ベルクムント王国の王都ラングトアが陥落した。国王は王城に突入してきた連合軍の騎士に討ち取られて死亡。王妃は連合軍が発見した時にはすでに自害。ジークフリート王子はそれ以前の戦いで戦死。王家の残る一人、カロリーネ王女だけが生死不明という状況だ。反ベルクムント王国連合軍の公式発表では。
実際の状況は、公式の発表とは一部異なっている。カロリーネ王女は黒狼団に救出されていて無事、というだけではなく。
「各地に散らばっている王国軍を集結させれば、王都を取り戻すことは可能です」
「どれくらいの数になりそうかな?」
ジークフリート王子、今はジークフリート王だが、は生きている。生きて、領土奪回に動こうとしている。
「三万は余裕で超えるはずです」
反ベルクムント王国連合軍は国境を越え、ジークフリートが率いる軍を敗走させたあと、まっすぐに王都に向かっている。ベルクムント王国は強大だ。面を押さえる為に、各地に駐留しているベルクムント王国軍と戦っていては、連合軍のほうが損耗してしまう。それよりは、初戦で圧勝した勢いのまま王都を陥落させ、まずは勝ったという形をつくるという戦略を選んだのだ。
それは成功した。だが当然、王都周辺以外にはまだベルクムント王国軍が存在している。その軍を集結させて、王都奪回作戦を実行することを臣下は提案している。
「三万か……」
数としては互角、どころか上回る。勝機がないわけではない。ただそれは、実際にその数が集まればの話だ。
「まずは各地に使いを送りましょう。陛下が健在であることを伝え、馳せ参じるように命じるのです」
「使いか……」
「……何かご懸念がございますか? ただ動いてみないと分からないこともございます」
実際に三万もの数が集まるのか。頭で考えていても答えは出ない。各地に命令を発し、その反応を確かめてみなければ分からない。臣下も必要以上に楽観的でいるわけではないのだ。
「確かにその通りだが……シュバルツ殿はどう思われる?」
「……はい? 俺?」
ここで意見を求められるとは、シュバルツは考えていなかった。ここが黒狼団に与えられた陣だから同席しているだけで、ジークフリート王たちの話し合いは自分たちには無関係だと思っているのだ。
「意見を聞きたいのだが?」
「聞きたいと言われても……」
「陛下。命を助けてもらったことに恩を感じられるのは分かりますが、だからといって部外者に重要な決定についての意見を求めるのはいかがなものでしょう?」
傭兵風情に意見を求める必要はない。臣下も一応は、助けられたことに恩を感じているので、このような言い方は選ばなかった。選ばなくても言いたいことは、シュバルツたちにも分かるが。
「重要な決定であるから、冷静な意見を聞きたい。シュバルツ殿、どうだろう?」
「……まず、三万もの軍勢をどこに集める? ラングトアに近づいてくれば、連合も気付く。それが千、二千の数であれば、すぐに迎撃に動くと思うけど?」
「各個撃破されるだけか……そうなると一旦、王都から離れた場所に集まることになる。集結時期を合わせやすい場所だな」
各個撃破されない為には王都から離れていて、かつ集結日を合わせやすい場所を選ぶ必要がある。移動するベルクムント王国軍を連合に気づかれない為には、かなり距離のある場所になる。
「ちなみに王都を奪回して、その後はどうする?」
「領土から連合軍を完全に追い払う」
「出来る? 連合側は引かないのでは? 自分の国に退却して、それで終わりじゃない。ベルクムント王国の侵攻を防がなければ、自分たちが滅ぼされてしまうことは分かっているはずだ」
反ベルクムント王国連合は引くに引けない。ベルクムント王国の息の根を止めなくては、自国が滅びることになってしまうと分かっているのだ。王都を奪い返されても、戦い続けるはずだ。
「しかし、我々も引くわけにはいかない。このまま滅びるわけにはいかないのだ」
「ラングトアを取り戻さなければ、ベルクムント王国は滅びると?」
「王都とはそういう場所……まさか、王都を移せと言うのか?」
王都陥落は王国の人たちに滅びを感じさせるものだ。だが実際には、ラングトアとベルクムント王国は同一ではない。ラングトアが失われたままであっても、ベルクムント王国は存在出来る。
「王都とは王が暮らしている場所では?」
