月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第175話 お宝GET!

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 王城の奥。王家の人々の居住スペースとなっている建物の屋上で、エリザベス王女はぼんやりと夜空を眺めている。他人にはそう見えるだけで、実際にエリザベス王女が見ようとしているのは夜空ではない。視たいのは、そう遠くない未来だ。
 エリザベス王女の持つ未来視の能力は万能ではない。視ようと思って視られるものではなく、こうして夜空に視線を向けていることに意味がないのは、エリザベス王女も分かっている。それでも視たいと思ってしまうのだ。

「……寒くないのか?」

「お兄様……邪魔しないでください」

 声を掛けてきたジュリアン王子に文句を言うエリザベス王女。その顔は笑っている。本気で邪魔に思っているわけではないのだ。

「一応は気を使った。だが、いつまで経っても変化がなさそうだから」

 ジュリアン王子もいきなり声を掛けたわけではない。しばらくは気づかれないように隠れて様子を見ていたのだ。

「お兄様の言う通り。変化はないわ」

「……何かあったのか?」

 エリザベス王女の顔から笑顔が消えた。それがなくても、こうして未来視を試みている理由が何かあるのだとジュリアン王子は思っている。だから心配して、様子を見に来たのだ。

「色々と」

「それは……レグルスのことか?」

 キャリナローズとの子供のことはジュリアン王子も父である国王から聞かされている。エリザベス王女にとっては、ショックな出来事だっただろうと思っていた。

「……そう。でも、気にしているのは子供のことではないわ。すごく驚いたけど、話を聞くとレグルスらしいと思って、納得出来た」

 キャリナローズに嫉妬する気持ちはないのかと聞かれれば、「ない」と否定は出来ない。だが、二人の間に子供が出来た理由は、常識から外れていて、いかにもレグルスらしいと思えて、エリザベス王女も納得してしまったのだ。

「じゃあ、何だ?」

「自分が間違った選択をしたのではないかと思って。騎士団を創設するべきではなかったかと」

「どうしてそう思う? 騎士団はレグルスを表舞台に引き戻す為。目的は果たせているはずだ」

 王女であるエリザベスが騎士団を創設する。これも常識から外れている。だが、間違った選択だったとはジュリアン王子は思わない。レグルスは表舞台に戻り、彼らしい活躍をみせている。正しい選択だったと言えるはずだ。

「……レグルスはアリシアと一緒にいるべきだった」

「なんと……そこか……」

 エリザベス王女が気にしているのは、キャリナローズではなく、アリシアとの関係性。これはジュリアン王子の想定外だった。二人はとっくに、交わることのない、別の道を歩んでいるものと思っていたのだ。

「彼女は光でも闇でもない。ただ助ける人だと思っていた」

 アリシアは善悪関係なく、側にいる人を助けてしまう。光輝かせる時もあれば、闇に染めてしまうこともある。そういう存在だとエリザベス王女は考えていた。

「違ったと言うのか?」

「彼女は少なくとも、レグルスは輝かせることが出来るのかもしれない。彼を正しい方向に導くことが出来るのかもしれない」

 アリシアの考えは、正しくはあっても甘い。世の中は彼女が考えるように正しくはない。エリザベス王女はこう考えている。他の人の評価もそうだと思っている。だがレグルスは、そんな彼女を肯定する。アリシアのような甘い考えを絶対に持っていないはずのレグルスが、肯定し、支援しようとする。
 この事実が、エリザベス王女の心を揺らしているのだ。

「……だがレグルス自身がそれを望んでいないのではないか? 彼女の側にいようと思えば、いられたはずだ」

 レグルスとアリシアは婚約関係にあった。その関係はレグルスが望めば維持出来たはずだとジュリアン王子は考えている。セリシール公爵家がどう思おうと、北方辺境伯家の圧力には抗えない。ジークフリート王子が望んでも、王家が介入することはないのだ。

