月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第156話 難問

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 キャンベル子爵令嬢誘拐事件。この場所でまた誘拐事件が起きているという事実はエリザベス王女を驚かせた。キャンベル子爵自身にその事実を確認したことで、レグルスたちは同行している諜報部にも協力を仰いで、本格的な調査に入る。難しい調査だ。事件が起きてからかなりの時が経っている。手がかりとなるものは、そう簡単には見つからないことが予想される。

「領内で隠れやすい場所を洗い出しました。こちらの調査を諜報部にお願いしたいのですが、よろしいですか?」

 テーブルの上に広げられている地図には、多くの印がつけられている。テイラー伯爵家に仕えていたヘイデンたち、それと彼らの繋がりを使って、他の旧臣たちやその縁者たちから集めた情報を基にしているのだ。 

「問題ありません。ただ数が多いので、今の人数だけだと時間がかかります」

 護衛の為に同行してきた諜報部員は三名。さらにそのうち一名は、王都への使者として、この地を離れている。二名で調べるには多すぎる数だ。

「もちろん、我々も調査に参加します。場所の割り振りは、エモン、調整を頼む」

「承知しました」

 調査は相手に気付かれないように行わなければならない。それが出来るのは、レグルスを除けば、エモンとその仲間たちだけだ。

「カロと友達たちは地図の印とは別の場所。領内にある集落を全て回ってもらう。誘拐された令嬢の服を借りてきたから、友達に教えてくれ」

「分かった」

 カロの友達、動物たちには目印を付けた場所以外を、しらみつぶしに洗ってもらう。数が多い上に、建物への侵入が得意。さらに匂いで探すことが出来るという能力を活かしての作戦だ。

「ああ、例の屋敷を真っ先に調べてくれ」

 要塞化されている屋敷には人がいる。これは最初の調査で分かった。だがレグルスはすぐに突入することなく、まず令嬢の存在を確認することにした。エリザベス王女の事件と同じ場所に監禁しているというのは、怪しいと考えたのだ。

「見つかると良いのですが……」

 誘拐されたキャンベル子爵の娘は、どういう状態でいるか。自身も誘拐された経験があるエリザベス王女には、彼女の苦しみが分かる。一秒でも早く、助けてあげたいと思う。

「……普通に考えれば、すでに領地を出ている可能性のほうが高いです」

 わざわざキャンベル子爵が捜索出来る範囲である領内にとどまる理由は、誘拐犯にはない。レグルスは、自分であれば、そうすると思う。

「領境を封鎖しなかったのですか?」

「到着してすぐで、その指示を速やかに伝える術を持たなかったようです。数日、犯人には余裕があったはずです」

 まだ領政を行える状態ではなかった。テイラー伯爵家に仕えていた旧臣たちを把握し、組織を掌握し、あるいは作り替え、自分が治めやすいようにする。その為にキャンベル子爵は急いでこの地に来た。娘が誘拐されたのは、領境を見張っている者たちに指示をどう伝えるかも分かっていない時だった。

「王国全土を調べなければならないのですか……」

「それを行うには情報公開が必要になります。手配書を全国に配って、それで捕まれば良いですが……いつかは決断が必要ですか……」

 領内で見つからなければ、キャンベル子爵はその決断をしなければならない。それによって誘拐された娘が、犯人に殺されてしまう可能性があると分かっていても、決断しなければならない時がやってくる。

「酷い真似を……犯人の目的は何なのでしょう?」

「要求金額は桁違い。それが逆に、ただの金銭目的ではないことを示しているように思います」

 領地からあがる税収の十年分。ただの金銭目的の誘拐で、そこまでの金額を要求するとはレグルスは思えない。身代金を受け取る回数が多くなれば、それだけ捕まるリスクは高まる。一度に、確実に受けとる額を要求するほうが利口だとレグルスは思っている。

「そうですか……」

 レグルスの視線を受けて、エモンは諜報部の人たちと共に、別の部屋に移動していった。カロたち、打合せに参加していた他の仲間たちもまた別の部屋に向かった。ここから先は、エリザベス王女とレグルス二人だけの話。そう察しての行動だ。

「いくつか可能性を考えました。キャンベル子爵への個人的恨み。可能性としては一番ありそうですが、わざわざこの地で誘拐する必要があるかという点に疑問があります」

「そうですね」

 誘拐犯も土地勘がないはず。誘拐を実行する場所として、わざわざこの場所を選ぶ理由がない。

「キャンベル子爵を狙ったものではなく、たまたまこの地に来ることになったのがキャンベル子爵であったというだけの場合」

「……領主になる予定の人物がターゲットであったということですか?」

「はい。ですが、テイラー伯爵の旧臣たちではない。絶対とは言いませんが可能性は低いです。では他にどういう人物が、領主になる人物を狙うのか」

 テイラー伯爵の旧臣が犯人であるという可能性を、レグルスはあまり考えていない。エリザベス王女を引き寄せる罠という可能性も考えたが、分かっている範囲でだが、そのような真似をする怪しい人物はいないのだ。仲間になったヘイデンたちを信じればだが、彼らが裏切っているとすれば、このような遠回りの策を選ぶ必要がない。

