月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第157話 悪と悪

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 ジークフリート王子率いる白金騎士団の初任務。それは王国中央の北西部。西方辺境伯領に近い位置にある山地を居住地とするカリバ族の反乱鎮圧となった。正式な命令は、大規模な反抗の恐れがあるので、実際に事が起きる前にカリバ族を抑え込めというもの。戦闘ではなく交渉任務だ。
 この任務が白金騎士団に与えられることになったのは、ジークフリート王子支援者からの要請を国王が無視出来なかったから。エリザベス王女に任せようと考えていた国王だったが、それを知ったジークフリート王子派の臣下が、功をあげる機会は平等に与えるべきだと訴えてきたからだ。公平を求める要求となると、ジークフリート王子派以外も反対はしにくくなる。エリザベス王女に任せる理由として、カリバ族と少数民族の居住地としては近い場所に暮らすフルド族との関係性があげられるが、その王女が任務を受けられないとなると反対する理由はなくなる。あるとすれば経験不足だが、それを理由にしては永遠に任務に就けない。白金騎士団を否定する重大な理由にはならなかった。

「かなり凶悪な部族らしいからね。交渉だけでは終わらない可能性がある」

 王国に反抗的な少数民族がいくつも存在する中で、カリバ族との交渉が最優先で進められることになったのは、緊張が高まっているというだけでなく、元々好戦的な民族で、反乱となるとかなり手を焼くことが予想されるからだ。

「交渉中に反乱を起こされては、かなり危険ではありませんか?」

 白金騎士団の団員は二十名。皆、厳しく鍛えられていて戦闘力には自信を持っているが、カリバ族との全面戦争ということになると、不安を覚えないではいられない。数が違い過ぎるのだ。

「危険だね。でも私たちであれば大丈夫。なんとか切り抜けられるはずだ。それに反乱が起きたあとは、増援もある。勝てるよ」

 数の違いは最初から分かっていたこと。それでもジークフリート王子は任務を受けた。エリザベス王女が、レグルスが、フルド族の居留地で領主軍と戦った時と比べられると、数を言い訳には出来ないのだ。周囲の期待がそれを許さない。レグルスは三千の領主軍を相手に戦い、勝った。レグルスに出来たことはジークフリート王子にも出来なければならない。周囲の期待に応えるとはこういうことだ。

「彼らが戦わなければならないと思う理由があるはずです。その問題を解決してあげれば、戦いにはなりません」

 アリシアはカリバ族との戦いを望んでいない。レグルスがどうだったかなどアリシアには関係ない。一番正しい方法を選ぶべきだと考えている。

「……そうだね。それが出来ると良いと私も思うよ」

「出来ます。ジークであれば必ず。私も全力でサポートしますから」

 アリシアはその一番正しい方法を知っている。ゲームではカリバ族と戦い、それに勝つことがミッション攻略になっている。だがカリバ族が反乱を起こす背景がある。そのカリバ族が抱える問題を解決することで、戦いを回避出来るはずだとアリシアは考えているのだ。
 実際にどうなるかは分からない。ゲームとは異なる試みをアリシアは行おうとしているのだ。

「ありがとう、アリシア。共に頑張ろう」

 ジークフリート王子は、アリシアがどういう存在であるか、まだ分かっていない。彼女の言葉を、自分を励ます為のものとして受け取った。

「頑張ります。負けていられませんから」

 頑張ろうという気持ちはアリシアも同じだ。レグルスはまた動き出した。動き出すとすぐに自分の前を行ってしまった。置いて行かれたままではいられない。レグルスの隣に並ぶのは、世界を良くする為の戦いで、レグルスの横に並ぶのは自分でなければならない。その場所は渡せないとアリシアは心に決めたのだ。

 

 

◆◆◆

 耳に届くのは馬が地面を踏む音と、馬車の車輪が回る音だけ。エリザベス王女の乗る馬車の中は、沈黙は支配している。道を進む馬車に同乗しているのはキャンベル子爵とその家族。事情を知らない子供たちが静かなのは、騒ぐことを禁じられ、退屈な時間に耐えられなくなって寝てしまっているからだ。
 子供たちが静かでいることを強いられたのはエリザベス王女が同乗しているからではない。エリザベス王女も、キャンベル子爵夫妻の胸中を推し量って、話しかけられないでいる。馬車が向かっているのは夫妻の娘であろう遺体が見つかった場所。なんと声をかければよいのか、かけて良いものかも分からないのだ。
 息苦しさを感じるほどの長い沈黙の時。それも終わりを告げる。目的地に到着したのだ。

