月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第163話 出来ること、出来ないこと

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 何の考えもなくカリバ族の居住地に入ったアリシア。領主の犯罪に加担していた者たちを捕まえるという時間稼ぎの口実は、当然だが、現実のものとはならない。それが出来るのであれば、とっくに行っている。アリシアは、まったく手がかりが掴めなくて、悩んでいたのだ。
 それでも彼女のおかげで領主軍の襲撃を、一時的とはいえ、止められた。カリバ族はその与えられた時間を使って、戦えない人たちを逃がそうとしている。

「逃げる場所はあるのですか?」

「居住地の後方に抜け道がある。こういう時の為に用意しておいたものだ」

 フルド族が領主軍に襲われた時のことを教訓として、カリバ族は密かに脱出路を用意していた。それが、使う時が来ることは望んでいなかったが、役に立つことになる。

「抜け道を使って、どこに?」

「それは決めていない。とにかく領地の外に出る。それだけだ」

 居住地から抜けられとしても、そこから先、行く宛があるわけではない。領主軍の追跡を逃れて、とにかく領地の外に出る。これ以上のことは決められないのだ。

「そうですか……」

「アリシア、お前はもう戻れ。これ以上、ここに残っても何もすることはない」

「でも、私が戻ったらすぐに領主軍は攻めてくるのではありませんか?」

 自分がここにいる間は領主軍は攻めてくることはないとアリシアは思っている。領主軍は自分のことなど気にしないだろうが、ジークフリート王子と騎士団の仲間たちが止めてくれるはずだと信じているのだ。

「……ふむ。領主軍が躊躇う理由があるのか」

 実際に領主軍は、アリシアの言うことを聞いて、攻めるのを待っている。捕らえることが出来た彼も、こうして居住地に戻れている。アリシアにはそうさせる何かがある。カリバ族の男はそう考えた。
 ほぼ間違いだ。領主軍が攻めてこないのは、指揮官が真面目な人物だから。アリシアを犠牲にしてでも戦いに持ち込もうとする人物ではないからだ。

「大丈夫です。私はまだここにいます」

「そうか……頼む」

 だが、いつまでも領主軍は待ち続けてはくれない。それはアリシアにも分かっている。戦いが始まった時、自分はどうすれば良いのか。アリシアは悩んでしまう。

(……カリバ族の人たちを逃がす為に戦う……これが正解だと思うけど……)

 それはとても勇気がいることだ。犯罪の証拠もないのに領主軍に抗う。それは王国に反抗することと同じではないか。王国の敵になる覚悟が自分にはあるのか。この問いに対してアリシアは、「ある」と躊躇うことなく答えることが出来ない。

(……犯罪者か……いや、生き残れるかも分からないか……)

 領主軍に抗って、勝つことが出来るのか。これさえも怪しいのだ。

(ジークはどうするのかな? 反逆者を助けるのは難しいか……)

 自分が領主軍に敵対した時、ジークフリート王子はどういう行動を選ぶのか。期待がないわけではないが、反逆者を庇うのは難しいだろうとも思う。領主の犯罪を暴けていない今、カリバ族のほうが悪。その悪に加担する自分を王国の王子として庇いきれるはずがない。

(……ちょっと、怖いな……いきなり、これはヘビーだよ)

 これが白金騎士団としての初任務。その初任務でこの展開は厳しいとアリシアは思う。下手すれば。自分はここで殺されてしまうかもしれないのだ。

(……シナリオに逆らったからかな? でも、シナリオなんて、もう……)

 ゲームシナリオ通りにカリバ族と戦っていれば、こんなことにはならなかった。今の状況はシナリオに逆らった報い。こんなことまでアリシアは考えてしまう。

(……早く逃げて…………なんて……駄目だ。臆病だな……私は……)

 最小限の荷物を持ってカリバ族の女性、女性に連れられた子供や老人が居住地の奥に向かっている。領主軍が攻めてくる前に全員が逃げてしまえば、自分が戦う必要もなくなる。アリシアはそんな風に考え、そんなことを考えた自分が情けなくなった。

(…………アオ…………君は凄いよ)

 アオは、レグルスはきっと、こういう場面をすでに何度も経験している。それを思ってアリシアは、改めて、彼の在り方に憧れを覚えた。自分もレグルスのようにあらねばならないと思った。

『裏切りだぁーーーー!!』

「えっ……?」

 そこに届いた「裏切り」の叫び声。何が起きたのか、すぐには理解出来なかったアリシアだが。

『戦える者は剣を取れ! 逃げる者たちを守れ!』

『躊躇うな! 敵は領主とグル! 我らカリバ族を陥れた裏切り者だ!』

 続く声が事情を教えてくれた。領主の犯罪に加担していたカリバ族の者たちが、ここで明確に敵に回ったのだ。逃げようとする仲間に刃を向けてきたのだ。

「……守る。私は、絶対に守る!」

 状況がアリシアから怯えを消し去った。目の前には守るべき人がいる。その人たちを守る為に敵と戦う。分かり易い目的がアリシアを動かした。
 剣を抜き、戦闘の気配を探って走り出すアリシア。彼女はまだ知らない。カリバ族の裏切者たちと呼応するように、領主軍も動き出そうとしていることを。