「思いついたことがあるのですね?」

「思いついたというだけです。何の証拠もありません。状況証拠さえも」

「それでも教えてください」

「領主不適格と王国に判断されるのでも、自ら身を引くのでも良い。キャンベル子爵が領主候補から外れることで、利を得られる人物です」

 令嬢を誘拐して得られる金銭以外の利。これをレグルスは考えた。それで思いついた可能性のひとつだ。

「……領主候補として次点であった人物ですか」

 キャンベル子爵が何らかの理由で領主にならなくなれば、別の人が選ばれることになる。領主の座が欲しくての犯行。愚かな考えだとはエリザベス王女は思うが、欲望は人を愚かにすることを知ってもいる。

「王都に向かった人には、この可能性を伝えました。王都で調べてくれると思います」

「その推測が当たっていたとして、キャンベル子爵の娘を救えますか?」

 これを聞くエリザベス王女に楽観的な思いはない。レグルスの表情がそんな思いを抱くことを許さない。

「推測が当たっていたとして、わざわざ自分の領内に誘拐した令嬢を隠すとは思えません」

 犯人の推測が当たっていたとしても、令嬢を救出出来なければ意味がない。この推測は居場所を割り出すことに繋がらないのだ。

「……正直、難しいですか?」

「領地から出てしまっている場合は、救出は難しいです。我々では探しようがありません」

 王国全土で一人の人を、しかも隠されている人を探すことなどレグルスたちだけで出来るはずがない。王国が動いても難しいとレグルスは思っている。王国は、キャンベル子爵の娘を捜索することだけに、その全力を費やすことなど出来ないのだ。

「……それでも出来る全てを行うしかありませんね?」

 せめて領内は隅から隅まで、持てる力の全てを使って調べ上げる。それでキャンベル子爵が納得するとは思わないが、やれることをやるしかないのだ。レグルスの考えをエリザベス王女は理解した。

「はい……遺体であれば見つかる可能性があります」

「……そうですか」

 領内で見つかるとすれば、それは遺体だとレグルスは考えている。領地外に連れ出すことなく、殺して隠す。金銭を受け取るつもりがないのであれば、そういう選択をとる可能性は高い。追及から逃れようと思えば、女の子を連れて歩く姿を見られるリスクは避けるはずなのだ。
 辛い結果になることをエリザベス王女は覚悟した。キャンベル子爵とその家族の苦しみに比べれば、自分たちの辛さなど大したことではない。こう思わなければならないと考えた。

 

 

◆◆◆

 王都にキャンベル子爵令嬢誘拐事件の情報が届いた。エリザベス王女に同行していた諜報部員がもたらしたものだ。王都に届いたといっても、まずそれを知った人間は国王と諜報部長のみ。これはキャンベル子爵との約束を守った形。レグルスが王都に向かう諜報部員にそうしてもらえるように伝えていたのだ。
 国王と諜報部長にとっては驚愕の事実。エリザベス王女が誘拐された同じ土地で、また誘拐事件が起きた。そんなことはあってはならない。領主不在による治安の緩みが招いた結果だとしても、そうであれば尚更、王国がその間の管理を徹底していなければならなかった。王国の大失態と見られてもおかしくない事態なのだ。

「もっと早い段階で、キャンベル子爵自身が伝えてくることは出来なかったのか?」

 この報告はレグルスが気付いたことで王都に届いた。キャンベル子爵自身が報告してこなかったことを国王は不満に思っている。

「家臣の中に犯人と通じている者がいることを疑っているようです。娘の命を大切に思う気持ちが強ければ強いほど、決断は難しいかと」

「そうだとしても……今更か」

 そうだとしても、確実に信頼出来る者を密かに送り出すことも出来たはず。こう考えた国王だが、それを今言っても意味はない。事件発生から今までに過ぎた時間が戻ることはないのだ。

「領内は暁光騎士団が徹底的に調べるとのことです」

「見つけられるのか?」

「捜索能力はかなり高いと思います。ただ、その能力が生かされるのは誘拐された子が領内にいてのこと。別の場所に連れ出されていれば、当たり前ですが見つからず、恐らくはその可能性のほうが高いと思われます」

