レグルスの指示を受けた暁光騎士団、というよりエモンとその仲間たちの動きは早かった。あらかじめ犯人と繋がりがあるのではないかと疑われる人物の洗い出しは終わっている。全員の証拠を調べ上げる時間はなかったが、そんなものは関係ない。手段を選ぶ必要はない。レグルスが言う「皆殺しにする」という命令はそういうことなのだ。
最初は目立たないように、もっとも怪しいというだけでなく、意志が弱そうな対象を選んで拉致監禁。容赦のない拷問を加え、知っていることを全て白状させた上で、さらに別の人物に手を伸ばす。ある程度、情報を得た後は一気。昼日中に正面から怪しい人物を拘束していった。領主のキャンベル子爵は、当たり前だが、それに文句を言うことはない。想像以上のレグルスたちの苛烈なやり方に、少し怯えが出ているが、娘の復讐の為だと全てを任せていた。
さらに一斉検挙を知って動き出す者たちが出る。その動きもレグルスたちは見逃さない。これで動くということは、自ら犯行に関係していると白状しているも同じ。容赦のない追及が行われた。そして最後が、エリザベス王女が監禁されていた場所に籠っていた者たちの拘束。この者たちが本命、ということではなく、いかにも怪しいという場所に籠らせることで捜索を攪乱しようというだけの、何も知らない囮役だったが、そんなことは関係ない。最終的に挙げられた全員が、罪の軽重に関係なく、死体を晒されることになった。皆殺しという宣言通りの処置だ。
この処置に驚いたのは王国だ。暁光騎士団がそこまで過激なことを、レグルスだけであればまだしもエリザベス王女がいて、行うとは思っていなかったのだ。
「……何ということを仕出かしたのだ? キャンベル子爵、いや、ワイバン伯爵か、伯爵からは何と?」
国王も未だに信じられない思いだ。エリザベス王女はレグルスの制止役。そう思っていたが、この結果はまったくその役目を果たせていないことを示している。
「誘拐に関わっていた者たちを処分したという報告だけです。協力に感謝するという言葉も届いております」
現地の情報にもっとも詳しいのは諜報部。関係者の殲滅に諜報部と王国騎士団の両方とも関わっていないのだが、情報収集という点で、当然だが、諜報部のほうが優れている。
「感謝……容認していたということか?」
「容認ではなく、依頼した可能性もあります。娘の復讐を」
最も犯行に関わった者たちを殺したいと思っているのはキャンベル子爵に決まっている。
「そういうことなのだろうな……この件は罪になるのか?」
「領内のことで、領主が容認しているとなると……騎士団規約としては?」
国王の問いには宰相が答えた。罪には問えないだろうという考えだ。あるとすれば騎士団の任務として、今回のような選択が許されるのか。
「暁光騎士団は王女殿下が団長で、その行動の決定権は殿下にあります。王国騎士団に王女殿下は裁けません」
暁光騎士団、ジークフリート王子の白金騎士団もそうだが、特殊な組織だ。王国騎士団の下部組織となっていても、実態は独立組織。そもそも王国騎士団に王家の人間を裁く権利などない。
「……無実か」
ホッとする国王だが、内心は複雑だ。娘を罪に落とすわけにはいかない。だが、似たようなことを繰り返されるのも困る。世間の評判というものがあるのだ。
「出来るとすれば、陛下のご命令で解散させることだと思いますが?」
「何の罪で解散を命じるのだ?」
「それは……理由はどうとでも。陛下が決められたことに逆らう権限は何人も持ちません」
国王は法律を超える存在。法や規則に定められていなくても、違うように決められていても、それを無視して自分の考えを押し通すことが出来る。実際には、これも世間の評判というものを意識して、あまりに酷い独裁は避けることになるが、王女の騎士団を解散させるくらいのことであれば問題にはならないはずだ。宰相はこう考えた。
「……実際の評判は?」
国王はすぐに決断しなかった。可愛い娘を怒らせたくない、ということではなく、暁光騎士団の価値というものを考えているのだ。
「一部の者たちは喜んでおります」
国王の問いに、ほとんどの人が気付かない微妙な笑みを口元に浮かべて、諜報部長が答えた。
「今回のやり方を支持しているというのか?」
「いえ。王女殿下が国王には不適格であることを証明出来たと喜んでおります」
ジークフリート王子の国王就任を望む者たちだ。今回の件で競争相手であるエリザベス王女は評判を落とした。それを喜んでいるのだ。
