月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第109話 敗者と勝者

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 膠着状態に陥っていたノートメアシュトラーセ王国の玉座を巡る戦いはジギワルド、そしてオトフリートにとっても想定外のきっかけで、一気に激化した。日和見を続けるであろうと思われていた中央諸国連合加盟国が、ジギワルド支持を宣言したのだ。中央諸国連合加盟国の各国も、ずっと傍観しているわけにはいかない。そう遠くないうちに東のオストハウプトシュタット王国は動く。その時に中央諸国連合の要であるノートメアシュトラーセ王国、アルカナ傭兵団が役立たずであっては困るのだ。弱体化したアルカナ傭兵団では防ぎきることは難しいと思っているが、負けるにしても負け方というものがある。オストハウプトシュタット王国に手強いと思わせることが出来れば、従属するにしても条件で譲歩を引き出せるかもしれないのだ。
 だがオストハウプトシュタット王国に動きはない。オトフリート陣営とジギワルド陣営、どちらが優勢かは、両陣営でさえ分かっていない。
 そのような状況で中央諸国連合加盟国が決断出来たのは、ノートメアシュトラーセ王国の両陣営が掴んでいない情報を入手出来たから。愚者、シュバルツの動向について一部の情報を掴んだのだ。
 最初にそれを知ったのは、ノイエラグーネ王国。ノイエラグーネ王国にシュタインフルス王国から不戦条約締結の申し入れがあった。軍の移動が難しい山岳地帯で隔てられているシュタインフルス王国とは違い、川一つ隔てただけの隣国であるライヘンベルク王国も条約に加わるという条件で。
 ノイエラグーネ王国にとっては好条件の条約だ。だが、ライヘンベルク王国は何度も軍事衝突を繰り返している敵国。はたして信用出来るのかという問題がある。その懸念を、戦ったことがないわけではないがライヘンベルク王国ほどの脅威ではないシュタインフルス王国に正直に伝えたところ、返ってきた答えは、「この条約にはアルカナ傭兵団の愚者が関与している。もしライヘンベルク王国が裏切った場合は、シュタインフルス王国は愚者と共にノイエラグーネ王国の為に戦う」というものだった。
 そのシュタインフルス王国の返答自体が信用出来るのかという議論になったが、実際にシュバルツの従士であり、法王アーテルハイドの息子であるクローヴィスがシュタインフルス王国を訪れ、事実であると告げた。ノイエラグーネ王国軍には愚者と一緒に戦った者たちがいる。その者たちがクローヴィス本人であり、彼はシュバルツの副官の様な立場だった、誤解だが、と証言すると、もう疑う必要はない。ノイエラグーネ王国は条約締結を受け入れた。
 その一方でノイエラグーネ王国は、条約の話は隠した上で、「どうやら愚者はシュタインフルス王国で活動しているようだ」という情報をパラストブルク王国のゴードン将軍に伝えた。ゴードン将軍は中央諸国連合加盟国の中では、シュバルツに近い人物と見られており。愚者がシュタインフルス王国で任務を行うきっかけを自国と共に作った。最初に伝える相手としては一番だとノイエラグーネ王国は考えたのだ。
 西の脅威が薄れたとしても、それでノイエラグーネ王国は安心出来ない。東の驚異を薄れさせる為には、中央諸国連合の東側の加盟国に壁になってもらわなけれならない。その為には、ノートメアシュトラーセ王国の内乱を治めるべきだと考えた上での判断だ。
 そこから先はゴードン将軍が事態を動かすことになる。ゴードン将軍はノイエラグーネ王国におけるシュタインフルス王国の活動を掴んでいた。元々他の加盟国の動向は注視しているが、ノイエラグーネ王国は一度裏切りを決めた国、西からの脅威に直面している国でもあるので、張り付けている耳目は他国より多くしていたのだ。
 何の為に使者が行き来しているかまでは分からなくても想像は出来る。どうやらライヘンベルク王国まで絡んでいるとなれば、想像は確信に近くなる。
 では三国の密約に愚者が絡んでいる意味は何か。ゴードン将軍はすぐに答えを導き出した。三国の密約は中央諸国連合を無視したもの。ノイエラグーネ王国を中央諸国連合から脱退させてしまいかねないものだ。それに協力するということは、シュバルツはノイエラグーネ王国、そしてアルカナ傭兵団をも無視しているということ。彼はアルカナ傭兵団に戻る気はないということだ。
 それがはっきりすれば、ノートメアシュトラーセ王国での内乱の勝者は見える。ギルベアト陣営への支持を表明したのは、ゴードン将軍にとって勝馬に乗るようなものだった。
 中央諸国連合の支持を得たジギワルドは決戦を決断した。中央諸国連合が味方についたことが心強いというのもあるが、王都を奪われたままでは連合の盟主として認められないという焦りもあってのことだ。

「王国騎士団第二大隊、突破されました!」

 それを迎え撃ったオトフリート陣営だが、戦況は劣勢だ。王国騎士団の数では勝るオトフリート陣営だが、戦力そのものはジギワルド陣営に劣っている。アルカナ傭兵団の団員の多くはジギワルド陣営にいるのだ。

