月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

黒き狼たちの戦記 第103話 見えない未来を気にしても意味はない

異世界ファンタジー 黒き狼たちの戦記

 シュバルツたちがいるシュタインフルス王国は、ベルクムント王国に従うことを止めている。正式にベルクムント王国に通達したわけではないが、命令に従うつもりはない。
 今の状況は叛意が明らかになっても討伐軍を差し向けられる心配がないという点では良い。ベルクムント王国とシュタインフルス王国の間には他に、いくつも従属を止めた国があるのだ。
 だからといって、それを喜んでいるだけではいられない。ベルクムント王国の従属から抜け出した国々がこの先どう動くのか。野心を露わにする国が多くなれば、大陸西部は次の覇者の座を巡る戦乱の時を迎えることになるかもしれない。そうなった場合、シュタインフルス王国はどのような選択を行うか。対処を誤れば国が滅ぶ可能性もあるのだ。

「まずはベルクムント王国が本当にこのまま滅びてしまうかだね」

 現在の状況についての考察をシュバルツたちに説明しているのは、コンラート。彼にとっては自分の有用性を知らしめる良い機会だ。シュバルツたちは政治など知らない。その手の知識はコンラートしか持っていないのだ。

「そう簡単にはいかないだろ?」

 ベルクムント王国は大国だ。いくら国王の乱心により、政治体制が滅茶苦茶になっているとしても、すぐに滅びることはないとシュバルツは思っている。

「簡単ではないね。でも、反旗を翻した国々にしてみれば、この機会にベルクムント王国を絶対に滅ぼしてしまわなければならない。滅ぼすのは無理でも、その国力を最大限に削っておかなければならない」

「仕返しを恐れてか?」

「そう。ダメージが少ない状態であれば、ベルクムント王国は再び、大陸西部の制覇に動き出す。逆らった国は許さないだろうね? それが分かっていれば、恐らくは背いた国は連合を組む」

 一国でベルクムント王国を滅ぼすことは、ほぼ不可能。それが出来ないから従属していたのだ。それなりに力があった国もあったが、それらは侵攻時にベルクムント王国に徹底的に叩かれ、逆らうことが出来ないくらいに国力を削られている。従属国となった後も同じだ。過度に力を持たせないようにベルクムント王国は、従属国に対して、様々な干渉を行ってきた。

「中央諸国連合のような?」

「中央諸国連合は大国の侵攻に対して協力して事に当たる、というもの。西部で生まれるだろう連合はベルクムント王国を徹底的に叩くという目的に限定した連合だね」

 同じ大国に対抗する為の連合であるが、性質が違う。西部で生まれる連合は、ベルクムント王国との戦争に勝つという目的に限定されている。戦場だけに限定されない協力関係である中央諸国連合とは似ているようで違うというのがコンラートの考えだ。

「大勢で袋叩き……それは、さすがに苦しいか」

 中央諸国連合はベルクムント王国、オストハウプトシュタット王国という大国二国の侵攻を阻んできた。多くの国が連合を組んで攻めてこられたらベルクムント王国も抗うのは難しいはずだとシュバルツは考えた。

「二国、三国の連合であれば、ベルクムント王国にとってそれほど脅威ではないのではないかな?」

 攻めると守るでは必要となる戦力が異なる。大国であるベルクムント王国が守る側になるのだから、攻める連合はかなりの規模でなければ落とせないとコンラートは考えている。

「もっと多くの国が集まった連合は成立しないと思っているのか?」

「成立はする。でもそれが長く続くとは思えない。すぐに連合内で利害が対立するはずだからね。たとえば侵攻で奪った領土をどう分割するのか、とか。侵攻を開始し、街を一つ落とせたらもう、その問題は出てくる」

 ベルクムント王国から奪った領土を多く手に入れた国が、次の覇者に近くなる。だが国によっては、領土を手に入れても統治が上手く行くとは限らない。大陸西部の東端に位置するシュタインフルス王国などは、ベルクムント王国の領土を奪っても飛び地となるので、上手く治めるのはかなり苦労することになるだろう。
 それ以前に、侵攻戦に参加出来ないで終わる可能性もある。東端にあるシュタインフルス王国の軍が到着するまで、他国が侵攻を待ってくれるかは、かなり怪しいとコンラートは考えている。