「黙らせろ。このようなことまで継承争いと結びつけるとは……いっそのこと追放するか?」
過激な考え。娘のエリザベス王女に関わる問題ということで国王はかなり悩んでいるというのに、それを政争に利用して喜んでいる者がいると聞いて、苛立っているのだ。
「それは宰相殿にお任せを」
「……陛下、さすがにそれだけで追放というのは」
諜報部長に話を振られて苦々しい顔を見せながらも、宰相は国王に答えを返す。
「どうしてだ? 私がそうすると言っているのだから、それで良いではないか」
だが国王はすぐに考えを改めない。騎士団解散に対する宰相の意見を使って、反論してきた。
「それは……しかし……」
諜報部長を睨みつける宰相。お前のせいだ、という思いが視線に込められている。
「残りは半々というところです。子供を誘拐して殺すなんて非道な真似を行う者たちには当然の報い、それとさすがにやり過ぎではないかという意見です」
「……半々か。意外と受け入れる者が多いのだな?」
半分は犯人は殺されて当然だという考え。これは、国王にとっては、意外だった。
「殺されたのは子供ですので、同情する気持ちは強くなるかと。それに、レグルス殿のやることだからという考えが加わっての数ではないかと推測しております」
「……あの男ならこれくらいのことは平気で行う、か……なるほどな」
処置を決め、実行したのはレグルス。そう思う者が多く、エリザベス王女を批判する声は聞かれない。国王が求める状況に、すでになっているということだ。批判の矛先がエリザベス王女に向かわなければ、それで良いのだ。
「ただ問題は、レグルス殿であれば、これで終わりではないのではないかという点です」
「どういうことだ?」
「今はまだ実行に関わっていた者たちが処罰を受けただけかもしれません」
黒幕は別にいる。レグルスはその可能性を王国に伝えてきた。それが事実であると分かれば、その黒幕にも手を伸ばすはずだ。
「……調査結果は?」
「灰色……ですが、それは私たちが今持っている情報では決め手に欠けるということです」
レグルスは諜報部よりも多くの情報を得ているはずだ。犯行に関わっていた者たちに拷問を加えたことも、諜報部は知っているのだ。
「……では新しい情報が得られるのを待つしかないな?」
「よろしいのですか?」
「決め手に欠けると言ったのは、お前ではないか」
「そうでした。申し訳ございません」
意外にも、国王は判断を保留した。その決め手をレグルスは持っているかもしれない。黒だと判断して動き出す、もしかするともう動いているかもしれない。国王が何も命令を発しなければ。その動きは止まらない。黒幕もまた殺される可能性がある。
保留は、そうなることを国王が受け入れているということだと、諜報部長は判断した。
◆◆◆
ワイバン伯爵領での出来事はすぐに有力貴族家に伝わった。王国がどれだけ情報統制に力を注いでも、完全に文武官と有力貴族家の関係を断ち切ることは出来ない。次々と新しい繋がりが作られてしまうのだ。
タイラーとキャリナローズの再会も、その話題で盛り上がるはずだったのだが。
「お前……太ったな?」
「はあ? タイラー、貴方、結婚したのでしょ? そういう無知は大切な夫人を怒らせるわよ?」
「これは無知ではない。自分の考えを誤魔化しただけだ」
現れたキャリナローズのお腹は明らかに大きくなっている。その意味が分からないほど、タイラーは無知ではない。無知ではないが、信じられない思いが強くて「太った」などと言ってしまったのだ。
「どうして誤魔化す必要があるのよ?」
「どうしてって……俺が知らないうちに結婚していたということか?」
キャリナローズが結婚したという話をタイラーは聞いていない。そうであるのにキャリナローズのお腹には子供がいる。どうしてこういうことになったのか、タイラーにはまったく分からない。
「いいえ。私は独身よ」
「では、その子供は?」
「レグルスの子」
「…………」
さらにキャリナローズの口から信じられない言葉が飛び出した。あまりの驚きにタイラーは、言葉を発することも出来なくなった。
「一夜の過ち、というのかしら?」
「……嘘をつけ。あの男にそんな真似が出来るはずがない。あいつはフランセスにも……その……」
「手を出さなかった? いくらでもその機会はあっただろうにね?」
「……どうしてそうなった? 何があった?」
