月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第194話 転換点

異世界ファンタジー SRPG「アルデバラン王国動乱記」~改~

 アリシアは忙しい任務の合間を利用して、王都に戻って来た。国王の命令を受けての帰還なので、合間がなくても戻らなければならなかっただろう。
 王国の各地で次々と起こる争乱。貴族家の内乱であったり、少数民族の蜂起であったり、大規模盗賊団が暴れているなんていうものもある。ゲームシナリオを知っているアリシアにとっても驚きの状況だ。
 ゲーム主人公が関与しないイベントも多くあっただろうとは考えた。だが、そうだとしても、ここまで王国が混乱するものなのかとアリシアは考えている。いくら自分たちが頑張っても一向に混乱は収まりそうにない。ゲームでは王国に平穏をもたらす役目であった自分とジークフリート王子だが、この世界では異なる結果を招いてしまうのではないか。こんな不安も心に浮かんでいる。
 王都までの道中、このようなことばかりを考えていたアリシア。帰還命令の意図など、まったく考えることをしていなかった。

「……困ったものだ」

「えっと……何をお困りなのでしょうか?」

 ジュリアン王子の呟きの意味がアリシアには分からない。分かるはずがない。ヒロインであるアリシアとジュリアン王子の結婚話など、ゲームではまったくなかったのだ。

「正式には決定していないが、新しい騎士団を創設する話がある。規模は白金騎士団と同じ。つまり、王国騎士団でいえば小隊をひとつ編成するくらいの話だ」

 ジュリアン王子は白金騎士団が騎士団を名乗っていることに、エリザベス王女の暁光騎士団もだが、納得していない。感情的なことではなく、王国騎士団の下に更に騎士団を名乗る組織があるのはおかしいと思っているだけだ。

「そうですか……あっ、殿下の騎士団?」

「そうだ。私が指揮官になる。そして君は私の部下だ」

「えっ……」

 こんな展開はまったく予想していなかった。アリシアは驚きの感情をそのまま表に出した。

「あっ、嫌か。そうだろうな。私の部下なんて、嫌だろうな」

「いえ、そういうわけでは! ちょっと驚いただけです!」

 あからさまに落ち込んで見せるジュリアン王子。そんな態度を見せられたアリシアは焦ってしまう。相手は王子。しかもジークフリート王子ほどの親しさはない相手なのだ。

「否定しなくて良い。嫌がってもらったほうが良い」

「どうしてですか?」

「私の部隊など必要ないと思っているからだ。そんなものを作るくらいなら、レグルスのところの人数を増やしてやれば良い。彼は嫌がるだろがな」

 騎士団新設の理由をジュリアン王子は聞いている。アリシアとの関係を深めることではなく、各地で起きている事件に裏がないかを調べる為という理由のほうだ。
 だがジュリアン王子は、国王の考えに否定的だ。慌てて騎士団を新設しても役に立たないと考えているのだ。

「レグルスですか?」

 レグルスの名が出てきたことで、アリシアの新設騎士団への興味は一気に高まることになる。レグルスが与えられた領地に引きこもっていることはアリシアも知っている。仕方がないことだと分かっているが、惜しむ気持ちもある。レグルスはもっと広い世界で活躍するべきだという思いだ。

「リズが領地に向かって、任務の再開について話し合っている。結果はまだ届いていないが……再開を受け入れるとすれば、そういう状況なのだろうと思っている」

「あの……そういう状況というのは?」

「今の状況はおかしい。これまで抑え込まれていた問題が一斉に噴き出している状態だ。そんなことが偶然起きると思うか?」

 偶然、事件が重なっているわけではない。何者かが意図して引き起こしているのだとジュリアン王子は考えている。

「……ひとつの事件がきっかけになったということではありませんか?」

 偶然ではなければ何なのか。黒幕がいるということだが、その黒幕が誰かとなると、アリシアが思いつくのはレグルスになってしまう。ゲームではそうなのだ。

「可能性は否定しない。だが、きっかけになるような事件があっただろうか? 象徴となるような何かを私は見い出せない」

「何かというのは?」

「反乱に失敗すれば死ぬ。反乱を起こさなければ死ぬという状況であれば別だが、そうでない場合、死の恐怖を乗り越える勇気が必要だ。その勇気を与えてくれる象徴が必要だ」

 追い込まれて追い込まれて、どうにもならなくなって蜂起した。これまで起きた反乱、争乱はそういうもの、ということになっているが、ジュリアン王子は本当にそうであるのか疑問に思っている。