「ルイーサが止まらない! あの女、いかれている!」

 長い膠着状態のおかげで、ルイーサの傷は完全に癒えた。だが、ルイーサが凄まじい勢いで、オトフリート陣営を突破してくるのはそれだけが理由ではない。オトフリート陣営はディアークの仇。復讐の炎を燃え上がらせているのだ。

「……私が行こう」

 立ち上がったのはセバスティアン。ルイーサを止められるとしたら、自分以外にはいないと考えたのだ。

「いや、私が行く。あの女との戦い方は知っている」

 そのセバスティアンを制したのはオトフリートだ。ルイーサとの戦い方は、彼にとっては悔しいことだが、シュバルツが教えてくれている。同じ能力を持つ自分であれば、同じ戦い方が出来ると考えたのだ。

「国王が自らですか? それで負けてしまっては、この戦いそのものの敗北が決まってしまう」

「……もう負けている。だがルイーサを止めることが出来れば、戦況をひっくり返すことが出来るかもしれない」

 反乱直後からオトフリートは負けを覚悟していた。城内で討ち取るべき相手を打ち取ることが出来なかった。上級騎士に対抗出来る力があると考えていた近衛騎士団は、その戦いでディアークたち幹部に壊滅させられた。教会への支援要請も無視されている。それで勝てるはずがない。

「戦況をひっくり返すことが出来るのは、愚者を味方につけた時です」

「……セバスティアン、それは」

 もうセバスティアンも分かっているはずだ。シュバルツが味方になることなどないことを。

「……愚者と共に戦えないのは残念ですが、ここまで追い込まれては仕方がありません」

「セバスティアン!」

 だが、セバスティアンの口からは、まだ期待している言葉が出てくる。それがオトフリートに辛い。シュバルツが味方すると嘘をついて仲間に引き込んだのは自分なのだ。

「……諦めては駄目だ。我々はノートメアシュトラーセ王国もアルカナ傭兵団もこのままでは駄目だと思って、事を起こした。今もその気持ちは変わらない」

「……だが……私はその期待に応えられなかった」

 自分では駄目だった。これも、事を起こす前から分かっていた。分かっていたが諦めることが出来なかった。オトフリートにとって諦めることは、自分の存在を否定するのに等しかったのだ。

「私は諦めるなと言った。ここでの戦いは負けで終わるかもしれない。だがそれで全てが終わったわけではない。我々の目的はオトフリート、お前を玉座に座らせるなんてことではないのだ」

「…………」

 オトフリートが玉座に座るのは、目的を達成する為の手段。国王になったらそれで終わりではないのだ。

「ノートメアシュトラーセ王国では、アルカナ傭兵では駄目なら、別の場所、別の方法を考えれば良い。私は愚者であればそれが出来ると考えた。愚者と、そしてオトフリート、お前の二人であれば」

「セバスティアン……」

 シュバルツと自分の二人であれば。このセバスティアンの言葉は、オトフリートによって思いがけないものだった。セバスティアンが求めているのはシュバルツ。自分はシュバルツを味方にする為の道具に過ぎない。セバスティアンはそう思っているとオトフリートは考えていたのだ。

「一人ぐらい命を捨ててくれる臣下がいないと、お前も恥ずかしいだろうから、私がここで死んでやる。だからお前は逃げろ。逃げて、その命を目的の為に使え」

「……やめろ。私にはそんな価値はない。私の為に死ぬ必要なんてない!」

「馬鹿野郎! お前の為に死ぬ私の命まで安くするつもりか!?」

「ち、違う。私はそんなつもりでは……」

 セバスティアンの志は自分のそれよりも遥かに尊い。死ぬべきは自分。人を騙し、自分を騙し、多くの人を死なせてしまった自分だとオトフリートは考えているのだ。

「犬死は許さない。生きろ。生きて前に進め」

「ま、待て……待ってくれ!」

 オトフリートの制止にセバスティアンが足を止めることはなかった。彼の心を動かす力はオトフリートにはないのだ。セバスティアンが求めていた導き手は別にいるのだから。
 この日、セバスティアンが奮戦した甲斐なくオトフリート陣営は敗北した。ジギワルド陣営が王都シャインフォハンに突入したのは、セバスティアン戦死の翌日のことだ。

 

 

