月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第164話 誤算が招くもの

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 アリシアが知る限り、居住地から逃げ出したカリバ族は捕まっていない。実際にどうかは分からないが、捕まったという情報は、アリシアには届いていない。ジークフリート王子も聞いていないと言っている。
 アリシアは居住地でジークフリート王子、白金騎士団と合流した。レグルスとは、ほんの短い時間、話をしただけ。領主軍が居住地に突入してきた後だったので、ゆっくりと話をしている場合ではなかったのだ。居住地から先の逃走は、レグルスに任せることになった。アリシアにとって、誰よりも安心して任せられる相手だ。実際に、今のところ、レグルスはその期待に応えてくれているようだ。

「……宝物? 何の話ですか?」

「えっ、いや、逃げたカリバ族はほとんど何も待たずに逃げ出したみたいだから。持ち出した大切な物って、どういう物かと思って」

「お金とかですか?」

 ジークフリート王子が何を聞きたいのか、アリシアは理解出来ていない。いきなり「カリバ族の宝物を知らないか?」なんて聞かれても分かるはずがない。

「ああ、お金はそうだね?」

「あの状況では、なによりも命が大切だったのではありませんか?」

 とにかく逃げること。多くの荷物を持ち出す余裕など、カリバ族にはなかった。少なくともアリシアは、そういう人を見ていない。皆、移動に邪魔にならない程度の小さな荷物だけを持って、逃げていたのだ。

「多くは燃えてしまったのかな? なにも火をつける必要はなかったよね?」

「火をつけたのは罪を犯した人たちですから。自分たちのことしか考えていなかったのです」

 多くのカリバ族が討たれている。アリシアも討つ側にいた一人だ。その討たれた者たちが、犯罪に関わっていた者たち。そういうことになっている。レグルスがそうするようにアリシアに伝えたのだ。

「……逃げる必要はないのにね?」

 すでに犯罪者は討たれている。犯罪に関わっていないカリバ族の人たちは逃げる必要はない。

「簡単には信用出来ないのではないですか?」

 とはアリシアは思っていない。居住地に戻っても、領主を喜ばせるだけ。領主の犯罪を知っている人たちは皆、殺されることになる。

「結局、真相ははっきりしないね?」

 カリバ族にかなりの犠牲者が出た。その死んだ人たちが犯罪に加担していたとなっているが、その犯罪とは何を指しているのか。街を襲撃したこと、というのが一般的な考え。領主が関わる犯罪なんてことが、周知のことになるはずがない。
 だがそれではジークフリート王子は心が落ち着かない。領主が犯罪を行っているか、どうかが曖昧なままでは、アリシアは納得しないだろうと思っている。

「……私たち、いえ、私にはその力がなかったということです」

 自分では出来なかった。それを悔やむ気持ちは、かなり薄れている。自分とレグルスではやり方が違う。だからこそ、二人が存在する意味がある。少しだが、こんな風にも思えてきたのだ。

「悔しいね。犯罪の証拠集めなんて、考えていなかった。悪を倒す力を持っていれば、それで良いと思っていた」

 白金騎士団の戦闘能力については、ジークフリート王子も自信がある。かなり鍛えてきたつもりだ。実際に小部隊としての戦闘力は、王国騎士団全体の中でも、経験不足という点を除いて、かなり上位にいる。

「それはそうです。私たちは騎士団ですから」

 王国騎士団にも情報部門はある。だが、それは情報分析に重きを置いていて、情報集めそのものは、せいぜい戦場での斥候任務などを行うくらいで、ほとんどを諜報部に頼っている。犯罪捜査など、そもそも向いていないのだ。