「ここからは道のない森の中を歩くことになりますので、奥様とお子様二人は馬車に残られたほうが良いと思います」

 レグルスは現地で一行の到着を待っていた。発見の報を受けて、すぐにこの場所に向かっていたのだ。

「……私は行きます」

「……御覧になられないほうが良いと思いますが?」

 レグルスがキャンベル子爵の妻に残るように告げたのは、道のりが険しいからではなく、遺体を見せないほうが良いと思ったから。殺されてからかなり時間が経っている。遺体は酷く損傷しているのだ。

「……いえ。行きます」

「分かりました」

 妻の意思は変えられない。無理に変えるのもおかしい。レグルスはこれ以上、何も言わないことにした。
 子供たち二人と見張り役としてオーウェン、スカル、ココの三人を残し、一行は森の奥に進んでいく。邪魔になる枝などを斬り払っただけ。かなり歩きづらい場所だ。

「どういう経緯で見つかったのですか?」

 ここまで長い時間、沈黙を強いられてきた。だからというわけではないが、エリザベス王女はレグルスに話しかけた。エリザベス王女もまだ詳細は聞いていないのだ。

「馬車が止まった場所の先に、地元の人しか知らない山小屋があります。その情報をカロが聞き、友達を捜索に送り込んだ結果です」

 山小屋に向かおうとしたカロの友達は、別の方角で、求める匂いを嗅ぎつけた。それで発見出来たのだ。

「カロの友達ですか……」

 間違いであって欲しいという思いも、エリザベス王女は持っていた。だが、カロの友達が見つけたとなると別人である可能性は低い。

「地図で調べただけですが、この森を奥に奥に進んでいくと領境に辿り着きます。まだ調査に向かった者は戻っていませんので想像ですが、そのまま他家の領地に抜けられるルートがあるのではないかと」

「犯人はここまで領内を移動してきたということになります」

 誘拐された場所から、ここまでは結構な距離がある。その距離を犯人は誘拐したキャンベル子爵の娘を連れて移動したのだとすれば、目撃者がいるのではないかとエリザベス王女は考えた。

「これもまだ調査が終わったわけではありませんが、この場所はかなり複雑な地形をしています。山や森があちこちにあり、移動にはかなり遠回りが必要と思われますが、実際にどうかは分かりません。少数であれば移動できる裏道のようなものが、あちこちにある可能性があります」

「それは……地元の人からの情報ですか?」

「いえ。調査をしているうちに、前に読んだ歴史書を思い出しました」

「歴史書、ですか?」

 どうしてここで歴史書の話が出てくるのか。何か意味があってのことかもしれないと思ったエリザベス王女だが、その意味を思いつくことが出来ない。

「はい。この地は昔、かなりの激戦地でした。王国の拡大を、この地が一時、押しとどめたと歴史書に記されるくらい占領に苦労した場所です」

「……守り易く攻めにくいということですか?」

「そうです。大軍を移動させづらい。土地を良く知る守る側は地形を利用した奇襲でアルデバラン王国軍を苦しめたと歴史書に書かれていました。王国初期といえる時代の出来事で、占領後には数多くあった砦も全て破壊され、そんな土地であったことは忘れ去られているようですが」

 小国が奇襲を行う為に使われた裏道。それもほとんど忘れられ、人が通らなくなったことで消え去ってしまっているが、詳しく調べれば痕跡は残っている。アルデバラン王国軍に比べれば、かなり少数とはいえ、軍が移動する為の道だ。それなりに、道をならす、石や木を敷き詰めるなどの整備は行われていたのだ。