「……もし、その象徴となるような人がいるのであれば、私たちの任務はもっと難しいものになりましたね」

 もし、レグルスが黒幕であるとすれば、蜂起した人々を見殺しにするような真似はしない。ゲームの登場人物であるレグルスであれば、平気でそのようなことを行うだろうが、この世界のレグルスは違う。アリシアはこう確信している。

「君たちの頑張りで争乱は収まった。だが、本当にそうなのだろうか? ホーマット伯爵家事件、スタンプ伯爵家事件はどうだったか。これを陛下は気にしている」

「……解決を急ぎ過ぎている自覚はあります」

 もっと一つ一つの事件に向き合いたかった。蜂起した人たちは本当に悪なのか。それを確かめる時間が欲しかった。事件を解決しても達成感を得ることは出来なかった。自分は何をしているのだろうかと思うことが多くなった。
 ジュリアン王子の話は、こんなアリシアの思いを刺激した。

「君を責めているわけではない。次々と起きる事件は、そうさせることが目的である可能性を伝えているだけだ」

「もし、その可能性が事実であるとすれば……王国はもっと酷い状態になるということですか……」

「しかも怒りの向き先は、領主ではなく王国になる。本当の反乱だ」

 アリシアやジークフリート王子は正義の味方ではなく、悪事に加担する敵。王国騎士団全体がそう見られれば、それは王国を敵と見ることになる。王国打倒を唱えて蜂起するようなことになれば、それはこれまでとは違う、王国にとって本当の反乱だ。

「……でも、その時には象徴となる人が必要になりませんか?」

「それが誰か、君は知らないのか?」

「……知りません」

 ゲームの中の話であれば知っている。北部のほとんどを反王国でまとめ上げた人物、レグルス・ブラックバーンだ。

「そうか……私が読める程度のことであればレグルスも分かっているはず。彼であれば、さらに先まで見抜いていると考えていたのだが」

「……そうだとしても、彼は私には話してくれません」

 ジュリアン王子の考えている通りかもしれない。レグルスは今の状況を作りだした黒幕を知っている可能性がある。だが、そうだとしてもそれは自分には伝わらない。レグルスが作った壁に阻まれる。これを感じるたびに、アリシアは心が痛む。

「では、レグルスが今の状況を容認しているとすれば、その理由に心当たりはあるかな?」

「容認、ですか?」

 ジュリアン王子の視線に鋭さが加わった。凡庸と評価されている人物とは思えない雰囲気。その雰囲気と理解出来ない質問に、アリシアは戸惑ってしまう。

「黒幕が分かっていてそれを誰にも告げず、放置しているのだとすれば、それは容認しているということだ」

「……では、分かっていないのではないですか?」

 アリシアの視線にも鋭さが加わった。レグルスの罪を問うような真似は許さないという気持ちからだ。

「どうして別れた?」

「……はっ?」

「今の君の態度はレグルスを守ろうという想いから。レグルスも君に特別な想いを抱いていると私は感じている。なのに、どうして別れた?」

「それは……家同士の話し合いで……」

 嘘ではない。ブラックバーン家からレグルスとの婚約解消を伝えられ、さらにその上で新たに弟のライラスとの婚約についての打診があり、セリシール公爵はそれを拒絶した。結果、レグルスとの婚約解消だけが決まったのだ。

「それでも……ああ、公爵が欲を消さなければ無理か」

 今のレグルスはブラックバーン家の意向など関係ない立場。再婚約は可能だとジュリアン王子は思ったのだが、セリシール公爵が受け入れない理由を思い出した。王家に嫁がせるという欲を消し去らなければ無理だと。