「あれだね……任務が合っていなかったね?」

 これを口にするのは、ジークフリート王子は躊躇いを覚える。エリザベス王女に任せておけば良かったと言っているようなものなのだ。
 だが実際にそうだ。現地での状況は、当然、国王の耳にも届いている。領主側は隠すべきことは隠しているが、混乱があったという事実は、その隠すべきことではない。戦いを止めに行ったのにカリバ族に街を襲われ、そのカリバ族の居住地でも多くの犠牲を、カリバ族の一方的な犠牲だが、出す結果となったというのが、公式の任務結果なのだ。

「我儘なことなのかもしれませんが、自分たちの正義を信じられる任務だと良いですね?」

 権謀術策の類は自分には向いていない。自分の戦いが正義だと信じられる戦いでなければ、自分は世の中の役に立たない。そんな都合の良い任務ばかりではないと分かっているが、アリシアはそうあって欲しい。その思いを正直に口にした。

「そうだね……」

「次の任務は決まりそうなのですか?」

「ああ……少し待ちかな? 色々と調べていることがあるらしくて、その結果で任務が決まるらしいよ」

 初任務は、はっきり言って、失敗。失敗という評価は酷すぎるかもしれないが、支援者たちが望む結果でなかったことは確かだ。王国騎士団として、不十分な結果に終わった部隊に、すぐに次の任務を与えて良いものかという普通の考えに加え、次は絶対に良い成果を望む支援者たちの思惑が絡んで、次の任務が決まらないのだ。

「……では、しばらく鍛錬ですね?」

「ああ、そうだね。あと……少し時間が出来たこともあるし、どこかに行かない? アンも誘って」

「……はい?」

 ジークフリート王子からのデートの誘いは、もうアリシアも慣れた。だが、サマンサアンも一緒にという誘いはそれとは訳が違う。アリシアにとってサマンサアンは、現実には大して被害は受けていないのだが、天敵なのだ。

「いや、将来のことも……あっ、いえ、将来はまだ早いか……えっと、仲良くなったほうが良いかなと思って。別に仲が悪いというわけではないけど」

 サマンサアンが正妃で、アリシアを側妃に。この形を望めば、二人に仲良くして欲しいと思うのは当然だ。二人の泥沼の対立など、夫となるジークフリート王子は望んでいないのだ。
 ただ、アリシアとの話は相変わらず進んでいない。サマンサアンとの結婚も進んでいないのだから、第二夫人との話が進むはずがない。先に進んではアリシアが第一夫人ということになる。

「……えっと……三人でどこへ?」

 サマンサアンと仲良くなる。これについてはアリシアも望むところだ。彼女の将来の為にもそうであったほうが良いはず。今となっては、自分の知る未来を気にする必要があるのかと思い始めているが。

「前に行った郊外の別荘はどうかな?」

「ああ……あそこですか……」

 アリシアにとっては、野獣に襲われた想い出の地。ジークフリート王子に気を遣って喜ぶ振りをする気にもなれない。

「駄目かな? じゃあ、どこが良いかな……?」

「……普通に郊外を散歩で良くないですか? サマンサアンさんが歩くのが嫌でなければですけど」

「散歩……ま、まあ、そうだね。最初はそこから始めよう」

 散歩では日帰りになってしまうどころか、一緒に過ごす時間もかなり短い。こんなことを考えたジークフリート王子であったが、すぐに思い直した。いきなり三人で泊まりなんてことをして、問題が起きることを恐れたのだ。

「最初は……まあ、はい。それで」

 ジークフリート王子は、ゲームのような問題が起きることなく、サマンサアンと結婚する。別にそれで良いとアリシアは思っている。親しいとは言えない関係だが、自分のせいでサマンサアンが処刑台に昇るような事態は絶対に避けたい。なんとしても王妃の座を手に入れる、なんて欲望はアリシアにはないのだ。
 そんなアリシアなので、ジークフリート王子の考えを理解していない。ジークフリート王子の相手は、サマンサアンか自分のどちらかで、今はサマンサアンが選ばれる可能性が高い。自分はただ騎士として、ジークフリート王子を助ければ良いだけだと考えているのだ。
 白金騎士団の他のメンバーも含め、ジークフリート王子の周囲でそんな風に考えているのは、アリシアだけだというのに。

