月の文庫ブログ

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四季は大地を駆け巡る 第157話 皇帝の思い

異世界ファンタジー 四季は大地を駆け巡る

 ヴァイスハイト帝国の、帝国のというより皇帝を称した優斗の戦略は、東西南北各方面に軍を配置し、四方に領土を広げるというもの。南部平定は南部魔王の称号を与えたイエナの担当で、北部平定はライアンに命じた。現在、もっとも重要な西部はヴィーゼルを総指揮官としてユーロン双王国と対峙させ、東部はヴィッターハンに任せた。
 だが、当たり前だが、思うようには領土は拡張しない。優斗自身も、ある程度は予想していたことだ。なんといってもヴァイスハイト帝国は人材不足。パルス王国に仕えていた重臣たちは、アレックス王に殉じたパウエル相談役を除き、全員が逃げ出している。下級役人たちも、魔族を率いて魔王が攻めてくる王都に残っているはずがない。役人たちに限った話ではなく、王都に残っていたのは身寄りのない、住み慣れた家で最後を迎えたいという覚悟を持ったお年寄り、それと罪人として捕らえられていた者たちくらいだったのだ。
 建国を宣言したものの、国を運営する組織がない。それでは全方位での戦争など出来るはずがない。戦う以前の問題なのだ。
 優斗は臣従を誓った旧パルス王国貴族たちを抜擢して、組織づくりを進めているが、それも一朝一夕で出来るものではない。優斗に臣従した貴族たちは、パルス王国において新貴族派に属していた人たちが多い。重要ポストを与えられていなかった者たちなのだ。国を、それも混乱状態にある大国を運営する力はない。無能ということではなく、経験不足なのだ。

「人だけでなく金もない。持ち逃げされたということかな?」

 足りないのは人だけではない。国庫も空っぽだった。

「それもありますが、元々、度重なる戦争で国庫は枯渇しかけていたようです。城に残されていた書類で分かりました」

 優斗に報告しているのは南部貴族の一人。早い段階で優斗の味方になった貴族の一人だ。今のところは、彼は賭けに勝ったということだ。

「ああ、それはあるね。そうなると当面は東部で得た資金でやりくりするしかないか。ただそれもいつまでも続かない」

 まったく資金がないわけではない。イーストエンド公爵家の財産を、領地に残っていたものだが、優斗は我が物にしている。臣従しなかった貴族家の財産も奪えるものは全て奪っている。それは吐き出せば、当面は困らないはずだ。主力の魔族軍に限ってだが、軍費はほとんど必要としないのだ。
 だが支出するだけでは、いつかは尽きる。財源の確保は必要になる。

「春になれば税収が入ります」

「それはどれくらいかな? なんて聞くのは嫌味だね? それを把握することも僕たちは出来ない」

「……仰る通りです」

 王都周辺での経済活動は完全に停止している。ではそれ以外はどうなのかとなるが、それを把握する術を優斗は持たない。地方を管理する役人もいない、いないかどうかも分かっていない。パルス王国の官僚組織は完全に崩壊している。ヴァイスハイト帝国はいちからそれを作り上げなければならないのだ。

「……傭兵ギルドはどうなっているのかな?」

「ギルド、ですか?」

 何故、ここで傭兵ギルドの話になるのか。側近という立場にある彼だが、優斗の思考に付いて行けていない。

「ギルドの組織を吸収したい。傭兵ギルドはあちこちに支店を持っているよね? それを使えば、色々と管理出来るはずだ」

 これは軍事面の側近、元傭兵たちから得た情報から考えたことだ。ギルドと国は違うといっても、まったく何もない今の状況よりは遥かにマシ。こう優斗は考えている。

「本部はもぬけの空ですが……調べさせます」

 傭兵ギルドは中立。組織を吸収することは難しいと思うが、中立であるからには本来、逃げる必要はなく、ヴァイスハイト帝国の支配地域での活動を続けている可能性もある。まずはそれを確かめることだと考えた。上の人間の所在を掴み、ヴァイスハイト帝国もまた傭兵ギルドの中立性を認めると伝えれば、何らかの形で協力を得られることもあるかもしれない。依頼という形になるだろうが。

「あと各地に人を送っている。そこの町長か村長か知らないけど、そういう人間に接触して、忠誠を誓えば安全を保証すると伝えさせる為だ。彼らが戻ってくれば、少しは状況が分かるかもしれないね?」

「そのようなご命令を……さすがは皇帝陛下」

 動いているのは元傭兵であることは間違いない。ヴァイスハイト帝国の重臣という立場を望む彼にとっては、不満を感じる対応だ。四エンド家の代わりは魔族に、王国中枢の重要ポジションは元傭兵たちに奪われては、自分たちの居場所がなくなってしまう。

