月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第170話 常識外れ、だからこそ面白い

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 ホーマット伯爵がこもる建物は、その外観だけであれば、ただの石造りの貴族屋敷に見える。だがその立地は、二層の水堀に囲まれた、周囲からは少し高さのある土地の上。敷地が狭いというだけで、その構造は城と同じだ。屋敷に入るには水堀の上にかけられた橋を渡るしかない。正面から見る限りはそうだ。大軍で寄せることは出来ない、攻めるには難しい拠点だった。
 まずは橋を渡りきり、建物を囲む壁までたどり着くこと。門を破るか、なんとかして壁を昇るかは状況次第、という感じで王国軍は考えていたのだが。

「外に出てきた。何故でしょう?」

 二千ほどの軍勢が橋の手前に展開している。わざわざ外に出てきた理由がエリザベス王女は分からなかった。

「こちらを食いつかせる餌ではないですか?」

「餌、ですか?」

「早く戦闘に引き込みたいのです。正面の敵と戦っている間に、そう遠くないところで隠れているつもりの別の軍勢が背後から襲い掛かってくる」

 他の二拠点にいた軍勢の動きを王国軍が無視しているはずがない。自軍の包囲を狙ってくるのは明らかなのだ。

「ではこちらも望み通り、餌に食いついてあげるのですね?」

 罠と分かっているのであれば、裏をかくことも出来る。エリザベス王女は、王国軍は罠にかかった振りをするのだろうと考えた。

「どうでしょう? カート総指揮官はそのような戦いは望まないと思います」

 だがレグルスの考えは違う。カート総指揮官は別の判断を選ぶと思っている。

「では、どうするのですか?」

「正面の二千は、ほとんどが戦闘経験のない領民。全軍でかかる必要はありません」

 展開しているホーマット伯爵家軍は犠牲になることが前提の部隊。装備を見ても、常備軍とは思えない。そう偽装している可能性もあるが、レグルスはそう見ていない。常備軍が出てくるのは、ある程度、こちらが消耗してからだと考えているのだ。

「それでは敵の裏をかくことは出来ないのではないですか?」

「裏をかく必要はありません。倒すべき敵は目の前の建物の中にいます。他の軍勢と戦う意味はありません。無駄な犠牲者を増やすだけですから」

 ホーマット伯爵は目の前の建物の中にいる。レグルスはすでに、そう確信している。何度もカロの友達が潜入して、その存在、というか匂いを確かめているのだ。
 倒すべきはホーマット伯爵本人とその近臣。それ以外の犠牲は出来るだけ少なくするべき。カート総指揮官はそう考えるとレグルスは思っている。

「命令が来るかしら?」

 レグルスの言う通りだとすれば、正面の敵にはどの部隊が当たるのか。暁光騎士団である可能性をエリザベス王女は考えた。

「その可能性はありますが……すでに命令を待たずに動いている馬鹿がいますね?」

「えっ……あれは……アリシアではないですか?」

 展開している敵の軍勢に向かっていく人影。それがアリシアであることは、エリザベス王女にもすぐに分かった。分からないのは、アリシアが一人で前に出ているということだ。

「そのようです……何を考えているのか」

 アリシアが何をしようとしているのか、まだレグルスにも分からない。降伏するように説得するつもりだろうとは思うが、この状況でそれが通用しないことは、初戦でもう分かっているはずなのだ。

『貴方たちの相手は私がします!』

 アリシアの声が、その彼女の行動に戸惑う声でざわついていた戦場に響いた。

『私は、王国は決して貴方たちを殺しません! それが分かったら、どうか武器を置いてください!』

 こう言ってアリシアは、手に持っていた剣を放り投げてしまう。素手で戦うつもりなのだ。二千の軍勢を相手に。

「……なるほど。そうきたか」

 アリシアらしい、彼女以外には出来ない選択だ。それを知ったレグルスの顔に笑みが浮かんだ。

「良いのですか?」

 戦闘経験に乏しいといっても、その数は二千だ。たった一人で、それも素手で相手をするなど無謀以外の何ものでもない。そうであるのに、レグルスが笑っているのが、エリザベス王女は不思議だった。

「馬鹿のやることは止められません。常識が通じない馬鹿ですから。ああ、でも、あれじゃあ、駄目か」

 レグルスの顔から笑みは消えない。常識外れのことを考えたアリシアの真っすぐさが、面白くて仕方がないのだ。

「ラクラン! アンガス! 敵の進路を塞げ!」

「はっ!」「は、はい!」

 レグルスの命令を受けて、ラクランとアンガスが詠唱を始める。発動したのは防御魔法。魔法の壁がアリシアの左右に広がった。テイラー伯爵に仕えていたアンガスも防御魔法を得意とする。規模はラクランには及ばないが、離れた距離でも展開出来る技量はあるのだ。

