月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第171話 失敗したかも

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 喧嘩はレグルスの勝利。圧勝という結果だ。その決着を見ていた軍勢に向かって、勝利を宣言したレグルス。だがそれに反応する者はいない。

「約束だ。武器を捨てて、家に帰れ」

 約束を守るように告げても、やはり反応する者はいなかった。王国軍側の多くは、「それはそうだろう」と思っている。一対一の喧嘩の勝敗で戦いが終わるなど、それぞれのトップ同士の対戦であればまだしも一騎士とただの領民のそれで、あってはならないことだ。
 同じ一対一の戦いでも喧嘩と騎士の一騎打ちは別物。王国騎士団の騎士たちのほとんどがそう考えている。

「……おい、誰か! 俺を家まで運んでくれ! 一人じゃあ、動けない!」

 だが続いた男のこの言葉が状況を変える。それはとにかく、見ている者たちが一歩前に出る理由を作った。さらに男のところに駆け寄った人々が戻ることなく、そのまま去ろうとしているのを見て、武器を捨てて駆け出す人々が現れたのだ。

「逃げるな! 死にたい、がっ」

 それを止めようとした指揮官の口を、飛んできたブーメランが塞ぐ。逃げる人々の足を止める存在は、次々と討たれていった。それがさらに人々が逃げ出す後押しをしたのだが、当然、ホーマット伯爵側は指をくわえて見ているような真似はしない。
 橋の向こうの門が空き、騎馬が駆け出してきた。

「ラクラン!」

「はい! 届けぇええええっ!」

 ラクランから伸びる魔力の光が、逃げる人々の頭上を越えて、駆けてきた騎馬の前を塞いだ。魔法の防御壁に激突し、馬ごと橋の下に落ちていくホーマット伯爵家の騎士。

「……間に合った」

「ラクラン。もう少し、粘れ!」

「えっ?」

 安堵で気が抜けそうになっていたラクランに声をかけたのはオーウェン。そのオーウェンは、ラクランの防御魔法の上に跳び上がると、そのまま前方に向かって駆けて行く。

「暁光騎士団、オーウェン! 参る!」

 騎士らしく名乗りをあげながら。さらにレグルスが後に続き、ジュード、スカル、セブ、ロスも逃げる人々をかき分けて、前に進んでいく。

「橋を渡らせるな!」

「はっ!」

 騎馬を逃げる人々に近づけない。レグルスはまず、それを目標とした。まだ門の奥には数千の軍勢がいるはず。一気に攻め込むのは早いと考えたのだ。

「ようやく、相手も本気か」

 さすがに出てきた騎士たちは、寄せ集めの兵士とは違う。戦う力を持った者たちだ。オーウェンたちも簡単に押し返すことは出来ないでいる。それでもなんとか最初に出てきた敵が橋を渡ることは防いでいたのだが。

「アオ!」

「げっ!」

 さらに敵は誰も乗っていない馬を放ってきた。まっすぐに橋の上を駆けてくる暴れ馬の群れ。その勢いはかなりのもので、ラクランの防御魔法で一時的に足を止めたが、それも続かない。立て続けに、それも遠くまで広げるなどの無理な魔法を、繰り出したことで、ラクランも消耗してしまっていた。

「来るぞ!」

 ラクランの防御魔法が崩壊したのを見て、騎士が乗った馬が続いてきた。予想出来たことだが、だからといって防げるとは限らない。先頭を駆けてきた騎士を撃ち落としただけで、橋を抜けられてしまった。

「ちっ……逃げる奴らを守れ! 馬の足を止めろ!」

 このまま戦闘が広がって行けば、敵が望んでいた混戦状態になってしまう。それは、レグルスも避けたかった。きっかけはアリシアと自分が作った。すでに処分は決まっているが、出来るだけ軽いものにしたい。アリシアの将来を考えると、傷は小さいほうが良いに決まっているのだ。

「まだ来るか……後ろは任せた!」

 続々と敵が橋を渡ってこようとしている。敵の目的は混戦に持ち込むこと。数を送り込むことでそれが実現することは分かりきっているのだから、当然の動きだ。
 当然。レグルスの側はそれを許すわけにはいかない。増援の阻止に動くことにした。間を測って、橋の上に進み出たレグルス。持っていた剣を腰に差し、背負っていた別の剣の柄に手を伸ばし、構えを取った。

「縦はまずいか」

 体をさらに傾けるレグルス。その間も、敵の騎馬は見る見る目の前に迫ってくる。それを避けることなく、居合切りのように剣を一閃。剣先から伸びた黒い影が、橋の上にいる馬の足をまとめて斬り払う。鞘に戻した時には、橋の上を駆けている馬はいなかった。

