月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

竜血の玉座 第11話 新王来着

異世界ファンタジー 竜血の玉座

 王都を発ったバルナバスが率いる軍勢は、目的地に向かって街道を西に進んでいる。総勢五百四十八名。新兵五百二名にバルナバスを筆頭に十名の騎士とその従士たちが加わって、その数だ。荷駄を運ぶ為だけの人数はいない。兵士たちが自らの物と騎士、部隊全体の荷を運んでいる。
 陽が落ちて、その日の行軍は終わり。宿に泊まる、なんて贅沢な真似は許されず、野宿。街道を少し外れた場所に野営地を設けて、そこで一晩を明かすことになる。野営地といっても、荷物を枕に地面に寝転がっているだけだ。総指揮官であり、ナイトの称号を持つバルナバスまでそれなので、騎士たちも天幕を設営することなく、兵士たちと同じように地面に転がって寝ることになった。

「ずっと野宿なのかな? これじゃあ、熟睡出来ねえよ」

 兵士だからといって野宿に文句がないわけではない。マルコは伍の仲間たちと地面に並んで寝転がっている状態で、文句を呟いている。

「そう思うのは、まだ元気だからだ。行軍の疲れがたまってくれば、どこででも、すぐに熟睡出来るようになる」

 マルコの文句に、ヴェルナーが言葉を返してきた。何かと文句を口にするマルコをヴェルナーが窘めるという、いつものやり取りだ。

「戦う前に疲れてどうする?」

「疲れて戦えなくなりたくなければ、さっさと寝ろ」

「だから、もっと寝心地の良い場所じゃなければ、寝れないって言っている」

 ヴェルナーの言う通りなのだ。ただ寝るだけのことに、いちいち文句を言い、ヴェルナーの返しにも反論しようするのは元気な証拠。すぐに寝たいと思っていないからだ。

「寝られないのであれば、寝なければ良い」

「えっ?」

 ヴェルナーのものではない声が割り込んできた。

「徹夜で一日、行軍を続ければ、その日の夜には寝られるようになるはずだ」

「バルナバス様!?」

 声の主が指揮官のバルナバスだと気が付いて、慌てて立ち上がるマルコ。マルコだけではない。周囲に寝ていた兵士全員が立ち上がって姿勢を正した。

「無用だ。寝たい者は寝ていろ」

 なんてことを言われても、「では、そうします」と地面に寝転がれるものではない。それが出来る安心感を彼らはバルナバスに対して、抱いていない。それどころか、やばい相手という認識なのだ。

「……小僧はどこにいる?」

「小僧……あ、ああ。ソルの奴ですか? 奴なら、そこの木の上で寝て……いるのかもしれません」

 バルナバスが探しているのはソルだと分かって、彼の居場所を示したマルコ。いるはずの木のほうを見て、どうやらソルは寝たままであると分かって、言葉を濁した。指揮官を無視して寝ているのは悪いことと考えているマルコは、ソルのせいで罰を受けることを恐れたのだ。

「木の上…………あれか」

 マルコの示した木の上を見てみれば、確かに人らしき影が枝の上で横になっている。「どうしてあのような場所に」と思ったバルナバスだったが、それを誰かに尋ねることなく、いきなり行動に移した。
 影に向かって投げられたナイフ。それが木に届く前に影が動く。枝から落ちたように見えた影だが、それは地面にまで落ちることなく、夜の闇に紛れて、消えた。

「……寝ている人間にナイフを投げるなんて、戯れであっても酷いと思いますが?」

 声が聞こえてきたのは左から。バルナバスが視線を向けると、別の木の枝にぶら下がっているソルがいた。

「獣みたいな奴だな」

 その身軽さに驚き、思わずバルナバスは呟きを漏らす。

「何か御用ですか? 御用であっても、出来ればナイフを投げるのではなく、声をかけて伝えて欲しいのですけど?」

「どうして木の上で寝ている?」

「それが用ですか? 木の上で寝ているのは、そこが落ち着くからです。森で暮らしていた時期があって、その時はずっと木の上で寝ていました」

 特に隠すことではない。森の中で暮らしていたという事実は、ルシェル王女にも話している。

「落ちないのか?」

「今はもう慣れましたから、落ちることは滅多にありません。それに落ちても問題ありません。痛くて起きますから」

 暮らしていた森では木の上から落ちるよりも、もっと危険なことがある。

「……獣を警戒してということか?」

 ソルが木の上で寝ていた理由。それにようやくたどり着いた。寝ている時に獣に襲われない為。そういう理由だと。

「森には色々と怖いのがいましたので」

「……色々とな」

「それで、ご用件は何でしょうか?」

 森での生活について詳しく説明するつもりは、ソルにはない。森で暮らしていたという事実は、自覚のある変わった行動の言い訳として利用したいだけなのだ。

「……この任務に失敗すれば、この部隊は解散になるかもしれない」

「それ、私が知らなければならないことですか?」

「お前だけに話しているわけではない。他の者にも聞かせている」

 そうだとしても、わざわざ寝ていた、かどうかはバルナバスには分かっていないが、ソルを起こす理由があるのは確かだ。

「……ちなみにその解散というのは、兵士としての職を失うという意味ですか?」

「他に意味があるように聞こえるか?」

 バルナバスの回答に、周囲から低いどよめき声があがる。ようやく候補が取れ、正式に兵士として雇われたところ。それが最初の任務で解雇なんて事態は受け入れられるものではない。