「犯人はそれを知っていたとレグルスは考えているのですか?」

 そうだとすれば周到な準備をしていたということになる。それは当初の想定とは違う。犯行は短期間で計画、実行されたと考えていたのだ。

「知っていた者が犯行に関わっている可能性を考えています」

「知っていた者……」

 犯行の為に調べたのではなく、たまたま知っていた者が犯行に加わっていた。そんな犯人にとって都合の良いことがあって良いのか。エリザベス王女はこんな風に考えた。まだレグルスの考えを完全には理解出来ていないのだ。

「調査はまだこれからです。無限の時間が許されているわけではありませんので、どこまで調べるかはありますが、この地は、調べれば色々と出てくる場所かもしれません」

 何故、この場所なのか。エリザベス王女とキャンベル子爵令嬢、二人の誘拐事件に関連性はない。犯人に繋がりはないとレグルスは考えている。それでもこの場所で二つの事件が起こったのは、ただの偶然ではないのではないか。こうレグルスは思うようになっていた。

「それは……あとあと検討してみましょう」

 ずっとこの場所にとどまっているわけにはいかない。調査はキャンベル子爵に任せるべき、とはエリザベス王女は口にしなかった。今は先の話をするべきではないと考えた。
 レグルスとの会話が途切れて、また沈黙の時間。それはすぐに、先で待っていたジュードが破った。

「これはまた、全員でですか?」

 来るのはキャンベル子爵だけ。ジュードはそう思っていた。

「夫人の希望だ」

「……なるほど。じゃあ、どうぞ」

 その場から一歩退くジュード。その先には、彼の体に隠れていた地面に横たわる遺体が、といっても布が覆いかぶされていて見えていないが、あった。
 その遺体に近づき、レグルスは布を取り去る。現れた遺体は大きさから子供であるというのが分かるだけ。獣に食い散らかされた跡がある上に、腐敗が進んでいて、誰かの判別どころか人にも見えない。

「……ん、んぐっ」

 湧き上がる吐き気を堪えきれず、背中を向けて生い茂る葉の中にしゃがみ込むエリザベス王女。

「……服に見覚えはありますか?」

「……娘のものです」

 レグルスの問いに、キャンベル子爵は沈痛な表情を浮かべて答えた。まだ別人である可能性は残っている。服だけを替えた別人である可能性もある。だがそんな可能性は、キャンベル子爵にとって何の慰めにもならない。

「ケリー……ケリー! いやぁああああっ!!」

 夫人の越境がそんな可能性を吹き飛ばしてしまった、遺体に駆け寄り、抱き上げるキャンベル子爵夫人。森に響く叫び、泣き声がそれを聞く者の心に鋭い痛みを与える。

「……私は……駄目ですね?」

 遺体を見て吐き気を堪えられなかった自分を反省するエリザベス王女。キャンベル子爵夫人はその遺体を躊躇うことなく抱きしめているのだ。

「母ですから。どんな姿になっても、大切な人であることに変わりはありません」

「レグルス、貴方……」

「気持ちは少し分かります。俺の場合は黒焦げの死体でしたけど……二日、三日? あの時のことは良く覚えていませんけど、ずっとそばにいました」

 マラカイとリーリエ、そしリサだと思っていた三人の黒焦げの遺体の横にずっと、身じろぎもせずレグルスはいた。それが何日かは覚えていない。ずっと心の中で、時々言葉にして三人と語り合っていた。

「……もうひとつの家族、ですね?」

「いえ、唯一の家族です」

 実の母に対する遺恨は、今はもうない。認めていないと口では言っているが、祖父の存在も受け入れている。ただ家族としての想い出は、マカライとリーリエと共に過ごした時間が全てなのだ。