「あと罪人たちに恩赦を与えよう」

「恩赦……」

「罪を許す代わりに帝国の為に働いてもらう」

 猫の手でも借りたい今、人手を、ただ牢に入れておくだけにしておくのは無駄。優斗はこう考えている。そもそもパルス王国の罪は、優斗にとって罪ではないのだ。

「軍に組み込むということですか?」

「まあ、そうかな。頭の良い人がいたら政治のほうをやらせるけど」

「罪人に国政を……」

 また優斗のとんでもない思いつきが始まった。機嫌を損ねないように気を付けていても、つい、そんな思いが顔に出てしまう。

「心配しなくても責任ある立場には置かないよ。手足となって働く人は一人でも多いほうが良いよね?」

「確かに」

 魔族と元傭兵たち、それに貴族、この三者のバランスを上手く取らなければならない。どの勢力にも突出した力を与えないようにしなければならない。面倒くさいという気持ちはあるが、優斗はこれについては気を遣うつもりだ。自分の帝国支配を失敗に終わらせたくないのだ。

「とにかく統治しているという形を作ること。それで国民を安心させること。それが分かれば、パルスに仕えていた人たちの中にも戻ってくる人が出てくるかもしれない」

 ここまでのやり方は、あまりに過激過ぎた。パルス王国の王都を落とし、ヴァイスハイト帝国の皇帝という立場を得たことで優斗にも、これまでのやり方を改めようという思いが生まれた。悪の頂点と見られるよりも、偉大な皇帝と思われたい。他人に認められ、敬われたいのだ。

「……恐れながら、それをお求めでしたら、南部で為すこともなく遊んでいる軍を西方に向かわせるべきと考えます」

「イエナを、ということかな?」

「はい。ユーロン双王国の拡大は、陛下の偉大さを知らない無知な者たちの離反を誘います。まずはそれを止めることが帝国の安定に繋がるものと愚考致すところです」

 かなりへりくだった言い方をしているが、実際にそうなのだ。臣従すると計算していた西部貴族の多くが、ユーロン双王国に臣従してしまった。ユーロン双王国は戦うことなく領土を拡大してしまった。

「……イエナか。南部魔王になんてしなければ良かったね? でもな……」

「何か問題がございますか?」

「広大な領地を持っているということで、イエナに従う魔族もいるらしい。何もしないでいるようで、少しずつだけど、確実に軍事力は増している」

 パルス王国との戦いでの敗北で、多くの魔族が各地に散った。そういった魔族のかなりの数はライアンの下に集ったのだが、それを拒否した者たちもいる。イエナたちのように元々、ノルドエンデにいなかった者たちもいる。そういった者たちが、従うというのはイエナの嘘で、協力を申し出てきているのだ。
 国王だったアレックスは死に、王都は陥落。覇権はパルス王国からヴァイスハイト帝国に移ると考えた者たち。勝ち馬に乗ろうという魔族たちだ。

「南部で魔族が……」

 南部に領地を持つ彼にとっては、まったく嬉しくない話。彼の本音は南部から魔族の勢力を一掃したいのだ。その為のユーロン双王国戦への参戦提案なのだ。

「それに僕はアイオン共和国も諦めていない。それも戦いではなく、力の差を見せつけることで臣従させたい。南部をがら空きにするのは、ちょっとだね」

 多種族を統べる偉大なるこの世界で初めての皇帝。これも優斗が目指す形のひとつだ。その為にはドワーフ族も支配下に置かなければならない。

「……確かにドワーフ族を臣従させることが出来れば、状況は一気に改善するかもしれません」

 ドワーフ族が合流することに関しては、抵抗がない。ドワーフ族は閉鎖的な種族だ。人族や魔族がいる帝国の地位になど興味はないはず。競争相手にはならないのだ。

「でしょ? 軍事力も跳ね上がる。ただ、今はまだ無理だね。こちらから喧嘩を売るわけにはいかない。友好関係を作りたいくらいだ」

 期待の軍事力が自分たちに向けられる事態は避けたい。四方に領土を広げる野望があるといっても、同時に全方位に敵を作るのは無謀であることくらいは、優斗だって分かっている。硬軟混ぜ合わせ、軍事と外交を使い合わせなければならなことを。

 

 

「そういえば、東方はいかが致しますか?」

「マリ王国か……何かあれなんだよね?」

「あれとは?」

「仲良くしたくないタイプ?」

 マリ王国とはすでに外交が始まっている。ヴァイスハイト帝国から働きかけたものではない。マリ王国から、反応を探ってきたという状況だが、使者を送ってきたのだ。

「マリ王国の者たちには聞かせられませんが、ああいう国のほうが味方にするにはよろしいのではありませんか? 戦争に強いだけの国など、陛下の帝国にとってなんら脅威になりません」

「それは分かっている。仕方ないのかな?」

「こちらから探りを入れたマンセル王国の反応は良いものではなかったと聞いております。マンセル王国が敵対するのであれば、マリ王国を味方にするしかないと思います」

 マンセル王国にはヴァイスハイト帝国から臣従を打診した。マンセル王国の国力ではヴァイスハイト帝国に抗えるはずがない。脅せば落ちると考えたのだ。
 だが今のところ反応は思わしくない。もっと強く脅せば状況は変わるかもしれないが、確信は持てないでいる。