「……必ず不公平が生まれる。それに不満を持つ国は連合を離れるか」

「離れるだけで終わらず、連合を敵とする別の連合が生まれる可能性だってある」

 ただ離脱しただけでは、みすみす他国に大陸西部の覇権を渡すことになってしまう。野心がある国は、それを邪魔しようと考えるはずだ。

「ぐちゃぐちゃだな」

「その通り。大陸西部はかつてのような小国が乱立し、各地で争いが起きる戦国時代に逆戻り。そして中央諸国連合も要のノートメアシュトラーセ王国が内乱状態。さてそうなると喜ぶのは誰だろう?」

 大陸西部と中央で混乱が起きた。この状況で喜ぶのは何も起きていない東部の国。ベルクムント王国と並ぶ大国であるオストハウプトシュタット王国だとコンラートは考えている。西部と中央の混乱はオストハウプトシュタット王国にとって、一気に大陸の覇権を手にするチャンスだと。

「……教会」

「えっ?」

 だがシュバルツの口からは、当たり前の答えが返ってこなかった。シュバルツはコンラートが知らない情報を知っている。その情報から、現在の混乱を作りだした影の黒幕は教会だと考えている。

「ノートメアシュトラーセ王国の反乱にはまず間違いなく教会が関わっている。ベルクムント王国の国王を駄目にしたのは、俺たちの仲間だった奴だが、その裏にも教会の人間がいると睨んでいる」

 ノートメアシュトラーセ王国の反乱において主力であった近衛騎士団が教会の支援を受けていたことは、フィデリオの証言からも明らか。ヘルツを操っているのも、調査の結果、教会関係者がある可能性が分かっているのだ。 

「なるほどね……教会がオストハウプトシュタット王国に協力しているのか、そうではないのか。これによってこの先の展開は違ってくるね?」

 オストハウプトシュタット王国と教会が別々の思惑で動いているのであれば、すんなりオストハウプトシュタット王国の大陸制覇とはならない。大陸東部でも何かが起きるはずだとコンラートは考えた。

「……はっきりしたことは分からない。ノートメアシュトラーセ王国のことは特殊能力者を敵視しているからという理由が思い付くけど、ベルクムント王国はな。大国を混乱させる理由は俺には分からない」

 教会はベルクムント王国にも、それも西部最大の西方中央教区がベルクムント王国の王都にあることはシュバルツも知っている。さらにベルクムント王国はアルカナ傭兵団にとってオストハウプトシュタット王国と並ぶ最大の敵だ。教会がベルクムント王国を陥れる動機が、シュバルツには分からない。
 今のシュバルツは教会内の権力争いなど、教区の長である司教の野心など知らないのだ。

「事は思っていたより複雑か……この国も簡単には決断するべきではないな」

 シュタインフルス王国の選択肢は、傍観者でいること、他国の侵略に動くこと、中央諸国連合に加盟することで孤立を防ぐこと、そしてオストハウプトシュタット王国に従属を誓うのいずれかくらい。だがこの時点での決断は難しいとコンラートは考えた。
 大陸東部でも何か起きるとすれば、オストハウプトシュタット王国に従属しても孤立してしまうことになる。傍観者、他国への侵略も孤立を招く。では中央諸国連合に加盟するかとなると、オストハウプトシュタット王国が大陸制覇に動いた場合には、加盟国として戦わなければならなくなる。アルカナ傭兵団がバラバラになっている現状では勝ち目の乏しい戦いに、自国も参加することになってしまうのだ。

「コンラートならどうする?」

「……新たな連合を作る、かな?」

「新たな……ああ、この辺りの国でってことか」

 シュタインフルス王国一国でどうこうすることは間違いであることはシュバルツにも分かる。戦いを避け、それでも戦いを避けられなくなった時の味方を作るにはどうするかを考えれば、コンラートの考えも分かった。

「そう。秘密同盟ってところだね。情勢によって同盟の内容は変る。当面は不可侵の約束だけ。敵が、共同で当たれば勝てる敵が現れたら共闘にまで広げる」

 共闘してもどうにもならない相手であれば、従属という選択になる。そういう敵を相手にするとなると、同盟には頼れない。そこまで信用出来る相手国ではないのだ。お互いに。

「……それが実現すれば、しばらくこの国は安全か?」

 今、シュタインフルス王国はもっとも黒狼団のメンバーが集まっている拠点になっている。まだ戦いに参加するには早いメンバーもいる。シュバルツとしては、安全な場所であって欲しいのだ。