 

 

◆◆◆

 ホーマット伯爵領での出来事は、ジークフリート王子とその支援者たちにとっては大きな誤算。ただ誤算だと思っているのは、ジークフリート王子たちとは異なる理由でだが、他にもいる。サマンサアンの兄、ミッテシュテンゲル侯爵家のジョーディーがそうだ。

「申し訳ございません」

「シャノン。久しぶりに会って、最初が謝罪というのは残念だね?」

 ジョーディの前で深々と頭を下げているのは、ホーマット伯爵との窓口となっていた部下。ジョーディが組織した影の軍団(シャドウ)と呼んでいる組織の現場指揮官の一人だ。

「本当に申し訳ございません」

「状況はおおよそ聞いているよ。問題はどこにあったのかな?」

「ひとつはジークフリート王子の白金騎士団が、カリバ族側に付いたこと。正確に申し上げれば、白金騎士団の騎士の一人、アリシア・セリシールがカリバ族の味方に回ったことです」

 躓きの最大の原因はアリシアだとシャノンは考えている。アリシアが口出ししなければ、交渉は決裂。カリバ族は討伐されて終わりだったはずなのだ。

「アリシアか……確かに想定外だったね? どうしてだろう?」

「話を聞いただけですが、最初からホーマット伯爵を疑っていたようです。もしかすると事前に何らかの情報を得ていた可能性があります」

「レグルスから?」

「それについては断言出来ません。把握している限り、レグルス様、いえ、レグルスとアリシアが接触したのは任務が決まる前のことです」

 白金騎士団がホーマット伯爵領に向かうことになったのは、エリザベス王女とレグルスがモルクインゴンに向かった後。ワイバンでのキャンベル子爵令嬢誘拐事件に関わることになって、予定通りに戻って来られないと分かってからだ。そもそもエリザベス王女とレグルスも、自分たちがホーマット伯爵領に行く予定であったことは知らないはずなのだ。

「偶然……いや、同じである可能性があるか……もともとその可能性は考えていた」

 ホーマット伯爵領の真実を知っていたのは、アリシアが異世界からの転生者でゲーム知識を持っているから、なんてことは、この世界の人間であるジョーディは考えない。考えていたのは自分と同じ転生者、何度も人生を繰り返している可能性だ。

「これからの活躍もそれで説明出来ます。どうすれば良いかを分かっているのですから」

 そしてシャノンもまた、同じ転生者。影の軍団の主力は皆そうなのだ。だからこそ、ジョーディのやる事に付いて行こうと思えるのだ。

「……だが知っているのであれば、余計なことをせず、戦いを選ぶはず……こういう決めつけはもう通用しないね?」

 この人生においても人は前の人生と同じ選択を行うはず。これはもう通用しない。この人生でのこの時点の状況は、以前までとは大きく変わっているのだ。

「レグルスの影響を受けている可能性があります。いえ、間違いなく影響を受けているはずです」

 レグルスとアリシアの関係性は、これまでとは大きく異なっている。真正面から対立する敵同士という関係ではなくなっているのは明らかだ。

「そういう人物が白金騎士団にいるとなると……難しいことになりそうだね?」

「アリシア自身はそれほど脅威には思いません。戦闘力は高いですが、それだけ。個の力で出来ることは限られています」

「問題はレグルスと連携した場合か……今回はそうだったと?」

 レグルスは組織を持っている。影の軍団に比べれば、小さな組織ではあるが、それでも無視できない力がある。アリシアがその組織の一員として動くとなると、戦闘力があるだけとは言っていられない。レグルスはその唯一の強みである戦闘力を最大限に利用してくる。実際はレグルスがアリシアを巻き込もうとすることはないのだが、ジョーディはこう考えてしまう。

