カリバ族の協力を得て、領主が犯罪を行っている証拠を手に入れようとしているアリシア。だが、それは上手く行っていない。カリバ族が協力してくれるといっても、そのカリバ族の中に、自らの意志で犯罪に加担している者がいるのだ。しかもそれが誰かは、まったく分かっていない。調査に協力してくれる人が、そうかもしれない。実際にそういう者も紛れているはずだ。
それで調査が進むはずがない。何をどう調査しようとしているかの情報を全て知られ、邪魔されるのを手伝っているような状態なのだ。
ではどうするか。まずはカリバ族の中の裏切者を見つけ出すこと。一人見つかれば、さらに芋づる式に他の裏切者も見つけられる可能性がある。こう考えたが、それも上手く行かない。アリシアには、白金騎士団にも、そういうことが出来る人材がいないのだ。
「アリシア……正直厳しいよ」
ジークフリート王子はすでに諦めモード。犯罪の証拠を手に入れることは出来ないと考えている。
「何かあるはずです。手がかりとなる何かが。それを見つけることさえ出来れば」
何かひとつ取っ掛かりとなるものがあれば。アリシアはこう考えている。諦めたくないという気持ちだけから生まれた考えではない。アリシアは領主の犯罪を知っているのだ。証拠をどう繋げれば良いか、分かっているのだ。
「手がかりと言ってもね……そもそもカリバ族の人たちは、何をさせられていたのかな?」
「物を運んでいたそうです。高く売れるらしい、売ってはいけないものを」
アリシアの元の世界の知識でいうところの違法薬物。それを領主は取り扱っている。カリバ族はそれを密かに領地の外に運びだし、密売ルートに乗せる役目。見つかれば百パーセント、死刑になる危険な役目だ。
だが、ここまでの詳細を説明するわけにはいかない。知っているはずのない情報なのだ。
「……売ってはいけない物とは何だろう? それが分かればそれが手がかりになるね?」
「はい。でも、それが分からなくて……絶対に知っている人はいるはずなのに」
「でも、それを領主はどうやって手に入れているのかな? 調べるのはカリバ族ではなく、領主のほうではないかな?」
カリバ族はただの運び役。全容を知っているのは領主だ。そうであれば領主の側を調べることに集中するべきではないかという自分の考えを、ジークフリート王子は伝えた。
「それはジークにお任せします」
「えっ、私?」
まさか自分に丸投げされるとはジークフリート王子は考えていなかった。
「警戒しているはずですから、証拠は簡単には見つからないと思います。でも、ちょっとした会話の中にヒントが紛れているかもしれません。そして領主と話が出来るとすれば」
「私だね……でも自信はないな」
「疑われていることは、もう分かっていると思うのです。それでもジークを無視するわけにはいきません。嫌でも話の場に付き合うはずです」
自国の王子に時間が欲しいと言われて、それをずっと断り続けることなど出来ない。嫌でも会話に付き合わなけれならない。それが犯罪に関わることであっても、嘘はつくだろうが、無視は出来ないはずなのだ。
「……そうだね。頑張ってみるよ」
「ちなみに、領主を拷問するなんてことは?」
「えっ……?」
行き詰ってしまうと、根は善人なアリシアでも、こんなことを考えてしまう。レグルスであれば、なんて考えると、こういうことを思いついてしまうのだ。
「無理ですよね? 分かっています」
「何の証拠もないわけだから。無実である可能性もあるよね?」
ジークフリート王子は、カリバ族が嘘をついて討伐を免れようとしている可能性も、何度か口にしている。調査に対するアリシアとの熱意の差が出ているのだ。
「分かっています。ちょっと頭がテンパっただけです」
「テンパった……」
「あっ、意味分かりませんよね? いっぱいいっぱいになって、頭がきちんと回っていない感じです。レグルス様に教わった言葉で、花街で使われていると聞きました」
本当はアニメで知って、なんだか響きが面白く感じたので使うようになった言葉だ。
「そう……面白い言葉だね?」
「ごめんなさい。変な言葉を覚えてしまって」
「いや、気にしないよ。でも、レグルスか……彼ならこの状況でどうするだろうね?」