「彼女は善で、自分は悪だと思っているのかもしれない。だから一緒にいるべきではないと考えたのかも」

「……正直、その可能性はあるな。だがそうだとしても同じ道を進まないと決めているということだ。リズがいなければ、レグルスは狭い世界で生きることを選んだはずだ」

 エリザベス王女の話を聞いて、ジュリアン王子は少しだけだが、レグルスの不可解な選択の理由が分かった気がした。アリシアに対する何らかの想いが影響しているのだと。だが、エリザベス王女に対しては、異なる言い方をした。「正直」と口にしながら、本当に正直には話せなかった。

「……私は彼女を見誤ったのかもしれない。そう考えて……でも視えなかった」

 アリシアという存在を自分は、無意識のうちに、軽視してしまったのではないか。自分のレグルスへの感情が、彼の婚約者であるということへの嫉妬心が、そうさせてしまったのではないかとエリザベス王女は考えた。だからもう一度、視たいと思った。だが、視えなかった。

「リズ、人は間違いを犯す。だが間違いが本当に間違いかは、すぐには分からない。結果は様々な要因で変化するもので、その変化は今この時を生きる人が見通せるものではない」

「……お兄様、それは未来視の否定だわ。私自身は気にしないけど、自家の能力を否定するのはどうかしら?」

 エリザベス王女の顔に笑みが戻る。兄の優しさが彼女の心を和ませた。

「そうなるか……だが間違ってはいない、はずだ」

「……そうね。その程度のものだわ」

 先祖たちは、この能力をどう活かしたのか。エリザベス王女は不思議に思っている。視えるものは曖昧。視えたとしても解釈を間違えることだってあるはずだ。受け継がれてきた能力ではあるが、それほどありがたがるような能力ではない。エリザベス王女も実はこう思っている。

「時代が違えば、また違ったのかもしれない」

「時代?」

「今の時代、この者は災いをもたらすかもしれないという未来視の結果だけで、殺すわけにはいかないだろ?」

 ジュリアン王子は未来視の活かし方を、あくまでも一つの案としてだが、思いついている。災いの芽として視えた者を片っ端から殺す。何人か殺し、未来の災いが視えなくなれば、それで解決、という活かし方だ。

「……兄上って、時々、悪い時のレグルスに言うことが似ているわね?」

「それは褒められているのか?」

「褒めているはずないでしょ?」

 エリザベス王女の感覚は正しい。お人好しという仮面を剥がせば、ジュリアン王子はレグルスに似ているのだ。だが、その仮面を外すつもりはジュリアン王子にはない。自分が災いの芽となるわけにはいかない。そう考えているのだ。

 

 

◆◆◆

 レグルスとアリシアの謹慎が解けた。といってもアリシアに時間があるのは変わらない。白金騎士団がまだ任務から戻ってきていないからだ。レグルスのほうもまだ任務の予定はない。二人とも時間がある、ということで、他の仲間も連れて、少し遠出をすることにした。目的地はラクランの生まれ故郷であるハートランドだ。

「怪我はその後どうですか?」

「まったく問題ない。すぐに手当をしてもらったおかげだ。ありがとう」

 領主であるハートランド子爵の屋敷でレグルスたちが会っているのは、カリバ族のソロン。アリシアを安心させる目的で、カリバ族の暮らしの様子を聞きに、ハートランドに来たのだ。

「それは良かった。ここの住み心地はどうですか?」

「快適だ。領主様は我々に良くしてくれる。安心して暮らせるという点では、ホーマット伯爵領よりも遥かに良い」

「私のほうも助かっている。カリバ族が材木の伐採や石の切り出し、さらに運搬を担ってくれるおかげで、交易として成り立つようになってきた。まだまだ小規模だが、何の産業もなかったこの土地では大助かりだ」

 カリバ族は盗賊が跋扈していた森林地帯を居住地としている。ただ住んでいるだけでなく、森の木や山の岩を加工して、木材、石材として製品化している。元々、そういうことを生業としていたのだ。

「元々あった仕事を手伝っているだけです。我々としても自分たちの能力を活かせる場所で助かっています」

 ハートランドは森や山地が多い。その分、平地が狭く、耕作地は少ない。それがハートランドが貧しい原因なのだが、唯一森林資源に関しては豊かといえる。その森林資源を活用する邪魔を盗賊団にされていたのだ。

