月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

竜血の玉座 第3話 集う者たち

異世界ファンタジー 竜血の玉座

 ルシェル王女が企画した募兵は速やかに事務手続きが進められ、具体的に動き出した。ルシェル王女の相談に乗り、実際に募兵手続きを行う軍政局は、それを行うに必要な情報をあらかじめ持っている。軍政局に必要なのは募兵を行うという意思決定と、どれだけの数を集めるのかという情報だけ。それが決まれば、必要な経費などは持っている基礎情報から、すぐに算出出来る。あとは募集人数に応じて、どこまでの範囲に通知するかだが、これについても今回は最初から決まっている。ナーゲリング王国の直轄地。公国はもちろん、その他諸侯の領地でも積極的な募兵は避けることになっている。領民を徴集してしまうことで領主たちに不満を持たれないようにという配慮だ。公国家以外の諸侯の帰趨も、今後の戦いに大きな影響を与えることは、誰もが分かっているのだ。
 懸念されたのは、王都周辺地域だけでどれだけの数が集まるか。今回の募兵は強制ではない。常設軍の戦力増強を目的として、職業兵士を雇うのだ。まだ民衆に戦乱の気配が伝わるような状況ではないが、それでも命を賭ける仕事である職業軍人に自らなろうと思う人は、そういるものではない。
 そう考えられていたのだが、いざ受付を始めると、それなりの人数が集まることになった。

「……もう一度良いか? 応募した動機は?」

「食うものも寝るところも着るものも全て用意してもらえると聞いたから」

「…………」

 受付で行われるのは身元確認と簡単な面接試験。受付係が応募動機を尋ねてみれば、返って来たのは、こんな答えだった。集まった数の多さを喜んでいた受付係だが、期待を裏切られた気分だ。

「嘘なのですか?」

「嘘ではない。ただ応募動機としては……」

 国を守る為に命を賭して戦いたいと思ったから、なんて答えであって欲しかった。自分自身は高い志を持っているのかと問われれば答えに困る受付係だが、自分のことは棚に置いて、そうあるべきだと思ってしまう。

「問題ない」

「局長!?」

 割り込んできた声は軍政局長のもの。受付係にとって上司も上司。自分の組織のトップに立つ人物だ。その軍政局長が現れたことで、別の受付にいる人たちにも緊張が広がっている。

「仕事をして生活の糧を得る。職業軍人であっても同じだ」

「分かりました。ただ……君、若いな。戦いとなれば命を失うこともある。これは分かっているのか?」

 気を取り直して面接を続ける受付係。目の前の応募者は、見た目、かなり若い。兵士がどのようなものか分かっていないとまでは思っていないが、命の危険を実感しているかについては怪しいと思っている。
 若い命を散らしたくないという優しさと、軍政局長が見ている前で、きちんと仕事をしているところをアピールしたいという思いが、この質問をさせた。

「分かっているつもりです。それと、戦場で死ぬのと飢え死にするの、どちらも同じ死であることも」

「……そうか」

 返って来たのは予想外の重い答え。衣食住が保証されるからという動機は軽い考えではなく、生きていくのに必要だからという切実な理由であることを受付係は今、理解した。

「五年という期間は、末端まで治世が届くには短すぎるのだ」

 軍政局長の声も重い。亡くなったベルムント王は、王国の繁栄の為に力を尽くしてきた。だが、即位してからまだ五年。その成果を王国全体に及ぼすには、短すぎる期間なのだ。

「……それは分かった。兵士として戦う自信はあるのだな?」

 受付係は質問を続けた。彼の立場で深堀りして良い話題ではない。亡くなったベルムント王の政治は、国民全体に届いていないという事実を肯定しては、国王批判と捉えられかねない。先に軍政局長がそれを口にしているので、そうなることはないだろうが、あえてリスクを取る必要などないのだ。

「喧嘩には自信があります」

「喧嘩……まあ、訓練を受けていない一般人としては強いということだな……体力試験もあることだし、良いだろう。奥に進め」

 さりげなく軍政局等の顔色を伺いながら、受付係が合格を告げる。といってもまだ受付を通っただけ。運動能力試験に合格して、はじめて採用なのだ。

「ありがとうございます!」

 それが分かっているのか、いないのか。若い応募者は大きな声で礼を言って、奥に進んでいった。

「局長。少しよろしいですか?」

 その彼と入れ替わりに、別の受付を担当していた者が近づいてきて、軍政局長に話しかけた。

「何だ?」

「応募者なのですが、フルモアザ王国で従士をしていたという者が来ております。ただの従士ではなく、近衛に所属する従士だったようです」

「鬼王の直属か……」

 フルモアザ王国に仕えていた騎士、従士であれば、すでにナーゲリング王国軍にいる。排除する理由にはならないが、近衛となるとまた違ってくる。従士とはいえ竜王と近しい位置で仕えていた身。反乱時にも側にいた可能性があるのだ。