◆◆◆

 ズィークフリート王の命令を聞いた各地に駐留していたベルクムント王国軍は、ランデルアンフェングに集結した。全ての部隊が命令に従ったわけではない。すでに駐留地から逃げ出している部隊もあれば、ズィークフリート王の命令に従うことが正しい選択かを迷い、命令を無視する部隊もあった。
 結果、集結したのは一万ほど。当初想定の三分の一だ。といってもその想定が甘いものであるのはズィークフリート王と臣下たちも分かっていた。ひどく落胆することにはならなかった。
 問題は、その数で戦えるかということ。ベルクムント王国軍が各地を移動していれば、それが王都から離れた場所であっても、反ベルクムント王国連合軍は気付く。集結地も予想され、連合軍はランデルアンフェングに向けて進軍を開始した。
 外交交渉はまだ始まってもいない。命がけの使者が、交渉相手として選んだ各国に向かっているところだ。負けるわけにはいかなかった。支配地域を確保出来なければ、外交交渉など成立するはずがないのだ。集結した全軍を率いてズィークフリート王と将たちは悲壮感を漂わせて、連合軍の迎撃に向かった――結果、それは杞憂で終わる
 珍しくはりきっていたシュバルツと黒狼団の働きは凄まじかった。シュバルツはこの一戦で終わらせようと考えていた。これ以上、ベルクムント王国を追い込むべきではない。連合加盟国にそう思わせるくらいの打撃を与えようと考え、実際にそれを実現した。
 大軍に怯むことなく、何度も突撃を繰り返し、火薬兵器の所在を掴んだところでそれを爆破。そしてまた別の国の軍勢に対して、同じことを繰り返す。やられた軍勢は大きな被害を受けることになる。
 ただ、それはそう長くは続かなかった。連合軍の中から。自分たちを攻撃している部隊がアルカナ傭兵団の愚者であることに気付く者が出たのだ。それが広まると連合軍の士気は一気に落ちることになる。ベルクムント王国軍でさえ甚大な被害を与えられた敵を相手に、自分たちが戦えるはずがない。こう考える人たちが増えていく。
 連合軍は統制を失い、バラバラに撤退していくことになった。その連合軍をベルクムント王国軍は追撃、しない。それを望む将はいたが、それを行えば黒狼団は離脱するというシュバルツの脅しに屈した。それで戦いは終わった。 

「交渉が難航している? そうか……それはそうだろうな」

 戦いが終わり、外交交渉に移っている。各国との交渉が開始され、その状況についての報告も届くようになったが、今のところ良い結果は得られていない。

「各国の要求はこちらが提示した条件を上回っております。かなり強気に出てきているようです」

「……安易な譲歩は出来ない。一国に対してそれを行えば、他の国の要求にも応えなければならなくなる。それは無理だ」

 ベルクムント王国の支配地域を極端に狭めるわけにはいかない。そうしては将来の発展は難しくなってしまう。それ以前に、今の軍を維持出来ないような国力になってしまえば、侵略される可能性だってあるのだ。

「一国に対してだけそれを行えば良い」

「何?」

 ズィークフリート王の考えを否定する声は、シュバルツのもの。口出ししたくはなかったが、外交がまとまってくれないと黒狼団は動けない。ただ待っているだけの時間など、シュバルツは耐えられないのだ。

「交渉の破棄と他国との交渉継続を匂わせれば良い。そちらが拒否するのであれば、渡す予定だった分け前は他との交渉に使わせてもらいます、て感じ」

「……それが通用すると?」

 シュバルツの言うことは、ズィークフリート王にも理解出来る。ただ軍事については絶対の信頼を置けても、外交となるとそうはいかない。シュバルツには国政に関わった経験など、あるはずがないのだ。

「さあ? 裏社会では通用したけどな」

「裏社会……」

「心配なら優秀な文官をさっさと呼び戻せば良い。俺が考えるよりも遥かに良い方法を考え、交渉も代わってくれるはずだ」

 今、外交交渉に動いているのは騎士たち。彼らも国と国との外交に関しては素人だ。大国であったベルクムント王国には優秀な文官が大勢いたはず。さっさとその人たちに代わってもらうべきだとシュバルツは考えている。

「それは……分かっているのだが……」

 優秀な文官たちは、前国王によってその地位を追われた。前国王が亡くなり、ズィークフリートが王になったからといって、そのわだかまりは消えるわけではない。ましてベルクムント王国は未だに瀕死状態と見られている。恨みがある滅亡間近な国に仕えようという人は、滅多にいるものではない。ズィークフリート王は父王の時代の臣下たちと、それほど強い繋がりを持つわけではないのだ。

「……その気があるのなら、安全な場所に籠っていないで外に出たら? 護衛くらいは引き受けても良い」

「……分かった。頼む」

 本気で優秀な臣下を取り戻したいと思っているのであれば、危険を冒してでも自ら動くべき。シュバルツの言う通りだとズィークフリート王は思った。

「王女殿下も」

「カロリーネも行かせるのか?」

「そのほうが相手が受け入れそうだ。王女殿下は人当たりが良いし、可愛げがある。危険を犯して訪れてきた王女殿下に、兄を助けてくださいと言われて、それでも断るような奴は臣下にしないほうが良い」

「それは……そうかもしれない」

 つまりはパフォーマンス。カロリーネ王女であれば何も言わなくても誠意を持って交渉するだろうが、シュバルツはその上でさらに相手が断れないような状況を作ろうとしている。
 これも裏社会で学んだこと。そうであろうとズィークフリート王は考えた。国の政治も同じかと思って、少し気が楽になった。

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