「欲というのは、その、あれですか?」

「言葉を誤魔化す必要はあるか? ジークとの婚姻だ。娘が王家に嫁いだからといって、何がどうなるものでもないと思うのだがな」

 たとえ王妃になったとしてもセリシール公爵家が栄華を極めるなんてことにはならない。今はそういう時代ではない。なにより、守護家がそれを許さない。

「名誉を重んじる家ですので」

「なるほど。それはあるか。そして君もそれを望んでいる」

「私はそんなことは考えていません! ジークと結婚するつもりもありません!」

 名誉欲を満たす為にジークフリート王子に近づいた。こんな陰口はアリシアもウンザリだ。

「そうか……それは、困ったな」

「殿下が困ることではありません」

 困ることだ。ジークフリート王子との結婚がないと分かれば、セリシール公爵も改めてレグルスとの婚約を考えるかもしれない。ブラックバーン家を離れたといっても、レグルスは領地持ちの貴族であり、今この時代に新たに領地を与えられるほどの国王のお気に入り、と周りは勝手に思っているのだ。
 だが、国王がジュリアン王子とアリシアとの結婚を考えているとセリシール公爵が知れば、その可能性はなくなる。自分を邪魔者のようにジュリアン王子は思ってしまう。

「話を逸らしてしまったな。新しい部隊の役目は、事件に裏がないか、裏があるとすればそれはどのようなことかを調べ出し、解決することだ」

「ああ、だからレグルスに」

 適任者はレグルスとその仲間たち。以前の事件で、彼らはその力があることを示している。

「そうだ。だが王国全土となるとさすがに一部隊では厳しい。ということで新たに部隊を新設することになった。そういった任務で役に立てるのか、私は疑問に思っているが」

「……それでも必要なことです」

 一つ一つの事件にしっかりと向き合い、真相を糾明する。それはアリシアが望んでいたことでもある。

「おそらく、これまでと異なり、目立った活躍は出来ない。それでも良いのか?」

「かまいません。私は名を求めていませんから」

「それは……なるほど。求めていたのは別の人物か」

 アリシアの名声は高まっている。そうなるような活躍をしてきている。本人がそれを望んでいないというのは、ジュリアン王子には意外だった。そう思うくらい、これまで二人の距離は遠かったということだ。

「セリシール公爵家は、そうですけど……」

「……最初に言った通り、まだ正式に決まったことではない。だが、君の意向は分かった」

 アリシアの活躍を、それによって名声を得ることを望んでいたのは国王とセリシール公爵家だけではない。その可能性にジュリアン王子は気が付いた。それが間違いでなければ、レグルスが黒幕の存在を隠している理由も分かる。今はアリシアが名を挙げるには絶好の状況。だからレグルスは今の状況を放置しているのだ。
 ではアリシアが黒幕を暴く役割を得た時、レグルスはどう動くのか。国王の思いつきにも、考える余地がある。こうジュリアン王子は思った。

 

 

◆◆◆

 どれだけ秘匿しようとしても王国の動きは、遅かれ速かれ、守護家には伝わる。王国の組織には守護家の息のかかった者たちが潜り込んでいる。事が具体的に動き出せば、どこかでその網に引っかかってしまうのだ。
 王国もそれを防ごうと、そういった者たちを炙り出そうとしているが、一人炙り出されれば、また別の者を守護家は送り出す、もしくはすでに働いている者を取り込む。そんなイタチごっこが続けられているのだ。

「……さすがに気が付いたか。それはそうだね。馬鹿ばかりでは王国の政治なんて出来ないからな」

 ミッテシュテンゲル侯爵家のジョーディーの耳にジュリアン王子を団長とする騎士団新設の情報が届いた。その理由と共に。

「今後の計画はいかが致しますか?」

「予定通り、続けるしかないね。知られても大きな問題にはならない。問題になるとすれば、それは計画が止まってしまった時だ」

「組織が暴かれる可能性はございませんか?」

 ジョーディーが作り上げた組織の存在は知られるわけにはいかない。ジョーディーの、ミッテシュテンゲル侯爵家の企みが暴かれるというだけでなく、さらに先の計画を遂行するのに支障が出てしまう。

「……だからこそ計画を動かし続けなければならない。考える時間を与えないように」

「承知しました」

「動くか……焦りはあるだろうから、動くと思うけど……少し背中を押しておくか」

 動き出した計画は止めるわけにはいかない。止めさせるわけにはいかない。主導権は自分が握り続けなければならない。焦りがあるのはジョーディーも同じ。ここから先は一手の失敗が致命傷になる。彼はこれを知っているのだ。

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