「任務に成功すると、どうなるのですか?」

 一度の失敗で解雇などという処分は、軍の規則の詳細など知らないソルでも、おかしいと思う。失敗の度に兵士を解雇していては、軍など成り立たないと思うのだ。

「……恐らく、さらに厳しい任務が与えられる」

 ユーリウス王子がそこまで執念深いかなど、バルナバスは知らない。知らないで、こういう話をしているのだ。

「そうですか……そうなると、稼げますね?」

「なに?」

 ソルの反応はバルナバスの予想外。悲観的な受け取り方はしないだろうとは考えていたが、「稼げる」なんて言葉が飛び出してくるとは思っていなかった。

「難しい任務はそれだけ報酬も高いのではないですか?」

「報酬……活躍が認められれば、そうだろうな」

 基本の報酬額は変らない。ただ生きていく為だけであれば、任務などないほうが良い。毎月一定額を貰って、それで暮らしていれば良いのだ。
 報酬が変わるとすれば、戦功を認められた時。兵士としての給料とは別に、特別に与えられる報奨金だ。

「じゃあ、頑張らないとですね?」

「俺に言うな」

 いきなり問いを振られたマルコは迷惑そうな顔をしている。解雇の話が出て動揺していたところに、高報酬を得ようという話を向けられても、どう反応して良いか分からないのだ。

「せっかく得た仕事を失わない為には、頑張るしかないですから」

「……分かってるよ」

 どうしてこういう話になるのか良く分からなくても、職を失いたいという思いに変わりはない。他に生きる道がない。こう思って募兵に応じてここにいる人は、決して少なくないのだ。

「これも教えておいてやる。戦場で生き残る為に、もっとも必要なのは勝つことだ。その先のことは、勝って、生き残ってから考えれば良い」

「自分がこういう話に……あっ、いえ、司令官の申される通りであります」

 先のことを考えさせたのはそれを言うバルナバス。文句を口にしたソルだが、バルナバスが睨んでいることに気が付いて、途中で止めた。
 話の流れに乗ったソルであるが、心の中では、どうしてバルナバスはこのような話をしたのかを考えている。この時点で思いつくことは少なく、どれも何の確証もないものであったが。

 

 

◆◆◆

 ソルたち新兵の部隊が任務に向かってから、そう長く期間が空くことなく、ユーリウス王子は王都に到着した。ようやくナーゲリング王国の次期国王が王都にいる状態となったのだ。
 早速開かれた四卿会議。国王の席にユーリウス王子は座った。勧められたわけではなく、知らないで選んだわけでもない。自ら、そこが国王の席だと分かった上で、座っているのだ。
 それに異議を唱える者はいない。厳密には、まだその資格がないとしても、ユーリウス王子の自分への印象を悪くしてまで、注意しようと思う者などいないのだ。

「父上を殺めた者たちは捕らえたのか?」

 まずユーリウス王子は尋ねてきたのは父であるベルクムント王を殺めた犯人について。

「それが、捕らえて処刑しようにもすでに死んでいる者たちなので」

「……死者であれば国王を殺しても許されると、ルーカス卿は考えているのだな?」

「い、いえ……申し訳ございません。腐死者の森はかなり危険な場所でして、調査の者を長く滞在させるのは難しく」

 幼い頃を知っている気安さ。それを見せることで、ユーリウス王子との距離感を縮めようというルーカス内務卿の思惑は、大失敗に終わった。

「つまり、誰が父上を殺めたかも分かっていない?」

「腐死者の森にいるというアンデッドモンスターの仕業だとは考えておりますが、特定するにも手がかりがなく……申し訳ございません」

 またルーカス内務卿は謝罪を口にした。ユーリウス王子の厳しい視線がそうさせた。

「アンデッドモンスター以外である可能性は考えていないのか?」

「亡き陛下と戦って倒せる相手は、世の中に何人もいるものではありません。また同行した騎士の死体からは、アンデッドモンスターに襲われたものと考えられる傷跡が残っておりました」

 仕掛けてあった罠は、その痕跡も含めて、消されている。それによって王国は、常人離れした力を持つベルクムント王を殺したのは人以外の存在、だと思わされている。

「……では燃やせ」

「はっ? 燃やせと言うのは、何をでしょうか?」

「森を燃やせ。個体を特定出来ないのであれば、そこにいる全てのアンデッドを焼き殺してしまえば良い」

 ベルクムント王を弑した存在に対して、何の罰も与えないというのは、ユーリウス王子として受け入れ難い。自分が国王になる上で、けじめとして、出来る処置はしておかなければならないと考えているのだ。