「ジュード! スカル! セブ! ロス! 壁を避けて前に出てくる奴は、容赦なく殺せ! 死なせ方は好きにしろ!」

「良いねえ!」「了解!}「分かった!」「同じく!」

 さらにレグルスはジュードたち四人を防御魔法のさらに横に配置する。アリシアとの戦いなしに、前に出てくることは許さない。それをホーマット伯爵家軍に示しているのだ。

「……レグルス」

 そんなレグルスに声をかけてきたのは、カート総指揮官だった。勝手な行動を始めたレグルスを、自ら注意しに来たのだ。レグルスの考えを聞きたいという思いもあってのことだ。

「あっ、申し訳ありません。ですが、作戦に大きな影響は出ないのではないですか?」

「攻めてくると思っているのか?」

「いえ、こちらが背後に備えていることを示せば、攻めてくるのを躊躇う可能性を考えています」

 正面の敵はアリシアに任せ、他は背後に備えた陣形をとっていれば、奇襲を狙っているホーマット伯爵家軍も安易には動けないはず。それはカート総指揮官の犠牲は最小限にという考えに合致するはずだ。

「……それでも攻めてくる相手は、どのような状況でも攻めてくるか。そうであれば、きちんと備えておいたほうが良い。ただ問題は……彼女は平気か?」

 レグルスの説明の前提は、アリシアが正面の敵を止め続けているということ。それが実現するとはカート総指揮官は思えない。

「厳しくなったら我々も動く許可を頂ければ」

「……分かった」

 暁光騎士団が対応するということであれば、カート総指揮官も少しは安心できる。それでも不足であれば白金騎士団、さらに本隊の一部も動かせば、大抵の事態は対応できるはずだ。

「ありがとうございます」

「一応、伝えておく。この件は処罰の対象になる。彼女も」

 総指揮官の命令を待つことなく、勝手に行動を起こした。軍規違反であることは明白だ。何もなかったことには出来ない。

「分かっています。彼女も」

「そうか」

 手柄も処罰も気にすることなく、二人は動ける。しかも、少なくともアリシアは敵の為に処罰覚悟で動いた。
 カート総指揮官は王国騎士団の一員であることに誇りを持ち、その誇りを汚さない働きを心掛けている。だが、功も罰も気にすることなく動けるかとなると、それは出来ない。功は誇りであり、罰はそれを汚すもの。そう考えてしまうのだ。それが当たり前だと思うのだ。
 二人は異質な存在。少なくとも王国騎士団においては、そうだろうと思う。それは王国騎士団にとって、王国にとって良いことなのか、悪いことなのか。この時点で分かることではない。

 

 

◆◆◆

 どうすれば罪のない人を犠牲にしなくて済むのか。考えて考えて、馬鹿なことだと分かっているが、行動に移した。成功する確信などない。これしか思いつけなかっただけだ。勇気を振り絞って前に出た。戦いを恐れているのではない。味方がどう思うかを考えると、不安になってしまうのだ。
 それでもアリシアは前に出た。前に出て、人々に向かって、自分がしたいことを告げた。その結果、自分は間違っていないと思えた。レグルスは自分の行動を支持してくれている。それが分かったのだ。

「私は貴方たちを殺さない。分かってもらえるまで、戦い続けます」

 お膳立ては出来上がった。あとは戦うだけだ。人々に自分の想いは通じるまで。

「……殺せ! あのような嘘に騙されるな! ひと思いにあの女を殺せ!」

 目の前に展開しているホーマット伯爵家軍の中には、当然、常備軍の指揮官もいる。その指揮官がアリシアに襲い掛かるように命じた。
 その命令を受けて、動き出す伯爵家軍。

「「「うわぁああああああああっ!!」」」

 統制などはない。戦闘の恐怖を誤魔化すために、叫び声をあげて襲い掛かってくる伯爵家軍の兵たち。その足はほぼ全てアリシアに向いている。武器も持たない女性のアリシアが、戦うには一番安全だと思ってのことだ。アリシアにとっては好都合だ。
 剣を振り上げて近づいてきた男の腹に蹴りを放つ。すぐに別の男が襲い掛かってくるが、アリシアはその攻撃も躱し、拳を顔面に叩き込む。

