月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

竜血の玉座 第2話 主のいない王国

異世界ファンタジー 竜血の玉座

 ベルムント王の死は、その翌日には王国の知るところとなった。腐死者の森に向かった国王が深夜になっても戻ってこない。伝令も送られてこないとなれば、すぐに捜索の為の手勢が送られる。捜索隊がベルムント王の遺体を見つけ出すのに、そう時間はかからなかった。同行していた騎士たちが全滅している事実を知るのも。
 まさかの事態に、一報を受けた王国は大混乱。まずはこの事実を長男であり、次期国王になるはずの現ノルデンヴォルフ公ユーリウスに伝えなければならないと、北の領地に急使を送ったのは良いが、その後の意思決定が出来ない。ナーゲリング王国は、国王に何かあった場合の王権代行者が定められていなかったのだ。暗黙で長兄のユーリウス王子がそうだとなっているが、王都から遠く離れたノルデンヴォルフ公領にいては、その役目は果たせない。
 それでもやれること、やらなければならないことはないかと、毎日、重臣たちが集まって、会議が開かれている。最終決裁者である国王が欠けた四卿会議。内務卿、外務卿、財務卿、軍務卿の官僚組織の全ての長が参加する四卿会議は、会議体としては最高意思決定機関だ。

「四公国へも使者を送るべきではないでしょうか?」

 他の公国家へも国王崩御を知らせるべきだと提言してきたのは、外務卿リベルト・ロサリオ。公国との窓口は彼が管轄する外務局の仕事なのだ。

「改めて使者を送らなくても、とっくに知っているはずだ」

 リベルト卿の提言に対し、否定的な言葉を発してきたのはエルヴィン第二王子。本来、彼には四卿会議に参加する資格はないのだが、この非常事態にあたって、王家代表として参加しているのだ。

「そうだと思いますが、礼儀として公式の使者を送らなければなりません。それを怠れば、後々、王国の非礼を咎めてくる可能性があります」

 非礼を咎めるだけであれば良い。王国はベルムント王の崩御を隠し、良からぬことを企んでいたなどという言い掛かりをつけられる可能性だってあるのだ。

「臣下にそこまで気を使わねばならぬのか」

「殿下。そのようなお言葉はお慎みになられるのが賢明かと」

 ナーゲリング王国の権威は絶対的なものではない。驕った考えは、不幸を招くだけであることをリベルト卿、だけでなく他の卿も知っている。

「分かっている。少し愚痴っただけだ」

 エルヴィン王子も分かっている。分かっているから尚更、心が苛立つのだ。

「公式に知らせるとして、その後はどうするつもりだ? 何も考えていないわけではないだろうな?」

 口を挟んできたのはルーカス・ライサネン内務卿。本来、四卿に序列はないのだが、古くからシュバイツァー家に仕えてきたライサネン家の人間であるルーカス卿は、そうではないリベルト卿を新参扱いしてしまうのだ。リベルト卿がフルモアザ王国に仕えていたこと、そしてそれ以上に王妃、ではもうなくなったが、がルーカス卿の娘であることも、態度が横柄になる原因だ。

「次の王を決め、その戴冠式に招待することを考えています」

「国葬は行わないのか?」

「王家の方々に強い希望があれば、国葬の実施もありだと思いますが……次期国王が決まってない状況で、公主を始めとした多くの公国の人間を王都に招き入れて良いものでしょうか?」

 竜王に仕えていた身でありながら外務卿の地位を得ているのは、持っていた人脈だけが理由ではなく、亡くなったベルムント王がその能力を認めていたから。提言はきちんと考えた上でのものなのだ。

「王家の方々のご意向次第ですが、出来れば支出は控えめにしていただきたいと思います。この先、色々と入用になるのは明らかですから」

 財務卿を任されているブルーノ・アルバラードも、ノルデンヴォルフ公時代からベルムント王に仕えていたわけではない。亡きベルムント王に能力を評価されて、その地位を得たのだ。

「戴冠式の時期はいつ頃を考えているのだ? その時が公国の野心が明らかになる時なのだろう?」

 ブルーノ卿が想定している支出は軍事費。公国との戦いが始まるとなると軍務卿であるリーンバルト・シュバイツァーも黙って聞いているだけではいられない。ベルムント王の叔父にあたる彼は、シュバイツァー家の一員として王国を守る責任を強く感じているのだ。

「極端に先延ばしすることは難しいと思います。それを行えば、次期国王選定に口出しする機会を与えることになってしまいます。政治で勝てるのであれば、その選択も有りですが」

