月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第176話 見えない何か

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 王都に戻った白金騎士団は、休む間もなくすぐに、次の任務の準備に入った。白金騎士団、というより、ジークフリート王子は功績を積み重ねることを必要としている。能力では兄であるジュリアン王子より高く評価されているとはいえ、それだけで王位継承順位を覆せるわけではない。長幼の序を無視してもジークフリート王子を次期国王にすべきという声を増やさなければならない。王国首脳部が、誰よりも国王がその声を無視できなくなるくらいに。

「……次の任務は誘拐事件ですか……それは私たちが受けるべき任務なのですか?」

 アリシアは次の任務に納得がいっていない。それを素直に口にした。

「騎士団の仕事ではないかもしれないけど、普通の騎士団では受けない任務を受けるのが私たち白金騎士団だ」

 ジークフリート王子は、アリシアの不満を任務内容に対する物足りなさだと考えた。軍同士の戦い、戦場での活躍を求めているのだと思った。他の団員にもそう思っている者がいるのを知っているだ。

「それは分かっています。ですが、誘拐事件であれば暁光騎士団に任せるべきではないですか? 彼らのほうが成功する確立が高いと私は思います」

 だがアリシアの考えは違う。暁光騎士団の能力の全てを知っているわけではないが、密やかな動きが求められる任務は、自分たちよりも確実に上。任務を成功させるなら、暁光騎士団を選ぶべきだと思っているのだ。

「……黒色兵団だね」

「こくしょく、何ですか?」

「黒色兵団。暁光騎士団は黒色兵団と呼ばれることになった」

 彼らを騎士とは認められない。この声が、暁光騎士団の呼び方を変えさせた。王国騎士団の騎士たちだけの意志ではない、間違ってもエリザベス王女を次期国王候補にしてはならない。こう思う有力者の強い意志が働いた結果だ。

「黒色兵団……格好良いですね?」

「はい?」

「格好良い名称ではないですか?」

「ああ……どうだろう? 私は格好良いかどうかで組織名を考えたことがないから、分からないな」

 蔑称であるはずの黒色兵団を、アリシアは「恰好良い」と言ってきた。ジークフリート王子にとっては、想定外の反応だ。

「その黒色兵団に任せるという選択はないのですか?」

「彼らには別の任務があるのではないかな? それに我々でも達成出来ると思われているから、任務を与えられたわけだから。その期待には応えないと」

 不可能とされていたエリザベス王女救出作戦をレグルスは成功させた。この事実は、機密ではなくなっている。元々、王国にとっては隠さなければならないことではない。レグルスがエリザベス王女の騎士になったきっかけとして語られることになった。
 だからといって、あえて広めているわけではないのだが、知る人は知るようになった。そしてそういう人は大抵、有力者。ジークフリート王子の支援者としては、同じことが出来ると示してもらいたいのだ。そういう期待だ。

「……そうですね。期待を裏切るわけにはいきません」

 アリシアはそんな裏事情を知らない。考えることもしない。単純に、期待には応えなければならないと考えた。

「分かってくれて良かった」

「でも、騎士団が出なければならないような誘拐事件とは、どういうものなのですか?」

 任務を選ぶつもりはアリシアにはないが、騎士団に任せる理由は気になった。王女であるエリザベスの救出であれば騎士団が動くのも当然だと思う。今回の任務もそれに匹敵する重要人物の誘拐なのかと考えたのだ。

「今はまだ、どこの誰とは言えない。任務の詳細は直前まで、団員にも知らせないように言われている」

「そうですか……」

「言えないのは詳細だけだよ。概要は当然、今伝える。皆も聞いてくれ」

「「「はっ!」」」

 元々、その為に集まっているのだ。アリシアがレグルスたちに任せるべきだ、などと言い出さなければ、説明は始まっていた。

「誘拐されているのは領主だ」

「領主……犯人の要求は何ですか?」

 任務の話が始まると問いを向けるのはアリシアではなく、もう一人の副官になる。自分には個人としての戦闘力以外に取り柄はない。アリシア自身がこう考えているので、こういう場面では一歩引くようにしているのだ。

「要求は様々だ。犯人は領主を人質にして、好き勝手を行っている。王様気取り、と言うと父上を激怒させてしまうような悪逆非道振りのようだ」

「どうして家臣たちはそれを許しているのですか?」

 実質、領地を奪われている状態。そこまでになれば家臣も、人質になっている領主を切り捨てる判断をすべき。後継者を新たな領主に据えて、強硬手段に出るべきだと副官は思う。