「安全だと言いきることは出来ないね。オストハウプトシュタット王国がどう動くかで、そう遠くない時期に戦場になる可能性がある」

 オストハウプトシュタット王国が大陸西部の制圧に動くようなことになれば、中央諸国連合に接しているシュタインフルス王国は、ベルクムント王国の元従属国の中でもっとも早い時期に侵攻される可能性がある。

「その時はすぐに降参だろ?」

 すぐにシュタインフルス王国が降参してしまえば、戦場にはならない。オストハウプトシュタット王国の占領国政策が、とんでもなく惨いものでない限り、危険は少ないはずだとシュバルツは考えている。

「……確かに」

「とりあえず分かったことは、この先の展開は流動的で、完璧に推測することは難しいということか」

「残念ながら」

 シュバルツが満足する答えを導き出すことが出来なかった。それがコンラートは残念だった。仕方がないことだ。コンラートは、シュバルツも、まだ持っている情報が少なすぎる。先を読むには、もっと教会についての情報が必要なのだ。

「まあ、良い。結局は、やるべきことをやるだけだ」

 大陸の情勢は混とんとしている。だからといって何というのはシュバルツにはない。自分たちの目的を果たす為にやるべきことをやるだけだ。
 それが結果として、大陸の情勢に影響を与えることになる。トゥナはディアークを運命を造る人と視た。シュバルツもまた、そういう存在なのだ。

 

 

◆◆◆

 次々と反旗を翻す従属国。この状況を、ベルクムント王国もただ傍観しているわけではない。何を為すべきか分からない王国中枢の愚臣たちは、そのような状態であるが、それをそのまま放置していては国が滅ぶと、強い危機感を抱いた人たちが動き出したのだ。
 その中心にいるのはズィークフリート王子。彼という神輿がいなければ、臣下たちは動けない。事は国王への反逆なのだ。危機感だけで決断出来ることではない。

「近衛騎士団長の石頭はどうにもなりません」

 近衛騎士団長への文句を言っているのは、ズィークフリート王子の近臣。
 国王がいる王城の奥の護衛は近衛騎士団が担っている。近衛騎士団に協力してもらえれば、戦うことなく国王を捕らえ、退位させることが出来る。そう考えて近衛騎士団長に接触したのだが、協力を拒絶されてしまったのだ。
 国が亡びるかもしれない時に、愚かな決断をしたとズィークフリート王子の近臣は思っているのだが。

「時の王に絶対の忠誠を誓う。それが近衛騎士としての在り方だからね。ただ、父上に知られたかもしれないね?」

 近衛騎士とはそういう存在。そういう決断も仕方がないとズィークフリート王子は思っている。だが、接触を図ったことで、こちらの叛意を国王に知られた可能性がある。近衛騎士団長が自分を守る為に国王に黙っているなんて考えは、甘すぎるとズィークフリート王子は思っている。

「攻撃を仕掛けてきますか?」

「可能性は十分にある」

 今の国王がどういう判断をするか、ズィークフリート王子には分からない。かつての父親とは違うのだ。国の状況など考えることなく、感情のまま、討伐部隊を派遣してくる可能性はある。

「……王国騎士団は過半以上を押さえています。戦いになっても負けることはありません」

 王都にいる王国騎士団とそれに従う兵団の、その指揮官たちをだが、過半以上をズィークフリート王子派が押さえている。その状態を作れたから、国王に近い近衛騎士団長に接触することが出来たのだ。戦いになっても勝つ、という自信が出来たからこそだ。

「出来れば戦いは避けたかったが……」

 過半以上を押さえているとはいえ、正面から衝突することになれば大きな犠牲が出ることを覚悟しなければならない。同じ王国騎士団、本来は必要のない戦いだ。さらにその後には、反旗を翻した国々とも戦いになるかもしれない。軍の損耗は避けたかった。

「先手を取られる前に動くべきではないでしょうか? 速やかに事態を収集させ、国外の敵に向かうべきだと思います」

「そうだね……すぐに城攻めの準備を進めてくれ」

 速やかに、という言葉を使っているが、今すぐ動けるわけではない。近衛騎士団が味方についてくれなかった以上は、王城を攻めることになる。いくら王都内からとはいえ、大陸西部最大の城の奥深くまで攻め込むのだ。攻め落とすのは簡単ではない。
 それでも最大限に急いでズィークフリート王子派は戦いの準備を進める。時は彼らに味方してくれないのだ。

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