月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第104話 動けない人たち、動き出した俺たち

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 ノートメアシュトラーセ王国の内乱は膠着状態に陥っていた。オトフリート、ジギワルド両陣営とも相手の戦力を測りかね、自陣営の勝利を確信出来ないまま、戦いを避けてきたのだ。 生死不明のディアークを含め、アルカナ傭兵団上級騎士のうち七名が行方不明という状況と反乱時にオトフリート陣営を支援した勢力の動向が不明なことが両陣営に戦うという決断をさせないでいた。
 オトフリート陣営は時間の経過が自分たちに不利に働くのは分かっている。行方不明の上級騎士のうち、幹部であったルイーサとトゥナが味方になる可能性は無に近い。大怪我を負わせたベルントも同様だ。彼らがジギワルド陣営に付くとは限らないが、可能性としてはそちらのほうが高い。時が経てばジギワルド陣営の戦力が強化されてしまうのだ。
 だからといって、即戦という決断は出来ない。数で優勢とはいえ、絶対に勝てる保証はない。砦攻めとなると今の兵数差では、かなり厳しい戦いになることが分かっている。それで自陣営の王国騎士団の戦力を減らしてしまっては、有利な点は城のある王都を押さえているというだけになってしまうのだ。
 だがそんな膠着はいつまでも続かない。戦力の均衡が崩れ始めたのだ。

「ハーデンとリュディガーは呼んだの?」

「ルイーサさん。彼ら二人を呼び寄せるわけにはいきません」

 そのひとつはルイーサがジギワルド陣営に合流したこと。シュバルツとの戦いを避けたルイーサに他の選択肢はない。ジギワルドに味方し、反乱を起こしたオトフリートを殺す。シュバルツを追っていたのも、この目的の為なのだ。

「どうしてよ?」

「オストハウプトシュタット王国への備えが疎かになります。こういう時だからこそ、中央諸国連合の信頼を裏切るわけにはいかないのです」

 ルイーサが呼べといったハーデンとリュディガーはオストハウプトシュタット王国の備えとして中央諸国連合の東側の加盟国を巡回している。それぞれハーデンは死=デア・トート、リュディガーは節制=ディー・メースィヒカイトのカードに認められた上級騎士だ。
 彼ら二人が反乱時に王都にいなかったことは、今のところはジギワルドに有利に働いている。彼らを味方にする機会を得られなかったオトフリートと比較すればの話であって、ジギワルド陣営に付くことが確定しているわけではないが。

「……仕方ないわね。まあ、今の戦力でも十分勝てるわ。いつ攻めるの?」

「決まっていません」

「どうして? 戦力はこちらが上回っているわ。戦いを躊躇う理由はないじゃない」

 自分が合流したから、なんて理由で強気な発言をするほどルイーサは思い上がっていない。上級騎士の戦力では、オトフリート陣営はオトフリート自身とセバスティアン、そしてエアカードの三人が戦闘力を持つ。ジギワルド陣営はジギワルドとルイーサの二人だが、ルイーサの実力は頭ひとつ抜けている。上級騎士で互角に持ち込めば、従士の数で勝るジギワルド陣営が優位。こういう考えだ。

「……愚者は本当にオトフリート陣営にいないのですか?」

「いないわ。あいつがオトフリートに味方するはずないでしょ?」

 ジギワルド陣営が気にしているのは、シュバルツの動向だ。シュバルツはジギワルドよりオトフリートに近いという認識がある。さらに自陣営にルイーサが加わったことで、シュバルツがオトフリートに付く可能性が高まったとも考えているのだ。
 シュバルツがオトフリート陣営にいるとなると、ルイーサの戦力比較とは違う結論になる。一対一の戦い以上に、シュバルツは集団戦において脅威。こう見られているのだ。

「あの……トゥナさん?」

 トゥナも、そしてルーカスもジギワルド陣営にいる。トゥナは、いるというだけで、味方になったつもりはない。トゥナのそんな思いを知っているルーカスも似たようなものだ。

「愚者は占えない。そう言ったはずよ?」

 すでにトゥナは一度、ジギワルドからシュバルツの行方を占うように頼まれている。頼まれ、占えないと言って、断っている。
 だがジギワルドはそれを信じていない。シュバルツが、トゥナが占えない特別な存在であると認めたくないのだ。

「ルーカス殿」

「少なくとも今はルイーサ殿の言う通りだと思う。ただこの先は何とも言えない。合流の可能性があるという意味ではなく、所在を掴めていないからだ」

 ルーカスの部隊はアルカナ傭兵団の諜報を担っていた。だがキーラの友達、情報網を失った今は、以前のような活動が出来ないでいる。情報の伝達まで自分たちで行わなければならないとなると、完全に人手が足りないのだ。