「……それは、そうかもしれないが」
「陛下! 王都を奪われたままで王国の再建はなりません!」
ジークフリート王の反応は煮え切らない。臣下としては、悩む必要のないこと。王都を、領土を奪われたままでいるなど、あり得ないことなのだ。
「そこまで拘る王都はすでに陥落。国王も死亡。それなのに、ベルクムント王国が滅びたとは認めないというのは、おかしくないか?」
シュバルツは臣下が言っていることは矛盾していると思っている。王都を奪われたままではベルクムント王国が成り立たないというのであれば、すでに成り立っていない。滅びたということだ。一度滅びたのであれば、王都がどこにあろうと関係ないはずなのだ。
「まだ我々には戦う力がある」
「でも、元の領土全土を守って戦う力はない。それを行おうとすれば、全てを失う可能性がある。これも認めない?」
「それは……可能性の存在は認める」
十分に戦えるとは言ったが、それには条件があることは提案した臣下も分かっている。今、王都に集結している連合軍相手に戦うのであれば、だ。ベルクムント王国軍はすでに大ダメージを受けた。物資もどれだけ残っているか把握しきれていない。連合軍が正面決戦を避け、長期の消耗戦を仕掛けてきた場合は、かなり厳しい状況に陥ることになる。
「だったら、一度、確実に守れる範囲までに縮小するのも選択肢のひとつだ」
「確実に守れる範囲とはどのようなものだ? 連合は引かないと言ったのは、お前だ」
「だから連合が引いても良い思う範囲が、確実に守れる範囲」
「訳の分からないことを言うな!」
シュバルツが何を言いたいのか、臣下は理解出来ない。適当なことを言って、自分たちを丸め込もうとしていると思ってしまった。
「落ち着け。落ち着いて、じっくりと話を聞いてみよう。シュバルツ殿、続けてくれ」
ジークフリート王もまだレグルスの考えが分かっていないが、でたらめを言っているわけではないと思っている。考えがあるのであれば、それを知りたいと。
「この領土の大きさでは自分たちを滅ぼすことなど出来ないと思わせる場所を確保する」
「連合軍が納得する大きさとは、どれくらいを考えている?」
「大きさよりも守り易さ。それで場所を選ぶ。少し大きいくらいでも問題ない。残りの領土を割譲すれば、連合も納得する」
連合側の国は領土が広がる。その広がった領土での自国の国力と、ベルクムント王国の国力を比較して、侵略される恐れはない、侵略してきても撃退出来ると考えれば、それで良いのだ。
「小国の地位に甘んじろと? それしかベルクムント王国が生きる道はないという考えか?」
「まだ説明は終わっていない。領土の割譲は隣接国にだけ行う。野心が強い国を選んで、個別条約を結ぶ」
「……それで?」
シュバルツの考えは軍事だけではなかった。それがジークフリート王に、臣下たちにも分かった。
「領土を与えられなかった国は不満に思うが、それは無視。それらの国がベルクムント王国に何かしてくる可能性は低い。警戒すべき国が別に出来るからな」
「領土を割譲した国か……」
「割譲を受けた国同士の関係も悪くなる、というか悪くさせる。それが上手く行けば、反ベルクムント王国連合は二度と成立しない」
そのような状況になれば、もう各国の利害は一致しない。力を持った国同士の対立は深まり、力を持てなかった国々はそれらの国への不信感を強める。自国に攻め込んでくるのではないか、第二のベルクムント王国になろうとしているのはないかと疑うことになる。
「……我々はどうする? 国力の回復に努めるのは分かる。それ以外に何かあるのか?」
「良識のある周辺国との関係改善。出来るだけ速やかに同盟まで持って行く。まずは交易から。隣国と協力して、お互いに発展する道を探る」
「……力を持った国々の間で争いが起こり、大陸西部が再び動乱の時代になるのを待つか?」
その時までにベルクムント王国は力を蓄え、動乱を勝ち抜く。再び、大陸西部の覇者になる。
「それは俺に聞かれても。どういう道に進むかはベルクムント王国の人々が決めることだ。ただ言えるのは、過去と同じように力による支配を試みれば、いつかまた同じことが起きるだろうってこと」
「……もしかして、最初からこれを考えていたのか?」
「俺が考えたわけじゃない。聞いた話だ」