「……そのご家族というのは?」

 キャンベル子爵には二人の話が分からない。レグルスはブラックバーン家の人間。父である北方辺境伯は生きているはずなのだ。

「亡くなった今も尊敬している憧れの男性と、育ての母と呼ぶには一緒に過ごした時間は短いですが、そう思える素敵な女性です」

「そういう方が……二人とも亡くなられたのですか……」

 レグルスの今の説明だけでは、やはりどういう存在なのか良く分からない。だが、大切な人が惨い死に方をしたという点で、キャンベル子爵はレグルスに同情を抱いた。

「はい。殺されました」

「えっ……」

 共通点は遺体の惨さだけではなかったことに驚くキャンベル子爵。

「俺の家族は殺されました。何かで眠らされ、殺され、そのあとで焼かれました」

「……それで……犯人は?」

「皆殺しにしました。自らの手で」

 レグルスの言葉に、キャンベル子爵夫人の背中が反応した。それに気付いたのはレグルスだけだ。

「……皆殺しに」

 キャンベル子爵のほうは、レグルスの言葉を噛みしめるようにつぶやいている。彼にも思うところがあるのだ。

「そうは言っても、まだ本当の黒幕は生きている可能性があります。俺が殺せたのは、明らかにそれに関わっていた者たちだけです」

「レグルス……その話は」

 今このタイミングで話すべきではないとエリザベス王女は思う。分かっていて、わざとレグルスは話したのかもしれない。そうであれば尚更、自分が止めなければいけないとエリザベス王女は考えた。

「……そうですね。お子様たちも待っています。もう戻りましょう」

「ええ。行きましょう」

 エリザベス王女に促されてキャンベル子爵も、妻から娘の遺体を引き取って、歩き出す。その後に夫人、そしてレグルスが続いた。

「……あの?」

 だが、レグルスの前を歩いていた夫人の足は、すぐに止まることになる。

「何でしょうか?」

「……復讐は……復讐して気持ちは晴れましたか?」

「いえ、数百という人間を殺した罪の意識が残っただけです」

 多くの人を殺しても亡くなった二人は戻らない。復讐を果たして、それで二人の死を忘れられるはずもない。

「そうですか……」

「……それでも行ったことへの後悔はありません」

 だが、夫人が聞きたいのはそういうことではない。それをレグルスは分かっている。自分の「皆殺し」という言葉への反応が、それを教えている。

「……何故ですか? 気持ちが晴れることもなく、罪の意識が残っただけなのに、何故、後悔はないのですか?」

「復讐は狂気です。狂気に善悪も結果も関係ありません。恨みが晴れることなどなくても、狂気に支配された心は止まらない。止められません。俺の復讐はそういうものだったからです」

 理屈ではないのだ。抑えきれない想いを解放した。解放しなければ生きていられなかった。だからレグルスは殺した。その結果、殺人を犯した罪の意識が残った。恨みは晴れなかった。だが、そういう結果であることが始める前から分かっていたとしても、止まることはなかったと言いきれる強い想いだった。

「……私は……私は……」

「解放しますか? 殺したいという想いを。結果は俺と同じ。悲しみも恨みも消えず、人殺しの罪の意識が残るだけと分かっていても」

「……解放します。私は……娘を殺した者たちを皆殺しにしたい」

「では――」

「レグルス!」

 レグルスの返事をエリザベス王女は止めた。どう答えるつもりかは分かっている。だからそれを言わせなかった。

「殿下……」

「私には関係ない? それは許しません。やるなら私の騎士として行いなさい。それで貴方が罪を負うなら、私にも背負わせてください。騎士の誓いの時、そう約束したはずです」

 暁光騎士団の騎士ではなく、レグルスは「何でも屋」で復讐を引き受けようとしている。そうさせるわけにはいかない。レグルスだけに罪を背負わせるわけにはいかない。闇に落ちる時は共に。エリザベス王女はそう誓っているのだ。

「一国の王女が関わることではありません」

「王女という立場でいることで使える権限は全て使うつもりですが、王女としての在り方は、とっくに捨てているつもりです。私は、私たちは人が出来ないことを行う。善悪関係なく。その為の騎士団です。違いますか?」

 王女という立場に縛られるのでは、騎士団を創設した意味がない。使える権限は全てを使って、自分たちが為すべきこと、為すべきと思うことを行う。その為の暁光騎士団。結成を決めた時から、エリザベス王女はこう思っていたのだ。

「……承知しました。ジュード! 聞いていたな? 関係者を皆殺しにする」

「了解!」

「殺し方は分かっているな?」

「死にたいと思うくらいの苦しみを与えて、聞き出せることは全て聞き出した上で殺す、だね?」

「そうだ。やれ」

 虐殺が始まる。暁光騎士団の悪名は、この一件で一気に広がることになるのだ。

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