「後継者がいない。人質になっている領主を切り捨てれば、その瞬間に家は取り潰しになる」

「そこは陛下に特別な配慮を求めるなどして」

「もうひとつ理由がある。まだ、はっきりと分かっていないが、恐らく犯人は家臣だ。それも一人ではない可能性が高い」

「それはもう反乱ではありませんか?」

 領主を押し込めて、家臣が領政を我が物にする。それは誘拐事件ではなく、反乱だと副官は思った。

「事実が明らかになれば、そういう扱いになるだろうね?」

「どこまで同調しているかによって、敵の数は変わってきます」

 最悪は領地軍全体が反抗してくること。そうなると白金騎士団単独で事に当たるのはどうかと副官は考えた。

「それも現地での調査結果次第だ。ただ、かなりの数が同調していると考えたほうが良い。事が起きてから半年以上は経っているとみられている。その間、王国に情報が漏れるのを隠し続けられたことがその証だ」

「分かりました。領境は封鎖されていないと考えてよろしいですか?」

 領境を封鎖していれば、周辺領主はそれに気づき、王国に伝えるはず。王国はもっと早く異変を知ったはずだ。

「手元にある情報ではそうだ。でも、以前の任務のような事態になる可能性は否定出来ない」

「まずは現地に向かうことですか……」

 情報が少なすぎて、今議論出来ることはほとんどない。それに不安を覚える副官だが、受けた任務を放棄するわけにはいかない。その権限もない。

「状況は流動的になる。でも我々であれば適切に対処出来るはずだ。白金騎士団の名を王国中に知らしめよう!」

「「「おお!!」」」

 白金騎士団にとっての重要な任務。珍しくジークフリート王子が気合いを表に出したことで、団員たちにもそれが分かった。そうでなくても彼らのやることは変わらない。彼らも名を挙げたい。名を挙げて出世したい。それが王国騎士団ではなく、白金騎士団の団員になることを選んだ理由なのだ。

 

 

◆◆◆

「黒色兵団ですか?」

「ええ。通称としてそう呼ばれることになったわ」

 暁光騎士団は黒色兵団と呼ばれることになった。その事実はエリザベス王女の耳にも届き、彼女からこうしてレグルスたちに伝えられた。

「暁光騎士団の通称が黒色兵団……何の意味があるのですか?」

 レグルスには、まったく理解出来ない話だ。

「私たちは騎士と呼ぶには相応しくないということみたい」

「それでわざわざ黒色兵団という名前を考え、さらにそれを通称として使うように根回しした。暇な人もいるものですね?」

 理由は分かったが、こんな下らないことに労力を使う人の気持ちは、やはり、レグルスには理解出来ない。他にもっとやらなければならないことがあるのではないかと思ってしまう。

「そうした人にはそうしなければならない事情があるということですよ」

「継承争いですか? リズにその気がないのに?」

「私が、そんなつもりはないと言っても、信じません。わずかな可能性でも消したいと思うのでしょう」

 エリザベス王女に玉座を求める気持ちはない。頼まれても嫌だと言う。だがジークフリート王子の支援者にはそれが分からない。彼らにとっては、玉座を求めることが普通なのだ。

「そうだとしても嫌がらせ、嫌がらせにはなっていないか。こういう下らないことをする意味が分かりません。味方につけようという考えはないのでしょうか?」

「それは私たちの関係性を知っていれば、思わないのではないかしら?」

「……ジュリアン王子派だと思われているということですか?」

「どちらとより仲が良いかと聞かれれば。お兄様ですね」

 ジュリアン王子を推す理由もエリザベス王女にはない。長兄であるジュリアン王子が次期国王になるのが正しい在り方。あえて支持を表明する必要もないはずなのだ。

「……でも、ジークフリート王子の目が残っている」

 継承順位を曲げようとする臣下がいる。それだけジークフリート王子の評価が高いということだ。そういうことを考えるまでもなく、レグルスは結果を知っているのだ。

「問題はお兄様にその気がないこと。ジークを一番応援しているのはお兄様かもしれないわ」

「どうしてでしょう?」

「レグルスのほうがお兄様の気持ちは分かると思うわ。貴方がお兄様であったら、どう思う?」

 ジュリアン王子とレグルスは実は似ている。少し前からエリザベス王女はそう思うようになった。何が似ているというのではなく、意識して二人と接してみると、そう感じるところがあるのだ。

「……望んでいない相手の上に立つのが嫌?」

 自分は何故、ブラックバーン家を継ぎたくなかったのか。レグルスはそれを考えてみた。当主なんて苦労ばかりと思っているレグルスは、自分を嫌っている家臣の為に働くことを馬鹿らしいと考えていたのだ。