カリバ族はレグルスが来ることを求めていた。レグルスの何が彼らに期待させるのか。ジークフリート王子は気になっていた。
「拷問ではないですか?」
「えっ……?」
「……すみません、間違いました」
残念ながらその答えは、アリシアからは得られなかった。
◆◆◆
アリシアたちが何をしようとしているか、領主であるホーマット伯爵は、彼女が推測した通りに気が付いている。ホーマット伯爵にとっては大誤算。こんなはずではなかったのだ。
「どういうことだ? カリバ族を討伐して、終わりではなかったのか?」
ホーマット伯爵には、その誤算が起きている不満をぶつける相手がいる。犯罪には、ホーマット伯爵にとっては支援者、実態は黒幕というべき存在がいるのだ。
「少し計算が狂っただけです。結果は変りません」
「では早く、その結果を出してくれ」
証拠など見つかるはずがない。こう思っていても不安は消えない。万一、犯罪の証拠が見つければ、貴族であるホーマット伯爵でも無条件で死罪になる。それだけ重い罪なのだ。
「お望みであれば。ただ少し激しいものになりますが、よろしいですか?」
「かまわん。とにかく終わらせてくれ」
「承知しました」
深々とお辞儀をして、それによって抑えきれない蔑みの表情を隠して、男は部屋を出た。ホーマット伯爵も、カリバ族と同じ使い捨ての道具。その道具が偉そうにしているのが気に入られない。狼狽している様子を見ると蔑みの気持ちが湧いてくる。
「どうでしたか?」
建物を出たところで、待っていた仲間が声をかけてきた。
「終わらせろということだ」
「それで?」
ホーマット伯爵の命令に従う義務はない。待っていた男も、伯爵は使い捨ての道具であることを理解している。
「終わらせる。あまり長引くと面倒なことになりそうだ」
「面倒ごとは好物ですけど?」
「レグルス・ブラックバーンを見失ったという報告が先ほど入った」
この男たちは、組織は、レグルスの動きを注視している。見張りを、常時は気付かれると分かっていて諦めているが、要所要所に張り付けている。その見張りの連絡で、レグルスがエリザベス王女と一緒にいないことを知ったのだ。
「……好物になりそうですけど?」
「接触の許可は出ていない。今はまだ我らの存在の気配も感じさせては駄目だと言われている」
「それは残念……でも、いつかは、ですか?」
今はまだ、ということはいつかは接触、直接の対峙が許される時が来るということだ。男はそう理解した。
「どうだろうな……戦ってみたいという思いは私にもあるが、これは個人の感情。組織としては、敵にするべき相手ではないと思う」
戦えば、勝ったとしても大きな傷を負うかもしれない。個人としても、組織としても。そんなリスクを覚悟して戦う理由がはたしてあるのか。レグルスが何をしたいのか、今となっては分からない。彼らの主にとって想定外の状況になっているのだ。
「それを決めるのはジェー様です。俺たちはそれに従うだけ」
「その通りだ……だが、ジェー様は止めろ。レグルスであれば、我らの主が誰だか分かってしまうだろ?」
ジェーではまったく素性を隠すことになっていない。
「もう分かっているのではないですか?」
「我らの存在は分かっていないはずだ。仮に我らの気配が気付かれても、主と結び付けられることは避けなければならないのだ」
王国各地で暗躍しているのが彼らで、その彼らに命令している主が誰か分かれば、レグルスは完全にその主の敵に回る。彼はそう考えている。レグルスと敵対するべきではないという考えを持つ彼は、その事態を避けるべきだと考えているのだ。
「難しいことは任せます。俺は命じられる通り、戦うだけです」
「少しは頭も使え。良いか、レグルスの弱点は、彼が組織の頂点であり、前線指揮官であり、作戦参謀でもあり、そして戦士としても主力であることだ。いくら彼が優れていても一人では限界がある。そこが我らとの違いであり、我らはその優位性をさらに高めるべきなのだ」
彼らの組織は人材が揃っている。役割分担が出来ている。戦略を司る後方組織と、彼らのように現場で働く組織に分かれているだけでなく、現場には戦略に基づき、臨機応変に動くことが出来る指揮官が配置されている。この彼もその指揮官の一人だ。