「そうであれば今戦うべきですか……」

「前言と異なることを言うようだが、情報に基づいたものではない勝手な考えとして聞いてくれ。私もルイーサ殿の考えは正しいと思う。愚者にはオトフリートに味方する理由がない。愚者と呼ぶのも間違いだ。彼はもうアルカナ傭兵団ではない」

 シュバルツはもうアルカナ傭兵団の一員ではない。本人にはその意識はないはずだとルーカスは考えている。シュバルツにはアルカナ傭兵団に拘る理由がない。たとえ彼がディアークの息子であったとしても、異なる道を歩むはずだと。
 その可能性は、ルーカスはトゥナから聞いている。すでに隠す必要のないことだとトゥナは考えているのだ。目の前にいるジギワルドとその周囲は除いて、だが。

「では従士たちはどこにいるのですか?」

 シュバルツの従士たちは優秀だ、という認識がジギワルドにはある。その彼らを味方に出来ないかと考えた。

「……彼らもまた、もうアルカナ傭兵団ではない。これも確かめたわけではないが、まず間違いなく一緒にいるはずだ」

「ベルント殿も彼に付いて行ったと聞きました。どうしてですか? 彼も、彼に付いて行った者たちもまた裏切者ではないのですか?」

「それは……」

 アルカナ傭兵団を無断で脱退した。ギルベアトにとってそれは裏切り行為だ。ルーカスはそう思っていないが、ギルベアトの問いにどう答えて良いか、すぐに思いつかなかった。

「アルカナ傭兵団はもうないわ。団長の死と共に消滅したのよ」

「ルイーサ殿……」

 ディアークのいないアルカナ傭兵団など、ルイーサには受け入れられない。もしアルカナ傭兵団を再結成するとすれば、シュバルツから神意のタロッカを奪い取り、自分が団長となって始める。ルイーサはこう考えているのだ。ギルベアトには受け入れられないだろう考えだ。彼は自分が次期団長だと思っているのだから。

「シュバルツのことは嫌いだけど、このことで、あの男を責めるつもりはないわ」

「シュバルツ?」

「えっ? まさか貴方、こんなことも知らないの?」

 ギルベアトはシュバルツの名を知らない。これはルイーサにとって驚きだった、そこまでギルベアトとシュバルツの距離が遠いとは思っていなかったのだ。

「あっ、いえ、聞いた覚えはあるのですが……」

「なるほどね。貴方のほうに興味がなかったら、シュバルツと親しくなれるはずがないわ。シュバルツは愚者の本名、ヴォルフリックは偽名なの」

 まったく聞いたことはないなんてあり得ないとルイーサは思っている。それで頭に残っていないということは、ギルベアトのシュバルツへの興味がその程度だったということ。
 間違ってはいない。ギルベアトはシュバルツとの距離を詰めることに積極的ではなかった。無意識、というより意識しての無意識という複雑な心情で、シュバルツを軽視しようとしていたのだ。

「じゃあ、これも知らない? シュバルツは自分の組織を持っている。黒狼団という組織よ。ベルクムント王国にいた時からあった組織で、全員が元ノートメアシュトラーセ王国の近衛騎士団長だったギルベアトの教え子。ただの不良の集まりとは訳が違うわ」

「…………」

 シュバルツと自分との違い。無視してきたそれをルイーサに思い知らされて、ジギワルドは何も言えなくなった。

「貴方にはこのほうがショックかしら? 王都の食堂はその黒狼団の拠点。働いていたのは全員が黒狼団よ」

「えっ……?」

 つまり、エマも黒狼団の一員。ルイーサの言う通り、ギルベアトには衝撃の事実だった。

「ルイーサ、ジギワルドを虐めてどうするの?」

 このままの調子だと、ルイーサは話すべきでないことまで話してしまう。そう思ったトゥナが割って入って来た。

「別に虐めているつもりはないわ」

「では無駄な情報を話すのは止めて、もっと大切な話をしたら?」

「大切な話?」

「シュバルツがオトフリートに付くことはない。これは私も同感。彼がこの戦いに介入してくるとすれば、彼自身の目的を果たす為ね」

 占うことが出来なくても、シュバルツがオトフリートに付かないことは分かる。オトフリートの目的はノートメアシュトラーセ王国の国王に、そしてアルカナ傭兵団の団長になること。彼の陣営にいる人たちは、臣下であり部下なのだ。そんな立場をシュバルツが受けれいるはずがないと、トゥナは思う。

「彼自身の目的って何よ?」

「復讐。オトフリートと戦っている時に、その隙を狙って彼が命を狙いにくる可能性はあるわ。気を付けてね、ルイーサ」

「…………」

 トゥナの言う可能性をルイーサは否定出来ない。シュバルツであれば、やってきてもおかしくない。正々堂々なんて、シュバルツが気にするはずがないのだ。

「この可能性を加味した上で、判断するのが良いと思うわ」

「はい……」

 トゥナは判断しろと言うが。彼女が伝えた可能性は、さらにジギワルドの判断を難しくさせるもの。オトフリート陣営との戦いの最中に、ルイーサが離脱するような事態になったらどうなるのか。想定すべきリスクが、また増えてしまったのだ。
 考え込んでしまうジギワルド。その様子をトゥナは冷めた目で見つめている。分かっていたことだ。ジギワルドにディアークの代わりは勤まらない。アルカナ傭兵団は目的を果たせないまま、消滅してしまったのだ。