「痛っ……」

 拳の痛みに顔をしかめるアリシア。武器を持たない格闘術は王立中央学院で習っているが、人間相手に実戦で使うのは初めてだった。
 だがまだたった二人。しかもその二人も倒したわけではない。次々と襲い掛かってくる伯爵家軍の兵士たち。その攻撃を躱し、アリシアは拳を、蹴りを相手の体に叩き込む。うめき声をあげて膝をつく敵兵。

「休ませるな! 一斉にかかれ!」

 それでも敵の攻撃は止まらない。そう簡単に止まるはずがない。動けなくなった敵兵は、味方によって後方に運ばれていく。そして新たな敵兵がアリシアに攻め寄せる。それを倒しても、また次が。

「はあ、はあ、はあ」

 いくらアリシアが強くても、敵の攻撃を受けることはなくても、疲労は溜まっていく。休むことなく、全力で体を動かし続けているのだ。一方で敵は一度倒されても、後方に下がって休み、また戦列に復帰することが出来る。二千もの数がいれば、そうする必要はないだろうが。

「攻撃の手を緩めるな! その女はもう限界だ! 殺せ!」

 相手の指揮官が少し焦れてきた。当初の計画では、二千を突撃させて、一気に乱戦に持ち込むはずだった。そうなった時を狙って、援軍が襲い掛かる予定だった。だが今、敵で戦っているのはアリシア一人。他にも前に出てきている敵はいるが、そちらに向かった味方が残忍な殺され方をしたことで、後に続く者はいなくなっているのだ。

「……死なない。殺さない。私は、負けない!」

 自らを鼓舞して、戦い続けるアリシア。拳を握る力が弱ってきていても、息苦しさで体の動きが鈍っても、戦い続けることを止めるつもりはない。

「とにかく動きを止めろ! 地面に倒して、囲め!」

 敵も闇雲に襲い掛かるだけでは決着は遠いと考え、戦法を変えてきた。アリシアには本当に殺すつもりがない。そう思うようになれば、恐れも薄れる。
 体当たりをかますようにして一人の男が抱きついてきた。さらにもう一人。その二人を振りほどくことにアリシアが手間取ってしまった瞬間。

「あっ……」

 アリシアは顔面に強い衝撃を感じた。抱きついてきた男と共に、地面に倒れるアリシア。

「女が、いつまでも調子に乗るな」

 アリシアを睨みつけている男。体の幅は軽くアリシアの二倍以上ある、見るからに屈強な男だ。

「……調子に乗っているつもりはありません。私はただ、決めただけです」

「決めた?」

「貴方たちを殺さない。私はそう決めたのです」

「それが調子に乗っていると言うのだ!」

 地面が埋まるほどの強い力で足を踏み出した男。その拳は常人では視認できない速さで、アリシアの体に伸びていく。

「ぐっ」

 腹部を打たれて体をくの字に曲げるアリシア。さらにその彼女に男の蹴りが跳ぶ。

「ん、あっ……」

 大きく後ろに吹き飛び、背中から地面に落ちたアリシア。

「終わりだ!」

 一瞬で間合いを詰めていた男の足が踏み降ろされる、前に。

「がっ」

 男は大きく後ろに吹き飛ぶことになった。

「……アオ」

 レグルスの拳を受けて。

「手、痛いだろ?」

「……正直、握るのもつらいかな?」

 何百回も相手の体に打ちつけた拳は、傷つき、痛みで強く握ることさえ出来ない。アリシアは体を守る為に魔力を使っていない。魔力を込めた拳では、相手を殺してしまうかもしれない。こう考えていたのだ。

