月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第152話 初任務は順調

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 ラクランの地元であるハートランドは王都から南西の方角にある。王国中央部に属する地域で、王都からは半月で到着する場所だ。王都から近いといえる距離にあるハートランドだが、大きな街道からは外れていて交通の便は良いとは言えない。山地が多くて平野は狭い。狭い上に土地が貧しいので、農産物の収穫は少ない。これといった特産品もない。多くの税収を得られるものが何もない領地で、当然、そこを治める領主家、ハートランド子爵であるチャールトン家も貧しい。
 さらにハートランド子爵家を苦しめているのは、領内の治安悪化。多くの盗賊が領内の山地に巣くっている。そのせいで唯一の資金源といえる森林資源も、思うように手に入れられない。ハートランド子爵家はなんとか討伐しようと頑張っているが、その為の軍事費も重い負担。さらに財政を悪化させる原因となっているのだ。

「……盗賊討伐が完了した?」

 その長年苦しめられてきた盗賊の討伐が終わった。そんな報告は、にわかには信じられない。たとえ相手がエリザベス王女の騎士団の副団長であり、元北方辺境伯家の公子であったとしても。

「はい。あくまでも近頃、領内を騒がしていた盗賊の討伐、ということですが」

「それは……どのようにして?」

「アジトを探り出し、そこを襲って。勝手ながら討ち取った盗賊たちの首は、街道に晒させて頂きました。申し訳ありませんが、後始末はお願いします」

 殺した盗賊たちの首は全て目立つ場所に晒している。見せしめにする為だ。

「……そのような真似をしては、盗賊どもが復讐に」

「それはありません。こちらの提案を受け入れて頂ければの話ですが」

「……ラクランを譲れということですかな?」

 ラクランの暁光騎士団入団を許して欲しい。この要求については、すでに話に聞いている。元々これについて話し合う場として、今があるのだ。

「いえ、それとは別です。ラクランのことは、領地の問題が解決出来てからの話。まずは領地の件について、ご領主様に納得して頂く必要があると考えています」

「……では提案というのは?」

 元北方辺境伯家公子でありながら、レグルスの態度はへりくだったもの。これについてもハートランド子爵は戸惑っている。いくら本家から追放されたとはいえ、ブラックバーン家の一員であることに変わりはないはず。無位無官であっても、ハートランド子爵よりも力ある存在なのだ。
 レグルスのほうは一騎士として普通に振舞っているだけのつもりだ。へりくだっているようにハートランド子爵が感じてしまうのは、「何でも屋」での商売人としての態度が混じってしまっているからだ。

「ある者に領内で商売するご許可を頂きたいと思っています」

「それと盗賊にどのような関係があるのでしょう?」

「その者が領内に盗賊が入ってくることを防いでくれます」

「……分からない。どうして商人が盗賊の侵入を防げるのですか?」

 レグルスの話はハートランド子爵には理解出来ない。それはそうだ。レグルスはわざとぼかして話をしているのだから。

「その商人、いえ、商家がそこらの盗賊団よりも遥かに力を持っているからです」

「……その力というのは?」

 ようやくハートランド子爵にも話が見えてきた。レグルスが言う商人は、普通の商人ではないということが。

「その商家を怒らせることを盗賊団が恐れるくらいの力です。なんとなくご理解頂けましたか?」

「なんとなくは……その商家は領内でどのような商売を行うつもりですか?」

 具体的な力についてレグルスは話すつもりはない。知らない方が良いことだろうとハートランド子爵も理解した。ただ、知るべきことは知っておかなければならない。領地に住まわした商家、と呼んでいる盗賊が他の貴族家の領地で暴れては、別の意味でハートランド子爵は窮地に陥ってしまう。王国に罰せられることになるのだ。

「彼らしか使えない仕入れ先や販売先を使って、商売を行います。利益があがれば、当然、税も収める。扱っているものが少し他の商家とは違うだけで、商売は商売です」

「……それは犯罪にならない?」

 恐らく扱うのは盗品。こうハートランド子爵は考えた。

「売りたい人から、それが良い物であれば、買う。買った物を欲しい人がいれば売る。これだけのことだと思いますけど?」

 仕入れた物が盗品であることなど商家は知らない。こういう建前だ。

「……分からない。何故そのような複雑なことを行わなければならないのですかな?」

 「犯罪すれすれのこと」をハートランド子爵は「複雑なこと」に置き換えて、レグルスに尋ねる。

「領地を盗賊被害から守る、確実で、最も早い方法だと考えているからです。我々だけでなく、領主様にも時間がないはず。領民は今も苦しんでいると我々は考えています」

「その通りです。ですが、犯罪に加担するわけにはいきません」

 背に腹は代えられない、とはハートランド子爵は考えない。そんな風に考える人物であれば、ラクランの学費を負担するような真似はしない。その金を別の騎士を雇うのに使ったほうが早いのだ。