「全ての臣下が全面的に支持する王なんていないわ。それくらいお兄様も分かっているはずだわ」

「……立場で縛られるのが嫌」

 次期当主という立場であれば、レグルスは騎士として働いていない。王国騎士団で働くと言っていたタイラーやキャリナローズも、結局は諦めている。

「それはあるかも……でもそれだと、お兄様には別にやりたいことがあるということだわ」

「何もしたくないのかもしれません」

「それではただの怠け者……である可能性が高いかも。お兄様だから」

 妹のエリザベス王女にもこう思われてしまうような振る舞いを見せることが、ジュリアン王子の問題なのだ。本人にとっては問題ではないということも。

「ああいう人は。無理やりにでも、その立場に置いてしまうしかないと思います。そうしてしまえば、それなりにやるはずです」

「そうですね……あっ、ごめんなさい。お兄様の話をする場ではなかったわ」

 今はレグルスと談笑する為の時間ではない。仕事の時間で、他の皆も集まっている。エリザベス王女はそれを思い出して、ジュリアン王子の話を打ち切った。

「……では私から任務の説明を」

 雑談が終わったとみて、レノックスが口を開いた。任務についての説明は武官である彼の仕事だ。

「目的地は王国北東部。国境近くになります。任務の詳細は、ある人たちを探し出し、その人たちを保護すること」

「詳細?」

 レノックスの説明は具体的ではなく、詳細とは言えない。それをレグルスは疑問に思った。

「申し訳ありません。実は私も詳細は知りません。そして、皆さんには任務の存在そのものを秘密にしてもらう必要があります」

「目的地は北方辺境伯領?」

 ブラックバーン家の領内で活動するとなれば、それは秘密にする必要がある。自ら求めたのでない限り、ブラックバーン家が、王国が派遣する部隊を受け入れるはずがないとレグルスは思う。

「いえ、北方辺境伯領ではありません。東方辺境伯領でもないことは分かっています」

「……問題は任務の中身か。その中身はいつ分かる?」

 辺境伯家を気にしてのことではない。そうなると秘密にしなければならない理由は、任務そのものにあるということになる。

「恐らくは現地で。命令にある『ある人たち』を見つけた時に全てが分かるのだと思います」

「素性も分からない人たちを探せと?」

 事前に全てを教えられない。それで任務を遂行出来るとは、レグルスには思えない。

「そういう命令です。目的地である領内のどこかに、監禁されている人たちがいる。その人たちを見つけ、保護するというのが伝えられた任務内容です」

「監禁しているのは領主なのか?」

 せめて監禁している者たちが分かれば、その動きを見張ることで居場所が分かるかもしれない。そうレグルスは考えた。

「はい。そう聞いています」

「その領主にも気づかれないように、その人たちを救出しなければならないのか?」

「可能であれば。つまり、絶対ではありません。ただし、殺害する場合は、誰が行ったか分からないようにしなければなりません」

「……なんだかヤバそうな任務だな」

 詳細は分からない。分からないが、ろくな任務ではないことは間違いない。情報をほとんど与えることなく、任務に送り出すというのは異常なことだ。現地でも、自分たちの存在を消し去ることが求められている。

「まず間違いなく。何故なら王女殿下の同行は許可されません」

「えっ?」

「そういう命令になっております。一応は別の理由があります。殿下が王都を離れると、任務に赴いたことが知られてしまうという理由です」

 レノックスはそれを鵜呑みにしなかった。武官であるレノックスは、レグルス以上にこの任務の異常さを感じている。目的地しか知らされない命令など、聞いたことがないのだ。

「……ちなみに、任務が終わったら、俺たちも消される可能性は?」

 任務が終わった時、レグルスたちは全てを知ることになる。それが王国にとって都合が悪い事実であれば、秘密を知った者を全て消すという選択を採る可能性もあるはずだ。

「私見ですが、可能性は低いです。あくまでも伝えられたことが真実であればですが」

「その伝えられたことは聞けるのか?」

「はい。この命令は陛下直々に発せられたものです。という事実を殿下が知って、貴方たちを殺せるでしょうか?」

 レグルスの死を知って、エリザベス王女が黙っているはずがない。国王がそういう事態を受け入れるとは、レノックスは思えない。

「施政者であれば殺すだろ?」

「殺す前提であれば、貴方を選ぶとは思えません。使い捨てにする駒は他にいくらでもいるはずです」

 レグルスに依頼を任せるのは、逆に信頼の証。レグルスであれば求める結果を出してくれると期待してのことだとレノックスは考えている。

「……あれ? もしかして俺、評価されている?」

 レノックスとの相性は悪い、とレグルスは思っている。彼は自分を嫌っているはずだと。

「貴方の私に対する評価は低いようです。私は客観的な判断が出来る人間です」

「ああ……それは申し訳ない。ただ、一応言っておくと能力を低く評価しているつもりはない」

 レグルスは武官としてのレノックスの能力を高く評価している。改めて部隊指揮について学び直す中で、武官の役割についても知った。それが彼の評価を高めることになったのだ。

「……そうですか。とにかく、私の考えはこういうものです。あとは事実を確認すること。これは殿下にしか出来ないことです」

「陛下に本当に命令を発したのかを聞くことですね?」

「はい。出発の準備は遅滞なく進めておきます。事実に違いがあれば、ご連絡ください」

 結果、暁光騎士団、黒色兵団は計画通りに王都を発つことになる。今回もその出発を気づかれないように、密やかに。

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