「本人は鬼王ではなく、王子に仕える従士だったと話しております」

「クリスティアン王子か……そうであっても同じだな。動機は何と言っている?」

「素性を確認したところまでで、まだ詳細は聞いておりません」

「……分かった。私も話を聞こう」

 無条件で排除、とは軍政局長は考えなかった。過去の素性を明かした上で応募してきたのだ。そうすることで逆に疑いを持たれないようにしている可能性はあるが、監視されることを考えれば、良い策ではない。
 判断はもっと話を聞いてから。そう決めたのだ。受付係と一緒に移動する軍政局長、といってもすぐそこだ。受付は横に並んでいるのだ。

「待たせてすまない」

「いえ。何か問題がありましたか?」

 待っていたのは赤毛の男。その男も若い、といっても、明らかにさきほど面接の様子を聞いていた応募者よりは年上だ。

「正直に言えば、フルモアザ王国のクリスティアン王子の近衛に所属していたということに、少し懸念がある。私は軍政局長のローマンだ。ここからは私も話を聞かせてもらう」

「……分かりました。ただ過去にフルモアザ王国に仕えていることは問題にならない認識でありました」

「その認識に間違いはない。実際にフルモアザ王国の臣下であった人であっても、重臣として仕えている。ただ君は五年間、王国に仕える選択をしなかった。それは彼らと違う」

 五年間、仕官することなく、ベルムント王が亡くなったタイミングで募兵に応じてきた。その理由が軍政局長は気になる。

「五年間、仕官しなかったのはその機会がなかったからです。私はすでにご承知の通り、クリスティアン王子に仕えておりました。あの方の最後の瞬間まで」

「クリスティアン王子の最後の瞬間……」

 軍政局長はその時を知らない。現場におらず、軍政局長となった後も話を聞く機会がなかった。

「なんとか城を脱出し、王都内の宿屋に立て籠もりました。ですが周囲を囲まれ、そこからの脱出は不可能。そう考えたクリスティアン殿下は、自らの命と引き換えに一緒にいた我々の助命を求め、それは受け入れられました」

「そのようなことが……」

 公にはされていない反乱事件の中の出来事。自らの命と引き替えに臣下の命を救うなどという善行を、悪逆非道なバラウル家の人間が行ったなどという事実はあってはならない。こんな理由で消された真実だ。

「その後、我々は王都を脱出。追われていないことが分かるまで、逃げ回っておりました。その間、フルモアザ王国の旧臣の方々が登用されたことは知っております。ですが、それを知った後、従士の採用は行われていなかったはずです」

「……確かにそうかもしれない」

 建国当初、フルモアザ王国の旧臣たちの一部を登用し、組織体制を整えて以降、ナーゲリング王国は人員の増強を積極的に行っていない。人が増えれば支出も増える。竜王暗殺後、一部残党の反抗が一年あまり続いた中で荒れた領地の復興や、それ以外にも王国の安定、その先の繁栄の為に行うべき施策は山ほどある。財政が枯渇しているわけではなかったが、ベルムント王は本当に必要なところだけに支出を行うことを徹底していたのだ。

「今回が我々にとっては初めての仕官の機会なのです」

「我々。つまり君だけではないのだな?」

「はい。誰がいるかまでは把握しておりませんが、私以外にも来ている者がいるはずです」

 王都を脱出後は、バラバラになって逃げていた。そのほうが逃げられる確率が高まると考えたのだ。

「応募の動機を聞かせてもらおう」

 彼らには目的がある。ナーゲリング王国に仇なすような目的ではないにしても、何らかの共通の目的があるのは明らかだ。

「クリスティアン王子は最後の時に我々に命じられました。我々の命は今この場ではなく、大陸の未来の為に使えと」

 クリスティアン王子一人を死なすことに納得しない彼らに向けた言葉だ。彼らを無駄死にさせない為の命令だが、死の間際の言葉となると、クリスティアン王子が考えていた以上の重みを彼らに感じさせることになったのだ。

「大陸の未来とは?」

「平和、平穏。どのような言葉が表現として正しいかは私は分かりません。ですが、クリスティアン殿下が実現しようとしていた国の在り方は、人々が安心して暮らせるものであったことを知っております」