 諜報部長もレグルスと同じ考えだ。わざわざ見つかる危険性のある領内にとどまっているはずがない。

「……犯人の目星は?」

「テイラー伯爵家の旧臣について、レグルス殿は否定的なようです」

「何故だ? 最も怪しいと思うが?」

 お家取り潰しになった恨み。動機としてすぐに思いつくのはこれだ。国王も当然、その可能性を一番に考えている。

「これは勝手な想像ですが……その旧臣との繋がりがあるのではないかと。それもそれなりに強い繋がりが」

 これは王都に事件を伝えに来た諜報部員の考えだ。地縁がないはずのレグルスが、現地の情報に詳しすぎることを怪しんだのだ。

「あの男は……事件がある度に仲間が増えていく。全ての事件の黒幕はあの男なのではないのか?」

「完全には否定出来ませんが、本人がそれを望むでしょうか?」

「分かっている。ただの嫌味だ」

 北方辺境伯の座に執着しないレグルスが、何の利を思い描いてそのようなやり方で仲間を増やそうとするのか。国王には思いつかない。最初から黒幕だと思ってもいない。

「要求は金銭ですが、その額が異常です。本当の目的はその先にあるという考えは、大きく外れていないのではないでしょうか?」

「キャンベル子爵の失脚。その後のワイバン伯爵の地位か……もしこの推測が正しいとすれば、愚かなことだ」

「持たざる者は持つ為に愚かな選択をするものです。それに今回の事件については、罪を追及出来るかも分かりません」

 実行犯は黒幕が何者かを知らない可能性がある。犯行が明らかになれば、全てを失うのだ。それくらいのことはしているはずだと諜報部長は考えている。

「誘拐の証拠か……見つからないと思っているのか?」

「迂闊な人物であれば、証拠となるようなものを残している可能性はあります。可能性は低いですが、調べないという選択はありません」

 キャンベル子爵が失脚したあと、その座を得られる人物。それはもう分かっている。あとは諜報部が動く許可を、国王から得るだけだ。

「許可する」

「はっ」

「……調査には時間がかかるな。リズが王都に戻るのも、かなり先になる」

 該当の人物を調べるには、かなりの期間が必要だ。旧テイラー伯爵領、ワイバンでの捜索もすでに始まっているはずだが、一月やそこらで終わるとは思えない。エリザベス王女たちの予定は大きく狂っているのだ。

「例の件ですか……事態が大きくなる前に解決に動くべきだと思いますが……」

 王国は他にもいくつもの問題を抱えている。そのいくつかの中には、事態が動きそうなものもある。そうなってしまう前に、解決出来る問題は解決したい。これは当然の考えだ。

「リズに任せるのは諦めるか。別に少数民族問題の専門と決めたわけでもない」

 その問題は少数民族が関わること。それを国王はエリザベス王女率いる暁光騎士団に任せようと考えていた。

「穏やかに解決しようと思えば、フルド族とゲルメニア族での実績は大きいと思います」

 少数民族との問題を戦いではなく交渉で解決しようと思えば、エリザベス王女の実績が役に立つ。フルド族と、実際の交渉はこれからだがゲルメニア族とも、少数民族側が納得する形で事を収めたという実績だ。

「分かっているが、交渉に赴く前に戦いが始まってしまってはな」

「だからといって白金騎士団が適任でしょうか?」

 エリザベス王女が任務に就けなければ、代わりはジークフリート王子が務めることになる。それを諜報部長は知っている。

「不適任だと決めつけることも出来ない。それに、機会は平等に与えなくてはならないからな」

 エリザベス王女にばかり、功をあげる機会を与えるのは公平ではない。こんな声がジークフリート王子、ではなく、彼の支援者からあがっている。その声を国王は無視出来ないのだ。

「平等に与えるのでしたら、まずはジュリアン王子ではありませんか?」

「分かっている。だが、あの馬鹿はこういう機会を活かそうとしない。そもそも自分の騎士団を持たない」

「正しい在り方です……では陛下を批判することになりますか。申し訳ございません」

 王子、王女が自分の騎士団を持つ必要はない。王国騎士団で働くにしても、いきなり団長に抜擢なんてことは本来あり得ない。だがそれを許してしまったのは国王なのだ。

「これについて謝罪は無用だ。ジークにはジークの働き場がある。そういうつもりだったのが、いつの間にか王位継承争いの手段のようになっている。しかも、リズのほうにはその気はないというのに」

「支援者たちの焦りでしょう。これを言うと陛下はまたお怒りになられるかもしれませんが、レグルス殿の責任でもあります」

「あの男がいれば、リズも王として立派にやっていけるという話か?」

「ご存じでしたか」

 エリザベス王女が王位継承争いに、本来はそんな立場になるはずがないのに、急浮上してきたのはレグルスのせい。レグルスが支えればエリザベス王女は立派な王になる。こんなことを言い出す者たちが、数としては少ないが、現れたのだ。騎士団を創設したのは、エリザベス王女が王位継承争いに名乗りをあげたということだと勝手に言う者まで。

「どうしてこうなるのだろうな? ジュリアンをあの男が支えればという話になれば良いのに。二人の関係も悪くないはずだ」

「それはジュリアン様の問題ではありませんか? 欲がなく、そうであることが周囲にも良く分かる態度に問題があると思います」

「それも分かっている……まったく、思うようにはいかないものだ」

 ジュリアン王子の欲のなさ、というより国王の座に対する興味のなさは、国王にとって頭の痛い問題。周りが言うほどジュリアン王子は愚鈍ではない。それどころかかなり優秀な面もある。ジュリアン王子に対する評価が高いから、尚更だ。
 王国は様々な問題を抱えている。これもそのひとつだ。

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