「……失礼ながら、領主様はすでに罪を犯されています。領民を苦しめるという罪です」

「それは……」

「領主様だけではなく、他家の方々も、そして王国も罪を犯しています。盗賊をしなければ生きられない世の中にしているという罪です」

「…………」

 言葉を失うハートランド子爵。レグルスは堂々と王国批判を行っている、というだけでなく、このような台詞が出てきたことにも驚いている。盗賊を領内に住まわせろという提案をしてくる者の言葉とは思えないのだ。

「ご領内に住む者たちは商売を行うだけです。その商家から物を買おうとする人は、どうしてもそれが欲しいから。決して失いたくない物をどのような手段を使ってでも手に入れたいと思う人もいるのです」

 盗品を買う人もまた犯罪者、とは限らない。盗まれてしまった物をなんとかして取り戻したいと思う人も買う。人の弱みにつけこんで金儲けをするのはどうか、という思いもあるが、それでも良いから取り戻したいと思う、何物にも変えられない大切な物があることを、レグルスは「何でも屋」での経験で知っている。
 今回の提案はそんな依頼を達成する為に、酒場の客の伝手を使った時に知ったことを基にしているのだ。

「……少し、ラクランと二人だけで話をさせてもらえませんか?」

「かまいません」

 躊躇うことなく、ラクランを残して部屋を出て行くレグルス。二人だけになったところで、ハートランド子爵は口を開いた。

「聞きたいことがある。正直に話して欲しい」

「はい」

 こんなことを言わなくてもラクランは嘘はつかない。つこうとしてもすぐにバレる。ハートランド子爵はこれを知っている。

「レグルス・ブラックバーン殿とは、どのような方だ?」

「……他人の為に自分の手を汚すことを厭わない人です。今回も、これがもっとも早く問題を解決出来る方法であるから、これを選んでいるだけ。もっと時間が許せば、きっとレグルス様は盗賊さえ殺すことなく、事態を解決しようとしたはずです」

 レグルスを評価する言葉は他にもある。だがハートランド子爵が聞きたいのはこういうこと。そうラクランは考えた。

「盗賊にも情けをかけるような人だと?」

 ラクランが信頼しているからには悪い人間ではないとハートランド子爵は思っていた。だが、敵に対しては冷酷。こうも思っていた。ラクランの話はそれを否定するものだ。

「今回もレグルス様は盗賊たちの家族は救おうとするはずです。稼ぎ手、という表現は違うかもしれませんが、それを失って途方に暮れている家族をなんとかしようと。どれだけ恨まれ、憎まれ、正面から罵倒されることになったとしてもです」

「……そこまでする必要が?」

「すでに別の時に行っています。レグルス様の噂をご存じですか? 悪党と揉め事を起こし、数百人を殺したという噂です」

「聞いている」

「その殺された人たちの家族の多くが、今、レグルス様が始めたお店で働いています。僕は実際にその人たちに会っています」

 ワ組との抗争で殺した者たちの家族は「何でも屋」で働いている。初めは数人だったのだが、本当にレグルスが働かせてくれる。しかも待遇も悪くないと知って、今はかなりの人数になっている。あまりに増えすぎて、王都だけでは仕事が足りず、他の街に支店を出すことを進めているくらいだ。

「……レグルス殿はそうだとして、その商家とやらは信用出来るのだろうか?」

「それについては絶対に大丈夫だと僕は言えません。ただ、それはレグルス様も裏切るということ。その商家は、恐らく殲滅されます。どこに逃げようとも」

「王国は、いや、王女殿下も知っていての提案ということか」

 それだけのことが出来るのは、王国を動かせるから。こうハートランド子爵は考えた。

「いえ。領主様が思っている以上に、レグルス様は力を持っています。ブラックバーン家とは関係のない個人の力です。僕も全てを知っているわけではありませんが」

 レグルスの個人的な繋がりについて、少しラクランにも見えてきた。今回の件で、酒場の客である悪党たちとの調整を目の当たりにしたというだけでなく、エモンたちの存在についても知った。ゲルメニア族の二人から、レグルスがどういう存在であるかも教えられた。

「……そういう方か」

「僕は、共に何かするまでは無理だとしても、レグルス様との繋がりは持ち続けていたほうが良いと思います。そうすれば。この件だけでなく、他の問題でも力になってくれるはずです」

「……その為にラクラン、お前を差し出すという形になるな」

 ハートランド子爵はラクランの暁光騎士団入団を認めることにした。今決めたことではない。本人がそれを強く望むのであれば、そうしてやろうと考えていた。

「……ありがとうございます」

「お前の活躍は聞いている。私はお前を見損なっていた。ハートランドに閉じ込めてしまおうなどと考えていたのは間違いだった」

 王国騎士団との合同演習でラクランは名を挙げた。それをハートランド子爵も当然知っている。自領の出身者の活躍だ。何も言わなくても教えてくれる人がいた。そういう人が出るほどの活躍だったのだとハートランド子爵は受け取っていた。