 

 

◆◆◆

 カリバ族の居住地は、あちこちで立ち上がっている炎に照らされて、赤く染まっている。裏切者たちが火をつけて回っているのだ。その数はアリシアが、犯罪に関わっていなかったカリバ族が思っていたよりも、遥かに多い。領主の犯罪の手助けをしていた者たちが、それだけ多くいた、ということではない。領主に逆らい、殺されることを恐れた人々も大勢加わっているのだ。
 じりじりと押し込まれているカリバ族。ただ戦闘で圧倒されているわけではない。アリシアの助太刀もあって、戦いとしては互角以上なのだが、この場を死守することに意味はない。先に逃げた人々を守る為に追撃を押さえ込みながら、自分たちも少しずつ逃走路に近づこうとしているのだ。

「アリシア、もう逃げろ」

「それは私の台詞です。貴方たちこそ、もう逃げてください。ここは私が防ぎます」

「その気持ちは嬉しいが、そこまで頼るわけにはいかない。これは我々の戦いなのだ」

 アリシアはずっと味方し続けることは出来ない。カリバ族の男にはそれが分かっている。彼女はジークフリート王子が率いる騎士団の一員、王国の側に戻る必要があるはずなのだ。

「貴方たちの戦いはまだ続きます。安全な場所を見つけることが出来るまで、戦わなければならないはずです。だから、ここは私に任せてください」

「……しかし」

 居住地を抜けたからといって、それで無事に逃げ延びられるわけではない。そこからさらに領地の外に出て、さらに自分たちが安全に暮らせる場所を見つけなくてはならない。だが今のままではカリバ族は王国に逆らった反逆者。領地の外に出ても追われる立場になるはずだ。それはカリバ族のほうが良く分かっている。分かっているからこそ、この場で命を捨てても良いと考えてしまうのだ。

「おい? あれは……?」

「領主軍が……動いたのか……?」

 すでに日が沈む時間。薄暗くなってきた中を、数えきれないほど多数の炎が動いている。松明を掲げた領主軍が動き出したのだ。

「……逃げてください」

「無理だ。領主軍まで来ては」

「私は領主軍とは戦えません。カリバ族の裏切者の足止めをするだけです。だから貴方たちは、領主軍がここに来る前に逃げてください」

 領主軍とは戦えない。ジークフリート王子が敵として認定しない間、正義は領主軍の側にある。領主軍と一緒に白金騎士団も動いていれば尚更だ。
 アリシアが出来るのは、カリバ族の裏切者たちの足止めまで。だからこそ、それは自分が背負おうと考えた。

「……分かった。おい、皆、下がれ。下がって逃げる者たちを助けろ」

 アリシアの言う通り、逃亡に移るカリバ族。それを命じた一人を除いて。

「逃げてください」

「それは無理だ。お前一人で追撃を防げるとは思えない」

 互角以上に戦ってきた。だがそれは数も互角だったからだ。カリバ族の戦士がこの場を離れ、アリシア一人になってしまっては追撃を防ぐことは出来ない。二人になったからといって防げるわけではないが。

「でも……」

「話をしている余裕はないぞ!」

 それは襲ってくる者たちが許さない。多くの戦士が後退に移ったのを見て、これまで以上に積極的に襲い掛かってきた。彼らは、自分たちに同調しないカリバ族に全ての罪を押し付けようとしているのだ。それを否定する証言を行うものが、実際には大きな影響は与えられないと分かっていても、活かしておくわけにはいかない。

「行かせない!」

 後方に下がった人たちを追おうとする敵の行く手を阻もうとするアリシア。だが、それは簡単ではない。敵の数が多すぎるのだ。

「△ev 0α γo eπtpeθω!(させるか!)」

 なんとかカリバ族の男が後方に回った敵を倒そうとするが。

「ぐっ……」

 こちらも多勢に無勢だ。背後にいた敵の刃を受けてしまった。

「ソロンさん!」

 地面に倒れていくカリバ族の男の名を叫ぶアリシア。だが助けに行く余裕は彼女にはない。敵が多くて、自分の身を守るのに必死。逃げて行った人たちを追う敵を止めることも出来ない。

「……ちきしょう……ちきしょう!」

「悔しがっている暇あったら、真面目に戦ってもらえる?」

「えっ……あっ……ジュード、さん」

 かけられた声はジュードのもの。いるはずのない人がいることに、アリシアは戸惑っている。

「だから、真面目に戦ってよ」

 アリシアに文句を言いながらジュードは、目の前にいる敵を次々と殺していく。ジュードだけではない。スカルもすぐ近くで戦闘を始めていた。

「……どうして?」

「もう良い。僕が皆殺しにする。そのほうが楽しいしね」

「あっ、私も戦う!」

「当たり前!」

 とにかく頼もしい味方が来てくれた。アリシアはまた敵に向き合う勇気を得た。対峙する敵を倒すアリシア、だが。

「もしかして、人殺すのこれが初めて?」

 ジュードにはその動きはひどく鈍く思える。「真面目に戦って」は本気で言っていたのだ。

「そう……」

「ふうん。それで動揺しているのか……こんなに楽しいのに」

 返り血で真っ赤に染まった顔に浮かぶ笑み。とくに意味のある笑みではないのだが、アリシアにはとても怖ろしいものに感じられる。
 それが普通だ。人殺しを楽しむジュードに何も感じないのは、暁光騎士団でもレグルス、そして同じように人殺しを繰り返してきたスカルくらいだ。