 

 

◆◆◆

 大陸東部と西部を繋ぐ街道はいくつかある。いくつかの街道が交差し、合流し、分離し、各地を繋いでいるのだ。その中のひとつ、グローセンハング王国の王都シュヴェアヴェルを抜けて東に伸びる道を馬車が走っている。貴族が使う馬車にはさすがに劣るが、それに次ぐくらいには立派な馬車だ。大陸西部で一、二を争う商業都市であるシュヴェアヴェルであれば、そのような馬車を使う裕福な商家や大農家の人が行き交っていてもおかしくない。おかしいのは時間とその速さだ。
 すでに日は落ち、夜の闇が辺りを覆っている。移動するには視界が閉ざされていて危険で、野盗などが動き始める物騒な時間だ。そんな時間にその馬車は、かなりの勢いで走っている。
 野盗に襲われるのを恐れて、ではない。恐れる必要はない。馬車を駆けさせている者たちは、野盗と同じか、それ以上の悪党なのだから。
 その馬車が勢いを弱め、やがて止まった。目的地に到着したのだ。建物などない、シュヴェアヴェルの街の灯りも遠く見えない場所。そこに待っていた男たちがいた。
 馬車の扉が開き、馬車を御していた男と似たような身なりの男が二人降りてきた。猿ぐつわをかまされ、両手両足を縄で縛り上げられた人物を抱えて。
 待っていた男の一人が灯した火が周囲を照らす。

「……間違いなさそうだな」

 縛られている男と懐から取り出した紙を見比べて、その男、シュバルツは呟いた。

「断言するのはまだ早い。はっきりするのは色々と白状させてからだ」

 シュバルツのその呟きを否定したのはロートだ。

「それはそうだけど、教会の人間でこれだけ似顔絵にそっくりとなると、確率はかなり高い。しかし、見つかるものなのだな?」

 縛られている男は教会の人間。ヘルツに接触していて、恐らくは操っていた男だ。証言者からの情報で書かれて似顔絵を使って、黒狼団はその男を探していた。ベルクムント王国の王都ラングトアにいないと分かった時点で、諦めていたのだが、こうして捕らえることが出来たのだ。

「確かに。ありがとう。良く見つけられたな?」

「まあ、賞金首探しなんて良くある仕事だからな。それにこいつは間抜けにもこんな大きな街道を使っている。追われていると思っていなかったのだろうな」

 見つけたのは黒狼団の仲間ではない。伝手を使って、様々な組織に捜索を依頼したのだ。当然、賞金をかけて。その内の一つの組織が男を見つけたのだ。

「それでも助かった。これは約束の賞金だ」

 用意していた革袋、賞金が入っている革袋をロートは男たちに差し出した。

「……確かに。また何かあったら言ってくれ。命の危険がなく金になる仕事は大歓迎だ」

 黒狼団と友好関係にある組織の人間たちではない。金目当てで仕事をしただけだ。そしてこんな組織、男たちは裏社会には大勢いる。仮に自分の組織が黒狼団と抗争中であっても、金の為に手伝うような者たちも。

「ああ、何かあったら、また頼む。きちんと仕事をこなしてくれる相手はこちらも大歓迎だ」

 やや過度に感謝の気持ちを伝えるロート。裏社会の繋がりは役に立つ。今回のことだけでなく、ラングトアを出てからこれまで何度かそう思う出来事があった。黒狼団も、慣れ合うつもりはまったくないが、他の組織との繋がりを持つべきだと考えるようになっていたのだ。

「じゃあ、俺たちはこれで」

「馬車は?」

「いらねえ。こんな馬車に乗って帰ったら目立つ」

「分かった。じゃあ、こっちで処分しておく」

 男たちは馬車に乗ることなく、歩いてシュヴェアヴェルに戻っていった。実際にシュヴェアヴェルに戻ったかは分からない。すぐに姿が見えなくなったのだ。

「じゃあ、俺たちは馬車に乗っていくか」

「追ってくる奴がいるかもしれない」

「そのほうが好都合だろ?」

「……そうだな」

 ヘルツを狂わせたこの男に仲間がいるのであれば、その仲間たちも殺す。黒狼団は仲間を傷つけた者を許さない。団の掟に背いて除名となったヘルツだが、騙してそうさせた者がいるのであれば、その相手にも報いを受けさせなければならない。これも黒狼団の掟なのだ。

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