「……しばらく大丈夫だな。ただ……逃がしすぎたな」

 後ろのほうでは敵の騎馬が駆けまわっている。オーウェンたちが頑張って、押さえ込もうとしているが簡単ではない。敵は戦場を混乱させることを優先し、オーウェンたちと戦うことを避けているのだ。

「あの馬鹿……」

 そしてアリシアも戦っていた。拳の痛みは魔力を活性化させて、ある程度は和らいでいるとしても、体の疲れは戦い続けていてはとれない。その動きは鈍い。
 それはアリシア自身も分かっているが、戦うことなく、逃げ回っていることは出来なかった。目の前で今の自分よりも力のない人たちが殺されるのを見過ごすことは出来なかった。
 アリシアはそう思っているが、彼女もまた敵の標的なのだ。消耗している彼女は、敵から強敵と評価されないのだ。

「くっ……」

 体力がもっと回復していれば、複数の騎馬に攻撃されても対処できる。だが、今の体では馬の足の速さは厄介だった。しかもアリシアは自分の周囲にいる人たちも守ろうと動いている。動きが非効率なのだ。そしてまだ。

「ココちゃん? 駄目よ、危ない!」

 まさかのココの姿を見つけて、焦るアリシア。幼いココは、敵の恰好の標的。そう思ったのだ。実際に敵の騎馬がココに向かっている。

「危ない! 逃げて!」

 重たい足を必死で動かして、ココのいる場所に駆け寄るアリシア。だが、そこまでで限界。出来たのはココを背後において、敵の騎馬の前に立ち塞がることだけだった。
 太陽の光を受けて輝く刃がアリシアの視界に入る。自らの剣で防ごうとするが、やはり反応が鈍い。間に合わない。アリシアは刃を身に受けるのを覚悟をした。

「……えっ?」

 だが敵の剣はアリシアの体には届かなかった。それどころか馬から落ちて、地面に倒れている。その敵騎士に剣を突き立てているのは。

「ココちゃん……ええ?」

 ココだった。背後にいたはずのココが、アリシアを襲った騎士を倒していたのだ。

「ココ、良くやった。ココは偉いな。強いな」

 そこにレグルスが現れた。現れてすぐにココをべた褒めしている。

「アオ? ココちゃんは?」

「何?」

「戦えるの?」

「はっ? 当たり前だろ? 戦う力もないのに戦場に連れてくるはずがない。言っておくけど、技だけであれば同じ年だった頃のお前よりも上だからな。ココは天才なんだ」

 またココを、頭をなでながら、褒めるレグルス。ただ一緒にいたいというだけでレグルスが危険な戦場に、可愛がっているココを連れてくるはずがない。よほどの強敵相手でなければ、自分の身を守る程度の実力はあると判断した上で、同行を認めたのだ。

「そう……良かった」

 無用な心配だったと分かって、アリシアは安堵の笑みを浮かべている。

「…………」

 そんなアリシアをじっと見つめているココ。

「……ココ。またそいつを頼む」

「……ん」

 二人から距離を取るレグルス。新たな騎馬隊の出撃に気が付いたのだ。

「……吊り橋か……それはそうだな。忘れていた俺が馬鹿だった」

 橋の上にはレグルスが殺した何頭もの馬が足を斬られて暴れていた。それで少しは時間稼ぎが出来るとレグルスは考えていたのだが、すでに倒れていた馬の姿はなく、新たな騎馬の群れが橋を渡ろうとしている。
 水堀にかかっている橋は吊り橋。それを一度引き上げることで邪魔をしていた馬を、すべて橋の上から落としたのだ。
 もう一度、敵の新手を止める。そう考えて、橋に向かって駆け出したレグルスだったが。

「ちっ」

 襲ってきた剣を避ける為に、前進を止めることになってしまった。

「お前、強いな」

 ホーマット伯爵に仕えている騎士、なのだろうが、男が放つ雰囲気は少し変わっているようにレグルスには感じられた。貴族家の騎士にしては、粗野で、そして物騒な感じがするのだ。

「……いや、弱い。強い相手がお望みなら別を当たってくれ。じゃあ」

「逃がすか!」

 面倒くさそうな相手と感じて、無視して先に進もうと考えたレグルスだったが、当たり前だが、相手はそれを許さない。刃が放つ閃光がレグルスに襲い掛かって来た。
 自らの剣でそれを受け、大きく間合いをとろうと後ろに跳んだレグルス。だが相手もまた一瞬で距離を詰めてくる。地面すれすれを走る敵の刃。それに気付いたレグルスだが、躊躇うことなく、前に踏み込んでいく。