 リベルト卿は、使者には「戴冠式の時まで自領で待っていて欲しい」と伝えさせるつもりだ。そうすることで公国の人間を王都に近づけない口実が出来る。その間に次期国王を決定し、それを認めない公国との戦いの準備を進める。
 だが公国側も、王国の準備が整うまで大人しく待っているはずがない。国王選定に口出ししてくる前に決めるべきことを決め、戴冠式への招待の使者を送らなければならない。

 

 

「そんなにすぐに戦いが始まるのか? 我が父が王になるのは四公が決めたことではないか?」

 エルヴィン王子には四卿ほどの切迫感がなかった。あわよくば自分も次期国王に立候補、なんていう甘い考えを持っていたのだ。

「誰も貧乏くじを引きたくなかったからです。国王になることでフルモアザ王国の領土を得たとはいえ、その全てではありません。公国に多くを分け与えた上で、王国を運営しなければなりません。収入と支出を考えれば、公国のほうが得たものは大きいのです」

 ブルーノ卿は財務卿として財政の面から、王国を得たことに利がないことを説明した。

「さらに得たのは四方から攻められる守り難い位置。さらに北の領地との間にはツェンタルヒルシュ公国があって、軍の移動を邪魔される可能性がある」

 さらにリーンバルト卿が軍務卿として軍事上の不利を語る。

「父上は分かっていて国王になったのか?」

 二人の説明でエルヴィン王子も、自分たちがどれだけ追いつめられた立場かを、少し理解した。

「責任を感じてのことだ。鬼王がどれほど残忍な人間であったとしても、百五十年の間、バラウル家の内輪もめ以上の争いは起こらなかった事実がある。鬼王を討った人間として、自分には戦乱を防ぐ責任があると考えていたのだ」

 亡くなったベルムント王の考えをルーカス卿が伝えた。国王になることはルーカス卿のライサネン家も含め、多くが反対していた。そういった人たちをベルムント王はこう言って説得したのだ。

「……兄上を王都に呼んでしまって良いのか? ツェンタルヒルシュ公国がどう出るか分からない。それに北の本領も心配だ」

「絶対とは言わないが、ツェンタルヒルシュ公国が真っ先に敵対するとは思えない。他家が連携を約束しているのであれば別だが、それでも囮役を自ら望むとは思えないな」

 ツェンタルヒルシュ公国はナーゲリング王国の支配地域とノルデンヴォルフ公国領に南北を挟まれた位置にある。ノルデンヴォルフ公国からの移動を妨げることが出来る位置だが、それを行い、敵意が明らかになれば南北から攻められることにもなる。
 他家が別方面から同時に攻めてくる可能性はあるが、そうだとしてもツェンタルヒルシュ公国は挟撃により大きな被害を受けることになる。自らを犠牲にして他家を利するような選択をするとはリーンバルト卿には思えなかった。

「本領が空になる件は?」

「先々代がいるではないか。老いたりとはいえ、北部の者たちをまとめる力はある。交渉力だけでいえば、今でも一番だ。それにユーリウスと入れ替わりに、お前が本領に行くことになる」

 ベルムント王の父、先々代のノルデンヴォルフ公は存命だ。すでに引退の身とはいえ、シュバイツァー家に古くから従っていた諸侯への影響力はまだまだ健在のはず。まだ就任して五年のユーリウス王子よりも上だとリーンバルト卿は考えている。

「ノルデンヴォルフ公として?」

「そうだ。兄弟が力を合わせて王国を守るのだ」

 ユーリウス王子がナーゲリング王国の王となれば、ノルデンヴォルフ公はエルヴィン王子が継ぐことになる。普通に考えれば、これ以外の選択はないのだ。

「分かっている。分かっているが、これまでの話を聞く限り、圧倒的に不利だ」

「四公家全てが敵になると決まったわけではない。自らが覇権を握れる可能性が低いツェンタルヒルシュ公国のラングハイム家は条件次第では味方になる。元々、関係も良い。そうなれば南北が一体となって、事に当たれる」

 ラングハイム家は竜王暗殺計画を共に主導したこともあり、友好的な関係を築いている。本領との間に領地を持つということで、敵意を持たれないように、それなりに気も使ってきている。

「後は?」

「ヴェストフックス公国のブルッケル家は良くて中立だな。理由は説明するまでもないだろう?」

「鬼王の妻だった女の家だから? でも、鬼王に殺されたのではなかった?」

 ブルックス家のジュリアーナは竜王アルノルトの妻であり、フルモアザ王国の王妃だった女性だ。ブルッケル家は唯一、反乱に参加しなかった公家ではあるが、現ヴェストフックス公には妹を殺された恨みがあるはずだとエルヴィン王子は思っている。