「……アオは!?」

「先のほう! 逃げ遅れた人の救出とか、色々してる!」

「そう……分かった」

 自分では救えなかった人たち。それをレグルスは救ってくれる。かつての思いがアリシアの心に蘇る。アオは自分が救いきれない人を救ってくれる存在。彼がいてくれるから、自分は安心して、自分の信じる道に突き進むことが出来るのだという思いが。

 

 

◆◆◆

 建物の多くが火に包まれている。そんなカリバ族の居住地を駆けまわっている多くの獣たち。それは要救助者を捜索しているカロの友達だ。カロの友達が居場所を探り、実際に救うのは。

「がっ……」

 飛んできたブーメランをまともに受けて、倒れるカリバ族。

「V#r %ppm#rks#m.(気を付けろ)」

「F@r m#ng# f$&nd&r.(敵が多すぎる)」

 ゲルマニア族の二人、セブとロスだ。隠密行動に優れているということで前線での活動を担った二人だが。さすがに敵の数が多すぎる。気配を消しても、少し動けば気付かれてしまうのだ。
 救出作業は限界。二人がそう思った時。

「D&t r#ck&r. G# b#k#t.(もう良い。下がろう)」

 良いタイミングで、レグルスが現れ、撤退を告げた。

「……V&m #r d&t?(そいつは?)」

 現れたレグルスは、人を背負っている。体格の良い男だ。救出対象は逃げ遅れたお年寄りと子供。レグルスが背負う男は、対象ではないはずだ。

「J#g t#r d$g m&d m$g &ft&rs@m d% v&rk#r v&t# myck&t.(色々知っていそうだから連れて行く)」

「f@rst#r.(なるほど)」

「……N% k@r v$.(行くぞ)」

 セブとロスの二人も近くに待たせていた子供を抱え、周囲を警戒しながら居住地の奥に向かう。あとは仲間と合流して、居住地を脱出する、予定なのだが。
 耳に届いた金属音に、セブとロスの足が止まる。レグルスが襲い掛かって来た敵の剣を受け止めた音だ。

「下がれ!」

「しかし……」

「いいから下がれ」

 レグルスの重ねての命令に、渋々といった様子で、従う二人。

「余裕ですね?」

「余裕なのはそっちだろ? こちらが三人いるのに突っ込んできた」

 それだけ腕に自信があるのだろうとレグルスは考えている。相手はカリバ族ではない。では領主軍の騎士かとなるのだが、それも違うようにレグルスは思った。

「余裕だからではないです。どちらかというと逆かな?」

「なるほどな。この男よりもお前を連れて行ったほうが役に立つみたいだ」

 相手の目的はレグルスが連れて行こうとしている男。連れて行かれては困る事情が相手にはある。それは、多くのことを知っているということだ。

「……出来るのなら」

 レグルスの言葉で自分の失言に気付いた相手。その表情がきついものに変わる。

「どうだろう? 自信はないな」

「嘘つけ!」

 一瞬でレグルスの懐に飛び込んできた敵。だが剣を振るう前に、レグルスの足が伸びてくる。それを避ける為にまた後ろに飛んで間合いを空けようとしたのだが、レグルスはそれを上回る速さで距離を詰め、拳を放つ。
 体をひねってそれを躱す。だが、その瞬間に足を払われ、男はバランスを崩してしまう。

「ちっ」

 全身のバネを使って、とにかく、その場から離れようとする男。そうさせまいと間合いを詰めるレグルス。だが、その動きは飛んできた矢によって阻まれた。
 さらに降り注ぐ大量の矢。

「……やられた」

 連れて行こうしていた男の体には、すでに多くの矢が突き立っている。戦っている間に殺されてしまったのだ。さらに戦っていた男も、それを確認している間に姿を消した。

「仕方がないか」

 バラバラと地面に落ちてきた矢。レグルスの前に展開されたラクランの防御魔法が、届く手間で防いだのだ。それを確認することなく、レグルスは背中を向けて、駆け出している。この場でやることはもうない。そう判断し、引き上げることにしたのだ。

「……判断が速いな。それに比べて」

 それを見て、姿を現したのは今回の事件を裏で操っていた男。正しくは操っていた者の配下、現場指揮官の役目を担っている者だ。

「申し訳ないです」

 そしてレグルスに襲い掛かったのは、さらにその部下。

「私は我々の存在を気付かれるなと言ったはずだ。もう忘れたのか?」

「領主軍の騎士だと思ったはずです」

「そうだと良いが……我々も引き上げる」

 あとは本物の領主軍が後始末をしてくれるはず。実際に上手く始末出来るかは分からない。だがそれはもう彼らには関係のないことだ。彼らのこの地での任務はもう終わったのだ。

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