「んげっ……」

 相手の剣より早く、懐に飛び込んだレグルスの拳が相手の腹を打ち抜いた。さらに相手の顎を膝で蹴り上げようと動いたレグルスだが。

「反応、速っ」

 その時には男は間合いから外れていた。

「やっぱり、強い」

「いや、やっぱり、弱い」

 男に足止めされている間に、敵の騎馬が次々と橋を渡り終えてしまっている。戦況はさらに、レグルスたちにとって、悪化しているのだ。
 男を振り切って、なんとかして橋を塞ぐ。どうすれば、それが実現出来るかを考えた時。閃光が走り、先頭を駆けていた馬が倒れるのが見えた。さらに後続も、前を走っていた馬の転倒に巻き込まれていく。

「遅い。やっと援軍かよ」

 ようやく他の部隊も動いた。それを知ったレグルスの呟きに。

「すまない。もっと早く動くべきだった」

 答えたのはジークフリート王子だった。

「あっ……すみません」

「戦場で言葉遣いなど気にするな。それに遅れたのは事実だ。その分、ここは我々に任せてもらえるかな?」

「……お任せします」

 遅れたことの代わりに戦場を渡す。なにか違うと思ったレグルスだが、ジークフリート王子の望む通り、任せることにした。白金騎士団が戦功を求めているのは知っている。それに、レグルスは今、対応できる状況にはないのだ。
 橋に向かって駆けて行くジークフリート王子と白金騎士団の騎士たち。これで自分の戦いに専念出来る、と思ったレグルスだったが。

「……あれ? あいつ、どこに行った?」

 いつの間にか、行く手を塞いでいた男がいなくなっていた。

「……まあ、良いか。戦う相手は他にいくらでもいる」

 カート総指揮官の号令の声が、レグルスの耳に届く。それに応えて、陣形を変えていく王国騎士団本隊と貴族家軍。新たに現れた敵の軍勢に対応しようとしているのだ。レグルスの目にも、二方向から近づいてきている敵軍が見えている。ホーマット伯爵家軍との戦いは一気に全面衝突の時を迎えることになった。

 

 

◆◆◆

 戦いは、ホーマット伯爵家軍の集結により、その激しさを増そうとしている。質では優っているはずの王国軍だが、数は、そして拠点防衛側であるという点でもホーマット伯爵家側が有利。決着がどうなるかは、まだ分からない。という状況であるにも関わらず、戦場を離脱しようとしている者がいる。かき集められた領民たちではない。ホーマット伯爵家に仕えていた騎士だ。

「あれ? お前もか?」

 それも一人ではない。何人もの騎士が戦場から遠ざかろうとしている。

「初戦であれでは、負けは見えている」

 王国騎士団はせいぜい百名くらいしかいない。それで苦戦しているようでは、増援がくれば抗うことなど出来ない。仮にこの一戦で勝利したとしても、先はないのだ。

「最初から負けは見えていただろ?」

「ああ、そうだ。だから貰えるものを貰ったら、死なないうちに逃げるつもりだった。満足出来るほどの金は貰えていないが、無理して死ぬわけにはいかない」

 彼らは、ホーマット伯爵家に金で雇われていただけ。伯爵家への忠誠心など欠片もない。最後まで見届けるつもりなど、初めからなかったのだ。

「死ぬか?」

「戦ったのは王国騎士団の本隊ではない。学院を卒業したばかりのガキどもだ。それであれでは、本隊の騎士と戦う気にはならない」

「ガキどもね……強い弱いは年齢では決まらないと思うけどな」

「お前はそう思いたいだろうな」

 相手もまだ若い。年長者のほうが強いなんてことは認めたくないだろうと男は思った。実際にそういう気持ちはあるが、それだけではない、なんてことは分からない。

「……これからどうする?」

「ほとぼりが冷めるのを待って、また働き口を探す。この先、仕事に困ることはない、はずだ」

 世の中は乱れる。その方向に進んでいる。そう男は思っている。もともと世間の不穏な雰囲気に気づいていたが、ホーマット伯爵家に雇われている間に、確信に変わった。

「次か……」

「良い仕事を見つけたら教えてやる。その代わり、お前も教えろ」

「……ああ、分かった。それじゃあ、また味方にある時があったら」

「ああ、そうだな」

 二人は傭兵。正規軍が充実しているアルデバラン王国には傭兵のニーズはなかったのだが。今は違ってきている。ホーマット伯爵家のように金の力で自家の軍事力を一気に高めようと考える貴族家は他にもいるのだ。そういう噂を聞きつけて、小国で働いていた傭兵たちが、アルデバラン王国に集まってきている。小国の傭兵として侵略してくるアルデバラン王国のような強国の軍と戦うよりは、その強国の国内で傭兵として働いていたほうが稼げる上に安全。こう考える者が多いということだ。
 アルデバラン王国に動乱の時が訪れようとしている。これもまたその兆しのひとつだ。

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