェルナーもまたこの死体を作りだしたのはソルだと考えていることを示している。こうバルナバスは考えた。
 その通りだ。ヴェルナーはソルの行方を捜していて、この死体を見つけた。彼がこちらに向かったのを見ていたのだ。

「小僧は以前からの知り合いか?」

「いえ。同じ伍になって初めて話しました。顔を合わせたのもその時が最初です」

「そうか……俺はこの死体と知り合いだ」

「えっ……?」

 まさかの言葉。バルナバスの言葉が意味するところをヴェルナーは理解しきれないでいる。

「仲良しではない。どちらかといえば、嫌いだ」

「そうですか」

 それであれば、この騎士を殺したであろうソルがバルナバスに恨まれることはない。ヴェルナーは、何故だか分からないが、ホッとした。ホッとした後に、同じ伍にいる自分が面倒ごとに巻き込まれることにはならないから、という理由を考えた。

「腕はそこそこだ。俺よりも劣るくせに偉そうなところが嫌いだった」

「はあ……」

 バルナバスが何を言いたいのか、ヴェルナーには分からない。ただ嫌いだった理由を話しているだけにも、自慢しているようにも聞こえる。どちらも間違いであることは、すぐに分かるが。

「小僧はその、そこそこのこいつと、そこそこ未満の騎士二十人以上を相手に戦って勝てるというわけだな」

 バルナバスにとって「そこそこ」は、褒め言葉まではいかないが、一定以上にあると認める表現。簡単に倒せる相手ではないということだ。

「……実際にはもっといたのでしょう」

「逃げた奴がいるからな。その人数を相手に……ギリギリかもしれないが勝った。相打ちの可能性はあるが」

「えっ? 相打ちですか?」

 どうしてバルナバスにはそこまでのことが分かるのか。ヴェルナーには分からなかった。

「そこにある血の痕。それを辿れ。小僧が、生きているか死んでいるか分からないが、いるはずだ」

「……分かりました」

 バルナバスが見つけたのは地面に残されていた血の痕。土の地面であっても、よく見れば分かる痕。それだけ流れた血が大量であるのだとヴェルナーは思った。バルナバスが相打ちの可能性を考えた理由はこれだ。
 ソルは大怪我を負っている。その状態で何故、この場から動いたのか分からないが、急いで見つけたほうが良いのは明らかだ。ヴェルナーは地面に残されている痕跡を追った。

 

 

◆◆◆

 そのソルは、バルナバスとヴェルナーがいる場所から、丘を三つほど離れた場所にいた。バルナバスが考えた通り、大怪我を負って。

「……あの人数にここまで苦戦。ダメダメだな」

 ソルが相手をしたのは百名の騎士。といってもそれだけの人数相手に一人で正面から戦うほど、ソルは自惚れておらず、実際にそれを行って勝つ力もない。
 丘の反対側で待ち構え、タイミングを合わせて丘の上まで駆けあがり、そこから一番偉そうな騎士に向かって、突撃をかけた。丘の間を駆けていた敵は、ほぼ一列。上からであれば、目標に一気に辿り着ける。そう考えたのだ。

「作戦は悪くなかったけどな」

 作戦は成功。隊列の後方にいた目立つ兜の騎士に向かって、丘を駆け下り、馬上から体当たりを仕掛けて地面に落として、持っていた短刀で首を掻き切って終わり。だがその後が大変だった。

「大将を討ち取られたら、戦は負けと教わっていたのに。騙された」

 司令官か総指揮官か、総大将か分からないが、とにかく一番偉い人間を打ち取られた敵は逃げ出すものとソルは考えていたのだが、それは間違いだった。
 襲い掛かってくる百人の騎士たちと戦う羽目になったソル。真っ先に倒した敵騎士の死体を渡せば、逃げてくれたのかもしれないが、ソルにはそれが分からない。死体から分かることもあるだろうと、考えなくても良いことを考え、渡そうとしなかったのだ。

「あれくらい余裕で倒せるくらいにならないと……ちょっと力が強いくらいじゃあ、通用しない」

 本当の敵はもっと、遥かに強大だ。数千の軍勢を率いる総司令官、総司令官ではなくても敵陣の一番奥にいるであろう人物を殺すことが、ソルの目的。しかもその相手はソルと同等か、それ以上の特別な力を持っている可能性が高いのだ。

「ん? まだ何かあるのか?」

 異変を感じたソル。感じたという表現は実際には違う。ソルに向かって、宙を滑るように降りてくる大きな鳥、鷲を見つけたのだ。それをソルは何かがまた起きた証だと受け取ったのだ。
 ソルの肩の上に乗る鷲。だがそれだけで、特にその鷲が何かをすることはなかった。

「あれ? ああ、怪我を心配してきてくれたのか」

 鷲はソルの友達、という表現はソルが勝手に思っているだけだが、そういう存在だ。友達とは違うが特別な関係であるのに違いはなく、ソルの為に色々と役立ってくれる。今回でいえば、敵の居場所を見つけてくれたことだ。

「今回は助かった……今回も、か。近頃は食事に困らなくなったから、ありがたさを忘れているな。悪い」

 この鷲とは森で暮らしていた時からの付き合い。ソルと一緒に狩りを行って、食料調達を助けてくれていた。危険な存在が近づいているのを教えてくれたこともある。

「怪我は大丈夫。なんか、もっとこう、見る見るうちに傷が治っていくとかだと便利なのだけどな」

 竜王、バラウル家の血には傷を癒す力もある。といっても見る見るうちに傷が塞がっていく、というほど強力なものではなく、出血が止まるのが早い、傷が塞がるのも普通の人よりは少し早い、といった程度。失血死を免れることが出来るというだけでも生存率はかなり上がるのだが、その手の知識がないソルにとっては、ありがたみが薄い力だ。

「……もう行って良い。君にも分かっていると思うけど、誰か近づいてきているみたいだ」

 ソルの言葉を、正確には言葉そのものではなく意思を、理解して鷲は大きく翼を広げて、空に飛び立った。ぐんぐんと空高く飛んでいく鷲の姿。いつものことだが、憧れの気持ちがソルの心に湧いてくる。鳥のように空を飛びたい、自由でありたいという気持ちになるのだ。
 それは無自覚の束縛に対する反発。大切な人の死に、その復讐に囚われている自分への無意識の否定であることに、彼は気付かない。気付けない。

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