 生きていれば、生きてフルモアザ王国の王となっていれば、間違いなく名君と評される存在になった。身近で仕えていた彼らは、そう信じていたのだ。

「……君たちにはそれが出来ると?」

 軍政局長としては、反応が難しい話だ。これもまたバラウル家は悪逆非道という評価を覆す話。反乱の正当性を否定する話なのだ。

「いえ。我々に出来ることは王国を守る為に命を捨てることだけです。王国の安定は人々の暮らしの安定に繋がると考えております」

「その通りだな」

 まさかここで「王国を守る為に命を賭して戦いたい」という模範的な回答が得られるとは思っていなかった。しかもそれを口にしたのはフルモアザ王国の旧臣なのだ。

「ご納得いただけましたでしょうか?」

「……ああ、問題ない。奥に進んで、体力測定に臨め」

「ありがとうございます」

 姿勢を正し、従士をやっていたことを示す礼をして、男は奥に進んでいった。

「……彼と同じ境遇の者を、その理由だけで排除することのないように他の者に伝えろ」

「承知しました。直ちに」

 

 

◆◆◆

 受付を終え、運動能力試験に進んだのは三百名ほど。これを多いと考えるか、少ないと考えるかは難しいところだ。募兵はまだ続く。初日だけで三百名集まったと考えれば上々の滑り出しと言える。だが意欲のある者は募兵が締め切られる前に応募しようとするはず、と考えれば、明日以降は応募者が激減すると予想出来、少ないということになる。いずれも推測。どちらの結果になるかは、募兵が終わるまで分からない。
 運動能力試験では落ちる者はいなかった。体力測定といっても合格基準は最低限に設定されている。ここで甘くしても鍛錬に付いて行けなければ脱落することになる。ここでの合格はあくまでも兵士候補として。今後三か月の試験期間で、その間の訓練で、兵士として戦場に送り込めると判断出来るまでにならなければ正式採用とはならないのだ。

「本当の選別はこれからということですか?」

 運動能力試験にはルシェル王女も立ち会った。自ら言い出した募兵だ。どれだけの戦力が集まったのか気になる。軍政局も立ち合いを拒む理由を持たない。

「お考えの通りですが……質は悪くないと思います」

 ルシェル王女の話し相手は軍政局長のローマンだ。王女相手となれば組織の長であるローマンが応対するのは当然。軍務卿のリーンバルトでも良いくらいだが、彼には叔父としての甘えがある。ルシェル王女の為に仕事の時間を削ろうとしないのだ。

「あれだけの試験で分かるのですか?」

 運動能力試験は落伍者が出ないだけあって、実に簡易なものだった。走ることが出来れば合格、程度にルシェル王女には見えたのだ。

「いえ。試験を見ての判断ではありません。あの中には何人か、フルモアザ王国のクリスティアン王子の従士として仕えていた者がいます」

「龍王家の近衛ということですか?」

「鬼王です」

「……龍と呼ぼうが鬼と呼ぼうが、結果は変りません。事実が全てです」

 ルシェル王女は竜王を蔑称としての鬼王と呼ぶことに、まったく意味を見い出せない。為したことが全て。それが人々の評価を決めると考えているのだ。

「……その近衛です。従士でしたが、近衛に選ばれるだけの実力はあるはずです。五年間の空白で実力が衰えていなければという条件付きですが」

「そうですか。それはありがたいことですね?」

 数は、ルシェル王女としては、満足出来ないのだが、質の面では予想を上回っているというのは良い情報だ。

「クリスティアン王子の従士という経歴に不安はありませんか?」

「問題があるのであれば、ローマン局長が合格にしないでしょう?」

「……信頼頂けてありがたく思います」

 臣下に対する信頼。国政に関わることのないルシェル王女だが、たまにある接する機会には、常にそれを感じさせてくれる。それが臣下からの信望を集めるのだ。
 軍務に王女が介入するという、やや常識外れの行動にも、周囲が協力する理由になっている。

「…………」

「殿下?」

「……あの若い男性は」

 ルシェル王女の視線の先にいるのは、彼女と同い年くらいの兵士候補。集まっている兵士候補の中で、かなり若いほうと見える男だ。

「彼ですか……生活に困窮していて応募してきたようです。彼以外にもそういった応募者は少なくありませんでした。残念ですが」

 軍政局長も見覚えのある兵士候補。生活の為に応募したと断言し、戦場で死ぬのも飢え死にするのも同じと言った男だ。

「生活困窮者ですか……」

「王国が良政を続ければ、いつか彼のような者はいなくなります。その為には……戦いに勝利しなければなりません」

 国が良くなる前に、人々を苦しめる戦争が始まる。その可能性を示す言葉を口するのを、軍政局長はわずかに躊躇った。軍務に携わる身であっても、戦争などないほうが良いと考えているのだ。

「……そうですね。王国は勝ち残らなければなりません」

 この先、厳しい戦いが始まることをルシェル王女も理解している。理解しているからこそ、軍の増強を考えたのだ。彼女の考えは認められ、募兵が始まった。だがそれで不安が消えるわけではない。絶対に勝てるという確信を得られる材料は、何もないのだから。

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