「……難しいことはお任せします」
そして彼は戦闘専門。
「まったく……良い、無駄話の時間は終わりだ。ここでの仕事も終わらせに行くぞ」
「了解」
◆◆◆
カリバ族が領地の街を襲撃した。この一報がアリシアたちに届いた時には、すでに領主軍がカリバ族の居住地近くに現れていた。あまりに素早い動き。街への襲撃が、領主と示し合わせたものであることは明らかだ。
だがそれを示す証拠はない。街を襲ったカリバ族を討伐するという領主軍を止める理由がないのだ。それでも。
「待ってください! 今はまだ交渉中です! 戦闘を行うべきではありません!」
アリシアは戦いを止めようとしている。
「その交渉は失敗に終わった。街への襲撃がその証拠です」
アリシアの制止に従う理由は領主軍にはない。領主軍の指揮官は裏事情を知らないのだが、だからこそ正々堂々と自分たちの正当性を主張してくる。
「それは何かの間違いではないですか?」
「間違いで軍は出さない。襲撃がカリバ族によるものであることは明らか。多くの証言者がいるのです」
証言者はいる。実際に街を襲撃したのはカリバ族なのだから。カリバ族の内通者が街を襲ったのだ。
「そうだとしても交渉を終わらせるべきではありません」
「そうやって交渉を長引かせたことで犠牲者が出たのです。これ以上、我々は無法を放置しておくわけにはいきません」
「でも……」
その無法を行っているのは領主なのだが、それを指揮官は知らない。知らないものの強さで、アリシアを押してくる。自分が正しいと信じているのだから、自信満々なのだ。
「もう良い。領主軍が攻めてくるというのであれば、我らは戦うまでだ」
ここにはカリバ族の人もいる。アリシアと打合せを行う為に来ていたのだ。そのまま領主軍との交渉に入ろうとしていたのだ。
「襲撃に関わった者。責任者を全員差し出せば、領主様も考えてくださるかもしれない」
指揮官は命令に従っているだけで、積極的にカリバ族を滅ぼそうとしているわけではない。戦いにならない方法を提案してくる良心を持っている。
「襲撃に関わった者はいない」
「そのような態度では良い結果にならない」
「いないものはいない」
襲撃に関わった者は本当にいないのだ。戦いになると分かっている居住地に戻ってくるはずがない。どこかに逃げ去ったか、隠れて時を待っているのかのいずれかだ。
「アリシア」
「はい」
「ありがとう。結果が出なかったのは残念だが、お前は精一杯やってくれた。感謝している」
アリシアは本気でカリバ族を助けようとしていた。ずっと見ていて、何度も話し合って、それが良く分かった。彼女の努力は報われなかった。だからこそ、感謝を伝えようと思った。彼女が心に負うだろう傷を、少しでも浅くする為に。
「……御礼はいりません。まだ終わっていません」
「アリシア……もう無理だ」
「まだです。襲撃に関わった人たちを差し出せば良いのですね? 私が行って、その人たちを捕らえてきます。それまで待っていてください」
領主軍の指揮官に向かって、出来もしない約束をするアリシア。とにかく時間を稼がなければならない。彼女が考えているのはこれだけだ。
「待つ必要はありません。このまま我々も同行します」
「それでは戦いになってしまうから言っているのです。お願いです。私に時間を下さい。陛下の命令も戦いになるのを止めろです。私は陛下のご命令に忠実に従おうとしているのです」
「しかし……」
指揮官の視線がジークフリート王子に向く。どうすれば良いのか問いかける視線ではない。アリシアを何とかしてもらえないかと懇願する視線だ。
「……アリシア、これ以上は」
指揮官の意図を正しく読み取って、アリシアを止めようとするジークフリート王子だが。
「ジーク、あとはお願いします」
「いや、あとって」
「お願いします!」
アリシアはジークフリート王子の話をちゃんと聞くことなく、わざと聞かないようにして、カリバ族の居住地に向かって駆けだした。
なにか勝算があるわけではない。ただ、このまま諦めてしまうことは出来ない。自分はまだ何も行っていない。こういう思いがあるだけだ。