「僕なんて……でも、そう思って頂けたとすれば、それはレグルス様のおかげです。あの方に出会うまでの僕はハートランドも広すぎるような男でした」

「そうか……幸運な出会いを得られて良かったな」

「それは、ご領主様との出会いがあったからです。僕の幸運はこの地で生まれ、ご領主様に出会えたことです」

 レグルスに会えたのはハートランド子爵のおかげ。ハートランド子爵が苦しい財政の中、王立中央学院への入学を支援してくれたから。それにラクランは心から感謝している。

「……ラクラン、頑張れ。お前の活躍をまた聞ける日を楽しみに待っている」

「ご期待に応えられるように、精一杯頑張ります。そしてまた帰ってきます。僕の故郷はハートランドですから」

「ああ、そうだな。その通りだ」

 この先、ハートランド子爵もまた感謝することになる。ラクランがこの地で生まれたことを。そのラクランによってレグルスと出会えたことを。ラクランが言った通り、レグルスによるハートランドへの支援はこれで終わりではなかった。ハートランド子爵が支援を受けたと考えるだけでなく、レグルスのほうも助けてもらったと思うような関係になるのだ。

 

 

◆◆◆

 ハートランド子爵との話し合いを終えても、すぐにレグルスはハートランドを離れることはしなかった。商家がやってきて商売を始める、この地を縄張りと言えるようにするには時間がかかる。少なくとも別の場所で待機している者たちが集まってくるまでは、また別の盗賊団が領地に侵入してくるのを防がなければならない。盗賊団同士で激しい縄張り争いにならないように、基本は早い者勝ちがルールになっているのだ。
 討伐した盗賊団のアジトであった場所で鍛錬を行いながら、それを待っていたレグルスたち。

「さとを作る? さとって?」

 ある日突然、エモンがレグルスに「里を作ることを考えたい」と行ってきた。

「我々は暮らす場所を里と呼んでいます。村と理解してください」

「……ここに村?」

 盗賊団のアジトは山の奥深くにある。隠れ家なのだから、人が暮らす平地から離れた場所を選んでいるのだ。そんな場所に村を作って、どうするのか。こうレグルスは思った。

「周囲を調べてみましたが、案外便利です。人が通れる道が四方八方に伸びていて、隣の領地に人目に付かずに行けます」

 決して豊かとは言えないハートランドに、盗賊団が居座ったのには理由がある。ハートランド自体に盗む物は少なくても、他領で活動するのに便利なのだ。ほとんどの道は最初からあったものではないが、何度も行き来しているうちに自然に出来上がり、それをさらに盗賊たちは広げてきたのだ。

「ああ……なるほどな。それでここで商売か」

 盗品を運ぶにも便利な場所。「ここで盗品売買の商売をしてやろう」と盗賊団の頭領が提案してきた理由がレグルスにも分かった。

「鍛えるにも良い場所です。里ごと移るわけではなく、ここにもあったら良いなと思いまして」

 エモンたちの一族は活動範囲を広げようとしている。小さな拠点は、金さえあれば家を買ったり、借りるなりして用意出来るが、大人数が集まれて、しかもそれを咎められない場所というのは難しい。勝手にそういう場所を作っては、それこそ盗賊団だと思われてしまう。

「……まあ、俺は良いけど、頭領には話をしておく必要があるな。競争相手ではないことを理解……競争相手ではない?」

 エモンたちも元は盗賊だった。今も続けている者たちはいる。立派な競争相手だ。

「盗賊はしません。足を洗った人たちだけがここに来ることになります」

 目立つ活動をするつもりはエモンにはない。ここは活動の中継地点であり、鍛錬をする場所。そういう場所を、すでに他の一族に知られている今の里以外にも、必要だと考えていたのだ。

「それを信じてもらう必要があるか……とりあえず話をしてみるしかないな」

「お願いします」

 王都以外に拠点があるのは良いことだとレグルスも思っている。

「それならゲルメニア族が住む場所もくれ」

「はっ?」

 さらにロスがゲルメニア族が住む場所を要求してきた。

「モルクインゴンは遠い」

「いやいや、モルクインゴンを離れてどうする? ゲルメニア族全体で戦争するわけではないからな?」

 ゲルメニア族をすぐに動員できるように、という意図だとレグルスは理解した。これから様々な任務があるはずだが、そこまで大動員するつもりはレグルスにはまったくない。そんなことをさせる立場だと、今も認めていないのだ。
 ということで、ゲルメニア族については一旦、保留となった。一旦であり、ゲルメニア族については、だが。

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