「なんか……思っていたよりもずっと上手く行っているみたいで良かったです」

 カリバ族とハートランド子爵双方が移住を喜んでいる。それは嬉しいことだが、ここまで上手く行っているとはレグルスも思っていなかった。

「それは、貴方のおかげだ。貴方のおかげで我々も反省することが出来た」

「反省って、俺、何かしました?」

 ハートランド子爵に移住を認めてもらえるように交渉したのはレグルスだが、カリバ族を反省させるようなことを行った覚えはない。

「我々は王国の民として、領民として認めてくれていないことに不満を持っていた。だがこの地で暮らし、元々、住んでいた人たちと接することで気付いたのだ」

 カリバ族は森の中に籠りきりでいるわけではない。森での仕事以外でも、麓に出て、元々ハートランドで暮らしていた人々と接点を持つようにしていた。そうした元々の目的は、自分たちの移住を不安に思われない為だ。

「我々は王国の民であろうとしていたのかということだ。答えは否。我々は我々の世界に閉じこもっていた」

「それは住む場所を制限されていたからではないですか?」

「それはある。だが、往来が禁止されていたわけではない。我々は自ら望んで、自分たちの世界を狭めていたのだ」

 自分たちの文化、風習を守ろうとした。だがそれと、同じ土地で暮らす人々の文化、風習を無視することは別だ。それにカリバ族は気が付いた。

「ここでは違いましたか?」

「正直、最初は拒絶を恐れてのことだったが、自らこの土地で暮らす人々と触れ合うようにした。祭りにも参加した。他にも季節に合わせた様々なイベントがあった。それらはこの土地で暮らす人々の文化だ。つまり、この土地に移住してきた我々の文化でもある」

「……なるほど」

 同じハートランドで生きる者として、カリバ族はこの土地で暮らす人々に溶け込もうとしている。最初は不安や戸惑いもあっただろうとレグルスは思ったが、それでも彼らはそうすると決め、実行している。

「我々の祭りにも招待した。祭りの意味を知ってもらった。同じなのだ。豊作祈願。災い除け。祭りの形は違っていても、願うものは同じなのだ」

「人が生きる上で、本当に必要なことなど限られていますから。どこで暮らしていようと願いは同じなのだと思います」

「そう。当たり前のことだ。だが、この当たり前のことが何百年も分からない。一度分かっても、忘れてしまう」

 暮らしが安定すれば、今とは違うことを求めるようにもなる。欲が広がる。生きる為に必要な物は限られているのに、それだけでは満足出来なくなる。やがて、利害の対立が大きくなり、争いが始まる。

「……だから祭りが、文化があるのではないですか? 忘れてはいけないものを未来に受け継ぐ為に」

「貴方はそう思える人か……そうだろうな」

 レグルスは未来に希望を持っている。本人がこれを聞けば、自分は真逆だと答えるだろう。だが、ソロンにとってはそうなのだ。絶望の中にいた自分たちを未来に繋いでくれたレグルスという人物は。

「とにかく、順調なようで安心しました。お前もだろ?」

「うん。良かった」

 レグルスの問いに頷くアリシアの瞳は潤んでいる。カリバ族の人たちが穏やかな暮らしを手に入れられていることを喜んでいるのだ。

「貴女にも感謝している。貴女が我々を窮地から救ってくれた。貴女との出会いが全てだった」

「いえ、私なんて……何も出来なくて」

「貴女に受け取って欲しい物がある。この剣だ」

 ソロンは持ってきた剣をテーブルの上に置いた。細かな彫刻が施されている美しい鞘。それを見ただけで、高価な物だとアリシアは思った。

「こんな立派な剣を貰う理由はありません」

「理由はある。これを渡すのは、我々のけじめ。新たな道を進むという決意の証なのだ」

「どういうことですか?」

 今の説明だけでは良く分からない。どうして剣を自分に与えることが決意の証になるのかなど、アリシアには見当もつかなかった。

「この剣はカリバ族の王に受け継がれる剣だ」

「……えっ? そ、そんなの無理! 無理です! 私は王なんて……!」

「いや、王になって欲しいという意味ではない。我々にはもうこの剣を受け継ぐ者は必要ないということだ」

「……えっと……もう少し詳しくお願いします」

 王になれということではないのは分かった。だが、アリシアはまだソロンの意図が掴めない。受け継がれてきた大切な剣を、どうして自分に渡そうとするのか、その理由が思いつかなかった。