考えたのはコンラート。ベルクムント王国の為でも、ジークフリート王の為でもない。ベルクムント王国にシュバルツたちが向かうという話の中で、なんとなくこの先の展開を考え、それをシュバルツに伝えることで、自分の能力を認めてもらおうとしただけだ。
「シュバルツ殿もベルクムント王国の人間として協力してもらえるだろうか? 出来れば、考えた人物も一緒に」
「無理。他にやることがある」
ベルクムント王国に来たのも、ジークフリート王とカロリーネ王女を助けたのも、仲間の為。この先、ベルクムント王国がどうなろうとシュバルツには、どうでも良いことだ。
「……では、せめて新たな領土を確立するまで、傭兵として仕事してもらうというのは?」
「それをする義理はない。逆に恩返しをしてもらう立場だと思っているのだけど」
「しかし……」
シュバルツの話は納得出来た。聞いた通りの方針で動こうとジークフリート王は考えている。だが、実際にそれを実現出来るかとなると自信はない。成功する可能性を高める為に、シュバルツの協力が必要と考えている。
「陛下。我々の力だけでなんとかなります。貴重な助言を頂いた上に、さらに無理に助力を頼むのはいかがなものでしょうか?」
ジークフリート王の求めを拒絶する無礼者には用はない、とは言わない。
「シュバルツ殿は……素性を明かしても?」
「俺の? 隠しているつもりはないけど?」
自分が何者かを隠しているつもりはシュバルツにはない。今は、その必要がない。
「シュバルツ殿は、愚者だ」
「……は、はい?」
「アルカナ傭兵団の愚者だ。連合軍との戦いにおいて、シュバルツ殿がいてくれると、どれほど心強いか分かるだろう?」
「それは……」
アルカナ傭兵団の愚者、シュバルツはベルクムント王国軍にとっての天敵。つまり、ベルクムント王国軍と同じように火薬兵器に頼った戦いを連合軍が行おうとすれば、連合軍にとっても天敵になるということだ。
「訂正しておくと、元アルカナ傭兵団。今は違う。それと手伝うにしても条件がある。本当は命を助けた時点で、こちらの要求を飲んでもらう予定だったので、条件は増える」
「実現出来る条件は全て受け入れる」
シュバルツと黒狼団が加わってくれるのであれば、どのような条件でもズィークフリート王は飲むつもりだ。王国滅亡以上に失うものなどないと考えているのだ。
「そういう言葉は条件を聞いてから口にするべきだ。貴方はすでに国王なのだから」
「確かにその通りだ。だが、国王として頼んだら、シュバルツ殿は受け入れてくれないのではないかな?」
「どうだろう? 今回は少し違うかな?」
シュバルツが求める条件の一つには、ベルクムント王国の国王という肩書が有効なのだ。
「それで条件は?」
「条件はもう少し事を動かしてから。それによって条件は変わる。仕事を受けるかどうかも変わるかもしれない。戦いがない可能性もあるから」
まだ条件は流動的だ。本当はかなり急ぎたいのだが、焦ってもどうにもならないことはシュバルツも分かっている。
「なるほど……では、まずは軍の集結か。どこを王都として定めるべきか……」
「考える必要ある? ベルクムント王国も最初から大きな国ではなかったはずだ」
「……ランデルアンフェング」
ベルクムント王国にとっての始まりの地。まだ数ある小国のひとつに過ぎなかった頃のベルクムント王国の都があった土地だ。
「そこがどういう場所であるかは、貴方たちのほうが詳しいはず。ベルクムント王国が、ただ運だけで大陸西部の覇者にまで上り詰めたのでなければ、そこには何かがあるはず、と聞いている」
多くの小国の中から頭一つ飛び出る為に必要な何かがその土地にはあったはず。土地が豊かなのか、資源があるのか、軍事的な要所であるのか、交易のし易さか。そこには何かがあった。まだあるかもしれない。これもコンラートの考えだ。
「……分かった。ランデルアンフェングから始めよう」
今となってはランデルアンフェングは、ベルクムント王国全体から見れば僻地。だが、ズィークフリート王はそこを新たな都にすると即断した。都というより、再興の地として、ランデルアンフェング以上に相応しい場所はないと考えたのだ。
かつての始まりの地を、再び、始まりの地とする。困難に立ち向かう時には、そういった特別に思える何かが必要だと。