「今回については違うのではないかと考えています」

「その理由は?」

「これは言い訳に聞こえるかもしれませんが、レグルスの移動は予想外の速さでした。あのタイミングであの場所にいるはずがないと思える移動速度です」

「……つまり、アリシアと相談している時間などなく、到着してすぐに動き、この結果をもたらしたと?」

 それはそれで驚きだ。レグルスは何の情報も持たずに、カリバ族に味方した。結果として正しいその判断を、その状況で出来たことをジョーディは脅威に思っている。
 ただこれは誤った認識だ。レグルスはフルド族から情報を得ていた。さらにアリシアが味方していると知って、正しいのはカリバ族だと判断したのだ。

「いえ、そこまでは。エリザベス王女と離れて、現地に向かう判断をしたのには、なんらかの理由があったはずですから」

「確かにそうだね……問題は、彼がどこまで掴んでいるか」

「情報を掴むためにカリバ族を攫おうとしていましたので、十分な情報とは言えないのではないかと推察します」

 レグルスは情報を得る相手を必要としていた。それはホーマット伯爵の犯罪を証明する、決定的な証拠を持っていないことを意味するものだとシャノンは考えた。

「……だからといって油断は出来ないか……我々との繋がりを示す証拠は?」

「ワイアットが姿を見られたくらいだと考えています。ホーマット伯爵も利用されていたカリバ族も何も分かっていませんから」

 自分たちが何者かということを、シャノンたちは徹底的に隠している。こうしてジョーディと会うことも滅多にあることではない。彼らの名はミッテシュテンゲル侯爵家にはないのだ。さらに自分たちの組織の長がジョーディであることを知らない者も多い。万一、組織の末端が捕らえられても何も知られることはないのだ。
 だからこそ、ジョーディを知る立場にいるワイアットの軽率さが、シャノンは許せない。わざわざジョーディに直接会って、謝罪しているのもそれが理由だ。

「……分かった。ホーマット伯爵領からは完全に手を引く。これ以上の接触は無用だと伝えておくように」

「承知しました。末端を含む全てを引き上げて、次の任地に向かいます」

 他にもやるべきことは沢山ある。彼らの活動範囲は王国全土。王国外に手を伸ばす任務もあるのだ。

「ああ、頼むよ……そういえば、シャノン。君はレグルスを見たのかな?」

「……見ました」

「どうだった?」

「…………」

 ジョーディの問いにシャノンは無言。答えを躊躇っている。

「君を試しているつもりはない。レグルスを見て、どう思ったかを普通に聞きたいだけだよ」

「……正直、心が震えました。あの人の背中を追いかけていた頃を思い出してしまいました。いえ、その時とは雰囲気は違うのですが……」

 シャノンは過去の人生において、レグルスと行動を共にしていた。レグルスに従い、戦っていた。彼にとってレグルスは、年下ではあったが、憧れの存在だったのだ。

「以前よりも覇気というか、凄みというか、そういうものを感じた?」

「……はい。その通りです」

「私と同じだ。我々にとって象徴であった彼が、その時以上の男になって敵に回った。だとすると厳しいね?」

 ジョーディも、シャノンとは違って離れた場所でだが、レグルスをずっと追いかけていた。大切な妹、サマンサアンの敵を討ってくれることを願っていた。理不尽なこの世の中を変えてくれるのではないかと期待していた。だが、どうやら今回の人生では、レグルスは違う方向を向いている。

「……そうだとしても、我々は目的を果たす為に全力を尽くすだけです。ジョーディ様に忠誠を捧げています」

「忠誠なんて誓わなくて良いよ。ただ、私がやろうとしていることを信じてくれれば良い。その気持ちを私が裏切ることは、絶対にない」

「はい」

 ジョーディもジョーディの信念に従って行動している。その為には非道な真似も厭わない。多くの人を苦しめ、殺すことになったとしても、歩みを止めるつもりはない。たとえ、レグルスと真向から敵対することになるとしても。

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