「……マリ王国に……なんだっけ? 再興した国」

「アインシュリッツ王国です、陛下。一度滅びたダクセン王国の旧臣が建てた国です」

 ヴァイスハイト帝国はこういう認識。マリ王国に伝えられた情報だ。ヒューガに命じられて、使者としてマリ王国に赴いたユリウスが、そう思わせたのだ。

「マリ王国にその国と戦わせれば、マンセル王国は背後を塞がれるね?」

「はい。逃げ場を奪うことで、陛下が求める優秀な役人を手に入れられる可能性も高くなります」

 優斗の問いの意味を、珍しく、正しく理解した。優斗の考えが常識的なものだからだが。

「背後にいるレンベルク帝国が出てくる可能性が高い」

「そうなって欲しいものです。レンベルク帝国とマリ王国に潰し合いをさせればよろしいのですから」

「……分かった。マリ王国を味方にしよう。ヴィッターハンには、優秀な人は殺さないで捕らえるように命じた上で、マンセル王国を侵略させる。東はこれで行こう」

 優斗が出した結論。そういう決断をするように誘導させられているとは、まったく思っていない。ヴァイスハイト帝国は諜報能力も不足している。魔族を抱えているヴァイスハイト帝国であれば、かなり優れているはずの能力が。

「承知しました。そうなると、あとは北ですが……」

「ライアンからはまだ何も言ってこないのかい?」

「はい。パルス王国の旧臣たちが北部に集結しているという噂も聞きます。万が一の事態が起きているのかもしれません」

「負けた、か……」

 ライアンが率いている魔族の軍勢は、度重なる激戦でかなり損耗していたことを優斗は知っている。それが分かっていて、北部に向かわせたのだ。
 ライアンが戦死していたとしても、優斗にそれを惜しむ気持ちはない。そうなることを期待していたところもある。だが、それによって北部が手薄になるのは問題だ。

「新たな軍を向かわせるにしても」

 そんな余力があるのであれば、とっくに向かわせている。

「しばらく放置? それはどうかな? いっそのこと僕が行こうか?」

「今、陛下に皇都を離れられては、我々は立ち行かなくなります。どうか、ご自重くださいませ」

 優斗が北部に向かおうとするのは戦力が他にないという理由だけではない。パルス王国の第一王女クラウディアがいるという噂があるからだ。彼女を手に入れたいのだ。
 それはヴァイスハイト帝国の貴族たちにとって望ましくないこと。出来ることなら身内を皇后に。こんなことを考えている者たちは少なくない。

「北部を放置しろと言うのかい?」

「後回しにしていただくように申し上げているのです中央と東部を押さえている以上、北部の敵の拡大にが限界があります。一方で西部のユーロン双王国は放置しておくと、さらに大きくなってしまう余地があります」

「まずは西を止めることか……それも、まずは体制を整え直してからになるね?」

「結果として、そのほうが陛下の覇業成就を早めることになりましょう」

 ヴァイスハイト帝国はまだ国としての体を為していない。軍事力だけで支配地域を拡大し、しかもその支配地域は広大なものとなった。ここで一旦立ち止まり、支配地域の統治を確立すること。臣従した貴族たちの考えはこうだ。一度、博打に勝った今、再度一か八かの勝負に出て、全てを失うような事態にはしたくないのだ。

「……分かった。少し内政に力を注ごう。良い案を考えてもらえるかな?」

「承知しました。すぐに検討に入ります」

 優斗の了承は得られた。といってもまだ実行案を考えるところまで。考えた案の実行についても承認を得なければならない。それも速やかに。
 それが帝国における地位の確立に繋がる。それが分かっている。

(……あれだけ大きな国だったのだから、野に埋もれた優秀な人材は何人もいそうだけどな。問題はどうやって探し出すか……)

 地位を得ることなく埋もれていた優秀な人材は必ずいる。優斗はなんとかして、そういった人たちを見つけ出したい。今とは比べものにならない、パルス王国の元の領土よりも遥かに広大な、この大陸の支配者となる自分に仕えるに相応しい人材を揃えたい。こう思っている。

(……ライアンを切り捨てるのは早すぎたかな? いや、さすがに魔族以外の優秀な人材を探し出す力はないか)

 諜報を担っていたライアンの部下たち。彼女たちとの連絡も今はとれなくなっている。情報の重要性を、ある程度は理解している優斗は、これに関しては素直に失敗を認めている。諜報以外でも役立っていた彼女たちを失ったかもしれないことを。

(北部の敵をじわじわと締め上げて降参させる……いや、パルスの旧臣を大勢登用するのは得策ではないね。そうなるとユーロン双王国とマンセル王国……結局これか)

 人材不足はユーロン双王国とマンセル王国の文武官を降伏させ、自国に取り込むことで補う。結局、これが一番だと優斗は考えた。あくまでも今の状況では、だが。
 この世界を統べる皇帝になろうというのだ。焦っても仕方がない。そんな心の余裕が、良くも悪くも、優斗に生まれていた。