「あの、腐死者の森の後ろには、いくつもの山々が繋がっております」

「それがどうした?」

「腐死者の森を燃やし尽くそうとすれば、炎は間違いなく山々にも広がっていきます。それでは多くの森林資源が灰になってしまい……」

 腐死者の森は山裾に広がっている森。どこまでが腐死者の森で、どこからが普通の山なのかの区別などつかない。たとえ、区別出来たとしても、腐死者の森だけを焼き尽くすのは、かなり難しいことだ。

「誰も近づけない場所にある資源に、何の意味がある?」

「それは……はい」

 これ以上、ユーリウス王子の意に逆らうような真似を続ければ、自分の地位が危うくなる。ルーカス内務卿はこう考えて、引くことを選んだ。

「アンデッドを焼き尽くすことが出来れば、森林資源を活用することも出来るようになります。一石二鳥とは少し違うかもしれませんが、慎重に計画を進めることが王国の利になると考えます。民も喜ぶことでしょう」

 ブルーノ財務卿は完全に引くことをしなかった。今でも腐死者の森から離れた場所では、山の資源で暮らしている人たちがいる。すべてを焼き尽くすような真似は行うべきではないと考えている。ユーリウス王子の為にも。

「……では、そうするが良い」

「はっ。ご命令の通りに」

 ユーリウス王子も、何が何でも全てを燃やし尽くしたいわけではない。父の死に対して何もしてこなかったことを知った苛立ちもあって、口にした命令なのだ。

「王都の状況は?」

「突然の陛下の死に動揺はありますが、混乱は起きておりません。王都においては、ですが。一部、諸侯が問題を起こしておりますが、それもご命令通りに進めております」

「そうか……では他家の様子はどうだ?」

 ユーリウス王子が一番気になっているのはこのことだ。他家がどのような動きを見せているのか、見えようとしているのか。それは自分自身の国王就任にも影響を与える。

「今はまだこれといった情報はございません。情報局の人間を追加で送り込み、調査を始めておりますが、結果が王都に届くまでには、もう少し時間が必要と考えます。早くて、あと二か月という予想です」

 情報局長は今、この場にいない。報告は外務卿であるリベルト卿が行った。

「……まだ何も分かっていることはないのか?」

「陛下がお亡くなりになられる前から、公国の調査を行われております。その情報でよろしければ、お伝えいたします」

「頼む」

 ずっと北のノルデンヴォルフ公国にいたユーリウス王子は、少しでも多くの情報を必要としている。この先の判断を間違わない為にも。

「これは改めて申し上げるまでもありませんが、もっとも警戒すべきはハインミュラー家になります。フルモアザ王国もハインミュラー家を危険視していたのは、その野心の強さからです」

「……そうだな」

 かつてファントマ大陸内部における最大版図を誇る国を統べていたハインミュラー家にとっては、これ以上ない復権の機会。当時以上、ナーゲリング王国全体の支配を目指しているのは、改めて説明を受けるまでもなく明らかだ。

「それに続くのはアズナブール家。バラウル家の臣下であったアズナブール家が暗殺に加担したのは、強い野心があるからと考えられております」

 アズナブール家は元々はバラウル家の家臣。征服戦争で功績を認められ、ハインミュラー家の抑えとして領地を与えられた信頼されていた家だ。
 そのアズナブール家が竜王を裏切ったのは、過去の恩を超える欲があるから。バラウル家に成り代わって王国を統べるという野心があるからだと考えられている。

「ブルッケル家は正直申し上げて、よく分かりません。鬼王打倒に与することなく、その後も、沈黙を守っています。ただ、当主であるヴェストフックス公にとって甥姪にあたる二人が、あれですので」

 ヴェストフックス公の妹は竜王の前妻。クリスティアン王子とルナ王女の母だ。二人を殺された恨みはあると考えるべきだ。

「我が家にとっては敵か」

 ヴェストフックス公が恨むべきは、竜王暗殺に参加した全ての家。他家も敵であるはずだが、それでシュバイツァー家の味方になるわけではない。

「ラングハイム家については、殿下のほうが良くご存じだと認識しております」

「……味方ではあろうとしている。だが、だからといって野心がないわけではない」

 ラングハイム家が味方になる為の条件として伝えてきたものは、すべて自家が覇権を握る為に必要なもの。そういうことだとユーリウス王子は受け取っている。

「全てが敵。ですが一度に全てを相手することには、かなりの困難が伴います」

「分かっている。懐柔は無理でも敵対するのを先延ばしにさせる策が必要だ」

「その為には殿下のご即位も。すぐに準備に取り掛かってもよろしいですか?」

「ああ、急げ」

 新国王即位となれば、各家も王都に集うことになる。もしくは、その時点で即位を認めることなく、敵として立つか。どちらにしても外交と軍事が動き出す。そして謀略の類も。実際はすでに動いているのだが。

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