「彼らの王はアルデバラン王国の国王だけということだ。それ以外の王を戴くことは二度とないから、その剣はもういらないってこと」

 答えはレグルスが教えてくれた。

「だから、けじめ。なるほどね」

 ようやくアリシアにも剣を渡そうとする意味が分かった。

「もういらないけど捨てるのは勿体ないから、お前にやるってことだ。ありがたく貰っておけ」

 さらにレグルスは剣を受け取るようにアリシアに勧めた。代々の王に受け継がれてきた剣だ。聞くまでもなく普通の剣ではない。アリシアの今後の戦いに役立つはずだと考えたのだ。

「良いの?」

「いらないなら、俺が貰う」

「駄目!」

 実に簡単に、レグルスが求める反応をアリシアは見せる。こういうところがレグルスは面白く、不安でもあるのだ。

「じゃあ、遠慮しないで貰え」

「分かった。ありがたく頂戴します」

 ソロンから剣を受け取るアリシア。いざ受け取ってしまうと遠慮も薄れ、早速、鞘から剣を抜いてみた。白銀の刃は、元々持っていた剣と変わらないように見える。

「軽く、本当に軽く魔力を流してみろ」

 だが普通の剣と変わらないはずはないと、レグルスは考えている。レグルスが今、持っている剣のひとつもフルド族に代々伝わっていた剣だが、最初に見た時は普通の剣だと思ったのだ。

「軽く……おお!?」

 少し魔力を流しただけで刃は、目が眩むほどの輝きを放った。それでアリシアにも、貰った剣がただの鉄製の剣ではないことが分かった。

「ちゃんと使いこなせるようになれよ。この場合の使いこなせは、魔力制御のこと。調子に乗って振り回していると魔力切れになるから」

「……分かった。気を付ける。あと、とても凄い剣をありがとうございます。大切にします」

「いや。我々のような者たちを救う為に役立ててもらうのが一番。そうなったら我々としても嬉しい」

「はい。頑張ります」

 苦しんでいる人たちを救う。改めてアリシアは、そう心に誓った。自分は間違っていなかった。カリバ族の人たちの話を聞いて、そう思えた。まだまだ自分に足りないものがあることはアリシアも嫌になるほど分かっている。カリバ族も、実際に救ったのはレグルスだ。だが、だからといって自分がやることは変わらない。信じてまっすぐに進むだけだと思った。

「頑張る前に、まず貰ったものを大切にしろ」

「だから大切にするって……ええっ!?」

 テーブルの上に置かれていたはずの剣がなくなっている。レグルスはそれに気が付いていた。誰が持って行ったのかも知っている。

「ココ! 何しているの!?」

 犯人はココだった。話し合いには参加せず、外で待っているはずだったココが、いつの間にか部屋に入ってきて、アリシアが譲られたばかりの剣を嬉しそうに振り回している。
 そのココから剣を奪い返そうと追いかけるアリシア。だが、ココは素早く、それほど大きくない部屋で、アリシアに捕まることなく逃げ続ける。

「……仲が良いな」

 二人の関係はソロンには分からない。ただ追いかけているアリシアは、逃げているココも楽しそうだ。

「姉妹ですから。血は繋がっていないですけど」

「そうか。家族か」

 アリシアとココの二人は、ソロンが思ったほど、分かり易い関係ではないことをレグルスは知っている。それでも、ココが自分からアリシアを困らそうと動くようになったのは、前進だと思っている。直接関りを持つことを嫌がらなくなった証なのだ。
 休息期間はレグルスにとって悪いものではなかった。だが、穏やかな時間はもう終わりだ。また任務が始まる。

www.tsukinolibraly.com