「それが人を傷つける痛みだ。まっ、お前は、以前から知っていただろうけどな」

「アオ……その羽織、いつも持ち歩いているの?」

 レグルスは「二代 胆勇無双」の刺繍がされた羽織を身につけている。これまで見に着けていなかった羽織を。

「今それ聞く?」

「だって」

「いつも持ち歩いている。これは俺の雄一の誇りだからな。それに、今は喧嘩の時だ。あとは俺に任せろ」

「……任せる」

 自分が失敗してもレグルスがなんとかしてくれる。アリシアはそう信じてきた。信じて、自分が正しいと思う道を進もうと決めた。

「さて……てめえ、弱った女相手に何を偉そうにしてんだ?」

 アリシアを痛めつけた相手を睨みつけるレグルス。その口調はアオのものだ。「胆勇無双」を背負った今、彼はアオとして存在しているのだ。

「……その背中の文字は?」

「てめえのような奴に話すことじゃねえ」

「噂に聞いている。喧嘩屋マラカイの二代目のことを」

 男は「胆勇無双」の文字を知っている。レグルスではなく、マラカイが背負っていたものとして。

「ああ? まさか、てめえ、自分も喧嘩屋だというつもりじゃねえだろうな?」

「だとしたら?」

「俺は認めねえ。味方に手伝わせて動けなくなった相手を殴るような奴は、俺の知る喧嘩屋じゃねえ」

 多対多の喧嘩であれば、ある程度は何でも有りだ。だがレグルスは、アリシアは正々堂々の喧嘩を挑んていたのだと考えている。そんなアリシアを相手に、卑怯な真似をする者を喧嘩屋と認めるつもりはない。喧嘩屋はレグルスにとって憧れのマラカイそのものなのだ。

「……それは、確かにその通りだ。だが今は喧嘩ではなく、戦争だ。俺たちは勝って、生き残りたいのだ」

 喧嘩屋として戦ったわけではない。これが男の言い訳だ。実際にそうなのだ。彼らは戦って勝つしか生きる道はないと思い込まされているのだ。

「お前、こいつの話を聞いていたか? こいつはお前たちを生かそうとしている。拳を向ける相手が違わねえか?」

「それは……」

「まあ、良い。じゃあ、改めて今から喧嘩だ。俺が勝ったら、お前ら全員、武器を置いて家に帰れ。お前が勝ったら俺たちが家に帰ってやる」

「なんだと?」

 レグルスはとんでもない約束をしようとしている。男にとって都合の良い条件なのだが、そうであっても「そんな約束をして良いのか」と思ってしまうような内容だ。

「花街の喧嘩っていうのはこういうもんだ。背負って戦うのは『胆勇無双』の文字だけじゃねえんだよ」

「……本気か?」

「本気以外の何がある? 冗談で喧嘩なんて出来るか」

「……分かった」

 実際に約束が守られるのかは分からない。自分自身が約束を守れる自信もない。それでも男は引くことはしなかった。喧嘩屋としての誇りが、実際はそう思えるほどの実績はなく憧れなのだが、引くことを許さなかった。

「行くぞ!」

 前に出て拳を伸ばす男。確かな手ごたえと同時に、レグルスが後ろに吹き飛んだ。

「どうだ!」

「……アホか? 一発くらいで浮かれるな。それに今のは、最初に不意打ちした分を返しただけだ」

 ダメージを感じさせることなく、すぐにレグルスは立ち上がった。強がっているわけではない。実際に、わざと相手の拳を受けたのだ。喧嘩と決めたからには、そうしようと思ったのだ。

「うおぉおおおおっ!」

 雄たけびをあげてレグルスに襲い掛かる男。レグルスの覇気に飲まれてしまいそうになるのを、叫ぶことで耐えているのだ。
 踏み込んだ足。だがそれはすぐに宙に浮き、そのまま男は後ろに吹き飛んだ。

「……まだ折れていないよな? 次だ。来い」

 レグルスの挑発を受けて、立ち上がり、また拳を向けてきた男。その拳はレグルスの顔面に届いた。レグルスの体が後ろに飛ぶことはなかったが。

「この程度の拳じゃあ、心は折れねえぞ?」

「ぐっ」

 レグルスの拳が男の腹にめり込む。一撃で心が折れそうになってしまう苦しみが、男を襲った。

「……来いよ」

「……ん、んぁあああああっ!」

 腹部の痛みに耐えながら拳を振る男。レグルスの顔面に当たった、というだけでダメージを与えるほどではない。

「次は、こっちの番!」

 真横から振るわれた拳が男の顔をゆがませる。そのまま、ゆっくりと仰向けに倒れていく男。これで決着。見ている誰もがそう思ったのだが。

「立て! 喧嘩屋を名乗りたければ、空を向いて倒れているんじゃねえ! 地面を向け! 前のめりに倒れろ!」

 レグルスがそれを許さなかった。

「……くっ……ん、あああああっ!」

 歯を食いしばって、なんとか立ち上がる男。だが、握る拳は弱々しく、レグルスの頬をなでた程度の威力しかない。拳を前に伸ばしたまま、男はゆっくりと倒れていく。前のめりに。

「……まっ、ギリギリだな。花街の喧嘩祭りに参加したけりゃあ、もっと鍛えておくんだな」

「…………あ、ああ」

「俺の勝ちだ!」

 喧嘩を見守っていた軍勢に向かって、レグルスは勝利を宣言した。だが、まだ喧嘩に勝ったというだけだ。

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