「……亡くなったのはお産が原因だ。長女を産んだあと、体調を崩して寝たきりになり、回復することなく亡くなったらしい」

 竜王アルノルトに殺されたというのは、誰かのでっちあげ。そうであることをリーンバルト卿は知っている。この場にいるリベルト卿はフルモアザ王国に仕えていた。本当の死因を知っていたのだ。

「……恨まれている可能性がある?」

「甥、姪を殺したのだからな。だがそれを恨んでいるのであれば他家との協力もない。単独であれば、それほど恐れる必要はない」

 甥と姪の仇ということであれば、他の三公家も同じだ。シュバイツァー家だけが目の敵にされる理由はない。

「そうなると……最大の脅威はハインミュラー家か」

 ハインミュラー家は王国東部に領地を持つオスティゲル公国の公主家。バラウル家による征服戦争以前はファントマ大陸南部で最大の版図を誇っていた国の主だった。バラウル家がフルモアザ王国建国後もずっとハインミュラー家を警戒し続けていたことは多くが知っている。

「そうだろうな。そして問題はアズナブール家がどう出るか。これは今のところ読めない」

 アズナブール家は征服戦争時からバラウル家に仕えていた家。戦功を認められ、ハインミュラー家の抑えとしての役目も与えられてオスティゲル公国の隣に領地を与えられ、ツヴァイセンファルケ公家となった。
 では、バラウル家に忠実であり続けたかとなると、それは違う。竜王弑逆の反乱にアズナブール家は加わっているのだ。

「どう出るにしても警戒すべきは東か」

「決めつけるのは危険だ。今話したのは、これまで見聞きしたことからの推測。実際にそれぞれの家が何を考えているかは分かっていない」

 王国にも諜報機関がある。四卿の管轄ではない国王直轄組織である情報局がそれだ。ベルムント王の生前から公国の動向は常に監視しているが、全てを把握出来るわけではない。まして公主の頭の中は覗けない。情報局の存在を知る各公国が、わざと偽情報を掴ませることもあるのだ。

「……結局、具体的に何をすれば良いのかは、今日も決まらないままか」

 王家の一員である自分がいながら、何も決まらない。それはエルヴィン王子に自分には何の権限もないことを思い知らせることになる。気分が悪くなる結果だ。

「やれることはある」

「……他家との交渉は? ラングハイム家を確実に味方にする為の交渉は行うべきだ」

「もしそれが婚姻外交のことを言っているのであれば、それはユーリウスが到着するのを待って決めることだ」

 エルヴィン王子の考えをリーンバルト卿は読んだ。彼が考えているのはルシェル王女をラングハイム家に嫁がせること。婚姻によりラングハイム家と結びつくこと。
 悪くない考えだ。だが、それを決める権限はこの場にいる誰にもない。次期国王であり、シュバイツァー家当主であるユーリウスが決めることなのだ。

「待っている時間が無駄だ」

「そうでもない。ルシェルは忙しく働いている」

「働いているって、何を?」

 この状況でルシェル王女にやれることなど何もない。自分がそうであるから彼女もそうだとエルヴィン王子は決めつけているのだ。

「募兵を行いたいということで、軍政局と毎日それについて打合せを行っている」

「募兵!? あの、じゃじゃ馬が! 何を考えている!? そんなことをしたら他家を刺激するだけだ!」

 ルシェル王女が行っているのは、エルヴィン王子にとってはまさかのことに、軍事。それを認める気にはエルヴィン王子はなれない。何もしないでいる自分を惨めに感じてしまうのだ。

「恐れながら、他家を気にして軍備を疎かにするほうが問題かと。それに、こちらが戦う気満々であると示すことは悪い影響だけを与えるとは限らないと思われます」

 今度はリベルト卿が、エルヴィン王子の発言に否定的な意見を述べてきた。意趣返しというほどのことではない。ただルシェル王女の行動力を、エルヴィン王子よりも高く評価する気持ちはある。

「国葬はなしで決まりでよろしいですか? もちろん、正式決定はユーリウス殿下のご意見を伺ってからですが」

 さらにブルーノ卿も、かなり遠回しにではあるが、ルシェル王女の行動を支持した。ルシェル王女が進めようとしている募兵にはかなりの経費が必要。その準備を進めるという意思表示だ。

「……役立たずの集まりにならなければ良いがな」

 これがエルヴィン王子の精一杯の抵抗。彼には重臣たちの意向を曲げる力はない。四卿は、特に示し合わせたわけではないが、さりげなくそれを思い知らせようとしている。
 ここ何回かの会議の場でのエルヴィン王子の発言により、彼の野心を知り、それを挫こうとしているのだ。今この状況で後継者争いを行っている余裕は、ナーゲリング王国にはないのだ。

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