別の事情があるはず。そうでなければレグルスがキャリナローズを抱くはずがない。女性としての魅力などは関係なく、キャリナローズとの関係性が良ければ尚更、そういう真似をレグルスは出来ないとタイラーは思っている。
「……タイラーには正直なことを言うか。私が頼んだの。どうしても跡継ぎが欲しいって」
「跡継ぎならきちんと結婚して生めば良い」
結婚しないで生まれてくる子供を周囲がどのように扱うか。辛い想いをすることは、容易に想像できる。わざわざ自分の子供を苦しめるような方法を選んだキャリナローズの考えが、タイラーは理解出来ない。
「結婚出来ないの。いえ。書類上の結婚は出来る。でも……無理なの」
「何が無理なのだ? 俺には分からない」
「……私は……男を好きになれないの。男に抱かれるなんて無理なの」
「……ち、ちょっと待ってくれ。頭を整理する」
タイラーがもっとも苦手な領域。男女関係について子供なみのシンプルな考えしか持たないタイラーに、応用編は難しかった。
「私が好きになるのは女性ってこと。でもそれでは跡継ぎは作れない。だからといって男性に抱かれるのは無理」
「……レグルスは男だ」
「そう。彼だけなの。彼であれば大丈夫かもしれないと思った。実際、平気だった。彼に触れられることに嫌悪感を覚えることはなかったわ」
「……そうか。そういうことか」
キャリナローズの話はまだ理解出来ていない。だが、他に選択肢がなかったことは分かった。キャリナローズにとって、自分の子供の父親になれるのはレグルスしかいなかったということが。
「あとは男の子であることを願うだけ」
「女の子だったら?」
「またレグルスにお願いするわ」
叔父に東方辺境伯の地位は渡せない。キャリナローズはどうしても跡継ぎが欲しいのだ。一度だけというレグルスとの約束は無視。彼であれば大丈夫という安心感がある今は、遠慮がなくなっている。もともとレグルスに大して遠慮はないが。
「……今の奴であれば」
「男としてレグルスを愛しているわけではないわ。人として彼を愛しているの。理解してもらえないと思うけど、恋人や夫にしたいという気持ちはないの」
「……少し違うだろうが、なんとなく分かる。信頼して自分を預けられる相手ということだな?」
タイラーもレグルスにそういう思いはある。キャリナローズとは違い、戦場で背中を預けられる相手という意味だ。
「ああ、良い表現ね」
「周囲は認めているのか?」
「大変だったけど、なんとかまとまったわ。叔父に地位を与えたくない人たちは、跡継ぎの必要性を理解している。相手がレグルスであるということも良いほうに作用した」
「あの男、東方辺境伯家に信頼されているのか?」
キャリナローズのレグルスへの想いは、自分と似たものであるので、分かる。だが東方辺境伯家がレグルスに対して良い印象を持っているというのは、タイラーには意外だった。
「信頼というか……味方としては頼もしく、敵にするには恐ろしいという感じね。今回もそれを証明してみせた」
「敵派閥の牽制にもなるということか。だが、あいつは過激過ぎる」
恐怖で全ての敵が委縮するわけではない。より敵意を強める相手もいるはずだとタイラーは考えている。レグルスは敵を作ることを恐れない。それがタイラーは心配なのだ。
「家族のことだから」
「家族?」
「本人と話したわけではないから間違っているかもしれないけど、レグルスは家族に対する拘りというか、愛情が強いと私は思うの」
「……自分が得られなかったから?」
レグルスがブラックバーン家に強い愛情を持っているはずがない。真逆であることは明らかだ。
「そうね。だから今回のような事件だと、さらに過激さが増してしまう。二度と同じような事件は許さない。そう訴えているのかもしれない……これは考え過ぎかしら?」
「……いや、そうかもしれないな」
力や恐怖で押さえつけることは正しいことではないとタイラーは思う。だが、現実に起きている様々な事件を、それ以外でどう防ぐのかという答えをタイラーは持っていない。正論を吐くことは出来ても、それが現実にどれだけ通用するかは分からない。通用すると言いきる根拠はないのだ。
レグルスは、結果はどうあれ、その現実に正面から向き合っている。それを思うと自分の選択は、フランセスとの結婚に後悔などないが、王国騎士団に進むことなくディクソン家にとどまった選択は正しかったのか。タイラーはこんなことを思ってしまった。